第17話 武技

《ガゼフ視点》



俺の名前はガゼフ・ストロノーフ。



リ・エスティーゼ王国 国王ランポッサ三世に剣を捧げ、王国戦士長という大任を拝命している者である。



それもこれも、かつて国王の御前試合で優勝したことで、元アダマンタイト級冒険者ヴェスチャー師匠に見出されて、半ば強制的に弟子入りさせられた地獄の日々を送ったからである。



しかし、あの日々があったからこそ、俺はかつてババルス帝国最高位の軍人に与えられる帝国四騎士のうちの二人を打ち破り、リ・エスティーゼ王国だけでなく、周辺諸国からも王国最強の戦士と呼ばれて戦争の抑止力の一つとなれているので、師匠には感謝してもしなれない。



俺は国王からババルス帝国との国境付近でババルス帝国の騎士がいるという目撃情報を元に調査を命ぜられて村々を回っていたところ、一つの村がババルス帝国の騎士から襲撃を受けて滅ぼされているのを発見した。



俺は少しでも被害を防ぐため、馬の足跡等からババルス帝国の騎士達が向かったと思われる方向へ軍を進めたところ、このカルネ村に到着した。



しかし、カルネ村は襲撃を受けた後は確認できるが、どこにもババルス帝国の騎士は一人もおらず、俺達を出迎えたのは三人の男であった。



「この村の村長だな?帝国の騎士達がこの村を襲ったはずだが、それに横にいる二人は一体誰なんだ?教えてもらいたい。」


 

三人の内、俺の名を聞いて俺を戦士長と呼んだ中年男性をこの村の村長だと判断して疑問を尋ねた。



「この方々は……。」



村長が俺に二人を紹介しようとしたところ、不思議な紋様の刻まれた赤い仮面を付けた全身が黒色フードを着た身長2メートルを超える大男が村長の言葉を制した。



「それには及びません。初めまして王国戦士長殿、私はモモンガ。この村が襲われておりましたので、助けに来たマジックキャスターです。」



マジックキャスターには変わり者が多いと聞くが、風体はともかく礼儀正しい口調と態度には好感が持てる。



俺は戦士でマジックキャスターではないが、この御仁から感じる未知の力の波動は凄まじく、ババルス帝国にいる化け物マジックキャスターに匹敵するのではないかと思う。



「俺は蘭丸。旅の武芸者です。」



蘭丸と名乗った男はかつて御前試合決勝で俺と戦ったブレイン・アングラウスと同じ刀を左腰に帯びた剣士で、身長175センチメートル程、黒い手甲と膝当てにゆったりとした高級感のある黒服に身を包んだ引き締まった体躯を持つ10代後半から20代前半の若い男である。



実力は分からないが、優しい雰囲気を纏った異国風の男で女性受けしそうな整った顔立ちをしている。



しかし、この方々がこの村を救ってくれたならば馬上では失礼に当たる。



「何っ!?そうか!」



俺は慌てて馬から降りると村の英雄達に向けて深く頭を下げた。



「この村を救っていただき、感謝の言葉もない。」



「といっても私は特に何もしておらず、蘭丸さんがほどんどの騎士を倒したんですがね。」



「そうです!!ランマル様が私たちを包囲する20人近い騎士達の間を風のごとく駆け抜けた後、騎士全員が真っ二つになったんです!」



俺は興奮し様子でランマル殿の活躍を語る村長を見ながら、驚愕で目を見開いた。



「ほぉ…それでは村人に被害はなかったのか?」



「はい。ランマル様とモモンガ様がいらっしゃる前に少なくない村人が殺されましたが、ランマル様が広場に現れてからは村人の被害は皆無です。」



俺とてバハルス帝国の騎士20人を相手にしても勝てる自信はあるが、村人を人質に取られた状態で村人を誰一人傷付けることなく助け出す事など不可能だ。



「そうか!その話が本当ならばランマル殿はこの私など、比較にならない剣士なのだろう。」

 


ランマル殿は俺が足元にも及ばない実力を持った英雄級の実力を持った剣士に違いない。



「この村を救って頂いて本当に…本当にありがとう。」



俺は平民出身で故郷の村はかつて凶悪なモンスターに襲われて俺以外全員死んでしまったので、もう存在しない。



モンスターに蹂躙される親兄弟や多くの村人達を見ながら、ものすごい力を持った冒険者や騎士が俺達を救ってくれることを願った。



もちろんそんなものは都合のいい妄想でしかなかったが、この二人はかつての俺が願った英雄だ。



俺は二人によって救われたこのカルネ村と故郷の村を重ねてもう一度深く、深く頭を下げた。



「戦士長!」



「ん?どうした?」



俺がランマル殿達に頭を下げていると偵察に向かわせていた部下が慌てた様子で駆け寄ってきたので、報告を促した。



「戦士長、周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります。」



「何っ!?」



俺は部下の報告に目を見開く。



「『気探知』。なっ…なんでユグドラシルのモンスターがここにいる…いや、今はいいか。村の周囲に炎の上位天使アークエンジェルを引き連れたマジックキャスターが29人。監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションを引き連れたマジックキャスターが1人です。」



ランマル殿は目を瞑ると少し慌てた様子で村を囲む人影の正確な人数を答えてくれたので、おそらく探知系の武技を使ったのだろうが、[[rb:炎の上位天使 > アークエンジェル・フレイム]]とは英雄級の実力を持つランマル殿が取り乱す程のモンスターということなのか。



「何いいぃぃぃ!!炎の上位天使アークエンジェル監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションだってぇぇ!おっと……し、失礼。」



ランマル殿の報告に驚いたのは俺ではなく、モモンガ殿だった。



先程までモモンガ殿は低く威厳に満ちた声で話していたが、さっきの声はモモンガ殿と似ても似つかない高い声だったので、おそらくこちらが地声なのだろうが今はそれどころではない。



「ランマル殿の話だ。疑う余地はないだろう。そして、それだけのマジックキャスターを揃えられるのはスレイン法国だけだ。それも神官長直轄の特殊工作部隊六色聖典のいずれかだな。」


 

事前に敵の正確な数と職種が分かったからこそ、敵の正体が割れた。

 


「では、先程村を襲った奴らは?」



「装備は帝国の物だが、どうやらスレイン法国の偽装だったようだ。」



「やはり。しかし、この村にそんな価値があるのでしょうか?」



「モモンガ殿に心当たりがないなら、答えは一つだな。」


 

俺は威厳に満ちた声で話すモモンガ殿との会話の中で、スレイン法国の狙いが俺である事が分かった。



自分の仕える国の貴族達を疑いたくはないが、元々この調査は貴族派閥が国王に圧力を掛けたのが原因である。

 


まさか国王派閥で、平民出身である俺を疎ましく思った貴族派閥がスレイン法国と手を組んで俺を亡き者に…



「憎まれているのですね?戦士長殿は。」



しばらく思考の渦にハマっていたが、モモンガ殿の言葉で正気を取り戻した。


 

「本当に困ったものだ。まさかスレイン法国にまで狙われているとは。モモンガ殿、そしてランマル殿。よければ雇われないか?報酬は望まれる額をお約束しよう。」



「乗りかかった船だ。俺は戦士長に雇われるとしよう。報酬は出来高払いでいいですよ。」

 


「私はお断りさせていただきます。そろそろ戻らねばなりませんし、蘭丸さんがいれば余裕でしょうし。」



モモンガ殿には断れてしまったが、英雄級の実力を持つランマル殿のご助力は有難い。

 


「では、戦士長。行きましょうか?モモンガさん、また会いましょう。」


 

「ええ。それでは皆さん、また会う日まで『ゲート』。」

 


ランマル殿が村の入口に向けて歩き出すと、モモンガ殿が魔法を唱えると空中に黒い渦が現れ、彼はそのままその渦に入って姿が消えた。



あれが噂に聞く空間移動魔法『ゲート』か。



やはりモモンガ殿は化け物級マジックキャスターに違いない。



「ちょ、ランマル殿!」



よく考えれば今はそれどころではなかった。この村が敵に包囲されているのだ。


 

「あ、戦士長。流石に貴方の部下ではおそらく炎の上位天使アークエンジェル達に対抗出来ないので、村で警護させておいて下さい。戦場へは俺達二人で行きましょう。」



俺は先を歩くランマル殿を呼び止めると、彼は後ろを振り向き、作戦を提案してくれた。



「二人だけ!?いや、しかし、そうだな。それがいいな。私とランマル殿は村の外で迎え撃つ。お前達はこの村を守護せよ!!」



もはや作戦とも呼べないが、この状況では最適な案だったので、俺はランマル殿の作戦に従って部下に命令を出した。

 


「「「はっ!」」」



これから死地へ向かうと言うのに余裕の表情を浮かべるランマル殿の実力が俺の想像をはるかに超えるモノならば、この戦いにも勝機はあるかもしれない。



全く頼りになる御仁だな。


 



 


俺とランマル殿が連れ立って村を出てまっすぐ歩いていくと、村を包囲していたスレイン法国の天使のような見た目のモンスターを連れたマジックキャスターが村の包囲を解き、俺達二人を取り囲むように包囲し直していた。



おそらくあの光り輝く胸当てを着けて手に持つロングソードは炎を宿している翼が生えた天使モンスターがランマル殿の言っていた炎の上位天使アークエンジェルなのだろう。



「やはり、戦士長だけが狙いのようですね。」



ランマル殿も包囲が俺達に変わったことに気付いたようだ。



そういえば先程のランマル殿とモモンガ殿の反応で二人はあのモンスターを知っているのはずなのだ。



「ランマル殿、炎の上位天使アークエンジェルとはどういうモンスターなのだろうか?」



敵の情報は知っておくに越したことはない。



「第3位階魔法『第三位階天使召喚サモン・エンジェル・3th』で召喚されるLv20程度の…いや、低位の天使モンスターですよ。ちなみに監視の権天使プリンシパリティ・オブザベイションは第4位階魔法の召喚天使です。」



俺はランマル殿の言葉に目を見開く。



第3位階魔法とは常人が到達出来る最高位の魔法だと聞いたことがある。それが30人近くならば敵はやはりスレイン法国のマジックキャスターそして第4位階魔法の使い手がこの軍の指揮官に違いない。



「ランマル殿は魔法にも造詣が深いのだな。」



「ガゼフ殿、敵を知れば百戦危うからずですよ。」



「なるほど。流石だな。軍を預かる者としてランマル殿の言葉を心に刻もう。さて、指揮官が出てきたようだ。」



俺がランマル殿と話していると、数人のマジックキャスターに守られるように一際大きい天使を引き連れたスレイン法国の指揮官らしき金髪に青い法衣を纏った頬のコケた男が出てきた。



この男が引き連れている一際大きい天使がランマル殿の言っていた炎の上位天使アークエンジェルと言うわけだな。



「ハハハ!たった二人だと?無駄な足掻きを止め、そこで大人しく横になれ、せめてもの情けに苦痛なく殺してやる。」



すると指揮官の護衛と思われるマジックキャスターが引き連れた炎の上位天使アークエンジェル二体がそれぞれに剣を構えてこちらに飛んできた。


 

俺は炎の上位天使アークエンジェルが振り切った剣を躱しながら、両手に持った剣で斬りかかると炎の上位天使アークエンジェルの体に剣が当たるも装甲が硬くて叩き斬れない。



「うおおおおぉぉぉぉ!!」



炎の上位天使アークエンジェルが再び剣を振り上げて追撃しようとするのが見えたので、俺は雄叫びをあげながら、力の限り剣を振り抜くと炎の上位天使アークエンジェルを弾き飛ばした。



すぐにもう一体の炎の上位天使アークエンジェルの行方を確認すると、既に刀を抜刀したランマル殿によって頭から股にかけて真っ二つに斬られており、左右に別れた体が光の粒子になって消えていく所だった。



これで村長の話は嘘でも誇張でもない事実であると証明された。



ランマル殿は俺を凌ぐ英雄級の実力を持つ剣士。

 


「本当頼りになる。武技『能力向上』、『戦気梱封 』!」



先程俺が弾き飛ばした炎の上位天使アークエンジェルが起き上がろうとするのが見える。



俺は肉体能力を一時的に高めることの出来る『能力向上』と、武器に戦気を込めることで一時的に魔法武器と同等の効果を付与することの出来る『戦気梱封 』を唱えながら斬り掛かると、炎の上位天使アークエンジェルを真っ二つに両断した。


 

「へぇー…スキルでも魔法でもなく、武技か。」

 


ふと視線を感じて振り返ると、そこには俺が炎の上位天使アークエンジェルを両断した武技をランマル殿が興味深そうに見ていた。



しかし何故だ。



俺の武技なんて武技すら使わずに炎の上位天使アークエンジェルを容易く両断出来るランマル殿にとっては児戯にしか見えないはずなのに。


 

「お前達、出し惜しみするな。天使達全員でかからせろ!」

 


「「「はっ!!」」」



スレイン法国の指揮官が部下達に命じてるのを聞きながら、剣を構えて集中力を高めていく。



武技を使うには集中力が必要で人によって一度に使える武技の数が決まっており、俺は一度に六つまで使えるが、武技を使い過ぎると精神的な疲労の蓄積で倒れてしまうこともあるので、乱発は出来ない。



「魔法というのは…なんでもありか。」



先程倒した炎の上位天使アークエンジェル二体も再び魔法で再召喚されているのを見て思わず声が漏れた。



ランマル殿と違って未熟な俺では武技を使わねば炎の上位天使アークエンジェルを倒せない。



これは厳しい戦いになりそうだと思いながら剣を強く握り直した。

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