第18話 武の頂き

《ガゼフ視点》



この剣が愛用の鋼鉄剣ではなく、国王から賜った魔法の防具でもバターように容易く斬ることの出来るリ・エスティーゼ王国が誇る宝剣『剃刀の刃レイザーエッジ』であれば武技を使わずとも天使達と戦えるが、無いものねだりをしても仕方ない。



恐らくランマル殿の刀も『剃刀の刃レイザーエッジ』を凌ぐ程の名刀なのだろうと思う。



「武技『六光連斬』!!」



俺は正面から向かってきた六体の炎の上位天使アークエンジェル・フレイム目掛けて、一撃を振るう刹那に、周囲の敵に六度の斬撃を叩き込む『六光連斬』を放つと、六体の炎の上位天使アークエンジェル・フレイムそれぞれに斬撃が当たって六体まとめて消滅させた。



しかし、まだ炎の上位天使アークエンジェル・フレイムは20体以上も残っているので、喜んでもいられない。



俺は慌てて左右と後ろを見て、新たな敵を探すと背中合わせて立つランマル殿の横顔と目が合い、微笑み掛けられた。



「左右と後ろは俺に任せて、ガゼフ殿は正面の敵に集中して大丈夫ですよ。」



その瞬間、俺の左右背後すなわちランマル殿の左右正面から迫っていた20体を越える炎の上位天使アークエンジェル・フレイムが一瞬で真っ二つになると光に包まれて消滅した。



「なっ!?」



俺はその光景に言葉を失った。



「「「はっ?」」」



「そこの黒髪の剣士!!貴様、今…な、何をしたぁ!」



全ての炎の上位天使アークエンジェル・フレイムが消滅したことでスレイン法国のマジックキャスター達が俺と同じく唖然とする中で、敵の指揮官がランマル殿を指差して怒り狂っていた。



「斬った。」



ランマル殿が事もなげに言い放った一言に俺は思わず頬が緩んで笑いが漏れしまう。



「はははっ!」



これでも俺は王国最強の戦士と呼ばれて剣の腕には自信がある。



しかし、そんな俺でもランマル殿が本当に刀を振るったのかどうかすら見えなかった・・・・・・



しかし、俺はランマル殿の言葉が嘘ではないという確信がある。



何故ならば俺はランマル殿の刀を持つ右腕が一瞬ブレた瞬間、迫り来る20体以上の炎の上位天使アークエンジェル・フレイムが真っ二つになった所を見たのだ。



格上との戦いにおいて剣筋を目で追えても体が付いていかずに反応出来ないことはよくあったが、剣筋どころか腕の動きさえ、見えなかったのは生まれて初めての経験だった。



だから、俺よりも武に精通していないマジックキャスター達ではランマル殿が何をしたか分かるはずもない。



「これが武の頂きか…遠いな。」



俺は思わず、モモンガ殿の去り際言葉を思い出した。



『蘭丸さんがいれば余裕でしょうし。』



全くその通りだ。


 

正直な話をすると俺は敵がマジックキャスターであると分かった時、ランマル殿よりも化け物級マジックキャスターであるモモンガ殿の協力を仰ぎたかったが、どうやら俺の目は節穴だったようだ。



ランマル殿がいれば全く負ける気がしない。

 


「ガゼフ殿、報酬の一部が決まりました。」



「ん?」



「武技というのを教えてもらいたい。」



「なっ!?それは勿論構わないが、ランマル殿は武技を知らずにその強さなのか?」



「ええ。俺の剣は我流ゆえ、今まで武技なんてものを教えてくれる人がいなかったのです。似たような技は使えますが、それは武技と呼べるものではありません。」


 

俺はランマル殿の言葉に驚愕せざる得ない。



一介の戦士ならば武技を自在に扱って戦うのが当たり前だと思っていた。



俺が王国最強の戦士と呼ばれているのも全て武技を使っているからだが、それを持たずに武の頂きに立つランマルは何者なのだ?



「もういい!天使で身を守りつつ攻撃魔法で集中砲火を行え!!あれが何者だろうと魔法の前には剣士は無力だ!!」



「「「はっ!」」」



スレイン法国の指揮官が部下に命令を下すと、俺達を包囲する杖を構えたマジックキャスター達が詠唱を始めた。



「「「火球ファイヤボール!!」」」



「「「氷球アイスボール!!」」」



「「「電気球サンダーボール!!」」」



詠唱が完成し、マジックキャスター達が一斉に俺達に向けて火の球、氷の球、電気の球を放ってきた。



「ん?おおっ!?」



俺は突然、頭から凄まじい重圧を感じるとその場に尻餅をついてしまった。



「ランマル殿!何を!!」



慌てて顔をあげると、涼しい顔で俺の頭を左手で押さえ付けて、右手で刀を構えるランマルの姿があった。



「ガゼフ殿は少し伏せていてください。」



俺はその後、目に飛び込んできた光景に目を疑うことになる。


 

ランマル殿の右手がぶれた瞬間、俺達に向けて放たれていた魔法が全て掻き消えたのだ。


 

「「「えっ?」」」



唖然としたスレイン法国のマジックキャスター達と俺の声がまた重なった。



「天使共だけでなく、魔法すらも掻き消すとは分かったぞ!その男は剣士のフリをしたマジックキャスター。何らかの防御魔法を使ったに違いない!」



相変わらずランマル殿の動きが見えていないスレイン法国の指揮官の言葉に部下の唖然となっていたマジックキャスター達が気を引き締めたのが伝わるが違う。



ランマル殿は紛うことなき、この世界で武の頂きに立つ剣士。



彼は刀で魔法を斬った。



剣士ではマジックキャスターに勝てないのが、この世界の常識だが、俺の中でその常識が音を立てて崩れていた。

 


「高位のマジックキャスターがこの国にいるとは予想外だが、マジックキャスターならば、魔法耐性を持つこの天使による一撃で叩き潰してくれる!いけ、監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイション、あの黒髪の男をストロノーフ共々叩き潰せ!」



スレイン法国の指揮官が率いる炎の上位天使アークエンジェル・フレイムよりも一回り大きい全身鎧に身を包み、右手に柄頭が大きいメイス、左手に円形の盾を装備している監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションがメイスを振り上げながら、俺達に向かってきた。



「「「なっ!」」」



また俺とスレイン法国のマジックキャスター達の驚愕に驚く声が重なった。



「おい、ちょっと待てよ!なんで俺をマジックキャスターだと思ったんだ?お前らは馬鹿なのか?」



ランマル殿は監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションがメイスを振り下ろす前に、左手で監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションの頭を鷲掴みにすると、そのまま力任せに地面に叩き付けたのだ。



「ランマル殿、おそらく刀の振りが速すぎてマジックキャスター達には、貴殿が刀を使ったことが見えていないからだと思う。」



俺はスレイン法国のマジックキャスター達が勘違いした理由をランマル殿に教えたところ、彼はちらりと俺を見て溜息を吐いた。



「はぁ〜なるほど。おい!お前達ゆっくりと振ってやるからよく見とけよ!!」



ランマル殿は頭を掴んだまま地面に押さえつけていた監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションを離すと、二歩後ろに下がって刀を正眼に構えた。



自由を取り戻した監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションがメイスを振り上げ、再びランマル殿に殴り掛かる。



ランマル殿は監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションがメイスを振り下ろすのに合わせて、ゆっくりと一歩踏み出しながら刀を横薙ぎに振るうと監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションの体を一刀両断した。



「これで分かったか?俺はただの剣士だ。」



ランマル殿は監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションが消えゆく光に照らされる中で俺達に言い放った。



「「「なっ…!?」」」



スレイン法国のマジックキャスター達は驚きで声も出せない。



彼らはきっと俺と同じく「絶対にただの剣士ではない。」と思っているはずだ。



「なんと綺麗な剣筋だ。」



先程のランマル殿はメイスの軌道を予測しながら一歩踏み出して刀を横薙ぎに振るっただけだったが、全く無駄のない完成された剣士の手本と言うべき誰もが見惚れてしまう美しい剣筋だった。



俺は生涯、今の剣を忘れることはないだろう。



あの剣に一歩でも近づくことが出来れば俺はさらに国王の剣として武の頂きに一歩でも近づけるに違いない。



「上位天使を一刀両断するだと!?まさか漆黒聖典に匹敵する実力者なのか!!こ、こうなれば最高位天使を召喚する!」



ランマル殿が子供でも分かるようにゆっくりと監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションを両断したことで、流石にランマル殿が英雄級の剣士であると分かったスレイン法国の指揮官は懐から水晶を取り出して空に掲げた。



ちなみに漆黒聖典とはスレイン法国が誇る13人の英雄級の実力を持つ実力者達でその全員が俺よりも強いらしいがきっとランマル殿の実力は彼等よりもっと……



「これは最高位天使を召喚できる魔法が込められた水晶だ。お前にはこれを使うだけの価値があると判断した。」



「なっ!?あれは魔封じの水晶!!ユグドラシルの魔法やモンスターだけじゃなく、ユグドラシルのアイテムまであるのか!!」



スレイン法国の指揮官が掌に乗る水晶を取り出した途端、余裕の表情を浮かべていたランマル殿が初めて驚愕の声を漏らした。


 

「ランマル殿、あれは?」



「ガゼフ殿は俺の後ろへ。あれは魔法が封じ込められたアイテムです。どんな魔法が封じ込められてるかは不明ですが、叩き割るだけでこの周囲一体が一瞬で消滅する魔法が封じ込められている可能性すらあります。」



「な…ランマル殿には策があるのか!?」



「あります!だから俺の速く後ろへ!!」



俺はランマル殿の焦った声に従って彼の後ろに立ち、祈るように剣を構えるとランマル殿は刀を鞘に納め、ブレイン・アングラウスが得意とした武技『神閃』を発動する前と同じ抜刀術の構えを取った。



「見よ!最高位天使の尊き姿を!!」


 

スレイン法国の指揮官が手に持った水晶を地面に叩き付けた瞬間、空に魔法陣が現れた。



「いでよ!威光の主天使ドミニオン・オーソリティー!!」



「『次空断層ワールド・フォールト』!!」



魔法陣から1メートルはある巨大な天使が顔を出した瞬間、ランマル殿が鞘から抜き放った刀の一刀により、天空に現れた魔法陣と魔法陣から召喚されようとしている巨大な天使の頭が真っ二つに両断された。



「空を斬った!!」



思わず声が漏れた。



ランマル殿の一振りは魔法陣と天使だけでなく、曇ってた空すらも真っ二つに両断し、まるで空間そのものを両断してしまったようだ。



雲の割れ目から漏れ出た太陽の光に照らされたランマル殿が刀を見て、俺はさらに驚愕した。



「刃と峰が逆に?ランマル殿はあんな刀で戦っていたのか…はははっ!!」



本来刀という武器は切れ味鋭い刃と、切れ味皆無の峰と呼ばれる部分が表裏一体となった武器であるが、ランマル殿の刀は刃と峰が逆さまに付いている逆刃刀とでも呼ぶべき刀だった。


 

俺は己の戦いで精一杯だったため気づかなかっただけで、ランマル殿は『剃刀の刃レイザーエッジ』を凌ぐ程の名刀ではなく、なまくら以下の鈍器で多くの炎の上位天使アークエンジェル・フレイム監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイション、そして、天を一刀両断したのだ。



俺は驚きの連続と、計ることすら馬鹿馬鹿しい実力差を前にもはや乾いた笑いしか出てこなかった。



「ん?威光の主天使ドミニオン・オーソリティーってマジ?」



天を斬ったランマル殿は反り返った刀の刃部分を自分の肩に乗せながら、左手を顎に当てて頭を捻っていた。

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