第2話フルムーンを観に行こう

「氷室が火神を振ったらしいぞ!」

「俺見てた!消えろって罵倒されてたぞ!」

「うらやま…じゃなくて…怖いな…」

翌日の学校では昨日の放課後の噂話で持ちっきりだった。

殆どの生徒がその話をしており教室では氷室が不機嫌そうな表情を浮かべていた。

「氷室さん。何で火神を振ったの?」

一人の勇敢な男子生徒が氷室に理由を聞きに行くとキッと睨まれていた。

「マスクしろ」

「は…?え…?」

男子生徒は理由も分からない罵倒のようなものを受けており目を白黒させていた。

「臭せぇ口閉じろって言ってんだよ」

本日も絶好調な氷室の罵倒により男子生徒たちは歓喜の声を上げている。

(なんだこの学校…ドMしかいないんか…)

僕はその様子を目の当たりにして軽く嘆息した。

(それにしても氷室さんの好きな人が僕?過去の出来事ってなんだろう…)

昨日の氷室からの告白を思い出していた僕は過去を追想するのだが…。

過去に氷室の様な美女と出会っている記憶はない。

氷室ほどの美人ならば記憶に残らないわけがない。

しかしながらどうやら氷室は過去に僕と出会っていることを仄めかしている。

僕にはわからないがそこで何かがあったのだろう。

氷室の口の悪さの秘密もそこにあるのかもしれない。

そんな事を思いながら一限目の授業に向かうのであった。


昼休みを迎えると屋上へと向かう。

屋上は施錠されており一般生徒は原則的に入ることが出来ない。

それなので屋上へと続く扉の前の踊り場で昼寝をする。

人が寄り付かないその場所は独りになるには最適で涼しくて過ごしやすい。

普段どおり誰も居ないその場所で横になっているとツカツカと階段を上がってくる軽い足音が聞こえてくる。

(誰か来たっぽいな…)

そんな事を考えているとその人物は僕の前に現れる。

「あっ…彼方くん…」

その人物は氷室で彼女は疲れ切った表情を浮かべていた。

「氷室さん。質問攻めにあって疲れた?」

彼女はそれに頷くと少しだけ照れくさそうな表情を浮かべて頬をかいていた。

「また口が悪いところ見られちゃったかな…?」

「朝のやつは相手が可哀想に思えるほどの罵倒だったね…僕だったら心が折れているよ」

「あれは違くて!本当の私はあんな事言わなくて!というよりも彼方くんには絶対にあんな事言わないから!」

氷室は必死で弁明の言葉を口にすると僕の傍までやってくる。

「大丈夫だよ。口が悪いぐらいで軽蔑したりしないから。僕だって親しい人には口が悪くなる時あるから」

「あの人達は親しいわけじゃないんだけど…」

「そうなの?友達だって思っているから言える言葉じゃない?」

「そうじゃなくて!本当に話しかけてきてほしくないの!彼方くん以外の男子からは!」

「どうして僕だけは良いの?」

「………」

僕の質問に氷室は急に押し黙る。

それ以上の回答を得ることは困難だと感じると僕は一度頭を振った。

「まだ言えないんだね。僕も過去を思い出せずにいるから無理に聞こうとは思わないよ」

「そうだね…出来れば早く思い出して欲しいな」

「ヒントとかって無い?」

「ヒントを言っちゃうと答えそのものになるから言えない…」

その言葉に何度か頷くとやはり僕と氷室は過去に出会っていることに確信を得る。

「過去ね…僕は氷室さんに何をしたんだろう…」

「彼方くんは今の私を作ってくれたんだよ」

「口が悪い氷室さんを?」

「そうじゃなくて!」

からかうような僕の言葉に氷室は顔を赤くして否定の言葉を口にする。

それに軽く微笑んでいると氷室は続けて口を開く。

「今夜はフルムーンらしいんだけど…良かったら一緒に観に行かない?」

「良いよ。何処で観る?」

「学校の近くの公園。そこの一本杉の下で一緒に満月を観たカップルは結ばれるって噂知らない?」

「なんか聞いたことあるけど…僕と結ばれていいの?」

「どうしても結ばれたいから…」

氷室の急激なデレに僕の心は一気に弾むとぎこちなく了承の返事をする。

「じゃあ放課後に…」

どうにか言葉を絞り出すと照れくさくて氷室の目を真っ直ぐに見ることが出来ずにいると彼女も了承の返事をする。

「じゃあ後で…」

氷室は屋上へと繋がる踊り場を後にすると僕はそこから悶々とした状態のまま五限目を迎えるのであった。

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