第19話 最強タッグ

俺は逆刃刀の反り返った刃部分を肩に乗せると左手を顎に当てて、敵指揮官が魔封じの水晶を叩き割った瞬間に叫んでいた言葉を思い出す。



逆刃刀の刃部分を肩に置いて斬れないのかって?



刃は押して切るか引いて切るモノだから少し乗せた程度では斬れないし、俺が着てるのはただの服じゃなくて神器級ゴッズの『刀神の黒袴』だから、簡単に斬れるわけがない。



まぁ、今はそんなことどうでもいいんだ。



「ん?威光の主天使ドミニオン・オーソリティーってマジ?」



威光の主天使ドミニオン・オーソリティーとは第7位階天使召喚魔法で召喚されるLv50の雑魚天使のはずだが、敵指揮官が叩き割ったアイテムは紛うことなき、ユグドラシルのアイテムである魔封じの水晶だった。



魔封じの水晶は超位魔法以外を封じ込めることが出来るアイテムで、地面にぶつけて叩き割るだけで誰でも封じ込められた魔法が発動可能になる使い捨ての便利アイテムである。



『最高位天使を召喚する。』



俺は敵指揮官がそう言っていたため、てっきり第10位階天使召喚魔法が封じ込められており、Lv80の至高天の熾天使セラフ・ジ・エンピリアンが召喚されると思っていた。



Lv80の至高天の熾天使セラフ・ジ・エンピリアンはLv100の俺の敵ではないが、攻撃の余波だけで死んでしまうガゼフのために、魔法陣を切断することで第10位階魔法はおろか超位魔法すら無効化してしまうワールドチャンピオンの絶対防御スキル次空断層ワールド・フォールトを使って防いだ。



それなのに敵指揮官が呼び出したのが本当にLv50の威光の主天使ドミニオン・オーソリティーならば俺にとってはLv20の炎の上位天使アークエンジェル・フレイム、Lv35の監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションと変わらないスキル無しの一刀で倒せるただの雑魚天使である。

 


俺はそんな雑魚天使の召喚を防ぐのために一日に一回しか使えない次空断層ワールド・フォールトを使ってしまった。



まぁ、俺は『スキル神の指輪』のおかげでもう一回使えるし、この世界でこのスキルを使って空までパックリと斬れてしまったのは中々に爽快だったから良しとするか。




「「「は?」」」

 


敵指揮官とその部下達は、彼等の言うところの最高位天使が召喚魔法陣ごと真っ二つにされた事に唖然としたままである。



「お、お、お前は一体何をしたぁぁぁ!!」



しばらくすると呆けていた敵指揮官が狼狽えながらも、俺に向けて指差して怒鳴り散らした。

 


「斬った。」



俺はこの質問も二度目だなと思いながらも、各種属性の魔法球を『逆刃刀・えんま』の第6位階以下の魔法を斬り裂く効果によって斬り裂いた時と全く同じ回答を返した。



「斬った?人が決して到達することの出来ない神の御業。第7位階の召喚魔法を斬った…だと!?そんな馬鹿なことがあるかぁぁぁ!!」



「あ”ぁ?」



聞かれたから正直に答えたのに馬鹿呼ばわりされてイラッときて敵指揮官を睨んでしまったが、俺は悪くないだろう。人を信じないこの男が悪い。



「ひぃ!す、す、すみません!!」



敵指揮官は尻もちをついて後ずさりながらすぐに謝ってくれたが、これが一軍の指揮官とか...情けなさすぎるだろう。



スレイン法国の騎士やマジックキャスターは小心者の癖に自尊心だけは高いようで、いちいち人が言ったことを否定するのに、どいつもこいつもひと睨みするだけですぐに謝ってくる。



「お、お前は…いや、貴方様は一体何者なんでしょうか?」


 

敵指揮官は声が上ずりながらも、丁寧な言葉を選んで俺の名を尋ねた。



「俺の名は蘭丸。」



「ランマル殿…いや、ランマル様ぁ!!是非とも我が国にいらっしゃいませんか?貴方様を漆黒聖典にご推薦したい!!」



敵指揮官はあくまでも俺にへりくだる事を決めたようで狂ったように俺の名前を様付けして何やら叫んでいるが、俺の名前には心当たりはないようだ。



「漆黒何たらに興味はないが、この名はかつて知らない人がいないほど轟いていたんだが知らねぇか。」



俺は長年に渡ってユグドラシルの公式ランキング一位を維持し続けた男で、ユグドラシルのプレイヤーならば俺の名前を知らないはずはない。



リ・エスティーゼ王国のガゼフやスレイン法国の一軍を預かるこの指揮官、どちらも俺の名前を知らないということはこの世界に俺とモモンガさん以外のユグドラシルプレイヤーはいないのかもしれない。



ビキッ



突如、雲が割れた空から何かがひび割れる音が戦場に響いた。



「な、な、なんの音だ!!」



「「「ひぃぃ!!」」」



敵指揮官やマジックキャスター達がその音に俺がまた何かをしたと思って恐れ慄いているが、俺は何もしていない。



「ランマル殿が何かしたのか?」



ガゼフまでもが俺を疑っているが、本当に何もしてない。



「俺じゃないですよガゼフ殿。こんなことが出来るのは俺が知る限りたった一人しかいません。ねぇ?モモンガさん?」

 


あの空間の一部がひび割れる現象はユグドラシル時代に見た何かの魔法が防御魔法で遮断された時のエフェクト音だったはずだ。



魔法職0の俺にはこんな芸当は出来ないから、モモンガさんが防御魔法でプロテクトしてくれたに違いないと判断して何処かで見ている彼に声を掛けた。

 


「フハハハハ!蘭丸さん、いつも言っていますが情報収集は戦争の基本ですよ。罠でも何でも真っ向から切り開いてしまわれる貴方にとっては些細なことでも、タダで情報を渡してやるほど私はお人好しではないのでね。」



「蘭丸様、流石のご活躍でございます。愚かな人間共が狼狽える様は痛快にございました。」



俺がモモンガさんの名前を呼ぶと、突然俺の目の前に『ゲート』の黒い渦が現れて、その中から高笑いする魔王ロールの仮面を被ったモモンガさんとフルアーマーの漆黒の鎧を纏ったアルベドが姿を現した。



「モモンガ殿?それに……そちらのフルアーマーは女性か?」



ガゼフがモモンガと声で女性と判断したアルベドに戸惑っている。



「ら、ランマル様!我らにも分かるようにお教え願えないだろうか!?先程の音の正体。そして、そちらの方々は一体誰なのだ!!?」


 

敵指揮官が『ゲート』から現れたモモンガさんとアルベドを指差しながら、俺に解説を求めるが魔法のことはよく分からん。



「こちらは友達のマジックキャスターであるモモンガさんと彼の嫁さんで護衛騎士のアルベド。」



俺は少しのユーモアを交えて二人を紹介した。



あれだ。



戦いをずっと見られてた上、こっそりと防御魔法まで展開されてたなんて『はじめてのお〇かい』の子供になった気分だったので、少しくらいモモンガさんを困らせてもバチは当たらないだろう。



「なっ!?ちょ、ちょっと!?」



「まぁ、まぁまぁ♡流石は蘭丸様です。ねぇ?あ、な、た?」



モモンガさんは魔王ロールの演技が崩れるほどに狼狽し、アルベドは嬉しそうにモモンガさんに擦り寄っていた。



「ぷぷぷっ。あ〜さっき何が起きたかは...モモンガさんにパス!」



俺は二人の様子を見てほくそ笑みながら、モモンガさんの背を軽く叩くと彼の後ろに下がった。



「アルベド。こんな所でやめてくれ。くっ!蘭丸さん、後で覚えておいてくださいよ。」



「仕方ありませんわね。」



モモンガさんはアルベドを優しく引き剥がすと、ため息を一つ吐いて再び魔王ロールの口調で話し始める。



「はぁ...蘭丸さんは少々魔法には疎いので、この私が説明させていただくとしよう。先程、何らかの情報系魔法を使ってこの戦いを覗こうとした無粋な者がいたようだが、安心めされよ。私の防御魔法の効果で大して覗かれてはない。」



魔王ロールのモモンガさんは先程のビキッという音の正体を説明した。

 


「本国がこの私の監視を…はははっ……」



敵指揮官は監視者の正体に気付いたのか呆然として乾いた笑いを漏らしている。



「じゃ、モモンガさん。後は任せますよ。俺はガゼフ殿と先に村へ戻りますね。」



「ランマル殿?」



俺は刀を鞘に納めながら、呆気に取られたままのガゼフの元へ行き、敵指揮官にもよく聞こえるような声で話す。



「ガゼフ殿大丈夫ですよ。モモンガさんは第7位階を操れる世界最強のマジックキャスターです。彼が来たってことはもう選手交代なんですよ。」



もちろん嘘だ。



モモンガさんは当然ながら多くの10位階魔法、さらにその上の超位魔法まで操ることが出来るが、先程敵指揮官が『人の到達出来ない第7位階魔法』と言っていたのでカマを掛けてみた。



「なっ!?モモンガ殿は第6位階魔法を操るとされるバハルス帝国の化け物マジックキャスターを超えているのか!!」



俺の言葉にガゼフが唖然となったが、カマを掛けたおかげで、やはりこの世界最高峰の魔法が第6位階だと判明した。



「ランマルさん感謝します。ガゼフ殿、後始末は私におまかせを。私は死霊系マジックキャスターなのでね。新鮮なマジックキャスターの死体はいい素材になりそうです。」



俺に感謝を伝えた所を見るに、モモンガさんも俺とガゼフの会話でこの世界最高位の魔法が第6位階の魔法であると理解してくれたようだ。



「んじゃ、あとのゴダゴダはおまかせしますね。ほらほら、邪魔者は退散しますよぉ。ガゼフ殿!」



「ラ、ランマル殿!ちょ……モモンガ殿!」


 

俺は未だガゼフの背中を押して二人でカルネ村に向けて歩き出した。







俺とガゼフ殿が戦場から離れていくと、戦場の方から狼狽える敵指揮官の声が聞こえてきた。



「ま、ま、待って欲しい!モモンガ様ぁ!私たち、いや私だけで構いません。命を助けて頂けるのなら、望む額を用意致します。」



「「「ニグン隊長!?」」」



今更だが、敵指揮官の名前はニグンというのか。自分達を売ったニグンに部下のマジックキャスター達から避難の声を上げている。



「あなた間違ってるわ。これからあなた達はモモンガ様の糧となれるのだから、頭を下げ命を奪われるときを感謝しながら待つべきなのよ。」



「そ……そんなぁ……。」



「確かこうだったな『無駄な足掻きを止め、そこでおとなしく横になれ 。せめてもの情けに苦痛なく殺してやる 』。」



モモンガさんの話を聞きながら、モモンガは本当に初めから俺達を見ていたことが分かって苦笑いした。



「くくくっ。」



「ふっ。ランマル殿とモモンガ殿は良き友なのだな。」



ニグンが戦いの前に俺たちに言い放った一言をモモンガさんが言ったことで、ガゼフも俺と同じ事に気付いたようだ。



「あぁ。俺達の絆は切っても切れないさ。」

 


俺とモモンガさんは恐らくこの世界で唯一の異世界人。一蓮托生だ。



「世界最強の剣士と世界最強のマジックキャスター。最強タッグだな。ところでランマル殿!この度のご助力本当にありがとう。私だけでは天使共に包囲されてなぶり殺しにされていただろう。」



俺の隣を歩いていたガゼフが立ち止まると、俺に対して深々と頭を下げた。



「いえ。俺はある人から『困った人がいたら、助けるのは当たり前』と口酸っぱく言われてたものでね。体が勝手に動いてしまうんです。」



「ならばその御仁にも感謝を伝えたいものだな。おかげで俺は武の頂きというのを見ることも出来た。ランマル殿さえよければこのまま軍に……」



「いえ、それはお断りします。俺はエ・ランテルで冒険者になりたいので、ガゼフ殿にその仲介を頼みたいのですが、構いませんか?」



「勿論だ!ランマル殿であれば冒険者の最高位のアダマンタイト級は確実だろう!俺個人からもいずれ指名依頼をさせてもらおう。」



「ガゼフ殿の指名依頼ならば優先的に受けますよ。あ、あと約束の武技も頼みますね。」



「勿論だ!それに報酬も期待しててくれ。命の恩人に出し惜しみはしない。俺はこう見えても高給取りだが、何分金の使い方を知らんものでな。貯金は膨れ上がる一方なのだ。エ・ランテルで一軒家を買える程度の額はあるはずだ。」



流石は王国戦士長。金に糸目を付けないとは太っ腹。ここで断るのはガゼフに失礼だ。


 

「この国に来たはがりだったので、本当に助かります。」



俺は冒険者となって名を轟かせながら情報を集める為にエ・ランテルで拠点を構えるつもりだったので、本当に助かる。



「ランマル殿、モモンガ殿はどうされるのかご存知か?」



「あの人は見た目によらず面倒見がいいので、しばらくはカルネ村の復興に力を貸した後、フラりとどこかへ消えるでしょう。」



「そうか。俺は二人と会えて本当によかった。」

 


俺はガゼフと話をしながらカルネ村へ戻って来ると、彼の部下である騎士や村人が歓声をあげて出迎えてくれた。



「「「うおおおおぉ!英雄達の帰還だぁ!!」」」


 

戦場はカルネ村からは離れたところだったので、彼等は何が起きたかまでは見えてはいないだろうが、俺達が五体満足で帰ってきたことが紛うことなき勝利の証である。


 

「ほら、ガゼフ殿。」



俺は村人達の歓声にどう答えるべきか迷っているガゼフの肘を自らの肘で突く。



「しかし……」



「俺はあくまでも貴方に雇われた客将。だから俺の実績は全て貴方のものです。それに村人達や貴方の部下達は俺ではなく、この国の英雄である貴方を待ってるのは分かってるでしょ?」



ガゼフが戦場での活躍の度合いを気にしているのは分かっているが、村人達や騎士達のためにも俺は彼の背を押した。



「全く敵わんな……。」



ガゼフが腰に帯びた剣を抜いて天に掲げると、村人や騎士から溢れんばかりの歓声が湧き上がる。



「「「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」」

 


こうして、異世界はじめての戦いは幕を閉じた。

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