第10話 忠誠の儀

アウラとマーレ達NPCがユグドラシル時代の記憶を持っていることに何故そんなにも驚いたのか。



それはNPCがユグドラシルの記憶を持っているならば、ユグドラシルにおいてギルドメンバーの共有財産という位置付けの所有物扱いであるNPCが裏切る可能性は限りなく低い。



このナザリックを拠点に生活していく上でNPCを警戒しなくても良いというのは俺とモモンガさんにとってこれ程有益な情報はないのだ。



「ん?アウラ、マーレ来ていたのか?邪魔しているぞ。」



俺がアウラ達から得た情報を頭の中で精査していると、セバスとのメッセージを終えたモモンガさんがアウラ達に声を掛けていた。



モモンガさんはまた玉座の前でアルベド達に命令した時と同様に支配者の風格ある低い声を出している。



俺と話す時は普通なので、モモンガさんもNPC達を警戒しているのだと思うから、どうにかNPC達がユグドラシル時代の記憶を持っていることをモモンガさんに伝えたい。



「モモンガ様!先程まで蘭丸様とお話し中だったので、邪魔にならないように待機していました。」



「さ、さっき蘭丸様にここへ呼んでいただきました。」



モモンガさんに声を掛けられたのが嬉しかった様子のアウラ達は元気よくモモンガさんの元へ走り寄って行った。



「丁度よかった。実はここへ第四、第八を除く守護者達を集めているから少し騒がしくなるぞ。」



「えーっ!?シャルティアも来るんですか?」



アウラはモモンガさんの話を聞いて嫌そうに顔を顰めていると、闘技場の空間に黒い渦が生まれた。



ユグドラシルと同じならあれは空間移動魔法『ゲート』の渦に違いない。



「あら?チビ助、私がここへ来ることになんの不都合がありんすか?」



そのゲートを通って姿を現したのは、黒い日傘を差して黒いゴシックドレスを身にまとった第六階層の守護者シャルティア・ブラッドフォールンであった。



しかも彼女はアウラの言葉を聞いていたようで、アウラをチビ助と呼びながら嫌味な視線を向けていた。



「マーレも頭の悪い姉を持って大変でありんすねぇ。」



「偽乳。」



アウラは興味無さげにシャルティアから視線を外すが、シャルティアが尚も追い打ちを掛けるのでアウラがキレた。



「あ”ぁん!」



偽乳という言葉にシャルティアの可愛らしい顔が瞬時にして般若のように怖くなる。



「あら、図星ねぇ。だから『ゲート』をくぐってきたんでしょ?盛り過ぎちゃってるから、走ったら胸がどっかいっちゃうもんね!」



「はああぁぁぁ!!あんたなんか全く無いでしょうがぁ!!」



「あたしはまだ76歳だけど、あんたはアンデット。成長しないから今ある胸で満足しなきゃならないから大変よねぇ〜ぷっ!」



「吐いた唾は飲み込めんねぇぞ!この糞ガキが!」



「あんたがいけないんでしょ!偽乳お化け!」



シャルティアとアウラが額を突き合わして悪口合戦が始まったのを見て、俺は背が低い割に胸があるなと思っていたシャルティアの胸がパットであることに衝撃を受けていた。



「モモンガさん、シャルティアの胸のこと知ってました?」



「はい。ペロロンチーノから聞いてます。シャルティアはペロロンチーノの趣味全開の超変態設定ですよ。」



「やばっ!?でも、二人を見てるとペロロンチーノさんとぶくぶく茶釜さんの姉弟喧嘩を思い出しますね。」



「ははっ。私も蘭丸さんと同じ事を思い出してましたよ。懐かしいな。」



「あ、そういえばNPC達ってユグドラシル時代の記憶があるみたいですよ。」



「それは本当なんですか!」



シャルティアとアウラが不毛な言い争いをする中、俺とモモンガさんが肩を並べて小声で話していると闘技場の入口からコキュートスが姿を現した。



「騒ガシイナ。至高ノ御方々ノ前デ。」



丁度いいので、モモンガさんにNPCがユグドラシル時代の記憶を持っている事を証明してやろう。



「コキュートス、さっきブリだな。あの五大明王撃は最高だったよ!タケミカヅチさんに教えてもらったのかい?」



俺はコキュートスに向けて笑顔で手を振ると、彼は俺に向けてゆっくりと頭を下げた。



「フシュー!蘭丸様、オッシャル通リ五大明王撃トハ武人建御雷様ヨリ授ケラレシ必殺ノ奥義。コノ技ヲ真っ向カラ破ラレルトハ流石デゴザイマス。」



「なるほど。確かに!?」



モモンガさんはコキュートスの言葉を聞いて俺の言葉が真実であると確信したように驚いていた。



「モモンガ様、セッカク蘭丸様ノカルマ値ヲ下ゲテ頂イタノニ、ゴ期待二添エズ申シ訳アリマセン。」



俺に頭を下げていたコキュートスは頭を上げると、次にモモンガさんに身体を向けて頭を下げた。



「良いのだ。コキュートス。これを糧とし、更なる研鑽を積むが良い。」



「ハッ!」



モモンガさんはNPCがユグドラシル時代の記憶を持っていると分かってからも支配者プレイを辞めるつもりはないようだな。



「おやおや、皆さんお待たせしてすみませんね。」



「皆、揃ったようね。」



続けて出現した『ゲート』を抜けて腰低く挨拶をするデミウルゴスとアルベドが姿を現した。



「シャルティア、アウラ。至高の御二方の前よ。そろそろ巫山戯るのをお止めなさい。」



モモンガさんがここへ招集を掛けた全ての階層守護者が揃ったことを確認したアルベドが口喧嘩の真っ最中のシャルティアとアウラに優しく注意する。



「「フンッ!」」



アルベドの叱責を受けたシャルティア、アウラは互いにそっぽを向くが、そっぽを向いたまま肩を並べてこちらに歩いてきた。



喧嘩するほど仲がいいという言葉がよく似合う二人だと思っていると、コキュートス、デミウルゴス、マーレも歩き出し、俺とモモンガさんの二人と対面するように左からシャルティア、コキュートス、アルベド、アウラ、マーレ、デミウルゴスの順に並んだ。



「では、皆。至高の御二方に忠誠の義を。」



アルベドが俺たちの前に一歩進み出ると、守護者統括として守護者達に号令を掛ける。



「第一、第二、第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン。御二方の前に。」



左端のシャルティアが名乗りを上げた後、その場に片膝を付いて平伏する。


 

「第五階層守護者コキュートス。御二方の前に。」



シャルティアが平伏した直後、名乗りを上げたコキュートスも平伏した。



「第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラ。」



「同じく第六階層守護者マーレ・ベロ・フィオーレ。」



「「御二方の前に。」」



アウラとマーレは各々名乗りを上げた後、最後の言葉を一緒に述べた後、仲良く二人揃って平伏した。



「第七階層守護者デミウルゴス。御二方の前に。」



続くデミウルゴスも同様に名乗りを上げた後、平伏した。



「守護者統括アルベド。御二方の前に。」



最後にアルベドが名乗りを上げた後に平伏した。



「第四階層守護者ガルガンチュア、第八階層守護者ビクティムを除き、各階層守護者、御二方の前に平伏し奉る。我らの忠義全てを御二方に捧げます。ご命令を!」



アルベドは頭を下げて平伏したままさらに口上を述べると言葉通りに俺達からの命令を待っていた。



「面を上げよ。よく集まってくれた。感謝しよう。」



このまま死ねと命じれば喜んで死ぬような雰囲気すら感じさせる守護者達に俺は呆気に取られていたが、モモンガさんは支配者らしく、威厳に満ちた低い声でアルベド達に命令を出した。



「感謝など勿体ない。我らなど至高の御二方にとっては取るに足らない物でしょう。しかし、我らは造物主たる至高の御二方に恥じない働きを誓います。」



命令を受けたアルベドが頭を上げながら、モモンガさんの言葉を受けて感動に体を震わせると再び頭を下げた。



「「「「誓います!」」」」



アルベドの言葉を肯定するようにその後ろに控えるシャルティア達も誓いの言葉を述べて頭を下げた。



「フハハハハ!素晴らしい。お前たちならばこれから降す私の命令を失敗なく、完璧に遂行出来ると確信した!」



「「「「「「おぉ!!」」」」」」



モモンガさんは支配者らしい低い声色で高笑いをした後にアルベド達の態度や言動を褒め讃えると、彼女達は凄く誇らしげに顔を綻ばせて喉を震わせて声を漏らした。



俺にはアルベド達の態度が演技には見えないので、『ギルドメンバーの所有物という扱いであるNPCが裏切る可能性は限りなく低い。』という俺の仮定は真実味を帯びてきた。



しかし、だからこそ守護者達は俺が先程ナザリック地下大墳墓に攻め込んだことに疑問に思っているのではないかと不安に感じる。



それが今後禍根を残すことになると俺だけでなく、モモンガさんの立場も不味くなる。



「ふむ。これも気の緩んでいたお前達を、自らが敵となることで直接指導してくれた蘭丸さんのおかげだな。」



明らかに調子に乗っているモモンガさんは俺が頭を悩ませてるゲームの事を『守護者達への指導であった』と言い放ちやがった。



「ちょ、モモンガさん!?」



しかも、NPC達には見えないようにローブの中に隠した左手の親指をビシっと立てたサムズアップを俺に見せてつけている。



きっとモモンガさんも俺と同じ不安を抱いたので、この勢いにまかせてNPC達を丸め込むつもりだと思うが、相手は子供じゃないんだから流石に無理があるだろう。



「皆、え〜とだなぁ……。」



モモンガさんのフォローをしなければならないと考えていると、アルベド達全員がキラキラとした目で俺を見ていた。



「や、やはり!そうでしたか!!蘭丸様、先の一戦では皆学ぶことが多く、御指導御鞭撻を賜りましたことを守護者を代表しまして深く御礼申し上げます。」



「未だ高みの見えぬ武の頂き。しかとこの目に焼き付けさせてもらったでありんす。」



「天下無双トハ蘭丸様ノ為二アル言葉カト。」



「あたしとマーレは同じ人間種ですから、蘭丸様を目標にして頑張ります!」



「ぼ、ぼくもお姉ちゃんと頑張ります!」



「流麗な剣の舞いから繰り出される鬼神のごとき剣の冴え。蘭丸様の前には武神すらも裸足で逃げ出すことでしょう。」



守護者達はモモンガさんの言い放った指導を真実であると疑っている気配すらなく、上から順番にアルベド、シャルティア、コキュートス、アウラ、マーレ、デミウルゴスの言葉である。



チョロい。チョロ過ぎる。



しかし、これで俺の仮説は証明されてNPCは俺とモモンガさんを裏切らないことが分かった。



そんな事を考えていると自分に向けられる視線に気付き、下を向くとアルベド達はキラキラとした尊敬の目で俺からの言葉を待っているので、この茶番に最後まで付き合うことに決めた。



「アルベド、盾ばかりに頼りすぎるな。武器で攻撃を受け流す術も覚えるといい。」



「はっ!」



「シャルティア、お前は魔法とスキル両方が使えるのが強みだが、それに頼りすぎて槍術が疎かにしてはダメだよ。」



「はっ!」



「コキュートス、五大明王撃ですら破られる可能性がある事が理解出来たと思う。油断するなよ。」



「ハッ!」



「アウラ、マーレ!君達は近接戦闘時において身を守る術を身に付けるといい。」



「「はっ!」」



「デミウルゴス、君は頭で考えすぎだ。もっと身体を鍛えないとな。」



「はっ!」



俺は戦いの中で感じたNPC達の弱点を指摘していくと、アルベド達は天啓を受けたように目を見開いた後、深く頭を下げた。



魔法のことは分からないから俺の指摘が全て脳筋寄りな近接戦に限ったことのは仕方ない。



「しばらくの間、手が空いた者は俺が直接稽古をつけてやる。ボコボコにされる覚悟のあるヤツは遠慮なく挑みにくるといい。」



調子に乗った俺は守護者達に稽古の提案をした。



今ならモモンガさんが調子に乗っていた気持ちもよく分かる。



「「「「「「なっ!?」」」」」」



俺の提案に頭を上げた守護者達はポカンとした顔をしながら固まってしまった。



あれ?



みんな嫌だったのかな?



そういや、俺もたまに道場に教えにくる無駄に高名な指導者の爺さんとの手合わせは苦手だったな。



「おや?皆様は蘭丸様との手合わせを望まれておらない様子ですね。では蘭丸様。私に一手御指南お願い出来ますでしょうか?」



俺は失敗したと思って肩を落として落ち込んでいると突如、俺の足元に平伏したセバスが現れたが、俺は彼が足音もなく超高速移動が出来るモンクスキル『抜き足』を使ってここへ来たことにすぐ気付いた。



「セバス綺麗な『抜き足』だな。もちろんだとも。セバスとの手合わせは俺も色々と勉強になりそうだから素手でやらせてもらうよ。」



この世界では何が起きるか分からない。



ならば刀を抜けない場面での戦闘も想定しなくてはならないので、モンクとして技術向上のためにLv100のセバスとの手合わせは楽しみだ。



「はっ!恐悦至極にございます。ただ今はモモンガ様から申し付けられた任務の報告がございますので、一旦失礼させていただきます。」



セバスは平伏したまま俺に頭を下げた後、立ち上がって後ろに下がると、セバスを除く守護者達全員が平伏したまま一気に距離を詰めてきた。



「「「「「「是非っ!我々にも御指南を!!」」」」」」



「あ、あぁ……勿論だとも。皆が嫌じゃなければな。」



俺は守護者達から感じる熱と圧に飲まれながらも、笑顔で頷いた。



「「「「「「よっしゃぁー!!」」」」」」



直後、平伏していた守護者達は全員が雄叫びをあげながら、拳を天に突き上げた。



俺はガッツポーズを取って取り繕うことなく喜びを全身で表現する守護者達を見ながら、『NPCはギルドメンバーの所有物』というのは間違いで、『NPCはギルドメンバーの子供』に近いモノではないかと思った。



だってそうだろ?



俺の目の前にいるコイツらは、親に『今度の日曜日、一緒に遊んであげる。』と言われて大喜びする子供にしか見えないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る