第4話



4


目が覚めたと同時にとんでもない

激痛が頭部を襲う。

どうやら気を失っていたらしい。

とてつもなく気分が悪い中浴槽の方を見ると人が倒れていることに気づく。

にごった浴槽に入っているその人が

誰なのか全くわからなかったが、

とりあえずこの嫌な匂いのする部屋を

出ようとリビングへ向かう。

精神的疲労からか、勢いよく床に倒れ込む。

カーテンの間から夕日が差し込んできていて

もう夕方かと少し寂しくなった。



前にこんな話を聞いたことがある。

親が癌などの病気で苦しんでいる中

その事実を受け止めきれず現実逃避に

走る子供がいるらしい。

叫びながら苦しんでいる母の横で

スマホを笑いながらいじっている、

なんて構図が実際にあったとネットか何かで

見た覚えがある。

その記事を見た時、私は最低だとか、

自分は絶対そうはならないと思っていたが

自殺した母親を放置して窓の外の景色を

見ているこの状況はもしかしたら、

傍から見るとそんな状況と変わらないのかもしれない。

しかし、その時の私は母親よりマンションの前を通っている自転車の挙動の方に興味が湧いた。


マンションの前を歩く歩行者も

少なくなってきて少しずつ辺りが暗くなってきた頃、お腹がすき、何か食べるものはないか

とキッチンをさぐっていると。

食料が無くなっていることに気がついた。

買い忘れか?

いつもなら大量に補充してある

冷凍食品がないことにとてつもない違和感を

覚えた。

まあ明日になれば補給されるだろと

その日は眠りについた。

眠るまでの間、頭痛は続いたがもはや

気にならなくなっていた。


翌日、いつも通り一眼レフをカバンにしまい

紗倉さんの元へ軽快な足取りで向かった。

昨日行けなかったこと怒ってるかな、

なんてことを考えながら足を進め、

公園へはいる。

あの長い階段も今日なら、らくらく登れる

そんな気がしていた矢先の事、

視界が歪んで足元がおぼつかなくなり、

地面に倒れ込んだ。

階段に当たったのか頭部に強い衝撃を受け

気を失う。

その間、

鬱陶しいセミの鳴き声だけが

最後まで響き渡っていた。





小学校の頃朝寝坊しそうになる私を

決まって母は、起こしてくれた。

「学校遅刻するよ!」

暖かい朝食を用意してくれて、

着替えも準備してくれて、

家を出る時必ず、行ってらっしゃいって

その五月蝿くてでも、優しい声で

言ってくれて、いつも嬉しかった。


最近では関係が険悪だけど、ちゃんと話して

またあのころみたいな母さんに戻って、

あの写真みたいに満面の笑みを見せてよ。

今度は俺に母さんの写真撮らせてよ。

そんなふうに言えたらなぁ

夏の暑さで床に寝転んで天井を

眺めながらぼーっとしていると、

突然景色が入れ替わった。


一面真っ白の天井

消毒液のような匂いが鼻につく

勢い良く体を起こし、辺りを見回すと、

テレビが1台置いてあり、他には何も無い。

自分の腕からチューブが伸びているのが

わかる。

ガララ

病室の扉が開く音が聞こえそちらに目をやると若い女性が入ってきているのがわかった。

肩まで伸びている黒髪が特徴的で

モデルのような体型をしている。

黒色の大人びた服装の彼女が

誰なのかすぐに分かった。

紗倉さんだ。

彼女は、

私の方を見て、突然話しかけてきた

「起きてたんだ!

体は大丈夫?

今お医者さん呼んでくるね。」

呼び止める間もなく、彼女は病室を離れてしまった。開けっぱの病室の扉の方を眺めながら、

なぜ自分がここにいるか思い出そうとする。

いまいち思い出せずに呆然としていると、

紗倉さんが白衣を着た男を連れてもどってきた。

その後その男から色々聞かされた。

自分が公園で倒れたこと、

紗倉さんが救急車を呼んでくれた事、

医者と話していくうちに少しずつ倒れた日の

記憶を取り戻して行った。

その後体調等の質問を一通りされた後、

特に目立った異常はなかったから

もう帰宅していいと医師から告げられた。

診察室から出ると、待合用の椅子に座って

いる紗倉さんが目に入った。

先程までは心配そうな、それでいて

優しい表情をしていた彼女が、

いつもの顔になっていて安心する。

「お医者さんから聞いたよ。

軽い脱水症状だって、良かったね

異常なくて。」

私は小さく頷く。

「私はまだ少しすることがあるから

蒼人くんは外で待ってて。」

言われるがままに病院の前で壁によりかかり

彼女を待つ。

赤みがかった夕日が街を照らしていて、

少し寂しい気持ちになってくる。

彼女が出てくるまでの時間、私は、

これからの事を考えた。

まず家に帰って、

それで、

あと、それで、あとは?

「蒼人くん?」

突然耳元で声がして現実に引き戻される。

最近ボーッとすることが多くなってきて

いる気がする。

そんなことを言うと、

そのくらいがちょうどいいよ

と彼女は微笑んでいった。


辺り一帯を見渡してみるが

全く見覚えがなく、家までの道が分からない

その旨を紗倉さんに伝えると、

もう暗いしここから私の家近いから、今日は泊まっていったら?

と思わぬ誘いを受けた。

本来断るべきところなんだろうが、

体は正直で私は首を縦に振った。

「じゃあ帰りに食材買っててって

いーい?食べたいもの作ってあげるよ」

そこからはものすごく早いスピードで

時間が過ぎていったように思える。

紗倉さんと一緒にする買い物、

紗倉さんと一緒に歩くこの道、

紗倉さんと一緒に話すこの一瞬、

全てが私にとって暖かく感じた。


彼女の家はマンションと言うには小さすぎる

アパートと言うには大きいそんなサイズの

白い外見の建物だった。

何気に初めて女性、なんなら年上の美人の家に足を踏み入れるのは少々気が引けた。

シンプルな家具が多くとても整頓されている。

綺麗な部屋には他人の家特有の不思議な香りと雰囲気が漂っている。

「ちょっと待ってて!

すぐご飯作っちゃうから」

真っ白なソファーに腰をかける。

当たりをキョロキョロと見回し、

テレビの横にある物置だなを眺める。

クマの人形やキャラクターのフィギュア、

観葉植物なんかが並べられているのがわかる

キッチンの方から紗倉さんが作っている料理の

香りがしてきた。

彼女の料理ができるまで待つ時間、私の心は

静かにはずんでいた。

「出来たよ、!私の特製カレー!」

満面の笑みで机に置かれた彼女の料理はとても美味しそうだ。

ニヤニヤしながら期待の眼差しが私に

向けられる。

「い、いただきます」

こんな言葉久しぶりに言ったなと

そんなことを思う。

「どう?、美味し?」

「美味しいです」

「良かったぁ」

彼女の料理はとても暖かく、優しい味がした。

盛んに会話が行われず食器と音だけが度々なる食卓が、私にとってはとても居心地が良かった。


食事を済ませ彼女は、

シャワーを浴びに行った。

部屋にシャワーの音が微かに聞こえてくる。

心臓の鼓動が早くなるのが分かる、

相変わらずの幼い自分に嫌気がさす。

シャワーからでてきた彼女は、普段とは違った魅力があって、思わず見とれてしまった。


シャワーを済ませ部屋に戻ると彼女は、

コーヒーを飲みながらスマホを眺めていた。

「蒼人くんも何か飲む?

コーヒーとか、紅茶とか色々あるけど」

「じゃあコーヒーをお願いします」

「わかったコーヒーね」

紗倉さんから渡されたコーヒーを啜るように

少し飲む。

すると突然彼女はスマホを置き話し始める

「体の調子はどう?どこか悪くない?」

「多分大丈夫です、このとおり

ピンピンしてますから」

「なら良かった」

二人の会話の声と、たまに通る車の音だけが

部屋に響く。

「ねぇ蒼人くんさえ良ければ

明日休みだしどこか遊びに行かない?」

この時私の頭の中には色々なことが過ぎった

学校を数日休んでいること。

家に連絡していないこと。

そう何より母が心配してるのではという懸念。

しかしそれらの心配をかき消す程に、

彼女からのその誘いは私にとって魅力的な

ものだった。


私が大きく頷くと、

彼女は喜んで私の方へ歩み寄ってきて

私の隣に座った。

「やった!ねぇここずっと行ってみたい

と思ってたんだけど、どう?」


私たち二人だけのこの時間は

まるで、ある家族の生活のワンシーンを

切りとったような、

そんな幸せで溢れていた。


「 カシャッ 」



























































































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