【短編】最近できたクールな義妹が可愛すぎて俺は今日も誘惑に負けそうです ~朝日向火乃香と小さなささくれ~

火野陽晴《ヒノハル》

【8月上旬】朝日向火乃香と小さなささくれ 前編

 「――あいたっ!」


とある休日。洗面所へ向かうため部屋の扉に手を伸ばした俺は、木のに触れて指先を怪我してしまった。

 1LDKの安アパートだし、もう何年も住んでいる部屋だからな。こんな事くらい普通にあるか。


 「どうしたの兄貴!」


悲鳴にも似た俺の叫声きょうせいを聞きつけ、義妹いもうと火乃香ほのかが慌てて駆けつけた。


 腰まで伸びた長い黒髪を振り乱し、スラリと長い手足を惜しげもなく晒して。

 そんなモデルのごとき抜群のプロポーションに、火乃香のクールな雰囲気はベストマッチしている。

 紛うことの無い美人だが、15歳という年齢がかもし出して。


「ちょっと指先を切っただけだよ。トゲが刺さってるワケでもないし、少し血が出てる程度だから」

「血って……ちょ、ちょっと見せて」

「大丈夫だって。つばでもつけときゃ治る」

「ダメ。ちゃんと見せて!」


あっけらかんと笑ってみせる俺に反して、火乃香は眉をひそめながら手を伸ばす。

 こうなると火乃香は強情だからな。俺は観念して怪我した右手を突き出した。


 「まったくもう……自分の事になるとすぐ適当に済ませるんだから」

「お前が大袈裟なんだよ。こんな傷くらいで」

「じゃあ、わたしが同じ怪我しても放っとくの?」

「アホか。ちゃんと手当てするわ」

「言ってる事メチャクチャなんですけど」


呆れたように肩をすくませ火乃香は戸棚から救急箱を取り出し、部屋の奥にあるベッドへ腰を下ろした。


 「とりあえず消毒するから、ここ座って」


ポンポンと自分の隣を叩きながら、火乃香は消毒液と絆創膏ばんそうこうを取り出した。

 まるで母親のような言動に、俺は思わず吹き出してしまう。


 「なに笑ってんの」

「いや、火乃香の方がよっぽど大人だと思ってさ。まだ高校生だってのに」

「本当それ。兄貴の方が12歳も年上なのにさ」

「ははは。火乃香みたいなしっかり者の義妹が出来て、俺は本当に恵まれてるな」

「……めても何も出ないから」


幼い子供にするみたく火乃香の黒髪を撫でれば、頬を赤く染め唇を尖らせた。

 

 素直になれない姿も、また可愛いらしい。

 時折、義兄妹きょうだいであることがうとましく感じる程に。


 妹にこんな感情を抱いては『シスコン』などと揶揄やゆされそうなものだが、その点は問題ない。


 なにせ俺と火乃香は、血の繋がらない義理の兄妹なのだから。



 ◇◇◇



 ――数年前。ウチの親父は離婚届と多額の借金を残し失踪同然に家を出た。というのも親父は他所に若い女を作り、いつの間にか再婚したらしい。


 火乃香は、その再婚相手の連れ子だ。


 そして2ヵ月前。ウチの親父と火乃香のオフクロさんが事故で亡くなり、他に身寄りの無い火乃香は俺の元を尋ねてきたのだ。


 血が繋がらないとはいえ、火乃香はれっきとした俺の義妹だ。見捨てる事など出来なかった俺は【未成年後見人みせいねんこうけんにん】という制度を利用し、火乃香が成人するまでの3年間だけ保護者代わりになった。



 ◇◇◇



 「――はい、終わったよ兄貴」


怪我をした所に消毒液を吹きつけ、火乃香は絆創膏を巻いてくれた。ここまで大袈裟にしなくても良いと思うのだが。


「まあでも、ありがとうな火乃香」

「どーいたしました。あ、ちょっと待って兄貴」

「なんだ」

「兄貴、自分の指にも出来てる」

「ん、そうか?」


言われて俺は自分の手を見た。そういえば爪の周りが少しケバだって見える。これも『ささくれ』って言うんだな。ややこしい。


 「ちゃんと手のケアしてるの?」

「ケアって、どんな」

「ハンドクリーム塗ったり保湿したり」

「そんな事するかよ。男だぞ」

「うーわ、なにそれ。古くさー」


汚い物でも見るかのような火乃香の視線に、グサリと鋭い痛みが胸に走った。この胸に出来たも、何かしらクリームを塗れば治るのかな……。

 イジイジと手遊びして項垂れる俺の姿に、火乃香は「はぁ」と溜め息を漏らす。


 「仕方ないなー。わたしのハンドクリーム貸してあげるから、もっかい手出して」

「……別にいいよ。どうせ俺は古い人間だからな」

「なにイジけてんのさ。てゆーか、健康管理はちゃんとしておかないと、すぐにガタが来るよ。指のささくれって、放っとくと悪化するし」

「ほんまかいな」

「そうそう。だから大人しく手ぇ出して!」

「あ、おい!」


半ば無理矢理に腕を取られて、火乃香は俺にハンドクリームを塗っていく。

 ただ肌に伸ばすだけではなく、マッサージをするみたく丁寧にクリームを塗り込んでくれた。


 「こうやって血流良くした方が、も出来にくくなるから」

「にゃるほど」


冗談っぽく答えるも、俺は内心冷静ではなかった。

 火乃香に手を握られて、心臓がドキドキと昂っていたから。


 兄妹だけど、本当は兄妹じゃない。

 照れ臭くて、どこか気恥ずかしい。


 にも関わらず火乃香のマッサージが気持ち良くて、目がトロンと微睡まどろんでしまう。まるで子守歌でも聞いているかのような、ふわふわと浮くような心地で。


 「はい、終わったよ」

「ん……ありがとう」


まるで若返ったように両手が瑞々しい光沢を放っている。俺の手じゃないみたいだ。

 揺蕩たゆたう意識のまま落ちるまぶたを擦り、俺はのそりとベッドから立ち上がる。


 「あっ、待って兄貴! まだ終わって――」


だが直後、火乃香が俺の服を掴んで引き止めた。


「うあっ!」

「きゃっ!」


強く引かれた反動でバランスを崩し、俺は火乃香に覆い被さるみたくベッドへ倒れ込んでしまった。


「……」

「……」


静寂と沈黙の中。頬を桜色に染め上げた火乃香が、輝く瞳で俺を見つめる。


 熱の籠ったその視線に、俺は意識を絡め取られたみたく動けないでいた……。




 〈つづく〉

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