第3話



3


生きてるみたい

っか、

鳥の声がうるさくなる頃、昨晩の女性の事を

ふと思う。

あの女性はなんだったんだ?

最後にみせた涙は?

分かるはずのない疑問が頭を埋め尽くす

憂鬱な朝。

不思議といつもの気だるさとは

違った、まるで心に霧が立ち込めるような

そんな感覚に襲われていた。

仕方なく、体を起こし洗面台へ向かう。

酷い髪型と顔を見てさらに憂鬱になる。

ハンガーから制服を取り外し袖を通す。

半袖が欲しくなってくる気温を感じながら、

玄関へ足を進める。

履きなれた靴の紐を結び玄関の前へ立つ。

大きく息を吐き戸を開く。

空は真っ青に広がっていて、

雲ひとつないとはこういうことを

言うのだろうと思った。


放課後いつもの場所には彼女が居た。

期待していなかったと言えば嘘になるが

いざ目の前にすると戸惑ってしまった。

「蒼人くんほんとに毎日来てるんだね」

昨夜の出来事などなかったかのように

当たり前のように彼女は気さくに話しかけてきた。


翌日からも彼女はよくこの場所を訪れる

ようになった。

彼女の名前が紗倉ということ

写真が苦手だということ

旅行が趣味だということ

彼女は少しずつ自らの経験を交えながら

そんなことを私に教えてくれた。

決して会話が弾むわけではなかったが

私はこの時間が割と好きだった。


そんな彼女との日々はとても早く

過ぎていき、気づけば夏休みに入っていた。



そんなある日、



いつも通り紗倉さんとたわいもない会話

をした後家に帰ると、リビングに母が居た。

いつもこの時間にいないはずの母が

いることに少し驚いた。

床には上着が脱ぎ捨てられており、

母は少し顔が赤くなっていて机に突っ伏して寝ていた。私は机の上に散乱した缶ビールを片付け、冷凍庫に入ってる冷凍食品をレンジで温め

椅子に座る。外からはセミの声が聞こえてくる。冷房のついてない部屋は蒸し暑く

汗が体に染み付くのを感じる。

食事の後、浴室へ向かいシャワーを浴びた

部屋へ戻ると母が起きていた。

起こしてしまったかと、少し罪悪感を覚える。

父が亡くなる前までは良く話していたが

最近では互いに話すことも少なくなっていた。

母の仕事の関係で会うことが少ない

のも相まってたまにこうやって会うと気まずい、そのためあまり母とは会いたくなかった。

いつもは、学校のこととか友達のこととか

テンプレートみたいなことを聞かれ

私が適当に返事をし会話が終わる。

そんなやり取りをしていたが

今回は少し違った、

「蒼人、帰ってたのね

またあのいつもの公園に行ってたの?」

返答することも面倒だった私は黙って

首を縦に振る

「そう、、」

母は微笑んでいるのに悲しそうな表情を

見せる

「蒼人はもう将来の夢とか決まってるの?」

今までにないほどの優しい声で母は

聞いてくる。

「ないよそんなもん」

我ながら酷い返答だ、こんなに強く当たって

いい事なんてないことはわかってるが

口から自然と出た一言だった。

「そう、、蒼人はちゃんとしてるから

心配しなくても大丈夫かぁ。」

精一杯の笑顔で母は言う

「蒼人、いつも一緒にいてあげれなくて

ごめんね。」

唐突な母の言葉に涙が出てきそうになったが

私は強がって我慢していた。

「仕事だから仕方ないよ」

私が言える言葉はこれぐらいだった

「もう寝るね」

突き放すように自室へ向かう。

「待って!!」

突然母に手を掴まれる。

私は驚きを隠せなかった。

母は、ものを壊してしまった子供のように、

しまったと言わん顔をして

「ごめん、なんでもない」

「なんだよ」

「ほんとになんでもないのごめんなさい」

必死に訴えかけてくる母の声は

弱々しかった。

「もう寝るから、行くね」


自室のベットに寝転がる。

さっき触れた母の手の感触はもう

残っていなかった。

その日の夜、寝つきが悪く

しばらく目を閉じてぼーっとしていた、

すると突然、

部屋のドアが空いた。

面倒事は嫌だから寝たフリをして

過ごそうと思った。

しばらくじっとしていると

しゃっくりのような声が聞こえてきた。

「ごめん、ごめんねぇ蒼人」




「ピピピッ」

嫌な高音で目が覚める

気がつくと朝になっていた。

あの寝付きの悪さがうそのように

体は軽かった。

自室を出ると母の姿はもうなかった

仕事に行ったんだろうとそう思い

いつも通りのルーティーンを始める

洗面所に行き顔を洗い歯を磨く。

自室へ行きハンガーから制服をとり

袖を通す。夏服になってスムーズ袖を通すことが出来た。

部屋を出て玄関へ向かう、いつも通りの自分の靴へ足を入れようとした時違和感に気づく。

いつも母が履いていっている靴が

置きっぱになっていることに気がついた。

まだ出ていないのかと思い、

一応母の部屋に向かったが姿はなかった。

物音1つしない家の中が少し奇妙に感じる

いつも静かなはずなのに今日はまるで城の中に一人でいるようなとてつもない孤独感を感じた。

プルルルルル

突然の電話に心臓がバクバクなっている

机の上に母の携帯があるのがわかった

携帯も持たず靴も履かずにどこに

行ったんだろうと考え、固まってる間に電話は鳴り止んだ。


昨夜のように母のことを突き放して

酷く接している私だが、

母の行方が分からなくなるだけで、電話

にすら出れなくなっていた。

自分で思ってるより私は母のことが

好きだったらしい。

自分でも驚く程に母に会いたくなっていた。


1度顔を洗い落ち着こうと思い洗面所に向かった。少し心臓の鼓動が落ち着いてきたのがわかるそのうち母も帰ってくるだろうと心にいいきかせて顔を洗った。するとお風呂場の電気がつけっぱになってるのに気がついた。

昨日消し忘れたかなと思い電気を消そうと、

ふと中を見ると血なまぐさい匂いが

一気に外に流れ出てきた。


喜ばしいことに、

思ったよりも早く母と再会できたみたいだ。


状況が呑み込めず混乱している中

ふと彼女の言葉を思い出す。

「 生きてるみたい 」

まるでゾンビのような歩き方で、

自室へ行きカメラを取って来た私は初めて

人を撮影した。


「 カシャッ 」






































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