シン・愛のしらたま

しおとれもん

第1話

    「シン愛のしらたま」


第一章「光合成ハウス創始者・勇者篠山静夫」


 日本の独楽の様な形をした小惑星ベヌーは、リンカーン地球近傍小惑星探査に依り1999年に発見された。

 地球に衝突するかも知れない隕石だ。

その確率は、0.057%で、地球への衝突が極めて少ない。

 太陽を周回する軌道を取っているが、2182年には危険な軌道がある。

と、言われている。

 そして水星よりも太陽に近い軌道を持つアーツハイマー・コロナ星も太陽の膨張により太陽に吸収される危険性があった!

 そして・・・。

「ワレワレは宇宙人だ・・・。

ヒューストンのジョンソン宇宙センター・NASAが受信し、宇宙航空開発研究機構、JAⅩAに転送されたものを受信して政府の防衛省宇宙局及び厚労省にも伝達された。

 太陽の寿命は約1〇〇億年だ、あと50億年後には太陽が大きく膨らんで地球を飲み込んでしまうと言われていた。

 惑星は、水星よりも太陽に近く水の無い乾いた星であることが分かっていた。

地球から8光分離れている。

 光速で飛ぶと太陽まで8分間掛かって到着出来る距離だった。

あと1万1400年で太陽の終末が始まり100倍に膨れ上がって行く過程で惑星アーツハンマー・コロナ星を飲み込む。

 つまり太陽の裏側に存在する惑星コロナは、天文学的距離から言うと太陽系の星達と変わらない星間の位置関係にあった。

「コロナウィルスは宇宙人かも知れないですね。」

近頃の宇宙人の大きさは風邪のウィルス並みの大きさで、既に地球に入り込んで寄生し、人類をコントロールしているかも知れないと科学者の篠山静夫(ささやましずお)教授が言っている。

 近いうちに大学の研究論文に書くそうだ。

いや、しかしアルツハイマーの犯行声明が出たのに・・・。

 気は確かか?と新聞に書かれていた。

「誰がアルツハイマー型認知症ですか!」

両頬をプルプルと波立たせ、顔を真っ赤にして頭から湯気が出ていたから助手の大原輝(おおはらあきら)はかなり心配していた。

 ここ、裏六甲北神戸外語大学分校、理工学部では U・F・O研究会なるものの会員が聴いたら喜ぶ惑星アルツハイマーの犯行声明に寄生した宇宙人が篠山教授をコントロールしているかも知れないと記事に出たものだから浅い憶測を呼んでコンペにも出してもないくせに教授の意見と言うだけでU・F・O.研究会の存在理由を明確にしようと画策しようとしている。

 U・F・О研究会女性会長がニタリと白い歯を見せ、口角に見える白い歯がキラリと光った。

 存在がオタクで陳腐なだけに時折空を見上げて、半開きの口角からヨダレが垂れているのにも拘わらず新興宗教並みの会員数は日を追って新規会員が増大しているのを懸念して大原輝(おおはらあきら)は篠山教授にランチ後のコーヒーを誘い大学の一角にある喫茶「エイリアン」の窓際に席を取った「最近勉強していますか?大原クンからのお誘いとは光栄ですねぇ・・・。」カップを持ったままニコニコと微動だにしない篠山教授を正視していた大原輝(おおはらあきら)だったが・・・。

「せ、先生?」強張った顔を相手に向け情けない顔をしていたにも関わらず真顔に切り替えた教授はカチャリ、とコーヒーカップを置き、「呼ばれるまで止まっていようと思ったのですが、貴君の狼狽振りが痛く心を打ったものですからねえ。」冗談では無かったんです。

 と、付け加えて言った。

「時に大原輝(おおはらあきら)くん。」カリッと、お茶請けのアーモンドを一つ摘み小気味良い音を立てて二つ目も口に放り込んでガリガリと容赦なく奥歯で前歯で、粉砕するまで噛みつづけた後で、ブレンドコーヒーを口に含み歯の裏や奥歯と歯茎の間に残ったアーモンドをゴクリと胃に流し込んだ。

「何とも美味しそうな食べ方をされますね。」両指を組んで篠山を見ていた。

「エイリアンのタマゴ、お待たせしました。皿に乗った普通のゆで卵を二個が、届いた。

「量子コンピューターは理論上の夢の次世代コンピューターです。もはやスーパーコンピューター富岳は古典コンピューターに過ぎず、計算能力は富岳の258倍!」

「夢の技術と言われていた量子コンピューターがカナダのベンチャー企業に開発されて製品化出来たんですよね・・・。」知ったばかりの情報を今、篠山に繰り広げる大原は得意満面の様相をしていたが、そんな事はお構い無しに篠山はゆで卵に塩を着けるか、マヨネーズかを迷っていた。

 「量子学?一万年掛かる計算が僅か20秒で済む?」鸚鵡返しに大原を見据えて、背凭れに背中を預けた。

「一億円くらい掛かりますよ購入しようとしたら。」と、付け加えた。

「もう暫くしたら、渋滞が無くなるかも知れないのですよ?量子コンピューターが社会全体の渋滞を俯瞰的に観て、経路深索をときいな量子アニーリングマシンを活用した渋滞の解消に向けたベクトルが渋滞に悩む各国を研究させて居るんですねぇ。」

「可決されたスーパーシティ法案の監視システムに量子コンピューターが使われるかも知れないですね。」

 持ち前のサイエンス・フィクション知識を駆使した言い回しが好きだった。

笹山教授の建築学を受講して、受講後に彼の虜になっていた。

 今は助手的な活動をしている。

小難しい話しは大の苦手な大原は眉間に皺を寄せて聞いていた。

 話の半分は右耳から抜け出ていた。

「で、コロナウィルスは何処から来たとお思いですか先生?」

フェイントを掛けて間合いを詰めようとしたが、無駄な抵抗だった。馬の耳に念仏だった。

「太陽から発せられたコロナウィルスをエイリアンの手に因って栽培したコロナウィルスをパルス電磁波の様に地球の成層圏から拡散された物がコロナウィルスなんですよ、アメリカの気象衛星が紛れ当たりでU・F・Оを捉えています。」自慢げに・・・、述べる。

 NASAに行けばその画像が観られますよ?」空かさずカウインターパンチを喰らった大原は、「行けません!」即答したが、「時に大原くんあなたは血色が良いのか、悪いのか、時々赤い頬っぺたをしていますね。二次的な高血圧ではない事を祈りますよ?」ゆで卵に塩を着けて食べていた篠山は抜け目の無い観察力を持っていた。口をへの字にしてメガネの奥はギラギラと、光っていた。

「中亜帝国がコロナウィルスを開発したと思い込んでいる人は少なく無いでしょうね?既存の偏見は払い落として新たな共存共栄に向けて闘いませんか?」

「新たな抗コロナ剤として白血球バクテリアを開発しました!これはワクチンではないのです。分りやすく言うと抗がん剤の様な存在です。緻密な量子学的計算を施した生物化学兵器です。」「宇宙の脅威に勝つ為に!各国一致協力しようではありませんか!?」鼓舞していた。

大原にも篠山自身にも・・・。

「私が行きつけだった喫茶店のマスターも亡くなりましてねぇ・・・。私が校長をしていた時の高校の卒業生だったんですよ。」テーブル上に両肘を置き、指を組み下顎を乗せる。これは篠山静夫が物思いに耽る時のポーズだった。

 が、やがて力なく両肘のベクトルは大原に向かっていた。

 ハラハラしながら大原はコーヒーカップの淵に篠山の組んだ両手が当たり中のコーヒーが零れてしまうのではないかと、心配していたが篠山はその動きを止め解き上を向いて両腕を膝の上に置きはたと、大原の顔面に向き直り、、「白血球はウィルスを攻撃出来る性質があるから白血球を鍛え上げればいいのです!」腕立て伏せと腹筋を連想していた。

 サッ! と明るさが差し込んだ表情には今だ嘗て無い篠山の、もうトキメキが胸を破り躍り出てしまいそうな勢いがあって、大原の席にまで僅かな鼓動の動きに空間の歪が共鳴するのを感じ取れた。同じパッションに向かっていた。

「先生・・・その、白血球とやらの血液を誰から採取するのですか?」最もな質問だと大原自身に言い聞かせたから全うな答えが返って来るもんだと思っていた大原には意外な答えだと認識するのには十分すぎる返答だった。

「僕の白血球は地球上で最強です!だから僕の白血球が地球を守り抜くのです。」

90歳以上の教授が?・・・血液から採取?大丈夫か?「今僕を観て大丈夫かなと思ったでしょう?」ギクッとして持ったカップをガシャリと置いた。

 えっ?妖怪さとりのようだ? 胸を過ぎったが何も言えずに篠山を見詰めていた。

「本当はオオサンショウウオの血液が望ましいのです。オオサンショウウオは日本の特別天然記念物です。希少動物で今まで絶滅しないで繁殖している生命力は凄まじいものがある。しかし、日本国が許さない。サンショウウオは食べても、ノープロブレムです。次に眼を向けると類人猿が存在しますが、人間に類似しているという点では頷けるが人種が多い。誰に白羽の矢を当てるか・・・。」

 歯を食いしばり考える篠山だったが、これ以上食いしばると奥歯が崩壊しそうなので、「ゴ、ゴリラはどうですか?」大原が案を絞り篠山に投げかけた。「うん!良い所に気付きましたね。」ポーンと膝を叩いてコーヒーを一口飲んだ。

「ゴリラには潜在的なパワーはある。しかし、神経が繊細で身体は丈夫かと言えばそうでもない。コロナとの戦いには図太さが必要なんです。」

 困った表情で大原を見ていたが、思い出したようにアーッ!と、短く発声した後で「だから僕の血液が使えるんですよ、大原君クン。」

「白血球には五種類あるように免疫担当のパトリオット型マクロファージ、レーダーが備わっているイージス型の好中球、これはリンパ球ですがね。自分以外の侵入者を排除するサード型のリンパ球、そしてアレルギーに関与する好酸球と塩基球等があり我々は好中球とリンパ球をミックスした攻撃的トマホーク型の「しらたま球」を作ってワクチンに混入させ、日本国民にイヤ、地球人に投薬します。

 しかし、これの恐ろしいところは増殖した「しらたま」がガン細胞を作り副作用として白血病を発症する懸念が残っているが、先ずは作って厚労省に許認可を貰う事ですからね。」

カリッ!「あ、僕のアーモンド。」呆気に取られていた。

「これはこれは、済まないですね、僕のが無くなってしまったから目の前をみたら5粒もあるではありませんか!君は好きな物を取っておくタイプですか?それは感心しませんねえ・・・。」

 顔面に訝しさを漂わせ大原をまじまじと見つめる篠山は口のなかをモゴモゴと舌で掃除をしていた。

「奥歯に物の詰まりは気持ち悪いですからね、ちょっと出ましょう。」

 と、言うことで大学の喫茶店を出た二人はそのまま校舎の平屋北側ラボへ向かった。

研究室は、北六甲有料トンネルに通じる接道にあった。

 格子状の鉄の門扉は両開きタイプでステンレスではなくて、青銅をイメージして昭和の初期に建造したものだった。

 接道は東に西に延びるラインで勾配は、約15%だったが、敷地に脚を一歩踏み入れた刹那はすこぶるフラットで、足のふらつきも感じないくらいだった。

 研究室は南に延びている一歩道で、右手には煉瓦作りの花壇が黄色い花を咲き誇るすみれの居住サイトで、すみれ以外の花壇が3区画程度設えていたが、まだ土が引き均した直後の様で発芽さえも未だの様で発芽しないと此処に埋めた種子の種類が分からないと篠山教授が言っていたが、

二、三言葉を交わす内に平屋の木造戸建ての玄関前に辿り着いた。

 白いペンキで塗られた片引き戸は昨日の春雷で湿って開け難。

「かなり古い建築物ですね、片足で蹴飛ばしたら倒壊しそうですね。」

大原の言葉に怪訝な面持ちの篠山教授だったが、「築20年ですね・・・。」

 篠山はおおらかな質で決して怒りを露にしないタイプだったが、今の大原の発言は、慇懃無礼な奴としてアーカイブに納めていた。

 無言でドアを少々持ち上げ左に押し開けると、素直に開ける事が出来た。

中に入るとつん!と湿気臭い木の香りがしたが、2人は全く気にせず廊下を進んで行った。時 々床が不陸で緩く脚を踏み抜きそうで恐々、コソ泥の様な歩容になって、しかし呼吸は整と行われていた。

 薄暗い廊下を突き当たって右の片引き戸が篠山のラボだった。

「これは・・・、な、かなか・・・、キツ・・イね。・・・うん!」んんん~! 

脚を踏ん張り右へ引き開けたいようだったが、建具の下部が白蟻に食われていて、もろもろに腐っていたから建具滑り材のコマやレールが引き戸に埋没していてその摩擦が開けられるのを拒んでいた。

「白血球の取り出しには注射器が4菅必要ですからそれなりの器具を調達しなければいけません。」ラボの中は清潔感が溢れ異臭など漂う筈の無い研究後の片付けや丹念な清掃が施されていた。

 採光の為の腰窓や上部窓の窓という窓には全て面格子が施されて侵入者など入る隙もなく、窓ガラスには断熱性のある結露をしない三層の木枠が使われ、ガラス面には、防火仕様のガラス面を選択されていて細部には24時間換気システムが採用されていた。

「充分過ぎますね。量子コンピューターの設置場所には日当たりが良くない北側の出入口側の事務用デスクの上で良いと思いますよ?銀行の金庫扉のような開閉ドアは、バズーカ砲でも壊れないような構造になっています。」金庫扉を眺めながら篠山は掌でパンパンと、扉を叩きながら大原に説明をしていたが、当の大原は金庫扉の手前の緑色をした金庫の方が気になっていた。

 篠そして篠山は、篠山の意向でこうなったと、大原に事細かく説明してしらたま開発計画の工程表を手渡した。


第2章「愛国者、31枚のコイン」


 甲定評を手渡しながらしみじみとしらたま開発計画の経緯を語り出した。

「キリストを裏切ったユダの取り巻きは、30枚のコインの仲間です。」

篠山静夫教授は滔滔と口を開き自身の親族に纏わった物語を打ち明けていた。

「父は、海軍に学徒動員で生きて帰る事が出来ない戦艦大和の護衛官に志願しました。その後見事沈められて靖国で会う約束をしてから血だらけで海に浮かんで、二日後に助けられました! 敵の米軍にです。助けられて3日後に意識が戻りお腹の弾丸は、摘出されていて綺麗な包帯で包まれていたそうです。その時の軍医さんとは、代が変って、今も家族ぐるみのお付き合いさせてもらってます。父以外の負傷した乗組員は、手当てのかいなく助からなかったそうです!すまないとアメリカの海兵隊に謝られて父は、涙かでてしまったらしいです!アメリカ海兵隊も泣いてくれて手厚く葬ってくれたと僕の父が話してくれました。その時の僕は予科練で、明日ゼロに乗って飛び立つという時でしたからそのような事に父は巻き込まれているとは、露程も知りませんでした。しかし、日本は負けました。」

 沈痛な面持ちで天井を見上げていた篠山を観た大原は天井に何か書いているのか?と、思っていたが、篠山が涙を止める為に上を向いていたとは露程も知らなかった。

 やがて大原へ顔面を向き直して大原の眼を見つめて話し始めた篠山の顔は光り輝いていた。

「この話を父から聴いたとき、眼の前がパッ!と明るくなり先の大戦を教訓にして、世界平和を作って行こうと思いました。世界を渡り歩き情勢を知る事にしたのです。手始めにオーストラリアとニュージーランドへ行きました。ラグビーチームのオールブラックスを眼前に、ハカを踊る彼らを目の当たりにした時、僕の魂と身体が打ち震えましたね。ザ・ソウルジャンプス!と、いう事ですよ大原くん」僅かに大原の手も震えていた。

 真一文字に口を結んで、ウンウンと、二回頷き声を出す事を憚られる大原の心はいたく感動していた。心の機微が痺れ、大原は篠山と同体になった気がしていた。

 ラボの実験台を囲み二人は黙ったまま佇んでいた。

西日が傾倒し、薄ら寒いオレンジ色の長い光がこれから始まるドラマを照らし出すかの様に静かに光の領域を延ばしていた。

  NASAに移管したエリア51にあるコロナウィルスを篠山教授の名声だけで取り寄せが出来ていた。

「骨が折れました、年寄りにはね・・・。」と、サラリと言ってのける篠山教授に奥ゆかしさを感じ「センセー!」と、抱きつきたかったが、このご時勢、急接近には憚られたから止めて置いた。

 篠山の肋骨が折れそうだったからだ。

 シャーレにあるコロナウィルスに篠山から採取した白血球を投与した。

モニターに映し出されたコロナウィルスの回りに5500個のリンパ球がコロナを取り囲む!「いよいよですね。」生唾を飲み込む・・・。

「アッ!」全員凍りついた! モニターが写していたのは、一個のシャーレだけ・・・。

 隠れる凹凸のない底面に5500のリンパ球の最後の一個が変異したコロナウィルスに飲み込まれる動画を篠山、大原両名は見届けた。

「変異種はリンパ球の約三倍もある強烈なウィルスですね。この研究で分かった事は、既存の白血球では歯が立たない。つまり防衛力はゼロ! これは宇宙の脅威に勝るトマホーク型のしらたまを作るのは困難ですね。」ハァーと短い溜息を突いた篠山は何処かしら疲れている様な身体の歪が在る様な感じさえ見て取れた。

「大丈夫かな先生・・・。」かなり心配していた。

「トマホーク型を作るには好中球と塩基球を鍛え直さなければなるまいと、リンパ球特訓キャンプを張りリーサルウェポンを造る事にした篠山静夫は生まれ故郷の丹波篠山市今田町へ帰郷し、川という川を一つ残らず調査し、川遊びと言えるほどのはしゃぎぶりは圧巻だった。

「いやあ、懐かしいですねえ5歳のときに帰った様に、丁度89年ぶり でしたねえ。」満面の笑顔に体力の心配もなく、「こうして子供の時の様にサンショウウオを獲り、蒲焼にして食べる事は上質のたんぱく質の摂取が身体に良いのだろうと大原はホッとしていた。

「もう94歳ですもんねえ篠山先生?」そういう大原も今年は還暦だった。

狭い世界の神と対峙した! それは篠山教授だと知る。

 変異種ウィルスは最強かも知れない。

自信を持ってぶつけたしらたまが、いとも短時間にこんなにアッサリと遣られてしまうとは! 気を取り直して英気を養う為にラボからいざ出陣した二人は白衣姿だった。

川遊びを堪能した篠山達、二人はラボに入り浸りその刹那がやってこようとは想っても見なかったが・・・。

 改良しなければならない! 暫時だ! 量子コンピューターにウィルスとしらたまの戦歴、プロフィール、サイズ、ベクトル、その他諸々、知り得たデータを打ち込んだ!

 何時もの様に椅子に座りブラインドタッチは篠山教授が打つキーボードの事だと知っていた。

 が、そのスピードは、並の人間業と思えない目眩くその場面はしらたまの改良に成功するか否かは、神のみぞ知る。

「蟹の味噌汁・・・に聴こえる。」そっと呟いた。

「何の味噌汁ですか?」タラリと汗が! シビアな、センセ・・・ウフッとはにかんだ。

ちょっと気持ち悪いですか? クチパクをして、篠山をやり過ごした。

「僕はアサリの味噌汁が好きですね。」でも貝の毒がね・・・。

 と、言おうとしたときバッと両手を上げて立ち上がった! 勢い良すぎて、天井まで届きそうなくらい飛び上がった! フロアに着地した篠山はニコニコとして微動だにしなかった。

「そうですアサリの毒です、ボトックス注射も毒を 注射するんですよ! つまりボツリヌス菌をね?人間がか口にしたらあの世行きですからね、変異種コロナをあの世へ送ろうではありませんか?」ガッツポーズ!ガッツポーズ!ガッツポーズ!

「せ、先生!」すっとんきょうな声が篠山を押し潰した! のけ反った篠山の首は直角に、上半身は真左に、右掌は左胸の、つまり心臓が驚き激しい鼓動に身体が、付いて行けてなかった だから掌で無意識に手当てをしていた。緊急事態だった!

この事態を察した大原は静かに「量子コンピュータが答えを出す前にアサリの毒を引き出しました先生!」崩れ落ちる篠山を両手で抱え「ご自宅で療養してください。」篠山の身を思いやっての事だったが、篠山は、顔を顰め首を縦に振らなかった。

「何処の海岸で取れますか、的形かな?」

篠山静夫教授の自宅は赤松台ビール工場の南に構えていた。

 敷地面積150坪、延べ床面積60坪、8LDK+S+インナーガレージ2台分があるが、1台はベンツ、ロールストイスマイ・バッハ。

 残りの1台分はゲスト専用ガレージだった。

「大原くん看護師の庄屋三咲(しょうやみさき)さんを招致してますからお迎えしたら二階の南東の角部屋へ案内してください。ミニキッチン・バス・トイレ・サニタリーは全て内装してありますから遠慮しないで使って下さいと言って、それと食事は・・・。」

・・・。暫くしても教授の言葉が聞こえない! 胸騒ぎがした! 急いでベッドサイドへ駆け寄る!

 しかし教授は・・・、眠りに就いていた。静かな寝息を立てていた。


第3章 「しらたまの原理」


 間髪居れずにチャイム音がして、インターホンから滑舌のハッキリした女の声がした。

「庄屋です。」初めての屋敷に戸惑いを感じ眼の前に居る男とヘルパー達を認識していなかった。

 縦横無尽に見回す直美の視線は階高5mの半分以上上方にあったからだ。

「あ、・・・・・。」懐かしい輪郭! サキちゃん。言葉に詰まった。懐かしい匂いがした。

 一階北東の応接室に案内した。片引きドアを引いて直美を室内へ通し、黒いソファに腰を落ち着かせていた。

 篠山の執事の様に客用のコーヒーを入れ差し出した。と、同時に二人のアーカイブが開いて再生されていた。

「ハナビでも打ち上げ花火や手で持ってする七連発、線香花火や蛇花火も花火として、有りますね。」

「詳しいですね、良く知ってますねえ。」と、相手の男性が突っ込むと、「学生時代に僕は、花火師アチャコと呼ばれててん。」

「そんな駄洒落言うたらあきませんがな?」次の展開に粉を振り掛けると、「駄洒落ですか?なにを言うてんねんきねんぶつ!」ここで腹を抱えて笑った。

 大原は、高校2年生で遅まきながらラジオ番組の「ヤングタウン」通称「ヤンタン」に嵌まって毎日の様に聴いていた。毎日放送だけに・・・。

 木曜日のパーソナリティーは、笑福亭鶴光師匠と毎日放送アナウンサー角淳一氏だった。

掛け合い漫才の様にテンポが良くて聴きやすくテスト勉強にはもってこいのラジオ番組だった。

 当時のヤンタンは人気絶頂で飛ぶ鳥を落とす勢いだったし、ヤンタンブックなる書物を読みたくてなけなしの小遣いを叩いて渋々購入したら結構面白いので、神戸電鉄の「しんてつながた」駅から鈴蘭台駅まで下車後の高校の表門まで歩きながら読んでいたが、ある朝、先生に見つかり没収されてしまった。

 人生のパートナー為るヤンタンブックを取り上げられてしまっては、元も子もなく入部していたラグビー部で頑張るしかないと練習に励んでいたある日、体育の授業から居残り補習でグランドを一人走る庄屋三咲を観たとき! 電撃が頭の天辺から足の爪先までビビっと走った。

 庄屋三咲と言えば泣く子も黙るレディース(コチョーラン)を統括する総長だ!大原も知っていた。

「がんばれー庄屋さん!」思わず声が出たが、彼女のリアクションは、ニコッと微笑んでくれた!心臓がバコバコと、躍っていた。一目惚れだった。

 オレンジ色のブルマが通りすぎるときに首を傾げて振り向くと小さなお尻が右に左に大原を誘っていた。

 オレンジのブルマ・・・!9月の西陽が暑くなく只、夕焼けのオレンジが切ないと思う。校門のキンモクセイが匂いの粒子を迸らせ大原と三咲に纏わっていた。

 秋は恋の季節・・・。こう認識したのは下校時に逢瀬を重ねた三咲との思い出が乱形石の様に様々な」形を残して散りばめられていたからだった。乱形石の一枚目を捲った。

「ちょっと話しがあるんだけど・・・。」いざ!告白タイムだ。

「なんや、タイマン張るんか?」一瞬たじろいだが、真っ直ぐに三咲の目を見ながら「好きなんです。付き合ってください。」と告白したメタセコイアの根本、太い幹に凭れ輝の全ての言葉と気持ちを受け止めていた。

「・・・、うんいいよ。」クスッと笑った三咲に女の子の本質が見え隠れして、今のクスッを探して暫く三咲の顔を見ていた。

 一筋の秋風が吹いた機会に三咲は、半笑いの女の子の姿を残して後ろ手を組みながら教室に戻って行った。シャワーコロンの余韻が大原の胸に留まりそっと、抱き締めたが何の抵抗も無く両肩を抱いていた。

 三咲のときめきの中で遠ざかって行く痩せた背中を暫く見詰めていたが、それが校舎の出入り口だと、気付くまで相当な時間が経っていた。

 二年一組、昼休みの五時限目前の休憩時間のひと時だった。

庄屋さんが付き合ってくれる。

 「どうしよう?一年生の時みたいに交換日記?メタセコイヤの根本で逡巡する大原・・・。

つまらん事するから振られた。今回は詰まらない事はしない。決意していた。

 一緒に帰る?喫茶店に行ってタバコを吸う?何せ暴走族の総長だから・・・。

 悪ぶって大人っぽくアイスオーレを飲むか? 日曜日にデートに誘う?パチンコとか。

きてくれるかな?一通り逡巡して一緒に帰る時、デートに誘った。

10月最初の日曜日、10時に湊川公園で待ち合わせをした。

 自転車を飛ばし10時に着いた。どんな服装をしているんだろう?

大原の服装はジーンズとウインドブレーカー、自身の内で一番決まっているスタイルだった。

 湊川公園に漬いたら三咲はもう来ていて、青空を仰ぎ見る三咲を遠くから見詰める大原は、三咲に声を掛けるのを忘れ見蕩れていた。

 小さなポシェットを右肩から掛けた少女が鱗雲が東から西へ流れて行くその様を珍しそうに三咲は観ていた。白地のワンピースに黄緑のポプラの葉が散りばめられていて、少々大人しい感じの三咲は大原の想像を遥か真逆に裏切っていた。

  無言で公園を一週した。自転車の二人乗りは急接近した二人の鼓動が一つになる。

「東京まで行ってくれ!」え、マジ?「へッ!ジョーダン。」何か喋ってないと陰気な2人やから・・・・。そっか、三周目はスピードを出した。

 左右の太股に力を入れた刹那、「普通の輝が好き!」耳元に届いた呼吸の真実・・・。

三咲の真実なんて気付きもしなかった鈍感な大原だった!セピア色の恋バナが消え正気に戻る。「あ、あのォ、大原です。」あっ?三咲の顔面が驚いたようで、口許が強ばってから直ぐ後で力を抜いた様な優しげな顔に戻っていた。

「どーしたのそれ?」

「久し振り!どーしてたの?」の代わりに左半身をマジマジと見詰めて驚いてくれた。

「酒の飲み過ぎ。」こんな時は自暴自棄になるしかない。

「仕事のやり過ぎもな?男の性やもんな。」妻よりも分かっている三咲に大原は再び気持ちを寄せたかったが、もう終わった関係・・・。他人の関係・・・。

 同級生に戻った二人にこれ以上無理強いをしてもクラックが大きくなるばかりと、自身を戒めて一歩引いていた。「で、マリコの方は、どうなった?」興味津々で聴いて来た三咲に忘れていた存在に改めて気付き、、学生時代から現在まで話を引き戻そうと抗っていた。

「サキちゃん結婚してるの?」白々しい事を聞くなよ二人を見た癖に!

「結婚?してないよ、アキラは見たもんナ、ウチらの事。」ウチらって恋人同士の話かよ。

 心の片隅の荒れた襞に残る映像が蠢いていた。

背の高いスマートな男を見上げる様に並んで歩いていた二人・・・。

 あれは、「あれは付き合ってたよ、弟とね。」エェ!お・と・う・ととぉおお!?きんしん・・・AVを思い出した!「彼氏の弟。」なんと。三咲は付き合っていた人に浮気をされて、その相手の女が傘下チームのメンバーだという事が分かりそのメンバーを半殺しにしたそうだ。勿論その男と決別して、その男の兄と出会い恋愛関係になって以来4年間愛を育んでいるという事だった。大原は自分の事をさて置き疑心暗鬼になった事を恥じていた。

「今は礼子と結婚してさ・・・男の子を設けてる。」正直に打ち明けた。

「礼子か。」フーッと、溜息を突く・・・。親友だったよな、サキちゃんと。

言えなかった。礼子の策略に堕ちた大原輝は、裏切りの街角を歩くアウトローの様で、お尋ね者として礼子共々三咲の仲間に狙われていた。

 池長奈緒美、六車深雪、鬼瓦キリコと3人とも幹部だが、切り込み隊長に抜擢されそうなくらい血気盛んでケンカは強く卑怯な程、負けた事が無い! 男の大原でさえも高校を卒業して以来コソコソと逃げ回っていた。

「ふうんアサリの貝毒ねえ・・・。」椅子の背凭れを借りた三咲は、両脚を長々と伸ばし顔を天井に向けて青いマスクの位置調整をしながら「染色体の配列を並べ換えるとか貝毒を白血球に食べさせるとかするのか?」と、三咲が零した言葉に反応した大原は、急いで篠山静夫の休んでいる寝室へ向かった。

「セ、センセイ三咲が、イヤ庄屋さんがヒントをくれました。アサリの貝毒を合成して染色体の配列を並べ換えるとか食べさせるとかしてですね!」ハアハアと言わせながらまどろっこしい刹那を振り切るように「ハイ分かった!」掌を前へ差し出し、大原の言葉を制した篠山はテレビニュースを観ながら指を指し、画面上のテロップを言葉にした。

「それより緊急事態宣言が発出されました。」何を言っているんだろう教授は?と、全体像を掴めないまま立ち尽していた。「今回発出された緊急事態宣言で大学が閉鎖されるかも知れません。いやもう閉鎖されたかも知れない」サッと青ざめた顔面が白く硬直していた。

 折角活路を見出だしたというのに!大学のラボにコロナウィルスの研究用シャーレがあるはず!その他研究用器具一式はラボ内の保管金庫にしまってあるから一度に持ち出しは、可能だ!緑色のリュックサックに一式を詰めてあるから持ち出しは秒殺!

 その事を庄屋三咲に伝えた。「そんな事か、大学が閉鎖していたら侵入すりゃあいいだけの事、ウチらは日本だけでなく世界を救うんだろ?」大義はある。しかし、大義があるからといって閉鎖された大学に不法侵入したら犯罪!日本は法治国家だ。

「我々は正規のルートを所謂プロトコルを逸脱しないでワクチンを作らなければならない。大学からの研究用予算も下りているわけだしねえ庄屋さん?」

 篠山静夫教授の一声で崩れかけたチームガバナンスが元に戻った。


 的形海岸・・・。


「まあ研究用と言えども沢山獲れましたからね、鋭気を養う意味でもアサリご飯といきますか?」

「さんセー。」篠山邸に帰り着き相変わらず素っ気ない三咲の同意を得たところで、早速捕獲したアサリの中から研究用のアサリを取り分け、米とアサリを混合して飯を炊いた。

 宴もたけなわ、饒舌になった庄屋三咲は、「貝毒はアタシが抽出するよ前に播磨医大に居たときラボでは貝を扱っていたので。」

「それは頼もしいです、大原くんはどうしますか?」篠山から期待を込めた視線を送られるや否や「僕は、研究用具一式を回収します。」キッパリと言い切った。

「その前に偵察しろや?」三咲の言葉は的を得ていた。

「三羽烏の情報じゃあユー.研が警備の為に武装して仕切ってるらしい。」

「輝は見付かるなよ?真剣勝負の偵察やからな!」大きく頷く大原の眼は燃えたぎっていた。篠山静夫邸一階ダイニングで食事をしていた三人は完璧なチームだと認識していた・・・。

 三咲や大原はビールを飲み篠山は熱燗をぐい飲みでそろそろと嗜んでいた。

ビアグラスが空になった機会になにか言いたげな表情を大原に向け、暫く見詰めた後で、「輝、んでオマエ終わった話しだけど、なんでマリコに振られたか分かるか?」何て質問?自問自答するには時間が掛かり過ぎた。

と、言うより謎だった。つまり一年生のマリコの為に三年生の大原輝が愛の歌を歌った高校の大荒れの文化祭が終わった後で、一年生が三年生のクセに、しかも三咲の恋人だったヤツと付き合うなんて許さない! 草刈初生(くさかりはつお)にマリコへの三年女子の急襲を恐れガードがてらバイクで湊川まで送ってもらったらマリコはバイクを操る草刈初生に横恋慕して、大原から離れてしまった!

 だから振られたんだよ高校生の恋路を兎や角言うんじゃねえ!と言いそうになったが「池永、六車、鬼瓦は、みんな明石礼子の部下やった。」そこまで言われて気がついた! 大原の女房が策略を?学生食堂前の自販機にたむろしていた一坊が、「大原さんウチの荒木田真理子(あらきだまりこ)が話し有るんでよろしくッス!」そう言われて一年生の話しに付き合ってやった。 案の定、コクられたんだ。

 そう言えば授業用プールの影からこっちを睨む明石礼子の姿があったのを覚えていた。

だから三咲に突っぱねろとけしかけた?「輝くん・・・サキちゃんはね、男らしい人に弱いねんよ?だからサキちゃんがデートの最中に我が儘言って帰る振りするからね?あなたは。無言で踵を返して行ってしまいなよ!?サキちゃんが慌てて引き留めに来るからそうなればこっちのものよ?」それを信じて実行したら一発殴られてアッサリ振られたんだ!礼子の奴!まんまとしてやられた!「サキちゃんはオッパイないのよ?アタシは着痩せするし・・・。」そう言いながらラグビー部室の片隅でジャケットを脱ぎ落とし、白いブラウスの胸の膨らみを強調して大原に擦り寄った。「出来たみたいなの・・・結婚して責任取って?」結婚して3年経っても生まれなかった。クソッ」礼子のヤツ!まんまと嵌められた。

 しかし、真実は違った。三咲が傘下チームのメンバー、浮気相手をシバキ倒したのは礼子だった。しかも、レディースコチョウランを破門にしていたのだった。それを逆恨みした、礼子が悉く三咲の邪魔をしていたのだ。が、知らなかったとは言え愛し合って結婚したのに・・・。しかし、今更離婚など出来ない。優先順位はしらたまを作り世界を救う事!大儀はある。

 池永達3名は大原より先に来ていた。

ファッションホテルが立ち並ぶ裏六甲有料道路の側溝側に3台のバイクが停車していた「遅いなー、アキラ。」鉄格子の重厚な校門にもたれて腕を組み池永が吐いた。

ゴメン、ゴメンと言った後で、「金々のベリーショート金髪スーパーパッキンやなナオチン。」ニヤッとしながら呟いた。六車深雪、鬼瓦キリコはしゃがんでいてタバコを吸っていた

「ルサイ。」横を向いた耳にカミソリの刃ピアスが光った。オバサンになっても少女のマンマか・・・。と、思ってはみたが、同窓会で会うと一瞬で学生に戻るようなモノだった。

「今、ユー研てかユー研の前田が校内をウロウロしてたよ。」

「あそこに有るんか、コロナ一式は?」池永が指した校門の向こう側に外観が古い木造平屋建ての校舎が佇んでいた。

 その入り口の前で十人余りが屯して何かを喋っていた。

「うん あそこの北側に」あるラボに侵入したい。」池永奈緒美を正面から見てメチャ可愛い!と思うのは不謹慎かもと、大原は不謹慎の是非を闘っていた。

 池永が三咲に大学が閉鎖されている事を伝え校門を人知れず開くく方法を篠山から伝授されていた。

「校門の中央の太い鉄格子の下側裏に子供の手しか入らない隙間があって、それに手を潜らせ裏を探るとフランス落としがある、そいつを引き上げると校門は静かに開く。

 平屋校舎のラボは最北端西側の角部屋にあるが、入り口の引き戸の下の方が白蟻にやられ、腐っていて引き戸を一端持ち上げ左へずらし立掛けて置かなければ廊下側に倒れるから気をつけてという事だった。

 先ずはフランス落としだ! しかし、奈緒美の手が入らない!「ドカチンの手かよ、深雪の手はコンパクトやぞ?深雪やってみ?」六車深雪の小さな手は可愛いと評判だったから、皆知っていた。

 フランス落しが解錠して、いざ校舎へラボの引き戸に気をつけて、コロナ一式は緑のリュックサックで、ラボの北側金庫に保管されている。

 コロナのシャーレは培養液がスポイドで一滴垂らしてあるが、乾いていたら培養液を一滴垂らす事、その時は冷蔵庫の培養液を探してやってくれ。

 シャーレは蓋付きで中身が洩れないようになっているから少々走っても大丈夫らしい。

誰が侵入するかで、揉めた。大柄の池永奈緒美と校内に立入った事のある輝が侵入し、六車深雪と鬼瓦キリコが留守を守った「ちょっと待って!」池永奈緒美が制した!

 なにやら喋っていると勘違いだった「手を相手のおでこに翳してるだけやん!」キモチワルゥーと言ったまんま大原の背中に隠れた奈緒美は大柄だから直ぐに見つかってしまうよと、輝に注意を促されそのまんまスタスタと歩いて行った。平屋の校舎に侵入出来たが、ラボは北側だ!引き戸の下側が」腐っている部屋の戸を観付けた!「ここ、ここ!」指差しで奈緒美に促す。二人で引き戸を持ち上げて戸袋に立て掛け、置いた!ラボへ侵入成功!金庫は?あれか・・・。ダイヤルの上に暗証番号が書いてある。

 どないやねん!口を揃えて二人叫んだ!「3さ3さ8や0ま」メチャクチャカンタン! 拍手して、金庫の扉を開け黄緑のリュックサックを持ち出した。

 刹那!ガシャーーン!背筋がドライアイスに触れた様なビリビリ感の有る冷たさで凍った!立て掛けて置いた引き戸が腐っていて下方が崩れ、その上方の重みで廊下側に倒れたのだ!ドタドタ!慌てたユー研の部員がラボへ走ってくる!素早くリュックサックを両肩に担ぎ、両腕を自由にした! ダッシュ! しかし、輝は左半身麻痺だったからダッシュ出来ない! 最初から分かっていた筈、くそっ! 左の踵を着地させ、振り出した右足の踵を着地させたろ同時に地面を蹴る!背中側で池永奈緒美がディフェンスをしている! 追って来るユー研部員をなぎ倒していた!左膝を右肩に着ける様に意識して急いだ!

「キーキー!」と、人為らぬ雄叫びを上げ、殴られてもゾンビみたいにまだ立ち上がる!キー!と鳴きながら異星人やゾンビの様に両手を挙げて追って来る!「こっちはいいから真っ直ぐ走れ!」声が震えて掠れていた。

「ヨッシャ!」前へ向いた。

・・・アッ! パトカーが二台、深雪とキリコに職務質問していた!深雪が校舎の方へ指を指す。池永奈緒美がユー研部員を全て捩じ伏せたところで輝の背後に邪魔は居なくなった。躓くのを恐れる輝は地面を見ながら速い歩行を進めていた。

 警察官が二人こちらを見る!キリコが来い来いと手招きしている!輝がビッコを引いて校門まで辿り着いた!「お疲れえー障がい者の避難訓練。」深雪が正門のフランス落としをセットした。

 肩を叩いて労を労っていた。

「ハイ、お疲れ様ですね、あと、これから大一昨日の様にゲリラ豪雨雨が降るらしく気をつけて帰ってください。」敬礼した2警官は急いでパトカーを走らせ、行ってしまった。

 丁度、北六甲トンネル出口付近で追突死亡事故の通報が有り、パトカーが二台とも現場へ急行するところだった。

「深雪が咄嗟の機転を利かして切り抜けたんよなー。」祝福のキスをされまくっていた。

「アルツハイマー星人が操っていたんでしょうねえ・・・。」篠山の見解だった。

 コロナウィルスが無傷で奪還した事に感慨深げな篠山教授は、そう呟いていた。

庄屋三咲が貝毒の抽出に成功、シャーレの中に培養液を垂らして、たった今採血したしらたまに貝毒を合体させるため、培養液を浸したしらたまの中に貝毒成分を垂らした。

 見る見るうちに貝毒を吸収したしらたまは元の四倍のの大きさに成長し、スーパーしらたまへと成長していった。


第4章「アースの夕日、篠山教授よ永遠なれ」


  試算をしたが、ざっと90億円にも上る!

「とても無理ですね。NASAのニトロ局長に試験結果と、しらたまの経緯を逐一報告しているんですが、何も言って来んのですよ、参りました・・・。」

 本当に参っている様子が如実に見え隠れしていて、大原はこの前の篠山教授の体調をぶり返しては大変だと、心配していた。

「臨床実験をせねばなりませんね。」

「それが成功したら人体実験を通過しないと・・・。」立たされた局面に難しい表情になり厚労省許認可の手順や新薬開発の支援金申請方法等、一度に去来した事実を篠山自身受け止めたからだ。

「量子コンピューターをカナダのベンチャー企業から仕入れ、スーパーしらたまの癌化を阻止するプログラムを構築出来ましたから厚労省の許認可も間もなく下りるでしょう。」

 能天気に大原がVSしらたまのぶつけるコロナウィルスのシャーレの中の戦いの再現を想像している事実とは明らかにレベルが違いすぎた。

 これまでは篠山自身の私財で切り抜けてきたが、もう底を突き始めている。

大原輝、庄屋三咲、池永奈緒美、六車深雪、鬼瓦キリコ達の人件費もバカにならない。

 これまで 人権蹂躙をした事は無いだろうか?当たり前に指示を出し、当たり前に篠山の手足として使ってきた。

 彼らは誰の繋がりだろう?改めて考える事では無く、当初から承知しておかなければ為らない話だった。

 楽しかったから動いた?遊んでいた訳では無い!コロナウィルスの犠牲になった人達のリベンジとして立ち上がった筈・・・。

 周囲の人間が自主的に動いてくれるから助かる?仲間意識を捨てなければ成就しないのでは無いか? 強迫観念に駆られた篠山は、猛省して自戒をした。

 事を起こさねば!

アメリカ保健局ニトロ局長は、もっと早く対応していれば尊い人命を救えたかも知れないと嘆いていた。

 幾千万の人々に悔やみきれない失敗をしたと恐れていた。

コロナウィルスを撲滅するために研鑽している某国のチームには支援金を支払う用意があるからと広告していたら世界はハイライトを見逃す筈が無かった。

「我々は支援金をそつなく申請し、あなたの返答を待っていたんだ!」

世界各国の医学術議会は毎日の様にエアメールを送付し、エビデンスを添付していた。

 Eメールにもスタッフの思いを記述し、開発途上の新薬の案を記載していた。

数千通の申請書の中には篠山静夫からのエアメールやEメールも届いていたが、未開封、未読のままだった! このエラーはどういう事だ!秘書のリンダ・ドミニオンを呼びつけ厳しく追求したところ、理由はこうだった! 先月に型のついた大統領選に使用していたサーバーをフォーマットした為、これまでのアーカイブがリセットされていたからだった!

ヒューマンエラーだ! ミスター・篠山これは残念な事ですが、私は全力を尽くし貴方の住む国の手助けをさせて下さい。

 9千万ドルを申請して下さい。ホワイトハウスの承認・許可を約束する大統領令の副本と大統領自らのサインを添付して、これが真実であることの証明を致します。

 今日のドル相場は105.80円だから95億2200万円?

これは凄い!コロナウィルス全般の研究だって出来る! 出来そうな気がする。

 ナサのコロナウィルスVSスーパーしらたまの防疫実験に総勢五名がオブザーバーとして、参加し固唾を呑んでいた。

 スーパーしらたまの待つシャーレにコロナウィルスを投入した!コロナウィルスは1000個、スーパーしらたまは5500個、直ぐに反応したのはスーパーしらたまだった。

 前回はしらたまの惨敗だったが、今回はしらたま一個がコロナウィルス二個を瞬時に吸収し、コロナウィルスのパワーを使い増幅されたベクトルは、他のコロナウィルスに向けられコロナウィルスを壊滅させるに至った所要時間は一分と掛からなかった。

これがコロナウィルスに感染した人体ならば時間は掛かるだろうが、悪化はせず、末梢神経や自律神経、毛細血管までも防疫に網羅されていた。

「置手紙を残して失踪したんです、礼子のやつ・・・。」心配そうに輝の左肩に右手を当てて顔を覗き込んでいた。

「多分、ユー研のある大学に行かれたんではないですかね?」思いやりの眼差しで優しい口調を放つ篠山は輝にシンクロしていた。

 篠山静夫はチームの進行方向を手引きする訳でもなく、スタッフの家族や私生活迄も気を使える様になっていた。

そして大原輝は、礼子の置手紙を振り返りながら大学へ急いだ!

 「 40年前から機会を狙っていた。

その時が来たから私は去り行く。人間の愛の力には恐れ入った。我々は礼子に寄生したが、礼子の無意識の愛の力に殺られそうになった。

 寄生出来ない人間は庄屋三咲だった。愛のベクトルが強すぎた。

だが我々は一人の勇敢な科学者に敗北したわけだ!サラバ!地球人ども!」

「ふぅーっ、終わりましたよ篠山先生。」

そう言いながら大学へ車を走らせていた。篠山の言葉を思い起こしながら・・・。

「8月の暑い日、礼子は産まれました。

 お盆が過ぎていた頃に、ラニーニャが消えた年でした。

パルモア病院を退院した礼子はいきなり熱中症の憂き目に遇いました。

 自家用車のエアコンが効かなかったせいです。

顔が真っ赤に、ゆでダコみたいになって、私の家に帰って来たんですよ・・。」

 それから篠山静夫は、先程までかじりついていたテレビを向き直し、「大原くん礼子は、良妻賢母でしたか?」と、寂しそうにポツンと、尋ねた、銀縁丸眼鏡のレンズの奥の方では、円らな瞳が潤んで見えた。

「もう一度、言いますがきっと大学のラボへ行ったんだと思いますよ。

娘は天体に興味津々でしたから、きっとU.F.О研究会に用があったんでしょうね・・・。」

 篠山のカミングアウトは衝撃的だったが、礼子を心配する余り、輝の脳裏にアーカイブのレビューが映し出されていた!

 坂道で転びそうになった時、素早く礼子の両手が延びて輝を支えてくれた。

背中越しの温もりが伝わる。

 輝が階段から落ちそうになった時、階段下にいた庄屋三咲が駆け上り輝を支えてくれた!

両手でありがとう。

「愛してはいけなかったねサキちゃん。」

大学の正門に着き、既に車とバイクが一台、駐車していた。

 礼子の車と三咲のバイクだった。

正門は既に開いていてラボのある平屋校舎の前で棒立ちの二人を見つけた!

「どうしたっ?」声を限りに叫んだ!

しかし届かない!足りない距離を走って補った!

 左足が重い!右の振り出しが泥濘に取られる!

二日前の秋雨で降りしきる大雨が池状に溜まってぬかるんだせいだった。

 杖を使いたい衝動に駆られなんとか三咲の背中に辿り着いた!

メタセコイアの根本に凭れて三咲を観た時の痩せた背中が巾広く思えたのは!

肩甲骨の下まである三咲のロングストレートが下から上へ右から左へフワッ・・・と、舞い上がったと思ったら全数のエイリアンが三咲を離れ、それは一瞬の事だった!スキンヘッド?いやロングストレート?いやスキンヘッド!になった刹那!空中へ舞い上がった!次に三咲のスキンヘッドがボコボコと音を立てて歪んで凹凸が頻繁に形成されていた!幾何学模様の頭蓋が!崩れた!しかし、元へ戻る!崩れた瞬間脳ミソが見えたような気がした!「サキちゃん!」声が掠れて届かなかったかも知れない!でも振り向いてくれた「うあーッ!」恐怖の雄叫びだった!三咲の眼はあったが、それはエイリアン一個ずつが形成して、形がまだ定まらないのかわらわらと無数のエイリアンが蠢いて数匹三咲の顔面の回りを周回していた。

 ガクガクと膝が笑い!立って居られなかった!「あ・き・を・・・て、いたよよよよ・・・。」えっ?聞こえない!サキちゃん?

輝は幽かだが、聴こえた!脳裏に!だから三咲の脳裏に語り駆けた!「愛していた!アキラ!」もっと鮮明に!もっと大きく脳がハウリングしそうなくらいに!膨張した音声は低く高く、時に正常の三咲の声色に戻っていた。

 次に礼子の方を観た!羽化したコバエが飛び立つ様にミクロのアルツハイマー星人が飛び立っているではないか!飛び立って礼子の顔面はもう崩壊していた!飛び立つアルツハイマー星人は尾を引くように三咲の身体に食い込んでいた!顔の無い礼子の胴体が平均を取れず、ズザ! と倒れた!その拍子にハエが一匹づつ逃げる様にチリチリバラバラになり三咲の手足に食いついていた! 黒い、ピースの足りないジグソーパズルのように崩壊し掛けていたが、手に持った注射の針を三咲の心臓目掛けて突き刺した!「ボトックス注射を心臓に注射したわ、筋弛緩剤だからもうこれで私は息の根が止まる。」サヨナラ輝!三咲も倒れた!ズザッ! 砂が崩れたノイズの様に短く叫んだ礼子と三咲!二人を看取った輝は無言で立ち尽くしていた。

 西陽のスカーレゥトがエイリアンの旅立ちを眩しく受け止めてハイライトしていたが、茫然自失の輝は為すすべもなくせっかく掴み掛けた幸せをエイリアン如きにに潰された慙愧の念を噛みしめ一から回帰していた。


 

 「シン・迎撃のワクチン愛のしらたま・NEXT」


第一章「理学療法士 野際夭逝」」


大学の正門に着き、既に車とバイクが一台、駐車していた。

 礼子の車と三咲のバイクだった。

正門は既に開いていてラボのある平屋校舎の前で棒立ちの二人を見つけた!

「どうしたっ?」声を限りに叫んだ!

しかし届かない!足りない距離を走って補った!

 左足が重い!右の振り出しが泥濘に取られる!

二日前の秋雨で降りしきる大雨が地上に溜まって泥濘んだせいだった。

 杖を使いたい衝動に駆られなんとか三咲の背中に辿り着いた!

メタセコイアの根本に凭れて三咲を観た時の痩せた背中が巾広く思えたのは!

肩甲骨の下まである三咲のロングストレートが下から上へ右から左へフワッ・・・と、舞い上がったと思ったら頭髪と全数のエイリアンが三咲を離れ、それは一瞬の事だった!

 スキンヘッド? いやロングストレート? いやスキンヘッド! になった刹那!

空中へ舞い上がった! 

 次に三咲のスキンヘッドがボコボコと音を立てて歪んで凹凸が頻繁に形成されていた!

幾何学模様の頭蓋が!崩れた!しかし・・・。

 元へ戻る!

崩れた瞬間脳ミソが見えたような気がした!

「サキちゃん!」声が掠れて届かなかったかも知れない!

でも振り向いてくれた「うあーッ!」恐怖の雄叫びだった!

 三咲の眼はあったが、それはエイリアン一匹ずつが形成して、形がまだ定まらないのかわらわらと無数のエイリアンが蠢いて数万匹が、三咲の顔面の回りを周回していた。

 ガクガクと膝が笑い!立って居られなかった!

「あ・き・を・・・て、いたよよよよ・・・。」

えっ?聞こえない!サキちゃん?

 輝は幽かだが、三咲の声が聴こえた!脳裏に!

だから三咲の脳裏に語り駆けた!「愛していたのは、アキラ?」

 もっと鮮明に!

もっと大きく脳がハウリングしそうなくらいに! 膨張した音声は高く低く、時に正常の三咲の声色に戻っていた。が・・・。

 次に礼子の方を観た! 羽化したコバエが飛び立つ様にミクロのコロナ星人が飛び立っているではないか! 飛び立って礼子の顔面はもう崩壊していた!

 飛び立つコロナ星人は尾を引くように三咲の身体に食い込んでいた!

顔の無い礼子の胴体が平均を取れず、ズザ! と倒れた!その拍子にハエが一匹づつ逃げる様にチリチリバラバラになり三咲の手足に食いついていた! 黒い、ピースの足りないジグソーパズルのように崩壊し掛けていたが、手に持った注射の針を三咲の心臓目掛けて突き刺した!「ボトックス注射を心臓に注射したわ、筋弛緩剤だからもうこれで私は息の根が止まる。」サヨナラ輝!三咲も倒れた!ズザッ! 砂が崩れたノイズの様に短く叫んだ礼子と三咲!二人を看取った輝は無言で立ち尽くしていた。

 刹那、篠山の声が聴こえた! 確かに、聴こえた!

「太陽光パネル兼人工光合成パネルが植物の葉に見立てて、実は家屋の基礎が根っ子なんです。 地中の水分を吸い上げ、大気に拡散させる。

酸素と水素が散りばめられる。」

「これで日本には酸素が充満し、政府の公約通りカーボンニュートラルは実現出来ますよ。」

「京都議定書について、人類はその沿革ばかりを舐めて来ました。

 ナンセンスです! 

カーボンを減少させるには国内の自動車を減らせばいいと、誰が考えたんですか?

 ナンセンスです!これでは人類の発展は無い!」

「人類が、発展するには、新たなる開発を試み大量にカーボンを排出したって構わない!

 それがポジティブ!

ネガティブでは人類の発展は無く、フェイドアウトして行く末路なのです。」

 篠山のロジックは学術会議で、承認され日本学術会議の副会長に抜擢された。

相応しい仕事とは、それなりの学問、研究の研鑽を重ねた結果の不動の実績は揺るぎ無い篠山の礎となっていた。

 不可能を可能にする科学者、篠山静夫。

それが輝の憧れた先生、教授、義父。

 取るに足らない輝の知識では篠山の足許にも覚束無い。

ブブブブブブブーー・・・。

 スーパーウーハーの様なベース音が輝の頭が割れそうなくらいに脳が崩壊しそうだ! 

刹那、シャーーッという高速の高音が入り混じりスパイラルが輝の頭上で踊っていた! 

「ホーキ、ホ、ホウキホ、放棄、放棄・・・。」脳に信号が入り放棄という声が聴こえ・・・。

 輝は西陽のスカーレットを目掛けて飛び立つ地球侵略を放棄した無数のコロナ星人を照し続けるアースの夕日を観ていた。

 4年後。

「礼子・・ 。」大原は妻と元恋人の三咲を同時にコロナ星人に殺され西日に輝く夕焼けのスカーレットを目掛けて飛び去る集団のコロナ星人を悔しさ溢れた顔面を持って見送っていたが、行き先は不明だった! この戦いの前後に大原輝(おおはらあきらの脳内に異常を来たす症例が発症していた事は大原自身承知していたが、肉眼では見えず誰にもインフォメーションする事無く沈黙していた。

 大原の立ち竦む地上から遥か彼方の見えない成層圏では垂直に飛び上がっていた物体が、太陽光を直に受けた刹那、鋭角に踵を返して今来た道程を覆すが如く反応していた! ブブブブーー! 稲妻の様に変形して更に長槍形に変形し、神戸北六甲外語大学科学研室別棟エントランスアプローチにて礼子と三咲が消えたその場所を目掛け光速で地殻に突き刺さった!

 鮮やかで素早いボーリング作業は地球上のどの掘削業者を探しても見付からない・・・。

鋭利な長槍の切っ先の方は掘削を終えたら地上へ残土を山積みにした。螺旋状に掘削しているから残土は比較的に地上へ棄却し易く、この時も掘削、暫時棄却という作業が成されていた。

 残土は何立米あるだろうか? 地球の直径は12742kmだ、アルツハイマー星人の体長が1mmとして残土量は12742立米が相当量だろう。

 あっという間に裏六甲の頂に達していた。

中には赤くドロドロに焼け爛れた上部マントルも掘り出されているのだろう大原の顔面が熱く顔を背けたくなるような極度の熱量だった。

「まさかマントル?有り得ない!」口を突いて出た!

杖を突きながら篠山の棲む赤松台へ急いだ。

 コロナ星の位置は太陽系、水星の内側を公転する太陽に一番近い星だ。

時々1万度のコロナが舐める。

 だから地球のマントル程度の高熱は、コロナ星人にとって素手で触れる低温に等しい。

 こんな座標値も正確で速やかに掘削作業を行える業者は、地球上の何処を探しても見付からないだろう・・・。

  サンパウロからリオデジャネイロまでの国道に立つブラジリアン土木業者は、「結構大きいクラックだな。」クラック程度の事でリペア作業をする事ぐらいしにか思い当たらない掘削業者社長のスティッチ・パイルドライバーは、一回目のコロナワクチンしらたまを接種したところだった。

 その物語はまだ終わっていなかった・・・。


「願わくば花の下にて春死なん その如月の望月の頃」

科学者の篠山静夫教授(ささやましずお)辞世の句は、平安時代末期末期と鎌倉時代に生きた、西行法師と同じく想いの詩を詠った。

嘗て地球は、コロナ星人により太陽熱で宇宙空間に生まれたコロナウィルスを飛散させ侵略しようとしたが、科学者の篠山静夫教授によりその謀略を阻止されて地球外へ逃避していた。

 また、その戦いにより篠山(ささやま)教授の助手である大原輝の妻と元恋人が凄絶な最期を遂げていた。

「良かったな和(カズ)。」

「PCR検査はネガティブで良かった。」

理学療法士(のぎわようせい)は妻の和美(かずみ)がなんともなくてホッとしていた。 

 今朝の7時頃には野際夭逝が、咳を伴う発熱の妻の為に救急車を呼んで丹波篠山中央病院に運びコロナウィルス感染を特化した特別外来で処置をしてもらおうとしていたが、クロマメ病院ドクターの金田一医局長が「何かあったらうちの医局で対処するから遠慮なく申し出て下さい。」と、昨日クロマメ病院から帰宅する間際、突然発表したから何気に右から左に受け流してそそくさと病院を出ていったが、金田一はその先を聞いて欲しかったらしく「マ、PCR検査は無料だからみんな家族も受けてね?それから4月から本院勤務です。医局部長として・・。」野際の背中に投げかけていた。

「別に・・・。」顔面を左に背けて野際を無視してそのくせ脚はモデル立ちをしていた。

尻沢エリカ(しりざわえりか)は扱い難い物まね芸人として、クロマメ病院の要注意患者一覧にリストアップされて間もなくブラックリストにランクアップされようとしていた。

 「車椅子を捨てさせなきゃダメだね。先ずは四点杖から一本杖に移行させんとな。」ノドクロこと、篠山口(ささやまぐち)は的確なアドバイスを送り、野際は、同僚でも一年先輩のいう事を着実に守る律儀で健気な理学療法士だったが、心臓リハビリ科の荻野原(おぎのはら)科長の進言は絶対であったから、篠山口のアドバイスを100%を聴ける訳でない為、いつも中途半端な立場で居た。

「荻野原科長、それでどうしましょう?」当院理学療法士の中ではオールマイティーで金田一から絶大な信頼を受けている荻野原をゴジラと呼んでいた。地球上で一番強いと思っていたからだ。

「まず、麻痺側(まひそく)に体重を掛ける事を恐がらせてはダメだから、4点杖の利点を最大限知り尽くす事から始めてみては?」

 的確だった。

オールマイティーの存在、まるでゴジラ! 最強のフィジカルセラピストだった。

ゴジラの実績は内反尖足の患者を車椅子から杖歩行にランクアップさせ、四点杖から一本杖に移行させた実績がある。その後もその患者は独歩まで出来ていた。

 走る時に踵を着けて走ろう! 

若い頃、ラグビー部だった大原輝(おおはらあきら)は、速く走れる研究をしていた。

 ハイパントのボールの落下点へ間に合う様に、オフサイドにならない様にトップスピードが何時でも出せる様に筋肉強化トレーニングを日々実行したが、効果は足が太くなり、50メートル走が0.6秒速くなっただけで芳しい効果と言い難い結果だった。

 何故走る事に拘るのかと言うと、49歳の時に脳出血を発症し、片麻痺になって左半身麻痺に陥り歩くのに困る次第で、左足の振り出しが分からず、暗中模索の上漸く四点杖を支えに歩く事が出来るようになると、外旋という新たな問題が勃発! その前に内反尖足という諸問題を抱えていて、ようやくOCSSCSSという腱延伸術を受けて内反尖足が収まり短下肢装具、所謂シューホンを着けなくてもそのまま靴を履くだけで歩けるとあって悦び諌んで歩いた。

 が、麻痺側であるが故の問題が、国会の予算委の様に喫緊の課題として、取り組まなくてはいけない問題が大原の脚に拮抗していた。

 問題は、新参者のバックニーだ。

膝が非麻痺側の脚を振りだす時に曲げられ無いでピーン! と、後ろに反り返る事である。

 歩く度にこれを繰り返すとやがて膝軟骨が磨り減り激しい痛みと共に左膝が崩壊するのである! これを防ぐ為にクロマメ病院の理学療法士は躍起になっていた。

 大原輝は秒殺でこれを解決した整形のドクターに感謝している。

「左の踵を着けたら右足の振り出しもスムーズだし、反張も減少してくるよ?」

その通りにしてみるとなるほど! 先生の言う通り意識せずして楽勝で左膝が曲がった!

 これからこの歩き方を実践して行こう。左膝を前に出す意識を持った。

口喧しく礼子に言われた事を実践しようと思った大原輝(おおはらあきら)は、遅すぎたリハビリを再開するつもりで居たが、兎に角病院の周りを回って己の歩行具合を確かめた大原は、一人の老人がリハビリ会場南にある桜の大木の根本にしゃがみ込み背中を丸めて動かない小さな後姿に気を取られ立ち止まり、右手を翳して問いかけていた。春爛漫だが湿度は高かった。

 

第二章「愛の櫻守、篠山静夫」


 令和3年4月・・・。

その老人とは日本学術会議、副会長の科学者篠山静夫(ささやましずお)だった。

「何をなさって居るのですか先生?」桜の落ち葉を拾い一枚一枚丹念に観て背中の竹かごに放り込む篠山を観て大原輝(おおはらあきら)は訝しげに篠山に聞いて見た。

 篠山先生は科学者だったのでは? 

変異コロナ株の撲滅に成功した篠山は、一躍脚光を浴び、知る人ぞ知る気の置けない人物に世界各国からの学術会議に講演を依頼される事もしばしば、全盛期のピンクレディーの様に移動時間が休憩時間となっていた。

「それにしても先生、櫻守に転身したとは知りませんでした。」どうかお身体をご自愛下さい。

 と言って最敬礼し、クロマメ病院の裏側へ消えて行った。

病院の裏側にある夜間・時間外救急通用口を抜けて北側にある抜け道を素通りして裏六甲北神外語大学の隣地に人知れず居宅を構えていたが、ここは誰にも邪魔をされず、二人を弔える・・・。

 大原に声を掛けられた事に構わず・・・。

「これは穿孔(せんこう)かっぱん病にやられたね・・・。」

落葉の櫻の葉を観て呟いていた。・・・と、とと、四点杖を頼りに」ヨロヨロと立ち上がり・・・。篠山静夫95歳の春だった。

「ただいま・・・。」大原宅は、誰も迎えない自宅玄関から垣間見える・・・。大原野工夫により仏壇が眼に飛び込んで来るから寂しくは無かったし、部屋をウロウロして仏壇に行き当たり礼子と三咲が亡くなった事を改めて知る残酷な事実に痛めつけられるよりも玄関から心構えを持っていた方が気分も楽だった。

 欅(けやき)仏壇の位牌は庄屋三咲の戒名が刻まれていた。 腰を伸ばしていた。

 大原輝の自宅には欅の仏壇が二つ佇んでいる。

「南無大師金剛遍照(なむたいしこんごうへんじょう)・・・。」経を揚げた。

 フゥーッ、溜め息を吐いたら肩の力が下りる。

礼子と三咲が両肩の上で喧嘩をしているから真言宗の経では間に合わない。

 礼子の位牌は輝の寝室に置いている。

三咲は台所に立つのが嫌いな性分だったからダイニングに欅仏壇を置いている。

「しかし、将来は一緒の墓に入るんだよサキちゃん?僕は、不死身じゃあないからね。」力なく呟いた。

 日本史上に残りそうな「令和宇宙戦争」は、地球対惑星コロナとの宇宙戦争だったが、犠牲者は2名、大原輝の妻、大原礼子(おおはられいこ)と元恋人の看護師庄屋三咲(しょうやみさき)が、壮絶な戦死を遂げた!

 決して名誉の戦死ではなく、後から尾を牽いて風評被害になっていたが、輝は2人の愛を請けて粘っこく生きていた。 

 クロマメ病院リハビリ施設では昼休憩にも関わらず、野際と大原輝がリハビリ訓練をしていた。

 輝は自主トレで平行棒に掴まり立ち座りを繰り返していた。

「左に乗せて・・・、骨盤をですよ。」ワンレンの黒髪をしている女性は腰周りが括れていた。

「お尻触らないでよイヤらしい!」またかと、言うようなリアクションを溜息交じりの顔面に諦めが漂っていた。ヤレヤレと天井を見上げた野際。と、そのとき「野際先生いらっしゃいますか?」リハビリ科受付から声がしたと同時にしゃがれた老人が歩み寄る・・・。

「櫻守の篠山教授ですね?」それを聴いた老人がニコニコと会釈をしつつノルディックに寄り掛かっていた。

 無人に近いリハビリ会場では、一人の声が良く響いて対角線上で、約50mあるのに会話が出来るくらいだった。

「野際ですお待ちしておりましたどうぞこちらへ。」

 大原へローイングを50回を促し丁寧に挨拶をして、二人は施設通用出入り口から東の大木、所謂老齢の櫻の木へと出て行く背中を見送り、「篠山先生はここまで仕事に来るのか・・・。」と感心していた。

「櫻の病気は黒岡にまで及んでいますね。古市(ふるいち)や県守(あがたもり)に広がっていましたからまさかとは思ったんですがねえ・・・。」マサに溜息交じりだったが、「そうですか原因は何ですか?」

 強張った表情は、脳血管障害との櫻の病気の関連性を薄々感じてはいたが、エビデンスが欲しかっただけに篠山の次の言葉を待っていた。

「後遺症ですよ。」野際の顔をマジマジと眺め次の言葉を言おうとしたとき「野際先生、金田一部長がお呼びです。」医療事務スタッフが声を掛けてそれに促される様に篠山と一緒に部長室へ向かった。部長室はスピーチセラピスト(言語聴覚療法士)のリハビリ室の隣室にある。 約50m無人に近い広いリハビリ会場を縦断する形で野際と、篠山は横に並んで歩いて入室した。、

「四方八方に広がっている櫻の枝葉にも糸状の菌が着いていますね。」

 篠山らしく粗方の所見を述べ、前置きとした。

「スギ花粉の飛散によって櫻の被害は留まる所を知りません。他に何か関連性のある障害について、お気付きの点がおありでしたら連絡を下さい。」と言って、桜守の名刺を渡した。

 頭を掻き掻き、後先になって申し訳ないと言いながら・・・。

野際は感づいていた。

 糸状の菌って?その大きさは? 人の身体の粘膜から血管に進入し脳血管障害を引き起こしたかも・・・。エビデンスは無かった。強くは言えなかった。

「大原さんお待たせしました。」

 関連性を逡巡していたにも関わらずリハビリを促す野際は悦に入っていた。

一人の患者に対して二通りの術を為す。千手観音の様に多重の所作wo施すセラピストに憧れ、リハビリマシンに向う患者をさておき別の患者の歩容を診ながらリハビリベッドで、患者のアプローチを施す。去年はマシンの故障と患者の転倒が同時に起きてアタフタしているものの咽喉もと過ぎれば熱さ忘れるで、己のエラーを棚上げして、そのリベンジをしようとしていた・・・。

 破天荒は医療の世界に受け入れられなかったが・・・。

人体の粘膜から糸状の菌を採取したら、採取出来たらそれがエビデンスとなる。


「鼻からインフルエンザ検査? 良く考えましたね野際さん? 僕も協力させて下さいこれが立証されれば学会が大騒ぎだ。」

 「脳卒中の予防や後遺症の改善に繋がるかも知れない!」顔面が艶々と輝く部長の金田一が、仰け反るくらいの驚きを隠さなかったのは、彼に多大なる期待を掛けていたからだった。

 部長という強い見方を得た野際も胸がワクワクしていたが、今の優先事項は、リハビリ訓練の継続、歩ける人を導く事と言い聞かせていた。

「尻沢さん。」何よヘンタイ!と言う様な目付きで野際を顧みた。

 いや、睨んだ!

「平行棒へ移りましょう。」

「今度は左足の片足立ちです。」出来る訳ないじゃない。

 と、ブツブツ言い、平行棒を右手で持ち立った。

「尻沢さん。イチイチ文句言うのを止めてくれまんせんか?」繁々と尻沢エリカを睨み

真剣な眼差しで尻沢を診る野際は何時に無く蒼白の面持ちだつたが、「な、何よアナタ!」

 たじろぐ尻沢。

「僕は理学療法士ですよ尻沢さん、もっと前向きになってくださいね?」

「あなたは歩けるんだから!」尖らせた唇は昨日の様に斟酌はしないと、決意が出来ていた証拠だった。

「車椅子から離れて立って下さい!」車椅子を尻沢から10m程度引き離した!

「僕は貴方の手助けをする為にここに居るんですよ?」容赦はしないと顔に書いていた。

「立ちたくないなら病室のベッドに寝てればいいです!」でもそれを貴方はしなかった!

「そうですよね尻沢さん?」

 やる気が無いならここへ来ない筈だと、言おうとしたが荻野原に肩を叩かれ正気に戻った。

「失礼しちゃうわよ全く。」文句を言ったものの声は小さく、頬が紅潮していたのを誰もが見逃していた。

 理学療法士の何たるかを説きたかったが、「今それをやるべきではない! と、荻野原 に制止されて、前後の見境無しに訓戒をしようとした事について後悔していた。

 荻野原科長と僕との差か・・・。

「はよう歩きや兄ちゃん!」誰?

振り向くとニコニコ笑った高齢者達が車椅子に座っているではないか!

「車椅子に座ってんと立たないと!」糸を吊るように両手を引き上げ、高齢者に立ち上がるように促していた。ニコニコと高齢者は口々に思いのたけを呟いていたがそれは井戸端会議のようであって、野際自信の集大成の様に思えた・・・。

 それを観ていた輝は、凄い人気!この弄られキャラの何処に魅力が有るのだろう?

と、考えてしまった。謎だった。

 しかし、その真実を知るのは間もなくだったが・・・。

「大原さん歩く時に右足の着地を大股にして右踵を着けませんか? そうしたら左足が振り出しし易くなりますから外旋もなくスッと出ますよ?だから外旋を封じ込める為にですね・・・。」野際のアドバイスは分かり易くどんな素人でもリプレイ出来る。誰でも受け入れ易い。

 やってみた。その通りだった。

真っ直ぐ左足が出て、左足に体重が乗り易くなって左踵を着地させて右足を振り出し大股で・・・。

 この連携が出来て歩行速度が心持速くなったようま気がする。

「凄いや野際先生、知識が凄い!伊達に弄られキャラじゃないな・・・。」

感心と同時にリスペクトしていた。必然的だった。

「弥勒菩薩と共に 56億7000万年後にこの世に戻るとされる空海の様に高尚なお方なら糸状の菌も着き難いですわなあワッハッハッ!」と、高笑いに締めて当院から去って行った篠山教授は、謎の人物だ。半年前に世界を救ったと言うのにその生き様は、全然ブレない。

 大原輝は、物欲の無い生活を崩した事が無い篠山教授の姿を見てきた。

今回は櫻守りとして人々の花見等の享楽を助けようと言うのかと、大原は感服していた。  


「カッパン病の予防策は、桜の木にダコニールを撒くんですが、そうすれば、その中にはテトラクロロロエチレンという化学物質が入ってますから土中の有益菌も一緒に死滅するから何の事は無い、まかない方が良いんです。」

 輝はテトラクロロエチレンを調べたが、人の生活に欠かせないが、ヒトの環境中に排出すれば、ヒトの健康のみならず生態系や地球環境への有害な影響が懸念されるとあった。

 人体に有害ならこれは脅威だ!コロナ星人のやつ、とんだ置き土産を置いて行きやがって!と、憤りを覚えたが、嘗て妻の礼子や元恋人の憤死を体験している輝ならではの想いだった。

 セラピストはリハビリ更生以外にも仕事はある。

受け持ち患者の訓練スケジュールを科長の荻野原に提出した端野際は篠山口に野際の想いを打ち明けていた。

「ダコニールを人体に点滴すれば良いかもね・・・。」

徒ならぬ野際の考えに篠山口は異論を唱える。

「それってゴキブリの殺虫剤を希釈しないでオマエに注射するようなもんやろ?バカバカしいよ、金田一部長が聞いたら頭を抱えて嘆くやろなあ。」

「荻野原をチラ観して尚も野際に話し掛けようとしてデスクの前で突っ立っている野際にクルッと椅子の向きを変えた時、「尻沢さんが待ってるぞ?早く早く!]

ポンポン! と野際の尻を叩いて受け持ちの患者の待つリハビリ会場へと出て行った。

「ストイックやね、仕事に対して前向きでいつも何かに集中している荻野原科長を目標に頑張りなさい。」そう言って篠山口もリハビリ会場へ出て行った。

「アイアイサー、分かっテルオ。」胸中で呟きあかんべーをしていた。

 輝はローイングをしていた。

「両肘を水平に引き真中に寄った肩甲骨を開く様に押し出すと麻痺側の左腕は前に動く。」

 ブツブツ言いながら訓練をしていた。

「ハンディー25kgで重くは無いですか?」

野際が心配して背中越しに尋ねた。

左指が痛いです。」どの指? 拘縮した麻痺側の指は、マシンのバーを握れず、対策として医療用のスリングをバーからずり落ちないように補助として指や檮骨に巻いているが、時としてそれが痛む場合がある。

 麻痺側は自分の身体ではなく赤の他人のものだから加減が分からない。

よって一巻き毎に調子伺いをする必要があった。

 野際以外当院の療法士達はそこの所は周知済みで、改めて講義を行う必要が無かった。

輝が通所しているデイサービスにも女性スタッフ主流でスタッフ十名足らずの女性を束ねる所長は唯一の男性スタッフであり、人当たりの柔軟性に長けた人となりはヘルパーとしての人格と資格が備わっていると、言えた。

 今は一人、黙々と左半身麻痺の後遺障害に向き合っている。

「終わりました。」

尻沢のケアをしている端野に声を掛けた。

「もうすぐこいのぼりやなあ・・・。」

 閃いた! 櫻の樹の横で、いや枝葉に干渉しない上方に揚げ、粘着性のある生地でこいのぼりを作り、桜を囲む様に配置すればいいのでは? 景観を損ねない様に! これでバッチリだとまでは言えないけれども恐らく緩和はされるに違いない。

「予算は?」早速金田一に提案してみた。

「えーっと、・・・。」そこまでは考えていなかった。

「分からんの?」クルリと椅子を回転させ野際へ向き直った部長の金田一は中学生の思いつきの様に思えたが、そこは管理職として威厳を成すべきとして「事業計画はね、お金が掛かるんです。」PCのモニターを観ながらレクチャーが始まった。

 「こいのぼりの形に生地を裁断する型紙・裁断してくれるスタッフ・そのスタッフの人件費・生地に粘着性を持たせる為の粘着財の費用・こいのぼりを揚げる土地・地代・ポールの設置費用・ポール作成代金・こいのぼりの縫製費用・こいのぼりで糸状の菌を包み込むのだから、その安全衛生面の保全代金。

 とかね、眼に見えない部分までお金が必要なんですよ野際先生?」

事細かく教授した。つもりだった。が、分かってくれたのかな?手放しで信頼出来る相手だから少々苦言も言えた。

 リハビリ会場のトレッドミルでは大原が歩容改善の為、歩いていた。

「未来のベッドですよ。メドベッドです。」

癌が終るベッドが開発されてアメリカ大統領が、大統領令にサインをしました。

80歳になった人が30歳になれる。再成長のできる夢のベッドです。出処は分かりません。コロナ星人の置き土産とされていますが、銀河連合が開発したのでしょう・・・。」

 篠山教授は結構色々な未来思考の使える器具を理解を示して、それが実用化されようとしている事について大原輝は、舌を巻いていた。

 喜新嫌旧する若者のように新しい取り入れそれを鮮やかに捌く彼を崇めていた。

「右肩と左膝をラインで結んだとして、そのライン上に左膝を沿わして振り出せば外旋にならない!但し振り出し時に足間接を内転させる事を要する。」口に出して呟いたら脳に刺激が届き活性化させる事が出来、改善して行く。輝はそれを信じていた。

 己のケアに貪欲になって己に勝たなければ荒れ放題の自分の心が生産緑地のように四方八方、縦横無尽に生える雑草の楽園になり何の抑止力にもならなくなってしまう・・・。

「クソッ、」失恋だけなら自然治癒出来る。アホな事を言って笑っていれば知らぬ内に回復しているものだろうけど・・・。

 今回は違う!輝の着替えを持って汚れた下着を洗う為に持ち帰る礼子は来てくれない。

「これもって来たよ?一度に食べたらダメよ?チョコレートだから、でもアキラくん腹が出てきたんじゃないの?リハビリの為に入院して太ったらダメやん!恥ずかしい人やね!」

 苦言を言うが易しかった。今思えば、優しかったんだ・・・。隙間風が心の襞に纏わり着きお節介にも礼子の面影と声色をリピートさせていた。

 トレッドミルの数字が曇って来て大粒の涙が自然と流れた。

「どうしたのアキラくん。」礼子が白いハンカチで拭いてくれる・・・。もう居ないもんな!

「さん、・・・さん大原さん!当たってますよ外枠に、外旋してますよ?」現実は違った!

 シビアなものだ・・・。

赤の他人。親しみ易いが全くの赤の他人。

 心の隙間に手を入れる事も無いやせ細った心を見せまいと振舞う事も空しく思えた。

こうやって次第に老け込んで、過去の栄光が掠れて寂れて風化して行く。

 その命も忘れ去られて朽ち果てる。

「泣いてたんですか大原さん??デモネ・・・。涙の数だけ訓練したら必ず強く為れますよ?

 そんな人を沢山観てきました。」そう言いながらリハビリの事と大原の麻痺側の事とが、一度に覆い被さりセラピストの誠を誠意を持って一生懸命アドバイスし続けていた。

それが分かるから・・・。分かってしまう境遇だから・・・。

 今日の端野は一味違うかな?と過ぎった刹那。

「でも・・・、家族が居たんですよね・・・、その人達は。」ハアーッ!溜息を投げ棄てた。

 止めようこんな生き方。

もっと素直に、辛かったら泣く、寂しかったら自棄酒、自立心が出なかったら引き篭もる、礼子の仏壇の前で幾ら礼子愛してると言っても反応しない写真はどんな感情をしてる? どんな時の一枚なんだ?色んな遺影を観たがそんなに深くまで観た事が無かった。

「左膝と右肩を線で結び、そのラインにに沿い振りだせば真っ直ぐ振りだせる

リハビリは正直で飼い犬よりも裏切らぬグッジョブジョブリハ♪グッジョブジョブリハ♪

左足が出せたら踵を着地させれば膝が曲げれる。

 グッバイ、バックニー

グッバイ、バックニー・・・。」出鱈目な曲を付けて歌いながらトレッドミルを歩くとなんだか心が晴れた。

「なんていう曲ですか?」興味を持ったのは野際一人だった。何時も傍らに居てくれる。

「女房の様だが、それが仕事だもんな。」言ってしまえば身もフタもない。

 暫く考えて思い付いた事を言った。

「グッバイバックニーです。」ニコニコしていた。お上手ですね・・・。

 一言だけ付け加えてくれたが、野際は逡巡していた。

どうやって患者の荒れた後悔という深く広いクレーターを埋めてやれるか? 患者の傍らに付いていれば気持ちがシンクロしてくるのか?それが一心同体なのか? 麻痺側をスキンシップすれば重く感じる上肢や下肢が身近に感じ取れて患者の気持ちが解かるのか? 時間通りにリハビリを進めれば麻痺の現状維持にもなるが・・・、それでは仕事だけじゃん!荻野原科長が前に言ってた。

「患者を観掛けたら声掛けを実践する事!患者は孤独だ! いくら普段明るい人でも声を掛けられると嬉しいもので、その時間のリハビリにもポジティブに影響してくるんだよ?」

 それがスキンシップだよ?頷きながらそれが一心同体で・・・。

「フェイドアウトするならその場で質問しろや!」

「 手抜きは直ぐ出来るんだよ!」

「PTが手抜きしたら患者の未来はどうなると想う?」

「 間違ったリハビリを覚えて帰って実効するも、一向に改善しない、改善できない・・・。でも我武者羅に遣り通すと思うか?果ては車椅子に逆戻りなんだよ!」

「 責任取れるか? 責任取れないだろ?だから今遣るんだよ!?」最もです荻野原科長・・・。思わず声が出た。

 眼の前の大原輝に何をアドバイス出来るか? フル回転で逡巡していた。

患者の想いに忖度しても、己に斟酌したら終りだ・・・。

 野際夭逝はうん!と、強く決意した・・・。

「糸状の細菌に冒された桜の木や人体に再生する力があるのは、ただ一つメドベッドですね。出処はアメリカの科学者団体が智力を結集して作り上げたフルパワーのベッドです。これで病気や怪我が治りますね40歳も若返る事が出来る。アバウトですがね・・・。」桜の木の下で端野は篠山に提案されたメドベッドの事を考えていた。

「しかし先生、これではわざわざ感染する事を待ってそれから治療に掛かる。という事になりますよね?そんな定義なんですか?」

「貴君は斬新な思考を持つ霊長類ですね。だから地球は助かったのかも知れませんよ?この予防の何たるかを議論せねば為るまい。どうですか、メドベッドは防疫だと思いますか?」そのベッドを知り尽くした篠山静夫教授は、ベッドの生い立ちやプロフィール等、知りえた経緯を野際に説明していた。

 「このベッドは200年間もその技術そのものを隠されてきました。

何故今になって明らかになったかというと、トランプ大統領が病気治療の際、一晩寝ただけで治癒した事に関して私財を投じてカミングアウトしました・・・。彼はそうしたんです!」語尾は強かった。

 「もうコロナウィルスを恐れる事も死ぬ事もない!救急医療機関に設置して必要な時に利用出来る様にします。」ベッドの営業マンではない篠山が、眼前の不安な面持ちをした人々に語りかけ、自ら治療欲を掻きたてる様に促す・・・。

 何故200年間も隠蔽されて来たか篠山教授は、このベッドがスタンダードになれば医療が儲からない、このベッドを公にしようとした資産家や政治家は失脚したり殺されたりした為、明らかにされなかったというのだ。

「このベッドはタキオン粒子とプラズマエネルギーで出来ています。」

「内臓疾患の人は一晩寝たら再生されます。腕が無い人は一晩寝たら腕が再生されるそうです。この病院で設置すれば日本で疾患の為に苦しむ人々を救える事が出来ます!」

 タキオン粒子なんてワープが出来るんじゃ無いの?と、野際が子供の頃観たテレビアニメの様な世界観を想像していた。

「このベッドの最先端技術は銀河連合から知らされた技術なんです・・・。」いち速く野際が反応した!

「ええっ!アメリカの最先端技術だと言ってたじゃないですか篠山教授?」訝しがる野際を尻目に篠山静夫の言葉は続いた。

「このベッドの最先端技術が解放されたら先ずは戦争が無くなるでしょう。」

フリーエネルギー装置や反重力装置などが特許無しで開放されるでしょう。」

 核保有、軍事予算増大など篠山が付け加えた言葉には一つのテクノロジーをグローバルで共有される予測が加えられていた。

 しかし、そうなると出し抜けにテクノロジーの頂を狙う者も出ないとも限らず、世界で監視機関を設ける話がグローバル学術会議にて論議を交わしているという。

「デモクラシーの世の中だもんな。

この世界は・・・、でも世界は連立でワンワールドなのか?」我々の存在理由は?リハビリテーションはどうなる?銀河連合なんてサイエンスフィクション紛いの情報をぶちまけるんじゃないよな!

 考えながら5歩歩いた。

「うん。うん。」野際は思考を巡らせている時には、無駄口を叩かず己の成すがまま、その思考とは・・・。

「うん分かった!篠山教授の言いたいことが分かった!」

納得しなければ実行に移せない厄介な性格だったが、ここぞというときにフルパワーのベクトルは岩をも崩壊させるパワーを持ち合わせる!

 ここが大魔王と呼ばれる由縁だ。

「10台必要です院長。お願い致します!」深々と頭を下げたその先に大原輝、荻野原、篠山口、篠山静夫らがメドベッド候補として構成されていた。

「全部で15億円掛かったよ野際くん?」それ相応の利益を出してもらわないと困る事になる。

 と、院長のお小言に付き合い神妙な顔付きをしていたが、「わかっテルオ。」赤い舌を出していた。

「日本の挨拶はお互い間合いを取りペコリとお辞儀をするだけだから自ずとソーシャルデァスタンスが出来てるんですよね?国の文化の違いだけど格差は有ります。」リハビリ病棟の西南西の角地に聳え立つ桜の大木は幹の途中から枝が四方八方に放射的に別れていて、青々とした枝葉には未だ蕾ではあるが、春の日射しに挙って綻んでいた。

「千個はありますね。」

慶びを隠せない篠山教授が野際に笑いかけていた。

「ときに野際さんメドベッドの購入と臨床試験が決まったんだそうですね?春は色々とポジティブな動きが始まります。間も無く大原君も歓喜の声を上げて両腕をしばたかれるでしょうね?」大きめのルーペを片手に持ち、カッパン病診断書及び櫻査定書の挟んだ書類ボードを首から下げた篠山はイヤに黒い綴じ紐が篠山の白く細い首に映えていた。

 そして臨床試験の当日、午前零時にはあと30分を切っていた。

尻沢エリカ、大原輝、荻野原、篠山口、端野、金田一医局部長、篠山静夫らが揃っていたメドベッドのスタートは、金田一がオンボタンを押す。

 各自メドベッドに横になる。

仰向け、横向け、うつ伏せ、各々リラックスが出来る態勢を選んでもらった結果がこうなった。 カプセルが自動的にシャットアウトした所で、金田一がオンスイッチを手に掛けた瞬間、臨床試験室のドアが開いた!

 バタバタと上靴のノイズが聴こえ「遅れました!申し訳ありません!」

二人の看護師が入室!しかし、検体は横になっている。

「おい君達、バタバタするんじゃないよ!」金田一の注意を受けて謝り倒していた。

 約8時間後、院内通路に給食ワゴン稼動ノイズが蒸気機関車のようにシュボーと食事時間を促して通り過ぎて行った。

 目覚めたと同時にその記憶が薄く残っていた。

尻沢エリカは眼を開けた。パチリと、流石タレントだけあって寝起きは良く、腰から上体を起こし暫く眼前のカプセル上蓋を眺めていたがハッ!と気がつき両腕を挙げてみた!それを眼で追う。左手の指をグー・チョキ・パーをしてみた。

「なんて事なの!」大声を張り上げた尻沢エリカは金田一に向かって叫んだ!

「い、いやそんな事を言われてもリハビリをしないと現状維持できませんよ尻沢さん。」

 メドベッドがいくら実績があっても時代は変る。

変革して行く世界の病気や新種ウィルスは人間の最先端テクノロジーでも追いつけないのが現状。

 その事を痛いほど理解している金田一医局部長ならではの咄嗟の弁明に呆気に獲られ暫くはは黙ったままだったが、「・・・違うの!野際さんを呼んで!」

「野際センセー! 尻沢エリカさんが呼んでます!早く起きてねー。」ヤケクソだった。

 またクレームかと、思っていた。

「どうしました尻沢さん?」

 エリカの顔面は高揚して赤鬼の様に引き攣り笑いをしていた。

  刹那!「オメデトウございます。」

両腕を拡げハグの体勢に入ったが、慌てて腕を後ろに回した。

「いいのよ野際さん今まで我侭言ってごめんなさい。」

「貴方に叱られて始めて胸がキュンとしたの!あれから野際さんを見たら胸がキュンキュンしたわ!今でもよ?」瞳がハート型をしていて、キラキラと、光っていた。

「野際さん好きっ! これから付き合ってよね?結婚を前提にっ。」しかし、野際はすまなさそうに頭を垂れ、「僕は結婚しています。妻は身重なんです。」

 エッ?早く言ってよと、同僚の金田一、目覚めた篠山口、荻野原は、口々に思いのままの祝福を投げ掛けていたが、尻沢エリカは一人取り残されていた。

「オハヨウゴザマス。ああ、良く眠りました。マア、良いではないですか? ついにお目出度いサプライズが出ましたね、では私もサプライズに腹筋と上腕二党筋を披露しますか!」

 筋肉隆々とは、こんな事を言うのだろう。

篠山が30歳の身体を手に入れ溌剌とした感情に全員呆気に取られていた。

 暫く篠山の筋肉に己の膨れた腹を摘んだり摩ったりしていたが、ハッと我に返り、「庄屋三咲さん大原礼子さん起きて下さい?。」

「庄屋さん顔拭きのお絞りを渡してあげて下さい。」

ええッ!生きていた!? 大原輝がベッドから飛び起き庄屋三咲の立っている背後を摺り抜けて妻の礼子の元へ駆け寄り両肩を鷲掴み礼子!礼子!とオイオイ泣いていた。号泣だった。

 オイオイと泣く輝の背後で「ハイハイ。」と悔し紛れの返事をする三咲は不貞腐れていたが、顔面はそうでは無かった。

 庄屋三咲と大原礼子の身体はコロナ星人に乗っ取られていなかった。

地球人の愛が邪魔をして完全なる憑依にならず、表面のみだけ張り付いていたのだ。

 輝にその説明をしながら「オイオイ。」と、輝の背中から聴こえて来たものだから律儀にも「ハイハイ。」と返事をしたまでだった。

 それほど面白くは無かったが、それに・・・。

 大原輝が患う後遺障害には高次脳機能障害の内、感情失禁・失語症・半側空間無視等が顕著な症例として輝が知らぬウチに発症していた。

 何れも空間無視に、左脳が代行している場合が多く、輝にとっては不本当な形と為って輝の眼前に現れた。


第三章「日本学術会議」

 

 衆議院の国会会議場の様なすり鉢状の会場ではなくフラットなフロアの中央に大型モニターを配置し、その下には議長、役員及び内閣総理大事の議席が有りフランクな装いに学術会議が開かれ一部上場企業の販売会議のようであった。

 座席にずらりと並んだ日本学術会議のメンバーは勅使下向忠直(ちょくしげこうただなお)内閣総理大臣を対角線上に見る形となっていたが、国会議員のような慇懃無礼な立ち居振る舞いをしていなかった。当事者は寡黙であった。

「理学の観点から日本国民が、訝しいと思うパーツは何処から来たんでしょうか?ネットサイトで真しやかに囁かれているコロナワクチンには不正な物、つまり不純物が混合されている、つまりハイブリッドな訳だ!」白羽の矢が突き刺さっている現場は、篠山静夫が答弁を任されている学術会議のその場だった。

「それを全否定し、国民に!どうやって分からせるかだ!」不純物のエビデンスが無い上に臨床試験主義だった篠山は丸裸だった


「あなた方の経緯は今更、掘り下げなくとも一目瞭然ですからね、勅使下向(ちょくしげこう)内閣総理大臣?」右手を挙げ発言した篠山は、勅使下向に宛てたコメントだったが、売り言葉に買い言葉だった・・・。

「何が言いたいのですかね篠山副会長?」日本学術会議が全メンバー揃って内閣総理大臣に会する機会を虎視眈々と狙って居る者は少なくはない。

 篠山静夫は理学博士と 立場は科学者だが、先のコロナワクチン開発に成功し、合衆国のナサ保険局との連携で世界をパンデミックの恐怖から解き放った功績が評価され学術会議の副会長に抜擢され国際活動担当及び政府との関係等担当を担っていた。

連携会員が2000名存在するなかでの躍進は目覚ましいばかりだった。

 が、その学術会議の場に於いても由々しき問題が上がろうとしていた。

「篠山さんあなたは、破天荒な学者と名高い、そもそもその質によりワクチン開発が成功したと言える。しかもその経緯はご存知の筈、何を今更政府を戒める発言をなされたのか?我々の考えには少しでも乖離等の齟齬(そご)があってはならない! 逡巡して答えて貰いたい!」 勅使下向内閣総理大臣には感情の起伏など縁遠い事案であるとの思い込みが意図も簡単に崩れ去った刹那だった。

「アストラのワクチンを射つと服反応が出るらしい!ファイザー社のワクチンでは人体に無害だが、個人情報を乗っ取られるらしい!」全て憶測の拡散だったが、ワクチン接種の該当者は、予約を挙ってキャンセルし出した!「命の選別はさせない!遺伝子操作はさせない!」

「何が夢の都市をフューチャーしたスーパーシティ法案だ!全部管理して国民を縛り上げてるじゃないか!?」

 全部知った様な国民が騒ぐ! 

ネットの憶測に過ぎなかったが、国民の約三分の一が国産しらたまを拒否していた。

 勅使下向内閣総理大臣への断崖はまだまだ続いていた。

「篠山副会長はご自分の作られたワクチンに没作があると仰有るのですかね?」眉を寄せて縦皺を作り珍しくも篠山の攻撃を鉄板の如く跳ね返していた。

「いいえ、そうではなく!」一呼吸置いて反撃の機会を伺っていた。

「ワクチンの全てはハイブリッドだと言ってます。」会場内はザワついていた。

 ヒソヒソと学術会議の関連メンバーは、目の当たりにした光景を予測すら大外れだった。

まるで対岸の火事を見ている心持の関連会員は命を削ってはいなかった。

「そもそもあなたが作ったワクチンは人体にある白血球の内の好中球を強化し、侵入したウィルスを迎撃するものだった訳です。しかし人の血液を例え白血球でも注入すれば凝固反応が起きてしまう! 既にあなたはそれを見越してあなたが検体になり、臨床実験を実施して、凝固反応は無いものと照明出来た。

 その事について私は篠山教授、いや副会長を敬っております。愛のしらちたま(白血球)は地球に愛を齎しパンデミックの恐怖から開放されて久しい・・・。」

 篠山教授を見据え勅使下向は、何時になく心の篭った答弁を振り撒いていた。

「1000万分の1の可能性で凝固反応が出た訳なんです。その時は篠山さん、運が良かったかもしれない・・・。それから厚労省に入った報告では、・・・。」混沌とした後の祭りは前進せず、後退をも余儀なくしようとしていた。厚労省に入った情報では兵庫県のクロマメ病院にスギ花粉が人の鼻粘膜に粘着し、やがて血中に溶け込み血管内に滞留した花粉が脳梗塞を引き起こす事案を理学療法士の野際夭逝(のぎわようせい)が発見し、医局部長の金田一を介して厚労省に報告された事案をを取り上げ、「この事案を承認しなければ政府に上がって来ない旨を問い質された篠山は、言葉に詰まっていた。タイムラグがあったのは確かだった。

 合衆国のナサ保険局のニトロ局長に接見していたそのインターバルに執り行われた報告書承認を報告事案を斜め読みしてサインをした事実は確かにあった。忙しいから?世界に功績を残したから? だから斜め読みしても良いと?自分自身の瑕疵、過信! ラップでも歌えそうだった。

 しかし、血液の凝固反応は回避出来た筈!

「1000万人の国民に一人ひとり臨床実験をする訳には行かんのです篠山さん? だからアストラではしらたま(白血球)を製剤化にする事が出来てより安全なワクチンとして日本の全国民に接種できる事になっておる!スーパーシティ法案の始動はそれからです。国民全員が無頼となって、それがエビデンスなんですよ!スーパーシティ法案のね?」

 ワーッ! と拍手が沸き起こった。殆ど関連メンバーばかりだったが、篠山はこの後に起こり得る最悪の事態を想像して鳥肌が立っていた。ま・け・た、負けた。

 尚も食い下がる

「防空識別圏の侵害や領海侵犯など、コロナ国の犯行だと分かっているのに何故対策を講じないのですか?」

「嘗ては惑星コロナ星の方からわざわざ犯行声明を公開してますから、令和戦争が終わって、コロナ星人が国連未承認の国家を作り上げ、世界の覇権を狙う危険国となっています。」

「そんな国がコロナウイルスを撒き散らした事は事実であります!」

大きく頷いた勅使下向忠直内閣総理大臣は篠山の眼を見ず約45%俯き机上の書類に眼を通していた。

「それと総理、このコロナ禍に男性育児休暇を取得し難い社会通念になっておりますが・・・。コロナに乗じて男性の育児休暇取得を推奨しては如何かと存じますが、どうですかな総理?」改心のライナーだった!

 刹那、顔を上げた総理がオオ!という表情を崩さず長々と篠山の顔面を見詰め、やがて切込泰一(きりこみたいいち)官房長官が代弁を取った。

「今会議のカテゴリーはご承知の筈ですが、学術会議のコンテンツを大きく逸脱致しておりここは国会でもないし国会議員でもないあなたが草案を提出するのは如何なものか?笹篠山氏在住の選挙区に衆院の事務所がありますからご意見・ご相談を受け付けてございますどうかご随意に・・・。」軽くあしらわれた。論外だった。

 唇を噛んで垂直に議席へ腰を降ろした篠山は悔しさの余り作った握り拳を開いては掌の皺を見、拳を握っては開いたり、意味の無い所作を繰り返していた。

 「願わくば花の下に春死なん如月の望月の頃・・・。」心の中で一句、読み上げた・・・。

 篠山の心情は為らぬなら為るまで続ける蟻の一穴岩をも通す。

粘着性の性格だった故のコロナワクチン開発成功の一端だったに違いない。

 ザワザワと思い思いのコメントを隣近所のメンバーと語り合う。時刻は正午を大幅に過ぎていた。

 もはや学術会議の大型モニターには「コロナワクチンと国際政治を考える」と、タイトルが映し出されてはいるが本題には至らず閉会の模様さえ表れ出していた。

 上手くいくと誰もが思っていた。スーパーしらたまの副反応は摘除できた筈だった。

ワクチンを製剤化する段階でのプロトコルが誰かの手によって書き換えられたに違いない!  今更それを言えば空疎な事をのたまう酩酊した老人とあしらわれてしまう。

どうしたものか・・・。会場の外では助手の大原輝(おおはらあきら)が、その妻の大原礼子(おおはられいこ)の位牌を持ち、専属ナースの上善寺直美(じょうぜんじなおみ)達が帰りを待っている状態。

 しかし今ここでは総理の救援投手のような官房長官、切込泰一が総理の味方として饒舌を奮っている。いつになく孤独だった。

 あの時は、成功が見えていた。四六時中誰彼となく横を向けば会話が出来た。同じ目標に向かって走っていた時、囲む人が頼もしかった。しかし、今では孤軍奮闘叩きのめされるかも知れない相手と渡り合っている。

 ゴールを見失えばこの日本国の行方はどうなるものか計り知れない。

マサに国際政治だ! 日本国を欲する国に隙を見せては為らない。

 コロナ国は強かで、かなりのハイスペックだ。

刹那、あろう事が過ぎった!「まさか・・・。」出来る筈がない!篠山は過ぎった事案をかぶりを降り、一心に取り消しに掛かっていた。

 大学教授が想う上がり、政界に打って出たが、斬首さる!


第二章「新党しらたま」


 朝丸新聞の見出しを予想していた篠山は空で資金のシュミレーションをしていた。

結成には現職の」国会議員が5人以上参加する事が定義となる。

 例えば篠山が衆議院の選挙に立候補するとなると供託金」数百円が必要となる。

しかも選挙運動」中は眼に見えない金が消えて行く。3億円は下らないだろう。

 しかし、選挙の有効投票数の10%を割れば供託金は没収される。

学術会議の関連メンバーに衆院選の立候補を促そうと思ったが、笑止! これは生徒会の選挙ではない。

 何事も真剣! 各議員も人生を掛けて立候補している、お遊びではない。

新党結成の賛同を得られて5人が国会議員に当選したとする。

 しかし当選した途端、当選後の人生観と政策の主旨が変わり新党へ加入しないとも限らない。それはそうだ、供託金といえども数百万円は大金だ!一年間それで食べて行ける訳だから、家庭を持つ議員候補者は全員アナーキーではない。

 篠山自信で議員に為り熱い思いを持った国会議員として風雨に晒されながら活動しての努力が買われ、一人二人と篠山を囲む議員があればこその新党結成ならば、例え野党であっても揺ぎ無い一枚岩の政党という事になる。

 政党助成金は政治資金として、各政党に交付される、国勢調査の日本の人口に250円を乗じた額を交付されるから大した額である。

 老練の勅使下校内閣総理大臣はあの手この手、を使って新党しらたまの議員を引き抜きに掛かるだろう。

 但し政党の所属議員が5人を割れば解党となる。

長年科学者として身を削って来たが、しらたま開発の時の思いはピュアだった。

 回り道をして櫻守りをやったが、自然の木に触れてみて大自然の生業が掴めた。

かと思われたが、終わりではなく、自身の功績に断崖をされているような面持ちにもなる。 篠山が手掛けた愛のしらたまがハイブリッド化をされ手の届かない製剤としてコロナワクチンに為ろうとしている!

 理由は基礎の基礎!血液の凝固反応がそれだ!

灯台元暗しとは良く云ったものだ。

 日本学術会議のメンバーとして、国の決定に従わなければなるまい。

役員には、会長として物理学の小野寺隆(おのでらたかし)、以下4名、薬学の如月八代、(きさらぎやしろ)、機械工学の猫多学一(ねこたがくいち)。

 環境学の神村貴子(かむらたかこ)達が副会長として在籍しているが、理学博士の篠山静夫は政治の素人。

 勅使下向内閣総理大臣に反発して新党を結成しても争点がぶれている故の脆弱な政党として、比例代表選に惨敗するであろうと予測は着く。

 そして事態は刻々と変わっていた。

変異種コロナウイルス感染の疑いのあるインド、パキスタン、ネパールからの入国拒否が制定された。

 それは篠山だけでなく、勅使下向内閣総理大臣も日本国への熱い想いは持っている。

「学術会議推薦名簿を見ていない。」政府を俯瞰している。

 君が代斉唱拒否等が想定される日本学術会議の任命拒否理由だと位置付けされようとしていた。

 勅使下向内閣総理大臣は、この後コメントは、せず憲法違反だと国会内で野党につつかれ、なに食わぬ顔で議会を過ごしていた。

 学術会議内でも人事介入は違法だとの意見が相継いでいた。

・・・終わった。

「闘いは終わった・・・。」独り呟いていた・・・。

 篠山静夫は科学者としての従属的な政府の考えに異論を唱え第二次世界大戦でハイブリッドな日本軍の悪魔の所業が胸を離れず、日本政府に戦いを挑む決意をしていた。

 気象現象で言うならば、エルニーニョ現象のそれだった! 

篠山が、ラニーニャの如く人骨を振り乱してしらたまを開発したパッションと真逆に冷水を浴びせかける勅使下向総理のそれは海水面温度が低下している南米沖のエルニーニョ現象の性質に近いものだった。

 感情的になって新党結成を! 等と無謀な事を実行しようとしたが、リスクが大き過ぎた。

相手は政治のプロフェッショナル・・・。

 海千山千の猛者達に簡単に捻り潰される! 負ける戦はしないのが、時間を有効に使うプロトコル! 副会長から下ろされ掛けた日本学術会議の副会長の職責をそのままにして、科学者界の精鋭を揃え、篠山総合研究所、所謂篠山総研を立ち上げる!


第4章 「篠山総研」


 その男はグレーの半袖ティーシャツを着ていて、背中の法曹筋と脇の下の辺りが汗で黒く滲んでいた。

「庭の草刈終わりました、失礼します。」と、大原輝が入室したラボラトリーには既に待ちくたびれた面々が、ブラックのアイスコーヒーを飲んで氷だけになったグラスをカラカラと音を立てて溶けた氷を飲み干していた。

「大原さんありがとう、貴君にはいつも草刈をやって頂いて助かります。ささ、冷たいコーヒーでも飲んで汗を拭いてください。」ニコニコと、柔らかい口調で大原に礼を言う。

 8月15日篠山総研にて、正午を回っていたが、来客用ソファーには4名の男達が向かい合い話をしていた。

「日本は白人及び全世界から植民地支配を一掃したのですよ?それが太平洋戦争なのです。」篠山は静かに語り、アイスコーヒーを口に含みゴクリと、喉を鳴らした。

窓の外ではアブラゼミの鳴き声に混じってツクツクボウシの声が届いていた。

「しかし先生、満州事変にはどういう事実が隠されていたのですか?」

 汗を拭き拭き、初めて聴きましたと、付け加えて篠山の回答を待っていた。

「オランジュポン、テレマカシ、バニャ(日本の皆さん大変ありがとうございました)と、東南アジアの現地の人々が日本人に対して必ず口にする言葉が現している様に日本軍は孤軍奮闘、植民地支配をしていた欧米列強に戦いを挑みました。勿論アジアを植民地支配から開放する為にですよ・・・。当時はアヘン中毒の軍人が率いるギャングが奉天あたりに存在していました。奉天は最早、無法地帯と化し無法地帯となった奉天の満州鉄道を爆破、討伐した事が満州事変に当たります。」

「真実を見極めないと間違った真実が一人歩きをして、やがて世界に飛び火して行くのです。」篠山は噛み締める様に静かに大原野瞳を見詰めて語り終えた。

不意に大原の自宅が脳裏にレビューされた。

アスファルト四層の重厚な構造の国道をもってしてもこの有様。

 原因不明の地殻変動としか思い様が無かった。

大原輝(おおはらあきら)の自宅には真言宗の欅仏壇が二基置いてある。

 「喧嘩売ってんの!?」脳天から声を出す礼子は輝を睨みつけ・・・。

「アタシはあんたの分まで働いて苦労してるねんで!」

「ご苦労様ぐらい言ってくれたらどうなん?」小首を傾げ口を尖らせて輝に詰め寄っていた

 マジマジと睨む礼子の勤務先は安寿(あんじゅ)生命三田篠山支部。

あんじゅのオバチャンのあれだ!

 礼子の先輩も上司も普通の人間関係だった。

そこへ性格が歪曲した礼子が入社し、普通の部下教育を敢行したわけだが、「私に意地悪をした。ムカつく!」と、帰宅してまで輝に愚痴を溢していた。

「何でアタシが働かないといかんの?」

「あんたのせいやわ!」辟易した輝は離婚を考えざるを得なかった。

「安寿の保険商品を勉強したら商品説明の奥行きが深くなってえもいわれぬ説得力が礼子に着いて来て、必死に売り込まなくても契約が後から着いてくる!だから自社商品には興味を持った方がええぞ!?」輝の元気な時は住宅営業だった。

 自称カリスマの輝は高知や徳島の支店を立ち上げ、営業本部からかなり期待されていたものの毎日の痛飲や睡眠時無呼吸症候群が祟って頭痛を訴えるものの専門病院の受診は皆無で、脳出血が突然発症したため住宅メーカーからは、泣いて馬食を切るが如く首切り同然で今に至っている。

 丁寧に噛み砕いてアドバイスしたのに、一個も商品カタログを捲った形跡が見られなかった。

「アホの礼子!、一回死んでこい!」口喧嘩が絶えない大原家には、5才になる一人娘が居る。

大原卯蘭(おおはらうらん)、輝は彼女にメロメロだった。

 一回眼を瞑って頭を振り、脳内の混乱をリセットした!自認出来た時は意識を覚醒させる事が出来たが、パニックや意識混濁状態になった時には、自然覚醒に任せる他は無かった。

 礼子の影響が勝っていたからだ。

そんな時は卯蘭もすこぶる大人に為っていた。輝を抑える為だった。

「卯欄(ウラン)、ママに手を合わせてね?」礼子の位牌に手を合わせ眼を瞑った。

 掃除をしない、整理整頓が出来ない、食卓はモノ置き場と化す。冷蔵庫の用途は食品庫だと思ってる?人間よりもペットの犬を大切にするケジメが付けられない、境界が曖昧!

 人を怒らせるのが得意!これがオリンピックだったら金メダルだろう。

勉強は出来たのに・・・。

 勉強?ガリベン、ガリ勉女! 好きじゃなかったのに・・・。

 高校生の時、こんな歌を作った。


 「もしかしてダメかも・・・。」って

チョコっと笑うキミは

 密かにガリ勉した成果が手応え有るんじゃないの?

あざとい性格変えた方がいいかもね。

 勉強が出来る子って可愛くないと僕は想う。

それは勉強出来ない妬みかそれとも、

僻み嫉み?

今の僕は悪魔の様にプロトコルに逆らうそれが信条

勉強しない僕が悪い気が散る僕が悪い!

 ゲームにゃ集中100%ゲームの帝王!

焦る焦る焦る!


礼子はあざとかった。

 ガシャーン!ラグビー部部室の鉄扉を力任せに閉めた音に驚いて振り向いた輝が観たモノは! 体育祭のカーニバル用のサンバの衣装を着た礼子が扉を塞ぐように立ちはだかっていた。

 透き通るような白い肌の臍と腰周りが露になって桃のような甘い果実を含んだ礼子のフトモモは何も言わなくても言いたい事が分かったので輝は甘い香りに自然と群がる昆虫のようについ、フラフラと歩み寄りしゃがみこんだ輝の位置は礼子の中心部からフェロモンが発散されている身体の秘部の前だった。

 礼子と結婚する前はゲイバーの経営者。


第二章「ゲイバーの女」 

1979年8月。

「ちょっとスミマセン甲子園球場へはどうやて行くですか?」

阪神甲子園球場にアルバイトに黒いTシャツ、赤い布製のショルダーバッグを肩に掛けて阪神甲子園球場行き急行の開閉ドアに前から凭れて流れる街路樹を観ていた時、声をかけられた。

チリチリヘアに日焼けした堀の深い男はフィリピンから来たと言っていた。

「丁度アルバイトで今から行く所ですから一緒に行けば良いです。」

俺はお人好しの高校3年生、大原輝(おおはら あきら)。

今日はS高校とM高校との3回戦があると言うのに客は疎らだった。

「どの様な仕事ですか?」ニヤけた外人やな、と思いながら名前を聴くのを忘れて相手の目を観て答えていた。

自慢気に「アイスクリームを売っています。」

「あー、グッドですねひとつ買って上げます。」

ラッキー!今頃から売れたぞ。幸先が良い!

 外国人と話もしたし。

ハートは満点、買いたての白いボブソンは俺のお気に入りで輝は開閉ドアから一歩下がった位置から尻を出して前傾姿勢で車窓の外を観ていたから目立ったのかな?帰ったら母ちゃんと婆ちゃんに話をしよう。

と、思った刹那、「ここは人が乗って来るからあそこへ行って話をしましょう。」と、言われるがままに電車の連結部分へ行った。

 前方車輌と後方車輌の間隙に二人は対峙した。

輝を見つめる男が下を向き、「ワオ~!いい生地ですね、このズボン。」浅黒い指でボブソンを触り、手の甲には濃い体毛が、生えていた。

 その指が、段々と上がりつつ、「トイレ行きたくなあい?気持ちいい事してあげるよトイレ行きましょう。」輝の鼓動が早くなり貧血の時の砂嵐に襲われていた。イケナイ事!

「コウシエーン!コウシエーン!阪神甲子園球場へお越しの人はここでお降り下さい!」

マサに天の声だった!

「あ、着いたね、一緒に行こう。」

 背中を押された拍子にベクトルに任せて走り、逃げた!しかし人が多い!縫うように走る!改札手前の階段!詰まっている!「早く!」胸中で叫んだ!

 「ネエ、トイレ行きたくなーい?」ゾワ~ッと、鳥肌が立った!フィリピン人が忍者みたいに真後ろまで迫っていたからだ。顔が硬直し、首が凍って振り向けなかった!

 もう形振り構わず一目散にダッシュした。

こういう時ラグビー部で良かったと思ったのは正直な話しだ。

 先日、与野党合意の上、LGBT法案が無審議強行採決された。

このクーデターは与野党左派議員によるものだという。

 性自認している男性が女風呂に入り、咎められても「心は女性なんです。」と言えば無罪放免になり差別をしたらその場で逮捕される恐ろしい仕組みの法案で、こんな事がまかり通ったら日本は混乱し、解体状態になってしまうのでは無いかと、危惧を禁じ得ない法案だ。

「訴訟が乱発する!」と警告を発した与党議員は恐らく寝耳に水のクーデターと感じたに違いない。

 輝はニューハーフ嫌いだが逆にゲイバーのオーナーをやっている。

逆にてなんや?

 でも、あの高校生の時の経験がトリガーに為ってはいない。生きる為だ!

ニューハーフクラブジェンダーレディーという店名だがすこぶる流行っていた。

 単なるラウンジなのに一時間待ちの客で溢れ返っている。

ニューハーフクラブジェンダーレディーは三ノ宮東門通り東、北野坂のキリンビル2階にある三宮の酔客に知る人ぞ知る、結構有名だった。

 本当は若いアメリカンレディーが好きだったし、輝の性癖は変わらぬまま日本人女性と結婚もしている。

 55歳で、娘も生まれたがホントに可愛らしいから溺愛している。

ゲイではない証明だ。

 輝の名前は大原輝(おおはら あきら)オオハラアキラと書けば簡単で早く蹴りがつく。

ホントは若いアメリカンレディがタイプで英語を話せなかったから全然モテなくて、ニューハーフに逃げたという。

 彼女はその立ち居振る舞いが本当に女性らしいしドMかと思えるくらい男性に尽くしているから恋人にとっては必要不可欠の存在になるだろう。知らんけど。

 ニューハーフってカタカナでアメリカンレディみたいに粋に思えた。

が、土台は男なんだよな・・・。

 中には尽くして欲しいNHも居て均衡はとれているが、ゲスい奴はゲスいままで、その場が良かったら良いタイプで何の計画性も無い将来は因果応報に苦しむだろう・・・。

 

 日本の女は扱い難いし、増してや何時でもリードされたがるのが鼻についてそれがイヤでいざデートするとなると、「何処行く?」予定を組んでおかなかったばかりにデートの行き先を

相手に促す。

「何処でも良いよ。」なんじゃそれ!と思うが気を取り直して、「じゃあ映画でも行く?」るろけんが観たかったからこれ幸いと映画鑑賞を切り出した。

が、「暗闇で大画面観るのって眼がシバシバするのよ・・・、だから苦手。」ナーンヤ苦手か、「ンならカラオケでも行く?」マスクを外したかったから聞いたけど、「でも、お酒が飲めないんよねえ~。」ソフトドリンクを飲んだらいいやん!なんだかんだと断るのは輝とデートしたくないのかも知れない。

「逆にロッキーファイナルって面白そうじゃない?」逆にてなんや?

結局映画鑑賞やないか! 女って扱い難いんだよ。

 だから同性のニューハーフも採用した。女装者はお断りだった。

彼らは女性に為りたいかと言えば皆が皆首を縦に振る。

 しかし、それはただ、女性に近付く為のメイクアップを習得しているだけであって、子供は産めない。

 片やニューハーフと呼ばれる人種は男性器をちょん切り何日間も苦痛に耐え遂には性別変更登記まで済ませている人が何人も存在している。

 それは日本の法律で決まっているからプロトコルに従った健気な違和感を感じないNHだから・・・。

 今日もクラブジェンダーレディーの開店時間が迫り午後一番から行ってきた採用面接も最後の一人となって、間も無く面接に入室して来る。

 社長室で待っていると髭面のトシコが緑茶を運んで来て緑鮮やかなな品の良い美味しそうな緑茶を観て喉が渇いていたので一気に飲み干して一息つき序に輝が尻を触ってやると「キャッ、シャチョーったらん。」と、嬉しそうに尻を振って出て行った。こっちは全然嬉しく無い!。

 コンコンコン!トイレノックでは無いな。

プラマイ0点、当店の面接は百点から減点方式を採っている。

 当たり前の事でも普通に加点されて採用したら目出度く入店したスタッフが可哀想だから、客商売としての常識を如何に持っているかが問われる。

 それを問わない店が存在したら間も無く瞑れるだろう。

非常識を客に振り撒いて客を帰していては、コロナ禍のこの時代に勝ち残れない。

 徐に社長室の片開きドアが室外へ開いて行き黒いスーツに身を固めた見た目、男性が立っていた。

「どうぞ、入ってください。」輝は最後まで言う事にしている。

 それがこの店のスタッフ教育だと思っているからだ。

「ハイどうぞ。」では、何がどうぞかは分からないからツメシボを渡す前に「ハイ、冷たいお絞りをどうぞ。」と、言って客に渡す様に仕向けている。

「失礼致します。」一礼、「採用面接に参りました明石礼子(あかしれいこ)です。」

(あかしれいこ)とは、珍しい氏名だが「何で男性のままで来たの?」最初に彼を観た時思った事を口にした。

 すると彼女は、少しはにかんで俯き・・・、顔を歪めている?俺は彼の顔を覗き込もうとしたが次の刹那グクッとした。

 膝の上に置いた両手がボタボタと堕ちる大粒の涙で濡れ初めていたからだ!「どうしたの?」何か悪い事でも言った覚えは無い。

 と、逡巡していたら「いいえ済みません・・・。」

彼は女装者やニューハーフではなく純粋の女だったと言うでは無いか!プロトコルに反しているから不採用と言い渡そうとした時、「私、性転換手術したんです。」

なんだ、ニューハーフか。と、思いきや髭面?地毛で?肌はツルツルして色白?「ワタシ性転換した?まさか!彼に問い質すと、最初は女性だったそうだ。

 彼女はトランスジェンダーで、所謂、性同一性障害だったと言う。

思春期に異性装を頻繁に行う那須香を心配した母親に性別変更手術を酢進められた事で

手術に踏み切った。

 女から男へ転換するにはただ性別変更の手術をっすれば良い訳では無く生まれ着いての女性としてのシンボル。即ち子宮を摘除しなければならなかった!

 一次の気の迷いだと済ませれば良かったものをトランスジェンダーは、脳医学的に観て脳障害であるとの見解が成されていた

 しかし、日本の法律ではいち早く進化してゆく社会のモラルに立ち遅れ脳障害であればその脳障害を治療する医療を立ち上げなければトランスジェンダーの心の治療が立ち行かなくなると、眼に見えている。

 明石礼子は子宮を摘除したもの成人して暫くは普通に男として社会復帰していたが、一昨年から脳障害の改善が観られサキの手術では、あれで良かったのか?と、四六時中自問自答する明石礼子が存在した。

 そして年が変わるに連れ、女としての心が芽生え始め「後悔」という十字架を背負わざるを得ない事態になっていた。

 もう戻れない!絶望を胸に抱き身悶えし、のた打ち回って居た頃、ネットサイトでジェンダーレディーの求人広告をみて天から光りが射したという。

 彼女の言い分を全部聞く事にした俺は5時間掛けて彼女の身の振り方を捻出し、ありなしの女装子として、雇う事にした。ありなしとは、男性器が有るが睾丸は無い。

 というスタッフの紹介だった。

 ジェンダーレディーは風俗店では無いのでそのような思考の客には丁重にお帰り戴いた。

店の儲けは大切である。

 しかし、店の運営にはスタッフは一番大切!

 面接時に北極那須香が涙と共に零した「ヤッパリ、赤ちゃんを産みたいですぅ・・・。」

その後、嗚咽して泣いた那須香の心情が痛いほど伝わったので俺は店のスタッフを全力で護り切る誓いを立て那須香を採用した次第である。

 何時も店内で明るくして客を迎える筋肉質の小太郎、ターザンのような衣装を纏い半端無い筋肉量をチラ見せゲイのお客を盛り上げるキンニちゃん、男なのにきめ細かい白肌とサラサラヘアーを武器に若さを放出してその手の男性客を魅了する篠原紫(しのはらむらさき)、興味本位の一見客を一目惚れさせる器量ナンバーワンの明石礼子。

 彼らのいや、彼女らの苦痛の人生を清算すべじゅ、俺はスタッフの人生をも護ってやる決意だ!

 日本国の税収は大切だが日本に歳入を齎す全日本国民が大切なのは違いなくその護衛に一人も欠けては為らない。

 周辺の大国や諸国に媚び諂うよりも時には日本国民を護る為喧嘩したって良い。

大切なのは人なのだから!と、これは俺の経営者としての持論だが、俺を良く理解しているスタッフはここに残ってくれている。


第三章 「ニューハーフレーコ・デビュー」


 小太郎、トシコ、キンニちゃんが、忙しなく俺の抑圧剤、鼻炎抑制剤、水を持ち運んでアタフタしている様を観ていたレーコが「健気ですねおじ様達、社長を愛しているんですね。」

 レーコは本日デビューだ。

土台は女性だから少しの化粧で妖艶なニューハーフに変身できる。

開店早々レーコに客は付いた。

「可愛いやん。ホンマに元男かいな! 」

 元々女性だったから女装は容易かった。ファンデを塗り均し上がり眉を描き、マツエクをセット、チークを調整。簡単だった。プロ並みのメイク。押しも押されぬジェンダーレディのナンバーワンだった。


 2021年5月、コロナ禍。

 オイスターバー、(カッキーニ)にて舌鼓を打つレーコはサラリーマンの寒川淳(サムカアツシ)の饒舌に翻弄されていた。

「ギリシャのやつはあっさりとしたサッパリ感が出てて、エーゲ海のアミノ酸をタップリ保有してるから美味しいよね。このニュージーランド産のやつも岩牡蠣のようにミルク質だよね。レモン汁を掛けてごらん?舌の上に乗せて上顎で潰して食べる!ホラ!ジューシーだろ?」

「エ、エエ。」9割方聴いていなかった。イライラしていた。寒川淳は、俯き加減の

(レーコ)の体調に気遣う事もなく一人で喋って一人でオイスターを食べ、一人でビールを飲んでいた。

「今日何処か行く処ある?」殻着きの牡蠣を旨そうにレモン汁ごとズズゥーっと啜りくちゃくちゃと食べながら・・・。「品の無い食べ方ね。」と、日本人の客の同伴接待なら言っているのにレーコは、キッパリと「これからジェンダーレディの出勤だからね、寒川さん?」両手を膝に置き改まってあくまでも同伴出勤だと言う事をアナウンスした。

 食べる手を止めニヤリと微笑んだ浅黒い寒川の表情を観た刹那、イソイソとトイレへ立ったレーコの尻を観ながらクックックッ、と厭らしい笑いを止められなかったのは、、「匂いがしたんだよ匂いが~、鉄の匂い・・・、」殻の上に乗った身体の真っ白な牡蠣を見つめ、短い赤い舌を使い猫の様にペロペロと表面を舐め始めた。

 どうして着いて来たんだろう・・。寒川が産婦人科の医者では無かったら着いて来なかったのに・・・。でも、なんで?来ちゃった。どうしよう・・・。

 大き目の洗面ミラーに写った自分のエクステを直しながらボヤッとそんな事を考えていた。

「そんな、本当ですか!?考えられないね!」ホーと、驚きを隠せない表情を見せレーコの頭の天辺から膝頭まで、舐めるように見下ろし、そこで2秒程静止してまた頭の天辺まで見上げる。

 そんな動作を3回程繰り返しフウーと、深い溜息を着く篠山教授は医学博士だったが、神の領域としては有り得ない事象を目の当たりにし、彼女が嘘をついているとも言える。

 酒に酔っている事も・・・。篠山静夫(ささやましずお)は、まじまじとレーコを見詰め自問自答w繰り返していた。

「しかし、エビデンスとしては眼前のレーコのバディを詳しく診てみないとナンとも言えぬ。

 今ここで診る訳には行かぬ。私は医学博士として新たな事象や検体を目の前にしてみすみす逃す訳には行かぬ。」

 ジェンダーレディのボックス席にて篠山はナンバーワンの接待を受けていた。

同席の客は医師会の名だたる医療センターの医師達であり、面々に意見を求めようとしたが、既に篠山が新たに降ろしたドンペリニョンのロゼに脳をかく乱されトランスジェンダーについて、盛り上がっていた。

 そこで聴こえて来たのは生まれ付き同性に持てていて女の子に告白され続けてていたが、ある時男に性別変更したいと熱い想いが芽生え親の同意で、性別変更手術を執り行ったが数年後、脳が覚醒して、「やっぱり赤ちゃんが産みたい!」と、本来の女性ならではの思いに駆られ若気の至りを後悔していたが、運命でここに就職出来て、今は本当にこの仕事が楽しい。かったのに・・・。

「生理みたいなものが来ちゃったみたいでー、お医者さんなら分かりませんか?」と、言ったとこだろう。

 耳をダンボの耳のようにして聞き耳を立てたお陰で全貌は読めた。

店を出る時篠山は、検査の日を28日後に設定して自宅へと帰って行った。


「何で俺を選んだの?」

「ハイ、えっと~・・・。」言葉に詰まる?

「あの、社長にここで採用して頂いて私の精神と生活は救われました。そして笹山教授に知り合えて私の再生しつつある子宮をIPS細胞シートを使って完全再生させて頂きました。感謝しか有りません。だから、社長の遺伝子を持った子供を作りたいです。そして、一生社長のお傍に居て身の回りのお世話をしたいと思って、お願いしました。」

 そういうい事か・・・。興味本位でなければ彼女に協力するとしよう。

那須香はの想いを汲みたいと思い実行してやりかったが、同義的にどうなのか?

 実験材料だと主張はしてみても摂り方によっては、既存の古い法律を改善しようというもの・・・。大義名分があれば不貞を犯しても良いのか?人間が宇宙旅行に出発する時代に、古い考えに囚われ躊躇する俺が居た。

 日本の古い法律・プロトコルを変えるために子作りに協力した。いや礼子が好きだったからだ! 生憎元妻は、俺が脳血管障害になって闘病生活3ヶ月、めでたく退院して帰宅すると、蛻の殻・・・。元々会話も無かったし、代わりに礼子が献身的に看病やら介護やらをしてくれた。

 だから礼子と再婚したんだ。結婚した時、礼子は妊娠3ヶ月だった。

脳出血発症前に礼子と結ばれ礼子への愛を背負って事に及んだ。

 輝は知った。男女の愛の営みとは神の領域に近付き金輪際に立つ!愛し合って愛し抜いて子作りは尊いもの。他の誰かに邪魔をされない聖地での子作り。男はロマンチックだった。

しかし、安定を手に入れた礼子は本性を現した!

「お店の経営は?」

「会社は店長に任せたよ。売り上げは店長のものやし、彼が給料の支払い義務者や。従業員を食わせてやらにゃあな。俺が経営から退いたよ。」は?というような礼子の顔面が徐々に冷たい能面のような顔に変わって行った。

「アタシが働かないとアカン訳?」うんと頷きスマンと言ったとき礼子は病床の小脇に座り俺が寝ている足許をボーっと見詰めていた。しかし、何処か遠くを見詰めていたかも知れないし、何か他の事を逡巡していたかも知れなかった。

「でも、子供は産むわ!」輝に帰ると言わないで礼子は礼子の背中を見せ続けたまま病室から出て行った。それから退院するまで顔を見せなかった。


第四章「ダイオウグソクムシ・出会い」

 

 そして3ケ月後で退院・・・。少し歩けた。

 7月1日。

「須磨にクジラが上がった!」このニュースは日本中を駆け巡ったが、特に須磨近隣の神戸市民は沸きに沸いた。

 大原輝や篠山静夫達も然り、須磨海岸へ急いだ!須磨海岸の水族園南の砂浜は、黒山の人集りになっており、密が顕著に形成されていた。

 梅雨の末期での天候は不安定で一時も傘を離せない状況だっただけに傘を杖代わりにして砂浜を歩いたが、亜遠方なのに近くに見えるゴンドウクジラの大きさに舌を巻いていた。

 今日の砂浜は昨夜未明から兵庫県南部に線状降水帯が出来、大雨を降らせた為普段は流砂の如く軟弱な地盤で足を取られる事もあったろうが今回の砂浜は白砂青松とまでは行かず雨に濡れた為、グレーに変色した砂が丸で地盤改良でもしたかのようにガチガチに固まっていてコンクリートの上を歩いているかの様に歩を進め易く篠山と二人で目的の黒い物体目掛けて歩いていた。

 潮風がベタベタと露出している半袖の腕や顔に纏わり着いて濡れタオルで顔を拭きたかったが、そうは言っておられず取り急ぎ眼の前のクジラに近付いていた。

 建設中の海の家では大工が手を休めず一心不乱に内装工事を遣り電気設備の配線工に移行していた。

「オイ、床の釘は間隔を均等に打ってくれよ!釘のアタマは潰さんでエエから。」

 時間が掛かってしゃーないからな!

ザワザワと棟梁の言葉を掻き消したのはクジラの死骸に群がっていた野次馬の連中だった!「うわ~めちゃくちゃデカイふなむしや!」うわーっと全員が一歩、二歩たじろいだ。

約40㎝ものフナムシを彷彿とさせる巨大ダンゴムシを観ていた。

篠山静夫と大原輝は呆然とそのサマを見守っていたが、やがて気を取り直し発言をした。

「それはダイオウグソクムシと言って深海生物ですね。死期を悟った鯨の行く鯨の墓場に沈んだ深海の海底に鯨の死肉を食べる為にダイオウグソクムシはクジラの死骸に群がっていたのをこの前の大型台風が海底を掻き回したから死んだクジラモ上がってきたのでしょうね。」

ブバッ!という破裂音と共にクジラの胃腸に溜まったガスとダイオウグシクムシが一緒に飛び出した!死臭と肉の腐った悪臭が半径1kmに渉って飛沫した。

 突然笹山教授の顔面にへばりついたダイオウグソクムシは爆発の勢いで天高く舞い上がり誰もがその軌道を見逃していた。

「エイリアンの子供みたい。」

 誰かが言ったその言葉が耳に入った篠山は、右手で顔にへばり付いたダイオウグソクムシを剥がし、「そうか大原さん!変異の媒体が見付かりましたよ!」

「エイリアンは生まれつき狂暴なんですが、映画では人体の顔に飛び付き口を抉じ開けそこから体内に卵を産むんですよね、多分腹中に産むのだと思われますが、獅子身中の虫ですよね・・・。」政界にも存在しますよと、言いかけたが止めて置いた。話しが拗れるからだ。

 目を丸くして聞いていた大原輝は、「そうでしね胃では無いですかね?口腔に繋がっているのは、口腔で卵を産み落として胃まで到達したら着床するんでしょうね?」

 うんうんとにこやかに大原の意見を聞いていた篠山は、人差し指を立てそれからグガっと両手で大原の両肩を掴んだ!

「やりました!」マスク越しの大声は波の音と野次馬のざわめきとに消されて行った。

 大原も負けじと両手を天まで届けとばかりに両手を万歳の態勢を取っていた。

科学者に戻れて良かった! 篠山の胸中には安堵の心情とヨシッという挑む心情が同時に去来し、篠山を囲んでロンドを舞っていた。


第五章「願わくば花の下にて春死なん・・・」


 衆議院の国会会議場の様なすり鉢状の会場ではなくフラットなフロアの中央に大型モニターを配置し、その下には議長、役員及び内閣総理大事の議席が有りフランクな装いに学術会議が開かれ一部上場企業の販売会議のようであった。

 座席にずらりと並んだ日本学術会議のメンバーは勅使下向忠直(ちょくしげこうただなお)内閣総理大臣を対角線上に見る形となっていたが、国会議員のような慇懃無礼な立ち居振る舞いをしていなかった。寡黙であった。

「理学からの観点から観るに当たって日本国民が、訝しいと思うパーツは何処から来たんでしょうか?ネットサイトで真しやかに囁かれているコロナワクチンには不正な物、つまり不純物が混合されている、つまりハイブリッドな訳だ!」

「それを全否定し、国民に!どうやって分からせるかだ!」

「あなた方の経緯は今更、掘り下げなくとも一目瞭然ですからね、勅使下向(ちょくしげこう)内閣総理大臣?」

「何が言いたいのですかね篠山副会長?」日本学術会議が全メンバー揃って内閣総理大臣に会する機会を虎視眈々と狙って居る者は少なくはない。

篠山静夫は理学博士と 立場は科学者だが、先のCORONAワクチン開発に成功し、合衆国のNASA保険局との連携で世界をパンデミックの恐怖から解き放った功績が、評価され学術会議の副会長に抜擢され国際活動担当及び政府との関係等担当を担っていた。

連携会員が2000名存在するなかでの躍進は目覚ましいばかりだった。

 が、その学術会議の場に於いても由々しき問題が上がろうとしていた。

「篠山さんあなたは破天荒な学者と名高い、そもそもその質によりワクチン開発が成功したと言える。しかもその経緯はご存知の筈、何を今更政府を戒める発言をなされたのか?我々の考えには少しでも乖離等の齟齬があってはならない!逡巡して答えて貰いたい!」勅使下向内閣総理大臣には感情の起伏など縁遠い事案であるとの思い込みが意図も簡単に崩れ去った刹那だった。

「アストラのワクチンを射つと服反応が出るらしい!ファインダ社のワクチンでは人体に無害だが、個人情報を乗っ取られるらしい!」全て憶測の拡散だったが、ワクチン接種の該当者は、予約を挙ってキャンセルし出した!「命の選別はさせない!遺伝子操作はさせない!」

「何が夢の都市をフューチャーしたスーパーシティ法案だ!全部管理して国民を縛り上げてるじゃないか!?」

 勅使下向内閣総理大臣への断崖はまだまだ続いていた。

「篠山副会長はご自分の作られたワクチンに没作があると仰有るのですかね?」眉を寄せて縦皺を作り珍しくも篠山の攻撃を鉄板の如く跳ね返していた。

「いいえ、そうではなく!」一呼吸置いて反撃の機会を伺っていた。

「ワクチンの全てはハイブリッドだと言ってます。」会場内はザワついていた。

 ヒソヒソと学術会議の関連メンバーは、目の当たりにした光景を予測すら大外れだった。まるで対岸の火事を見ている心持の関連会員は命を削ってはいなかった。

「そもそもあなたが作ったワクチンは人体にある白血球の内の好中球を強化し、侵入したウィルスを迎撃するものだった訳です。しかし人の血液を例え白血球でも注入すれば凝固反応が起きてしまう! 既にあなたはそれを見越してあなたが検体になり、臨床実験を実施して、凝固反応は無いものと照明出来た。

 その事について」私は篠山教授、いや副会長を敬っております。愛のしらちたま(白血球)は地球に愛を齎しパンデミックの恐怖から開放されて久しい・・・。」

 篠山教授を見据え何時になく心の篭った答弁を振り撒いていた。

「1000万分の1の可能性で凝固反応が出た訳なんです。その時は篠山さん、運が良かったかもしれない・・・。それから厚労省に入った報告では、・・・。」混沌とした後の祭りは前進せず、後退をも余儀なくしようとしていた。厚労省に入った情報では兵庫県のマメクロ病院にスギ花粉が人の鼻粘膜に粘着し、やがて血中に溶け込み血管内に滞留した花粉が脳梗塞を引き起こす事案を理学療法士の端野亮一が発見し、医局部長を介して厚労省に報告された事案をを取り上げ、「この事案を承認しなければ政府に上がって来ない旨を問い質された篠山は、言葉に詰まっていた。タイムラグがあったのは確かだった。

合衆国のナサ保険局のニトロ局長に接見していたそのインターバルに執り行われた報告書承認を報告事案を斜め読みしてサインをした事実は確かにあった。忙しいから?世界に功績を残したから? だから斜め読みしても良いと?自分自身の瑕疵、過信! ラップでも歌えそうだった。しかし、血液の凝固反応は回避出来筈!

「1000万人の国民に一人ひとり臨床実験をする訳には行かんのです篠山さん? だからアストラではしらたま(白血球)を製剤化にする事が出来てより安全なワクチンとして日本の全国民に接種できる事になっておる!スーパーシティ法案の始動はそれからです。国民全員が無頼となって、それがエビデンスなんですよ!スーパーシティ法案のね?」

 ワーッ! と拍手が沸き起こった。殆ど関連メンバーばかりだったが、篠山はこの後に起こり得る最悪の事態を想像して鳥肌が立っていた。ま・け・た、負けた。

 尚も食い下がる

「防空識別圏の侵害や領海侵犯など、アルツハイマー国の犯行だと分かっているのに何故対策を講じないのですか?」

「嘗ては惑星アルツハイマーの方からわざわざ犯行声明を公開してますから、令和戦争が終わって、アルツハイマーが国連未承認の国家を作り上げ、世界の覇権を狙う危険国となっています。」

「そんな国がコロナウイルスを撒き散らした事は事実であります!」

大きく頷いた勅使下向忠直内閣総理大臣は篠山の眼を見ず約45%俯き机上の書類に眼を通していた。

「それと総理、このコロナ禍に男性育児休暇を取得し難い社会通念になっておりますが・・・。コロナに乗じて男性の育児休暇取得を推奨しては如何かと存じますが、どうですかな総理?」改心のライナーだった!

 刹那、顔を上げた総理がオオ!という表情を崩さず長々と篠山の顔面を見詰め、やがて切込泰一(きりこみたいいち)官房長官が代弁を取った。

「今会議のカテゴリーはご承知の筈ですが、学術会議のコンテンツを大きく逸脱致しておりここは国会でもないし国会議員でもないあなたが草案を提出するのは如何なものか?笹篠山氏在住の選挙区に衆院の事務所がありますからご意見・ご相談を受け付けてございますどうかご随意に・・・。」軽くあしらわれた。論外だった。

 唇を噛んで垂直に議席へ腰を降ろした篠山は悔しさの余り作った握り拳を開いては掌の皺を見、拳を握っては開いたり、意味の無い所作を繰り返していた。

 篠山の心情は為らぬなら為るまで続ける蟻の一穴岩をも通す。粘着性の性格だった故のコロナワクチン開発成功の一端だったに違いない。

 ザワザワと思い思いのコメントを隣近所のメンバーと語り合う。自国は正午を大幅に過ぎていた。もはや学術会議の大型モニターには「コロナワクチンと国際政治を考える」と、タイトルが映し出されてはいるが本題には至らず閉会の模様さえ表れ出していた。

 上手くいくと誰もが思っていた。スーパーしらたまの副反応は摘除できた筈だった。

ワクチンを製剤化する団塊でのプロトコルが誰かの手によって書き換えられたに違いない!今更それを言えば空疎な事をのたまう酩酊した老人とあしらわれてしまう。

 どうしたものか・・・。会場の外では助手の大原輝(おおはらあきら)やその妻の大原礼子(おおはられいこ)、専属ナースの庄屋三咲(しょうやみさき)達が帰りを待っている状態。しかし今ここでは総理の救援投手のような官房長官、切込泰一が総理の味方として饒舌を奮っている。いつになく孤独だった。

 あの時は、成功が見えていた。四六時中誰彼となく横を向けば会話が出来た。同じ目標に向かって走っていた時、囲む人が頼もしかった。しかし、今では孤軍奮闘叩きのめされるかも知れない相手と渡り合っている。

 ゴールを見失えばこの日本国の行方はどうなるものか計り知れない。

マサに国際政治だ! 日本国を欲する国に隙を見せては為らない。

 アルツハイマー国は強かで、かなりのハイスペックだ。

刹那、あろう事が過ぎった!「まさか・・・。」出来る筈がない!篠山は過ぎった事案をかぶりを降り、一心に取り消しに掛かっていた。

第二章「新党しらたま」


 結成には現職の」国会議員が5人以上参加する事が定義となる。

例えば篠山が衆議院の選挙に立候補するとなると供託金」800万円が必要となる。

 しかし、選挙の有効投票数の10%を割れば供託金は没収される。

学術会議の関連メンバーに立候補を促そうと思ったが、笑止!生徒会の選挙ではない。

 何事も真剣! 各議員も人生を掛けて立候補している、お遊びではない。

新党結成の賛同を得られて5人が国会議員に当選したとする。しかし当選した途端、当選後の人生観と政策の主旨が変わり新党へ加入しないとも限らない。それはそうだ、供託金といえども800万円は大金だ!一年間それで食べて行ける訳だから、課程を持つ議員候補者は全員アナーキーではない。篠山自信で議員に為り熱い思いを持った国会議員として風雨に晒されながら活動しての努力が買われ、一人二人と篠山を囲む議員があればこその新党結成ならば、例え野党であっても揺ぎ無い一枚岩の政党という事になる。

 政党助成金は政治資金として、各政党に交付される、国勢調査の日本の人口に250円を乗じた額を交付されるから大した額である。

 但し政党の所属議員が5人を割れば解党となる。

長年科学者として身を削って来たが、しらたま開発の時の思いはピュアだった。

 回り道をして櫻守りをやったが、自然の木に触れてみて大自然の生業が掴めた。

かと思われたが、終わりではなく、自身の功績に断崖をされているような面持ちにもなる。 篠山が手掛けた愛のしらたまがハイブリッド化をされ手の届かない製剤としてコロナワクチンに為ろうとしている!

理由は基礎の基礎!血液の凝固反応がそれだ!

灯台元暗しとは良く云ったものだ。

 日本学術会議のメンバーとして、国の決定に従わなければなるまい。

役員には、会長として物理学の小野寺隆(おのでらたかし)、以下4名、薬学の如月八代、(きさらぎやしろ)、機械工学の猫多学一(ねこたがくいち)、

環境学の神村貴子(かむらたかこ)達が副会長として在籍しているが、理学博士の篠山静夫は政治の素人。勅使下向内閣総理大臣に反発して新党を結成しても争点がぶれている故の脆弱な政党として、比例代表選に惨敗するであろうと予測は着く。

 そして事態は刻々と変わっていた。

変異種コロナウイルス感染の疑いのあるインド、パキスタン、ネパールからの入国拒否が制定された。

 それは篠山だけでなく、勅使下向内閣総理大臣も日本国への熱い想いは持っている。「学術会議推薦名簿を見ていない。」政府を俯瞰している。

 君が代斉唱拒否等が想定される日本学術会議の任命拒否理由だと位置付けされようとしていた。

 勅使下向内閣総理大臣は、この後コメントは、せず憲法違反だと国会内で野党につつかれ、なに食わぬ顔で議会を過ごしていた。

 学術会議内でも人事介入は違法だとの意見が相継いでいた。

・・・終わった。

「闘いは終わった・・・。」篠山静夫は科学者としての従属的な政府の考えに異論を唱え第二次世界大戦でハイブリッドな日本軍の悪魔の所業が胸を離れず、日本政府に戦いを挑む決意をしていた。

 願わくば花の下にて春死なんその如月の望月の頃。武家の生家を捨て、若くして出家した西行の生き様をリスペクトしていた。「73歳で無くなって、西行よりも21年間も生きていますが、世の中のお役に立って死にたいものです。大原さん・・・。」滔滔と語り掛ける篠山を正視していた。

「その気持ち受け止めました。先生、フォローさせて下さい。」

 ペコリと頭を下げサッと状態を起こした大原を観て、少し微笑んだ。ここへ来るまでどんな経緯が彼らを襲ったのか計り知れなかった。幾ら虚勢を張ったとしても家に帰れば元の木阿弥。

 二基の仏壇が輝を待ち受けているだけの寂しい我が家だったが、帰るなり仏壇に供えてあるカチコチに固まった米飯を掌に乗せ、「頂きますサキちゃん・・・。」大きく口を開けてそのまんまの飯を頬張った。モグモグゴクリと飲み込んだら次は礼子の仏壇に手を合わせ、蝋燭と線香に火をつけ「供え物の飯の匂いを嗅ぐ「線香の匂いがしてるけど、食べる?礼子・・・?」

「いらないんか、じゃあ僕が後で食べるよ。」三咲の仏壇をチラッと眼をやりキッチンへ向かった。

 キッチンへ向かう前に仏壇の左から右まで見渡し供養の残存物が無いか確認した。

それが癖になっている輝には注意する者も居ない。唯一存在するとすれば、篠山教授だった。

 日本学術会議の副会長を辞職し、科学者に戻った篠山静夫が、輝の所作を事細かく確認,」指導をしてくれていた。

 

「びっくりしました。「変身の変身」とは何事かと思いました。「返信の返信」だったのですね。それに最後の行、「中位喚起」は「注意喚起」ですね。

 「老婆心」ならぬ「老爺心」で申しあげますが、貴君のように文章で多くの人に感銘を与えようとする人は、もっと言語に敏感、正確であるべきだと思いますが、いかが。親しい関係であるが故に申しあげました。」

「メールありがとう。ネチケットという言葉があります。ネットのエチケットという意味ですがそれは

  1)メールをもらったらすぐ返信すること

  2)文字変換に誤りがないか、送信前に点検すること


 です。私はホームページを作るとき、自分で点検し、その後家内に見てもらっています。それでも誤りがあります。

 どうぞ気をつけて、いい文章を作ってください。なお私の名は篠山で笹山ではありませんのでよろしく。篠山静夫

「こんばんは、中々晴れ間が観られず鬱陶しい日々が続きますが、相変わらず私は小説の執筆と、トレーニングに勤しんでおります。さて、火曜日の午後から悩む事1日半、結論が出ましたので取り急ぎお知らせ致します。

結論は、篠山先生とのメール通信を一旦停止しようと思います。

理由は以前メールにて説明致したのですが、ご理解頂けてない様ですので再度、私の病気について説明させていただきます。私は、脳出血後遺症の高次脳機能障害の内の左半側空間無視なんです。左目は見えているのに脳が認知しない。という病気です。電子メール等の様に横書きになると左側の文字を見落としてしまいます。段々と読み進めて行く内に楽になりますが、正直言ってメールのテキストを書くのが苦しくて、苦痛なんです。

縦書きの方は楽に書けて見直しも楽に出来ますから篠山先生がご指摘の漢字の変換を気をつけてという内容のメールですが、縦書きは、そのひと文字しか見えてませんので間違いは有りません。

 しかし、横に広がって行くメールは、苦痛なんです。妻がテーブル左に置いたコーヒーを認識出来ずに「コーヒーは?」と、聞く有り様です。脳が健康な篠山先生には、理解し難い事かも知れませんが横書きのメールに苦しんでいる元教え子が居る事を知っておいて下さい。

そういう理由で、篠山先生とのメール通信を一旦停止しようと思いました。私の心は到って穏やかで、健康です。ホームページのお知らせが有りましたら都度お知らせ下さい。では、長らくお世話になりました。篠山先生の名前を佐々山と変換間違いした事で、決定的な決意に至ったので、悪しからず。今後とも宜しくお付き合い下さい。大原輝。」

 これは篠山静夫と大原輝とのメール通信のやり取りを回想した大原のレビューを表したものだが、このメールを受信した篠山は敢えて返信しなかった。

 輝と会えば会った時のリアクションも然して変わらずいつも通りの「やあ、元気でしたか?」という当たり障りの無い挨拶だっただけに篠山に会った時の為に大原は 幾通りの返答を用意しておいたのにそれのひとつも活用せずに自然体で合流してしまう当たりが拍子抜けに等しい感銘を受けたのだった。

篠山の事を奥ゆかしいとイメージを刷新していた。

 「でも先生、ダイオウグソクムシの身体は堅いような印象なんですがどうやって変異態を採取するつもりなんですか?それにしてもえげつないですね、匂いが!」

 マスク上から鼻を摘まんで篠山に語り掛ける大原は口呼吸を敢行していた。

両手を腰に回して後ろ手のまま腹の破裂したクジラを観ながら初めてダイオウグソクムシについて言及した篠山は威風堂々として科学者の淡々とした喋り口調に戻っていた。

「それについてはね、大原さん・・・・・・。」二呼吸開けて語り出した。

「脱皮直後を狙います。」キッパリとこう言った。

「この個体は、後ろ半分から脱皮し、続いて前半分を脱ぐんです三重県の鳥羽水族館に連携して全細胞を採取してもらえる様に頼んでみますよ?念のために既存の固体を確保しておきましょう。」抜け目の無い篠山の判断はリスクマネジメントを慣例している科学者の佇まいであった。

 頼もしい!大原から見た篠山静夫教授について、独自の賛辞を送っていた。


 早朝からけたたましく命の生業を実行しているクマゼミに恨みは無いが、梅雨明けと同時に待ったなしの戦いが始まっている事を知る朝だった。

「もしもし、ああ^鮫鮪(さめまぐろ)さんですか?・・・、えッ、ハ、ハイ・・・そうですか。それはご丁寧に有り難う御座いました。」

 鳥羽水族館の鮫鮪(さめまぐろ)館長から電話で研究用のダイオウグソクムシが下半身の脱皮は成功したものの上半身の脱皮中に急死したとの訃報があった。

 落胆したのは篠山だけでなく大原輝や鬼瓦キリコ、池永奈緒美、六車深雪等も令和戦争を戦いアルツハイマー星人撃退の手助けをした戦友だ。

「死んだのか、カーッ! アキラのせいではないよな・・・。オレはモデル業が忙しいんだ、ジュリア・ロバッツとの共演があるんで、来月まで日本に居ないほんじゃな!」呆気羅漢としたキリコのモデル業は、片麻痺者対象の短下肢装具を装着して杖歩行する女性を啓発する障がい者を特化したモデルだった。

 名来真理子(ならいまりこ)はジュリア・ロバッツ似の看護師で、大原輝の専属ケアマネージャー兼社会福祉士だ。

 篠山静夫が現役の教授で科学者だった頃、何かと輝の世話を焼いていた。嬉々として忙しく振舞っていた。

「長下肢装具と短下肢装具の利便性と効果について。」キリコの卒業論文が福祉業界で持て囃され一躍時代の窮児となった。

 一方ジュリアロバッツはアトランタ出身のハリウッド女優で、キリコと同じ生まれ年の1967年、54歳、身長は175㎝とこれもキリコと同じだったから、日本のじゃじゃ馬モデルの話しはハリウッドまで届いていて、ジュリアも気に掛けていて、同じブレードのモデルの仕事があれば是非競演したいとマネージャーへ打診していた。


 スタッ! 腰に両手をあてがい、ランウェイのリターンに立つキリコ。

杖を持ちシューホンを着けて右手で杖を突きビッコを引きランウェイから消えて行く。

 次のジュリア・ロバッツとチェンジしたが、ある感慨に包まれていて、「いつまでもお洒落はしたいんだよね・・・。」胸中に生まれた真実。ランウェイをぎこちなく往復するジュリア・ロバッツをトキメキの中で見守る・・・。

 麻痺の左足に短下肢装具を装着する事に抵抗感がある女性は少なくはなかった。

女性は何時まで経っても美しくありたい。それが全ての女性の心情である。

 オレンジ・クリマスブルー・ネイビー・アメジスト、カラフルな色合いを施したカラーバリエーションは108色あった。その他装具のベルトには本革を採用、デザインはルイ・ヴィトン社製だった。医療用具もここまで来たか・・・。ジュリア・ロバッツのランをランウェイの

傍らで観ていたキリコには独立した思考の持ち主だった。


 どの様な時代でも女性は一個の女性である。その刹那、刹那に美しくあるべきである!移り行く世情に流されてはいけない。女性のアイデンティティーは棄ててはならず、個々のマイノリティとして生きるべきである!

これがキリコの心情だった。


第二章 「崩壊家族」


 「パパやめて!ママはね。」娘の声が入らない!生卵(うらん)が叫ぶ男は血走っていた!狂っていた!

突き立てた牛刀の左胸の切り口から鮮血が放射状に吹き出ていた

「パパ怖い!」生卵が泣き叫んだ!鬼の形相をしていた。

「死んだる吠え面描くな!」笑いながら口角を拡げ右の口角からヨダレが滴り落ちていた。細いがヨダレは切れずに糸を引いていた。

 眼が血走り「殺すぞ!」と礼子(れいこ)を一発殴った時に倒れたその場所で横座りしながら輝(あきら)を睨んでいた。

 泣いて居なかった!

「死んでみろや!根性無いくせに。」喉から絞り出した低い声が輝を襲っていた。

ピタッと笑いを止め「オマエ殺すぞ!」眉間に縦シワを寄せていた!

「殺してみ、コラ!」ラが巻き舌だった。

 礼子が立ち上がり最上級の睨みで夫を睨む!「

なにコラ」キッチンで虚勢を張っていた夫が肩で息をし始めた夫が倒れるまで1秒と掛からなかった!バタン!ゴン!胸、肩、額の順で床に打ち付けていた。

「パパ死んじゃった!?」顔が強ばり父の元へ駆け寄る!十畳ばかりのダイニングキッチンに駆け寄る程広くは無かったが、慌てていたから父娘だし・・・。

 後から理由付けは幾らでも出来た!

「倒れた拍子に包丁が外れたから出血は多かったものの臼杵を外れていたので命の心配は要りません。」救急隊員にそう告げられた。

 警察には殺人未遂を疑われた。

「夫婦でいがみ合った末に刺した芝居したんじゃないの独りでさ、認知かもね?」ゲスい取調べをされた。


眼が覚めると右腕に抗生剤の点滴をされていた。うつ伏せに倒れたからそのベクトルで胸に刃を立てた牛刀が、心臓近くまで奥深く突き刺さっていたから胸を切開手術が施術されていたからだ。「篠山先生!痛いっ!」飛び起きようとして傷口に負荷が掛かり痛みが発した!揉んどり打った輝はを制止させようと看護師や警官がベッドの回りを取り巻いた。

「ドーパミンですよ!先生。」いい終えると左胸を押さえた輝は目を瞑った。

 死没者14万人を弔うかのように幾千万のクマゼミが鳴いていた。

広島市長は平和宣言の中でヘレン・ケラーを登場させ二度とあっては為らない史実を苦々しく訴えていた。

 そして勅使下向内閣総理大臣は、核軍縮を何度も何度も唱っていた。

自殺未遂で命だけは助かった大原輝は警察からキツいお灸を据えられて退院していた。

「ご迷惑をお掛けしました先生・・・。」項垂れて消え入る様に消沈していた大原に優しく声を掛けて、「時に大原さん僕のお見舞い品の中のレモンとグレープフルーツはもう召し上がりましたか?あれは、僕の一番好きな果物なんです。ワザワザカリフォルニアから取り寄せて食べようとしたところ、県警から電話が有りましてね・・・。ハッ!としたところで笹ys魔は掌を降りだし、「イヤイヤ、文句を言うつもりはありませんヒドロキシクロロキンtぴう物質は聞いた事がありますか?」

「ヒドロキシクロロキンは抗マラリア剤かつ全身性・皮膚エリテマトーデス治療薬なんです。」大原輝はとにかく、白血球をアサリの貝毒とハイブリッドさせるとか、変異株と対抗させるためダイオウグソクムシのドーパミンやアドレナリンをハイブリッドさせてスーパーしらたまを作るとか、そんな人だからとんでもない事を言ってのけるに違いないと構えて聞いていた・・・。

「海外では間接リウマチ炎症の軽減にも用いられています。

商品名はプラニケルと言うそうです。

ヒドロキシクロロキンはクロロキンの側鎖末端にヒドロシル基が付加された構造ですけどNエチル基のβ位が水酸化されています。」ここまで聞いて大原はポカンと口を開けたまま突っ立っていたが、篠山が声をかけなければ仮死状態だっただろう。

「実は椎茸国家の実業家で投資家の郭文貴さんに聞いたんです。」

「それでね大原さん・・・。」メガネの奥の眼球は希望に満ち溢れていた。

「トランプ大統領も新型肺炎に掛かった時にこのヒドロキシクロロキンを試飲したら完治したそうですよ?」

「巷で噂されているコロナワクチンよりも復反応がなく引用するだけでいいそうです。」溜息を長く細く吐いた。息を吐ききったあとで、深い深呼吸を吸い一気に語り出した。

「価格も五千円から一万円だそうです。いやあ、安いですよね、それにね、このヒドロキシクロロキンは、グレープフルーツやレモンに関係があるそうです。」ここまで聞いて大原は口が酸っぱくなり唾液が湧いているのを知った。

「先生それで、しい国家とは何の事ですか?」篠山は、人差し指を唇に当て、ピン!と立てていた。ニヤリとしていた。

「しい~、恣意。と、いう意味です。」あー、と頷いて二、三歩近寄りニコニコしながら「それでは、ダイオウグソクムシの細胞はいらないんですね?」

「必要です!」キッパリと言い切った。ニヤリとしていた。

「僕はね・・・。学術会議を辞職して、科学者に戻って良かったと思います・・・。」大原の目を見てしみじみと肩っていた。

「科学者はヒドロキシクロロキンのような事がたまにある。たまーにね・・・?

だから面白いんです。ワクワクするんです。ワクワクしますよッ?」

 両肘を脇腹に叩きつける真似をしていた表情は軽やかだった。

やがて日本国内の経済界と製剤界は相場がひっくり返るような大騒ぎに為った事は間違いない。

政界も然り、ネットも大変革を起こしていた。

副作用皆無の安全な錠剤を製薬会社が日本でいち早く名乗りを挙げて流通に拍車を掛けていた。某国からのコロナワクチンは入荷ストップを掛けられ日本のワクチン在庫は限りなくゼロに近かったが、日本独自で国産のワクチン製造が息を吹き返し自治体からの供給ストップはものの二ヶ月程度で復活していた。

「やれる技術を持っているからこそですよ。イチから勉強したのでは到底間に合わない・・・日本はね。」

 昨日しらたまワクチンを接種した右腕が少し筋肉痛のような痛みを覚えたが、大原の一人娘を全力で護るべく決意で接種に挑んだ気概を篠山教授に打ち明けた。

「先生・・・、二回目のしらたまワクチンはもっと痛いと聴きました。でも、先生の開発は利権も関係無しに接種出来るとあって、僕も卯蘭も安心してまな板に乗れますよ。」

 大原輝の思いの丈を聴いた篠山静夫は、これまでやって来た事が間違いなく履行されていると確信を持った。

サンパウロでは・・・。

「キラウエア火山みたいだな・・・。」ドロドロと溶けた灼熱の赤いマグマが外気に触れ冷え固まり黒くなった硬い表面を割って新しく若いマグマが顔を出し、やがて冷えて固まると瞬時に若いマグマが顔を出す! ルーチンの様にそれは続いていた・・・!

 丸でハワイ島のキラウエア火山の様で・・・。

ブブブ、ブー・・・! シャー! という高音から低音のノイズが人々の耳、シンバから外耳道へ伝い聴神経に届き、それを破壊しかけていた! 幾ら科学者の篠山静夫教授でも・・・。

 地球の裏側に起こりうる全ての事を把握し切れない事案だった。

篠山が満面の笑顔で大原の連れた卯蘭の表情を覗き込み皺だらけの右手を卯蘭の頭に宛がった。

何故だか胸中の脈拍が高鳴るが、ウンウンと頷きながら大原の長女、卯蘭の頭を撫でながら」亡き妻、礼子の位牌を片手で拝んでいた・・・。(了)











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シン・愛のしらたま しおとれもん @siotoremmon

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