第3話思い出した
放課後を迎えた僕ら生徒は各々の向かうべき道へと歩き出す。
部活動に向かう生徒、委員会に向かう生徒、誰よりも足早に帰宅する生徒。
それぞれの居場所に向けて歩き出す生徒の中で僕と氷室だけが放課後の教室に残っていた。
「みんな居なくなったね。それじゃあ行こうか」
氷室はそれに頷くと僕らは並んで教室を後にする。
「満月が出るまで時間があるけど。それまでどうする?」
僕の質問に氷室は急に顔を赤らめて照れくさそうにもじもじしていた。
「どうしたの?」
「えっと…放課後デートってやつ…したいんだけど…」
「あぁ…僕とで良いの?」
「彼方くんとだからしたいの!」
必死で食い下がってくる氷室に僕は軽く微笑むと一度頷く。
「じゃあ何処行こうか?駅前のショッピングモールが定番らしいけど」
「彼方くんは慣れているの?」
「全然。デートするのなんて初めてだよ…」
「そうなの?じゃあ一緒だね♡」
美しい微笑みを向けてくる氷室に思わず言葉を失ってしまう。
ぎこちなく一つ頷くと照れくさくなって視線をそらした。
校舎を抜けて学校を後にすると僕らはそのまま駅前のショッピングモールに向かう。
「本屋に寄っていい?」
僕の質問に氷室は頷くと揃って本屋に入店する。
「彼方くんが読書をするようになったのはいつ?」
「えっと…中学生になった頃かな?」
「やっぱりそうだよね」
氷室からの返事に僕は少しの引っ掛かりを覚える。
やっぱりという言葉で中学よりも以前に僕らは出会っているということが示唆されている気がした。
ということは幼稚園や小学校だろうか?
それにしても氷室と出会っている記憶が僕にはない。
断じて言うが僕は記憶喪失になっているわけではない。
それなのに氷室と出会っている記憶がないということは僕自身が何かを見落としている可能性が高い。
氷室霙という珍しい名前にも覚えがない。
過去に出会っていれば鮮明に記憶に残っていても不思議じゃないインパクトの強い名前である。
何を見落としているのか…。
「彼方くん?どうしたの?」
急に黙ってしまった僕に氷室は覗き込むように伺ってくる。
「あぁ…いや、なんでもない」
誤魔化すわけでもなく首を左右に振って応えるとお目当ての本を手に取って会計に向かう。
そこから僕らは雑貨屋などを見て回って楽しげな放課後デートを存分に楽しむのであった。
18時を迎えた辺りで僕らは学校の近くの公園へと向かう。
一本杉の下では数組のカップルが満月を観ていた。
僕らもそこに混ざるように加わると黄金色に輝く満月を観測した。
「これで本当に結ばれたらいいんだけど…」
氷室は思わず言葉を漏らし僕はそれを聞かなかったふりをした。
どうにかして過去を思い出してから付き合わないと氷室に誠実じゃないと思ったからだ。
満足にその大きな月を観ると僕らは帰路に就く。
「19時には夕食の時間なんだ…名残惜しいけど今日は帰るね…」
氷室は僕に別れを告げると別々の電車に乗り込んだ。
帰宅して夕食を食べた後、自室に向かうと押し入れの中にしまってある卒業アルバムを引っ張り出した。
初めに中学の卒業アルバムを隅々まで見たが、やはり氷室の姿は何処にもなかった。
次に小学校の卒業アルバムを見て僕は言葉を失う。
「そうか…氷室さんはあの霙ちゃんだったのか…」
小学校の卒業アルバムには当時とは名字も容姿も全く異なる彼女の姿が写っていた。
今とは全く違い、ふくよかな見た目をしている彼女を思い出す。
男子にいじられて泣いていたあの時の少女をはっきりと思い出した。
「僕は案外酷いやつだな…容姿が変わっただけで霙ちゃんを忘れていただなんて…」
自分を少しだけ責めると僕は氷室にメッセージを送る。
「分かったよ。小学校の卒業アルバムを見て思い出した。霙ちゃんだったんだね」
「やっと思い出してくれた…再会できたのに全く覚えてないみたいで寂しかった…」
「ごめん。容姿で判断するような酷い人間になっていたよ…そんな僕と本当に結ばれたい?」
「うん。結ばれるために頑張って痩せたんだから」
「そっか。じゃあ付き合ってくれますか?」
「是非♡これからよろしくね?」
それに了承の返事をすると僕らは本日より晴れて恋人関係をスタートさせるのであった。
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