第9話 検証

俺は頭を抱えながら一通り自問自答した後、バッと顔を上げた。



「よし!ナーベラル・ガンマには後で謝るとして、まずは今出来ることをしよう!」



先程のナーベラル・ガンマの取り乱した様子をみるに今は安静にしておくのが一番だと思う。



NPC達を纏めて情報を集約、分析するのがギルド長たるモモンガさんの仕事だとすれば、俺の仕事はやはり有事における戦闘力しかない。



一応Lv60はあるナーベラル・ガンマを押さえ付けるだけの腕力はあることは分かったが、果たしてモモンガさんの剣としてこの世界で戦えるのか。



大至急、検証しなくてはならない。

 


「モモンガさん、確かめたいことがあります。急いで闘技場に行きましょう。」


 

俺が第六階層への転移を提案するとモモンガさんは意図を正確に理解してくれていた。



「分かりました。ユグドラシルの魔法やスキルの検証ですよね。私も確かめたいと思ってました。」



「はい。まずは装備品の確認から『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』よ。第六階層へ向かってくれ!」



俺は左手中指に装備している『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』に呼び掛けながら意識を集中させると指輪の使い方が頭の中に浮かんでくる。



「ここは第六階層か。転移は成功だ。」



視界が瞬時に切り替わり、一瞬の浮遊感の後に俺が目にしたのは満天の星空と闘技場に設置された客席だった。



「はい。少なくとも装備の効果はこの世界でも有効のようです。」



俺はモモンガさんの分析を聞きながらナーベラル・ガンマに迫られた時に思考がピカッと晴れる感覚を思い出す。



「ということは玉座の間で俺の思考が停止した時に思考が回復したのは混乱や魅了に陥ったと判断した『刀神の黒袴』の効果かもしれませんね。」



「私もアルベドに迫られた時、似た現象が起きました。私の場合はおそらく種族特性による感情昂りによる精神鎮静化だと思いますけどね。」



どうやらモモンガさんも思い当たる節があるようだった。


ならば俺の『老化、寿命の超越』というハイヒューマンの種族特性も有効なのかもしれないと思いながらも検証するには何十年もかかるので後回しにする。



「まあ、いいか。とりあえずスキルの検証しますか。」



俺はモモンガさんから少し歩いて距離をとると、その場で居合切りの構えを取る。



「サムライスキル『居合切り』!」



俺は頭の中で『居合切り』スキルの発動を意識しながら、左手で持った鞘から右手で瞬時に刀を引き抜くと刀身がスキル発動を示す光を帯びて虚空を真一文字に斬り裂いた。



装備品の効果が反映すると仮定するならば『刀神の黒袴』の効果でスキル制限のないサムライスキルは検証にはもってこいである。



「うん。コンソール画面は表示されないけど、使いたいスキルを考えて口にすると発動するみたいです。ちゃんとリキャストタイムやスキルの使用回数も感覚で分かります。」



ユグドラシルでは魔法やスキルはコンソール画面に表示されるボタンを押すことで発動したが、コンソール画面が出なくなってからは使いたいスキルを考えて言葉にするだけでスキルが使えることが分かった。



「ユグドラシルよりも断然に戦いやすいです。」



そのため、戦闘中は事前にスキルを発動したいスキルを出来る状態にして戦いの中でボタンを押すという作業が必要だった。



だから、相手の行動が自分の予想を越えた場合は無意味なスキルを発動して逆にピンチに陥るという事がザラにあった。



しかし、この世界では事前にスキル発動を準備する必要がなく、使いたい時に使いたいスキルを発動出来る事を意味するから、戦いの幅が広がる。



「なるほど。では、スキルの発動を言葉にしないとどうなりますかね?」



モモンガさんも俺がサムライスキルは使い放題な事を知っているので、スキルの検証は俺に一任してくれるようだ。



「はい。やってみますね。」



俺は一度刀を鞘に納めると再度居合切りの構えを取って今度は頭の中でスキル『居合切り』を使おうと念じながら無言で左手に持った鞘から右手で刀を引き抜き、虚空を真一文字に斬り裂いた。



「なるほど。スキルの発動は考えるだけじゃなく、言葉にする必要があるようですね。」



モモンガさんは俺の刀身にスキル発動の光を帯びていない事を確認して頷いていた。



「はい。そういえばMPやHPについても体の中に意識を向ければ何となく分かりますよ。」



「それは私も感じてます。あっ!?《蘭丸さん、蘭丸さん聞こえますか?》」



俺の正面にいるモモンガさんは話の途中で自分の右耳辺りに右手の人差し指を置き、俺の名前を呼んでいる。



「ん?モモンガさん、一体どうしたんですか?」



わざわざ真正面にいる俺の名前を連呼する意味が分からずに俺は頭を捻った。



「《あ、そうか。少しここで待っていてください。》」



「ん?」



目の前にいたモモンガさんが突然光とともに消えた。



「転移?」



モモンガさんが何故ここでまた『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』の転移機能を試したのか謎が深まるばかりだ。



《蘭丸さん、聞こえますか?》



「おっ!?まさかメッセージか!?」



俺は頭の中に響くモモンガさんの声がメッセージによるモノだと理解し、自分の右耳に右手の人差し指を押し当ててモモンガさんへのメッセージを意識する。



《モモンガさん、俺のメッセージ届いてますか??》



《はい。届いてますよ。》



《もしかしてさっき真正面にいた時もメッセージで話してました?》



俺は先程モモンガさんが俺と同様のポーズを取りながら話していた事を思い出して納得した。



メッセージは思念を相手に送るのではなく、声を遠くの送り届けるため、メッセージを送る時は電話と同じように声に出さなくてはならない。



《ははっ!一緒にいてメッセージを使っても意味ありませんでしたね!!次は私が魔法を試したいのでメッセージを切ってそちらに戻ります。》



真正面にいる相手にメッセージを送るということは、真正面にいる相手に電話で通話するのと同じなのである。







俺とのメッセージを終えたモモンガさんが目の前に転移してくると、開いた右手を闘技場の真ん中に向ける。



言うまでもないが、モモンガさんは顔だけでなく、手や身体の全てが骸骨で煌びやからな濃紺のマントを着ている。



「では、魔法の検証を始めますね。『第10位階死者召喚サモン・アンデット・10th』!」



ユグドラシル時代にモモンガさんの得意としていた第10階位に属するアンデッドの召喚魔法の効果により、召喚陣から長い金髪に錆びついたような王冠を被り、血の色のマントと曲がった刃が多数ついているフルプレートの全身鎧に死神のような戦鎌を装備した体長3メートル程の禍々しい骸骨騎士が召喚された。



「スキルと同様に頭で考えて口にすると魔法も発動するようですね。使用するMP量も感覚で分かります。確かに慣れれば使いやすそうです。」



モモンガさんが召喚したこの骸骨騎士はLv70で名前は破滅の王ドゥームロードである。



「モモンガさん、あれと戦ってもいいですか?」



俺は破滅の王ドゥームロードを指差しながら、モモンガさんに声を掛けた。



「はい。そのつもりで召喚しましたので、倒してしまっても問題ありません。破滅の王ドゥームロードよ!蘭丸さんを攻撃せよ!!」



「ウゴオオオォォォォ!!」



モモンガさんが破滅の王ドゥームロードに命令を出すと、破滅の王ドゥームロードは雄叫びをあげながら、大鎌を携えて俺に向かってきた。



俺は振り下ろされる大鎌を見つつ最小限の動きで大鎌を躱す。



「ウゴオオオォォォォ!!」



鼻先スレスレで通過した大鎌に対して恐怖を抱くこともない。



この世界がゲームから現実になってしまったことで戦闘時に恐怖で足がすくんだらどうしようかと思ったが、恐怖どころか心の底から湧き上がってくる高揚感が気持ちいい。



「身体はユグドラシルの時よりも自然に動く。元からこの身体だったという感覚すらあるな。ちなみに迫り来る鎌はスローモーションに見えるんで自分の反射神経はやばいくらい確実に上がってますよ!」



ちなみに俺が楽しそうにモモンガさんへ報告している間にも破滅の王ドゥームロードは攻撃の手を緩めず、雄叫びを上げながら大鎌を振り上げ、振り下ろし、薙ぎ払い等怒濤の鎌攻撃を繰り出していくが、俺は冷静に攻撃を見極めながら全ての攻撃を紙一重で躱していた。



「……。」



「次は攻撃の検証だな。っと!」



俺は破滅の王ドゥームロードによる大鎌を躱しながら、破滅の王ドゥームロードに向けて鞘から刀を一気に引き抜いた。



「グギャアアアアァァァァ!!」



俺の居合切りによって上半身と下半身が分かれるように真一文字に切り裂かれた破滅の王ドゥームロードは痛そうに悲鳴を上げて身体を仰け反らせた。



「クリティカルヒットしたことも感覚で分かる。それに大ダメージを与えるとモンスターがノックバックするのもユグドラシルと同じか。」



破滅の王ドゥームロードに二倍ダメージとなるクリティカルヒットが決まったところ、痛みで仰け反ったりするノックバックと呼ばれる現象が起きたのを見て俺は頷く。



「ウゴオオオォォォォ!!」



ノックバックが解消した破滅の王ドゥームロードは大鎌を振り上げて俺に斬りかかってくるので、今度はその場から動くことなく刀で受け流していく。



「……。」



「うん。受け流しも問題なく出来るようだ。では次はこっちを試してみるか!」



俺は刀を納刀すると破滅の王ドゥームロードの大鎌を躱しながら、殴打、蹴撃、体当たり等様々な体術を試していったが、しばらくすると破滅の王ドゥームロードがその場に倒れて動かなくなった。



「……。」



「ふぅ…HPが尽きたか。モモンガさん?さっきから黙ったままでどうかしました??」



俺は口を半開きにして光に包まれて消滅していく破滅の王ドゥームロードを呆然と見ているモモンガさんに向けて声を掛けながら歩み寄っていく。



「あ、いえ……流石は蘭丸さんですね。今の戦いってスキルを一度も使ってませんでしたよね?」



「まぁ、一応使えるように準備はしてましたが、ユグドラシル同様にLv70程度のモンスターならスキルは必要ないみたいです。でも、武器は『閻魔』に変えてありますよ。」



俺は闘技場に来てすぐに万が一に備えて武器を『逆刃刀・えんま』から本来の武器である『閻魔』に持ち替えていたので、左手の親指で少し濃口を切って刀身をモモンガさんに見せて微笑んだ。



「しかし、蘭丸さん!破滅の王ドゥームロードはスキルを使っていたと思うんですが!?」



確かに鎌スキルを使っていたが、それが何の問題になるのか。



「そんなの避ければ問題ないですよ。」



魔法は怪しいところもあるが、スキルは全て把握しているので、スキル発動前に行う武器を構える等の予備動作や戦闘の流れから相手がどんなスキルを使ってくるか大凡の検討はつく。



昔の人はいい事を言ったものだ。『当たらなければどうということはない。』



「なっ!?流石は現実世界とユグドラシル世界の二つの世界でチャンピオンだった人だ。ほんとに頼もしいことこの上ないです。」



モモンガさんは言うまでもなく顔が骸骨だが、こちらの世界になってから何となく表情が読めようになったので、微笑んでくれたのが分かった。



「任せてください。この世界でも俺の力は通用するって事が分かりましたからね。」



俺はドンッと自分の胸を叩きながらアピールすると、モモンガさんは突然右手の人差し指で自分の右耳辺りを押さえた。



「ん?ちょっと待ってください。セバスからメッセージが届きました。」



俺はNPCであるセバスともメッセージが出来る事に驚いて目を見開いた。



「えっ!?NPCともメッセージが出来るんですか!?」



ユグドラシルでは意思を持たないNPCとはメッセージなんて出来るはずもなった。



「突然、セバスからの声が聞こえたので、私も驚きました。」



NPCからのメッセージに驚いたのはモモンガさんも同じようだが、偵察の報告を受けるためにセバスとメッセージを始めた。



モモンガさんの話に聞き耳を立てていてもよかったが、俺が破滅の王ドゥームロードと戦っている時、客席から俺に向けて歓声を送ってくれていた双子姉弟にメッセージを送ってみることにした。



《アウラ、そんな所で見てないでマーレと一緒に降りて来なよ。》



メッセージはユグドラシルと同様に一度に二人には送れなかったのでお姉さんであるアウラに送ることにした。



《蘭丸様!はぁい!わっかりましたぁー!》



俺は右手の人差し指で右耳を押さえながらメッセージをつつ、アウラ達を見て左手で手招きすると元気よく返事を返してくれた。



アウラはマーレの手を引きながら二人で客席から飛び降りると勢いよく、こちらに駆け寄ってきた。



「蘭丸様!素晴らしい戦いでした。未熟なあたし達じゃ束になっても勝てないのは当然ですよね。」



「う、うん。本当に凄かったです!」



アウラとマーレは二人とも満面の笑みを浮かべて手放しで俺を褒めてくれた。



しかし、俺は聞き逃さなかった。



アウラは確かに今『あたし達じゃ束になっても勝てない』と言ったことのだ。



「はははっ。二人ともありがとな。そういやぁ、さっきは痛い思いをさせて悪かったね。」



俺は自分の胸くらいの身長しかないアウラとマーレの頭を撫でながら、先程の疑問を払拭するためにアウラ達にカマをかけることにした。



「いえ、久しぶりに体を動かせたので楽しかったです。」



「ぼ、僕は戦いが始まってすぐに倒されちゃったけど、倒れてからもずっと蘭丸様の戦いを見てたので、たった一人で皆を倒しちゃった蘭丸様はすごいなって思いました。」



アウラは胸を張りながら敬礼のポーズで、マーレは胸の前で両手を組んで拝むようなポーズで二人とも尊敬の眼差しで俺を見上げていた。



「そうか、二人はあの戦いを覚えているのか……。」



俺と戦ったことを楽しそうに話してくれたアウラ達NPCにはユグドラシル時代の記憶がある事を確信した。

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