【8月上旬】朝日向火乃香と小さなささくれ 中編
自宅ドアのささくれで指を怪我した俺は、
消毒と
あろうことか、俺は火乃香を押し倒すように。
「あ……わ、悪い!」
思いがけないアクシデントに放心するも、すぐさま
もちろん故意ではないけれど、居た
「待って」
だけどそんな俺を、火乃香がまた腕を掴み留める。
上目遣いに見上げる義妹の視線に、俺はゴクリと
「つめ」
「へっ?」
「爪伸びてるから、ついでに切ってあげる」
掴んだ腕を返し、火乃香は俺の両手指を見つめた。確かに少しばかり爪が長い。
「もしかして、さっき呼び止めたのもそれか?」
「そうだけど、なんで」
冷や汗を浮かべる俺とは対照的に、火乃香は平然とした様子で答えた。
変に意識しているのは俺だけだったのか。
そう思うと途端に恥ずかしさが込み上げて、俺は「コホン」と咳払いした。
「さ、流石にそれは悪いからいい」
「よくない。放っておいたら兄貴、爪が欠けるまで切らないでしょ」
「けど……」
「言う事聞けないなら、今日の夕飯は兄貴の嫌いなピーマン料理にするよ」
「うぐっ!」
じっと鋭く睨む火乃香に俺は二の句を継げず怯んでしまう。もはや脅迫だ。
「ほら、早く座って」
先程と同じく、火乃香は自分の隣を叩き催促する。
こうなっては観念するより他にない。俺は渋々とベッドに座り直した。
「ん、よろしい」
どこか得意気に俺の左手を取ると、火乃香はそっと優しく爪切りを当てた。
――パチン、パチン。
爪を切り
内心はヒヤヒヤだったけど、火乃香は爪を切るのも得意らしい。
深爪はもちろん痛みも無い。むしろ気持ちが良いくらいだ。リズムよく切られる爪の音も
さっきの出来事で焦る俺とは裏腹に、火乃香は微塵も動揺していない。義理とはいえ兄妹だし、それが当然の反応なのかな。
「はい、終わり」
などと考えている間に、火乃香は両手とも爪を切り終えていた。少しだけ名残惜しいが、俺は「ありがとう」と微笑みかける。
「……兄貴ってさ」
「んー」
「指
「そうか?」
「うん。なんか男の人って感じ」
「気にしたことないな」
「そうだよ。だってほら。指の長さはわたしと変わんないのに、大きくて力強い感じするし。なんか、ずっと触ってたいかも」
口端に笑みを浮かべながら、火乃香はまた俺の手を取りペタペタと触れる。
指を伸ばして大きさを比べ合ったり、握り合って感覚を確かめたり。
ただそれだけのことなのに、俺の心臓はドキドキと早打ちを刻んだ。
「あ……ありがとな火乃香。さーて、俺は映画でも観ようかな~」
サッと手を引っ込めた俺はわざとらしく声に出して、俺はそそくさとベッドから腰を上げた。
――がしっ。
だがその瞬間。
ベッドに腰かけたままの火乃香が、勢いよく俺の腕を引いた。
「うおっ!」
不意を突かれた俺はまたもバランスを崩して、呆気なくベッドに転がされる。
そうして仰向けに倒れた俺の上へ、火乃香が間髪入れず覆い被さってきた。
「ほ、火乃香?」
「……」
抱き合うみたく体を密着させる義妹に、俺はしどろもどろに名前を呼ぶ。
だが火乃香は応える気配もなく、俺の胸板に顔を押しつけた。
鼻腔を
細く柔らかな感触を全身に受け、心臓はこれでもかと激しく
火乃香の
慌てて逃げようと腕を動かすも、火乃香に右手を取られてしまう。
同時に火乃香は半身起こして、馬乗り気味に俺を押さえつけた。
注がれる視線に熱が
五感のすべてが火乃香に向けられる。
絡み合った指と指。
ささくれの傷が、チクリと痛んだ。
〈つづく〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます