第5話



5



物心ついた頃から私には"才能"というものが

あった。

勉強、運動、容姿

全てにおいて周りよりも秀でたものを

持っていた私は良く周りから褒められた。

そんな経験を積み重ねる度私は、

強い高揚感に包まれた。


小学生の頃、母親の応募した子役の

オーディションに私は合格した。

初めは、どんな世界が広がっているのか

私の心は希望に満ち溢れていた。

だが、私を待っていたのは、

現実という残酷な景色だけだった。

今まで受けてきた、賞賛の言葉達は

全て鋭い刃のような、厳しい言葉へと

かわっていった。

仕事の関係で学校へ足を運ぶ回数も減っていき、仲のいい友人とも会えなくなっていった。

私は少しずつ精神がすり減り母親に訴えた。

「ねぇもうヤダよこんな生活

子役なんてやめて普通に学校行かせて」

その時の母の目を私が忘れることは

無いだろう。

蔑んだゴミを見るような目で、私の頬を強く叩くと、

「あなたは私の言うことを聞いていれば

いいの、私を困らせないで」

呆れたようにため息を着く母に対して

私は頷くことしか出来なかった。


中学に上がる頃には、

安定して仕事を貰えるようになった。

この頃になるとよく、こんな言葉を

かけられるようになった。

「テレビで見ました!」

「可愛いですね!」

私がずっと求めていた周りからの

賞賛の声。

何故だか、これらの言葉に特別な感情

を抱くことは無くなっていた。


しばらくして、

仕事の合間に学校にも行けるようになった。

テレビに出ていることもあって、

私の周りにはすぐに人が集まってきた。

しかし、気さくに話しかけてきてくる皆に

対して、どんな言葉を言えばいいのか、

どんな表情をすればいいのか私には

分からなかった。

だから私はいつも仕事で言っているような言葉で、しているような表情で皆に接することにした。そうすることしかできなかった。


表面上で人と付き合うのはすごく

気楽だった。

しかし同時に、心にぽっかりと穴が

空いたようなそんな喪失感に、

私は苛まれていった。


中学3年の春、ある変化が起きた。

それはあるドラマの撮影中の事だった。


その日は前日に母と喧嘩しており、

心が霧がかったようなそんな気持ちで現場に

足を運んでいた。

いつものように、撮影用の機材が大量に用意

されていて、大勢のスタッフが撮影の

準備をしている。

今日も普通に撮影を終わらせて

家に帰るのだろうそう思っていた。

黒いTシャツを着た中年の男性スタッフが

撮影開始の合図を出しに来たのが分かる。

現場が一気に静まり返り、

撮影が始まった。

私は深く息をして初めのセリフを吐く。

その時の事だった。

足がすくんでその場に倒れ込んだ。

何かとてつもない恐怖心が背筋を伝った。

すごい勢いで心臓が脈を打つ。

なぜだか分からない。自分でも理解できない

状況に私は混乱して何も出来ず唖然としていた。

直ぐに撮影は中断され、私は、スタッフの肩を借りながらその場を、後にした。

その日私がもう一度カメラの前に立つことは

無かった。



私は、カメラに強い恐怖心を抱くように

なっていた。

レンズの奥に吸い込まれるような、

飲み込まれるような、そんな凄まじい

不安を感じる。

何度か克服しようとしたが、回数を繰り返していく度に、カメラへの恐怖心は増していく一方だった。



理由も分からないまま私はこの仕事を辞めざるをえなくなったが、不思議と悲しさはなかった。

普通に学校に行って、

普通に部活して、普通に友達と遊んで、

普通に家に帰る。

私が求めていた生活は案外簡単に手に入った。

しかし、あの凄まじい喪失感は呪いのように

ずっと私にまとわりついたまま

離れてくれなかった。



























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