第20話 約束の報酬
俺は今、ガゼフに連れられて城塞都市エ・ランテルの冒険者組合に来ている。
「私は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。こちらの御仁、ランマル殿は私程度では足元にも及ばない世界最強の剣士だ。この御仁の冒険者登録をお願いしたい。」
ガゼフはいかにも異世界っぽい冒険者組合のカウンターへ向かうとそこに座る受付の30代前半くらいの女性に向けて俺を紹介してくれた。
「えっ!?王国戦士長って……本物!えっ!?戦士長よりも強い人が冒険者に…えっ、ちょ、ちょ、ちょっと!お待ち下さいぃぃーー!組合長ぉぉぉーー!」
受付嬢はいかにも仕事が出来る女って感じのお姉さんであるが、明らかに動揺した様子でトップの組合長を叫ぶように呼んでいた。
「一体どうした!?そんなに慌てて?ん?王国戦士長??」
呼ばれて出て来たスラリとした体躯の中年男性である組合長がガゼフの存在に気づき、目を丸くしている。
「組合長、こちらの御仁の冒険者登録をお願いしたい。」
「とりあえず、私の部屋でお話を伺います。イシュペン、君も一緒に来て事情を説明してくれ。」
やはりこのリ・エスティーゼ王国において、ガゼフは知らぬ者のいない有名人なのだな。
俺とガゼフは組合長の案内で先程の受付嬢であるイシュペンと共に組合長室に通された。
組合長室においてイシュペンとガゼフが受付での出来事を組合長に話すと、組合長が俺を興味深そうな顔で眺めていた。
「なるほど。名乗りが遅れて申し訳ない。私は冒険者組合長のプルトン・アインザック。ランマル殿の冒険者組合への加入を歓迎します。」
「よろしくお願いします。」
俺はプルトンの差し出された手を握って、握手を交わした。
「王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ殿、もう一度確認します。ランマル殿はリ・エスティーゼ王国はおろか近隣諸国においても並ぶ者がいないと名高い貴方よりも本当に強いのですか?些かすぐに信じられる話ではないので何度も聞いて申し訳ない。」
「プルトン殿もスレイン法国が誇る六色聖典はご存知だと思うが、彼は腰に帯びた刀を使ってたった一人で六色聖典の一つを壊滅せしめた。」
「なっ!六色聖典を壊滅!?本当なのですか!?」
「この俺、ガゼフ・ストロノーフの名前において事実であると保証する!」
俺はただニコニコしながら椅子に座ってお茶を飲みながらプルトンとガゼフの名前を聞いていたが、ガゼフに冒険者組合への仲介を頼んだことは正解であったと判断できる。
ガゼフには第7位階魔法を斬り飛ばしたこと等は流石に内緒にしてもらっているが、スレイン法国の六色聖典というのも想像以上に有名なようで組合長も驚愕している。
「王国戦士長の保証であれば我々はランマル殿の実力を疑うことはない。我々は戦士長にはアダマンタイト級冒険者と同等以上の実力があると判断している。だから、戦士長の話を加味するとランマル殿も当然アダマンタイト級となるが…規定によりすぐにアダマンタイト級の冒険者とすることは出来ないのだ。だから、一旦その下のオリハルコン級の冒険者として、アダマンタイト級の依頼を達成した暁は正式にランマル殿をアダマンタイト級と認めるということで、どうだろうか?」
「規則ならば仕方ないか。ランマル殿、如何だろうか?」
プルトンとガゼフは申し訳なさげな顔で俺の顔色を伺うが、ガゼフのおかげでいきなり上から二番目の位からスタート出来る上、一つ依頼を達成するだけで最高位のアダマンタイト冒険者になれるのだから、俺に文句があるはずもない。
「俺も無理を言うつもりもありませんよ。ガゼフ殿に仲介を頼んだのは正解でした。こちらからも組合に一つ頼みたいことがあるのですがいいですか?」
「何だろうか?」
「俺は刀しか取り柄がなく、恥ずかしながら字の読み書きは全くなので依頼はそちらで見繕ってくれると助かるのですが。」
俺はガゼフに連れられてここへ来るまでエ・ランテルの街にある看板や掲示板等でこの国の文字を見たが、全く分からなかった。
何故この世界の話す言葉は日本語なのに、文字は日本語では無いのだろう。
「も、勿論だ!こちらのイシュペンをランマル殿の専属受付とするので、彼女に声を掛けて頂ければ依頼をこちらで見繕う。」
一応、ここへ来る前にガゼフにも字が読めない事を相談したが、どうやら識字率の低い世界のようで文字が読めないことを不審がることはなく、彼自身も王国軍に入ってから文字を覚えたと言っていた。
プルトンやイシュペンも同様で笑顔で頷いている。
「おまかせください。ランマル様よろしくお願いします。」
イシュペンはプルトンの指示を受けて俺に対して上品にお辞儀をしてくれた。
「イシュペンさん、こちらこそよろしくお願いします。しかし、専属受付なんていいのですか?」
新人冒険者に専属受付嬢を付けるという大盤振る舞いに違和感を感じてプルトンへ問い掛けた。
「恥ずかしながらエ・ランテルの冒険者組合の最高位冒険者はミスリルなのだ。ランマル殿が冒険者となってくれれば、この街にアダマンタイト級の実力を持つオリハルコン級冒険者が誕生することになる。実力を持つ冒険者に組合が便宜を図るのは当然のことだ。」
「なるほど。」
確かにそういう理由ならば、俺への便宜を図る理由もよく分かったので納得である。
「ランマル様、ミスリル以上のプレートは特注となりますので、明日のお渡しになります。明日来て頂いた際、プレートと共にアダマンタイト級冒険者への昇格依頼を準備しておきます。」
組合長室での話を終えて冒険者組合の受付に戻ってきた俺は必要事項をイシュペンに代筆してもらった後、彼女に頭を下げられた。
「あぁ!分かった。明日来ます。」
イシュペンの声は組合内にいた多くの冒険者の耳に届いたようで、俺の隣いるガゼフが言ったことも含めて騒然となった。
「「「アダマンタイト!?」」」
「じゃあ……ガゼフ・ストロノーフより強いってのは本当なのか?」
「触らぬ神になんたらってやつだな……。」
仮にアダマンタイト級冒険者からの推薦で冒険者となっても、普通はミスリル級の冒険者からスタートするらしいので、本当に俺の隣を快活な笑い声を上げて歩くガゼフ・ストロノーフというネームバリューの高さに驚かされる一日だった。
「はっはっは!ではランマル殿、次に銀行へ案内しよう。報酬の支払いもしたいしな。」
この世界にも銀行があるよう事に若干驚きはしたが、俺は先を歩くガゼフの後を追い掛けた。
銀行といっても内装は冒険者組合と大差ない建物だったが、ガゼフは手早く貯金の引き出しを行って革袋いっぱいの金貨を俺に差し出してくれた。
「ガゼフ殿、本当に感謝します。これで食い扶持と住む場所に困らなくて済みそうです。」
俺は多くの金貨が入ってズッシリと重い袋を受け取りながら、ガゼフに礼を言った。
「いや、村でも言った通り元々使う宛のなかった金だ。ちなみにこの銀行はリ・エスティーゼ王国内の大きな都市に支店があって、リ・エスティーゼ王国内であれば何処の支店で金を預けても預金を引き下ろせるから便利だぞ。」
本当に銀行そのものだ。
「覚えておきます。ガゼフ殿何から何までありがとう。」
俺はガゼフに礼を言いながら手を差し出すと、彼は俺の手を取って固く握手を交わした。
「ランマル殿は俺の命の恩人だ。それに、その武を我が国の為に振るってくれるというのだから、俺の方こそ感謝の気持ちでいっぱいだ。」
ガゼフはこれからカルネ村でのことを国王に報告するため、王都に戻らなくてはいけないので、ここで別れることになるのだ。
「ガゼフ殿お元気で!こちらでの家が決まれば連絡しますね。次会うまでにはあの武技を完成させてくださいね。」
俺はガゼフの住所地が書かれたメモをもらっており、ガゼフから貰える報酬で家を買った際は連絡する約束を交わしている。
「あぁ!しかし、俺が武技を教える約束だったのに、まさか俺の方が新たな武技を教わる事になるとはな。」
ガゼフは俺に色々な武技を教えてくれて、結果的に全て習得することが出来た。
俺には武技の才能があるのかもしれないな。
その中でもガゼフが編み出したという『六光連斬』を進化させた武技を彼に教えたのだ。
◇
話は数日前に遡る。
スレイン法国との戦いの後、カルネ村の復興のためにガゼフと俺は数日間、村に滞在して約束通り、俺に武技を教えてくれた。
「ランマル殿、武技とは大きく能力向上系と攻撃系の二つに別れている。さらに武技を使うには多大な集中力を要するので一度に発動出来る武技の数は個人差がある。ちなみに俺は六つが限界だ。」
ガゼフが六個までしか使えないならば、他の大部分の人は六個以下なのだろうと推察出来る。
「質問です。同じ武技の使える回数に制限はありますか?」
「いや、同じ武技を使える回数に制限はないが、武技を使うと集中力だけでなく、体力も消費するので気をつけてくれ。」
「ふむ。もう一つ、スキルというのを聞いたことはありますか?」
「すきる?いや知らない。ランマル殿が魔法を斬った技がその“すきる”とやらなのか?」
「いや、あれはただ斬っただけですよ。」
「そ、そうか...。」
俺はガゼフとの会話の中で武技とはこの世界のスキルのようなモノだと何となく理解した。
空を割ったのは『
「では、ガゼフ殿。俺に向けて武技を放ってください。」
「はっ?」
俺は恩人に剣を向けられないと渋るガゼフを小一時間説得して、ようやく俺に武技を放ってくれることになった。
「いくぞ。武技『斬撃』!」
俺は赤い光を纏って上段から振り下ろされるガゼフの剣を見ながら、刀の鎬で受け流すと受け流されたガゼフの剣は俺の横の地面に突き刺さった。
「おっと!?」
「なるほど。」
俺は先程『受け流し』スキルは使わずに技術のみで受け流した。
スキルならば『受け流し』スキルではないと受け流せないが、武技ならばスキルを使わずに受け流せる。
やはり武技はスキルとは似て非なるモノのようだ。
「ランマル殿は俺の『斬撃』を刀で受け流したのか…なんと優しい剣だ。」
「柔無き剣に強さ等ないですよ。」
「なるほど。ランマル殿の武を間近に見られるこの幸運を王に感謝せねばな。」
何かの漫画に登場する最強剣士様の受け売りだが、ガゼフは俺の言葉に感銘を受けていた。
「武技か……何となく分かった気がします。ガゼフ殿見ててください。」
俺は武技とスキルは別モノであり、今はスキルの発動を意識せぬように頭の隅に追いやる。
俺の思い描くのは先程のガゼフの一撃。
俺は目を瞑り、イメージの中にあるガゼフと同じ構えから刀を振り上げて、刀身に全神経を集中する。
「武技『斬撃』!!」
俺は目をカッと見開くと刀を大上段から真下に振り下ろした時、赤い光を帯びた刀身の突き刺さった地面が数十メートルに渡ってパックリと割れた。
「なんという威力だ。確かに武技は発動していたが、これはもはや『斬撃』と呼べる威力ではないな。しかし普通、武技の習得には一年はかかるモノだが、一発で習得するとは恐れ入る。」
ガゼフの呆れた声を聞きながら、俺は武技が発動出来た興奮で左拳を握り締めた。
「よしっ!!」
「ランマル殿、俺の持つ全ての武技を教えるので、遠慮なく己の糧として欲しい。」
《3日後》
ガゼフは約束通り俺に様々な武技を教えくれて、最後には一振りで集中力を三つ分消費する『六光連斬』というオリジナル武技を教えてくれた。
「武技『六光連斬』!!」
俺の振り切った刀が六本に別れて全てが地面に突き刺さり、地面に大きな六本の切れ目を付けた。
「これで俺が教えられる武技はもうない。流石はランマル殿だ。たった三日で全ての武技を身に付けるとはな。」
「もったいないな。」
「いや、俺の命が今あるのはランマル殿のおかげだ。もったいなくなど……。」
「いや、そうではなくてこの『六光連斬』が少々もったいない技だと思ってですね。」
「ん?」
「ガゼフ殿、剣を持ってそこに立ってください。」
俺は『六光連斬』からインスピレーションを受けて新たな武技を閃いた。
「一歩も動かないでくださいね。動いたら死にますよ。」
「あぁ。俺はランマル殿を信じてこの場を動かない。」
俺を信頼しきったガゼフの笑顔を見て本当に気持ちの良い男だと思って思わず笑みが零れる。
「ガゼフ殿、貴方から教わった数々の武技の御礼としてこの技を送ります。武技『真・六光連斬』!!」
刀を振りかぶってガゼフに斬り掛かり、俺の刀がガゼフの額に当たる直前でピタッと止まった時、武技によって六本に別れた斬撃が全てガゼフに向かってゆく。
「なっ!?これは……。」
六本の斬撃はガゼフの前髪、右肩、左肩、右脇、左脇、股下の衣服を軽く斬り裂いた。
「これは本来別々の方向へ向かう六本の斬撃を唐竹、袈裟、逆袈裟、右斬上、左斬上、逆風に集約させることで、六本の異なる斬撃が同時に相手を襲う武技です。名付けて『真・六光連斬』。この技をガゼフ殿に送ります。」
もちろん俺が刀を止めなければ、六本の斬撃はガゼフの体を六等分にしていただろう。
ガゼフが俺を信じて本当に一歩も動かなかったからこそ、彼に傷一つ負わせずに済んだのだ。
「『真・六光連斬』か……なんという技だ。」
「極めれば防御、回避不能の最強の一撃となるはずです。これで俺が『六光連斬』をもったいないと感じた理由が分かったと思います。『真・六光連斬』は六本の斬撃を一つに集約させるイメージで練習してください。」
ガゼフは手応えを感じたのか、握り拳を作ると俺の深々と頭を下げた。
「ランマル殿、ありがとう!これで俺は王の剣としてまだまだ強くなれる!!本当にありがとう!!」
「こちらこそです。俺が武技を習得出来たのはガゼフ殿のおかげです。本当にありがとう。」
俺は六本の斬撃にあと右薙、左薙、突きの三本を加えた飛天〇剣流の奥義伝授前に教わるという九つの斬撃を一度に叩き込む秘技をこっそりと練習した。
ちなみにモモンガさんは戦士系ジョブがないためか、武技を習得出来ずに落ち込んでいた、
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