第8話 キスとキャラ設定
モモンガさんと握手して体感で30秒は既に経過したと思うが、未だにログアウトしないので目を開けて正面にいるモモンガさんを見る。
「あれ?もう0時ですよね?」
「サービス終了の延期かな?」
俺はモモンガさんと頭を捻りながら、周囲を見渡すと衝撃の光景が目に入ってきた。
「蘭丸様。貴方様が至高なる御方々に名を連ねる今日の日を我々ナザリック一同、一日千秋の思いでお待ち申し上げておりました。」
玉座の傍に控えていたアルベドが俺に対してこのギルドへ加入した事を歓迎する言葉を発しながら、俺達の足元に片膝を付いた状態で平伏していたのだ。
セバスとプレアデス達も先程までは立ったまま待機していたのにアルベドに倣って片膝を付いた状態で俺達に平伏していた。
「モモンガさん、ギルド加入するとNPC達はこんな事をいう仕様なんですか?」
「いえ、私もこんな設定は初めて知りました。というか、今アルベドの口が動いていたような気がするんですが……。」
「あ、確かに動いてましたね!」
俺たちは突然の事態に戸惑って二人で肩を寄せ合って小声で言葉を交わしていくが、戸惑いはこれだけに留まらなかった。
「あれ?モモンガさん、コンソール画面のHPゲージの表示や時間表示も消えてますよ。」
俺が右上に表示されている時間を確かめようとするも時間だけでなく、上下左右そして後ろを振り返って確かめてもコンソール画面そのものが消えてた。
「それだけじゃありません。コンソールが表示されないので、ステータス画面もGMコールも使えません。」
モモンガさんがコンソール画面のメッセージ機能が使える辺りを空中を指先で叩いていたので、俺も試してみたが結果は同様だった。
「どうかなさいましたか?モモンガ様、蘭丸様。」
「「なっ…!?」」
俺達に声を掛けてきたのは心配そうな顔で声を掛けて来たのは、命令がなければ本来は喋らないはずのNPCのアルベドだった。
「大丈夫でしょうか?モモンガ様!」
「ア、アルベド!」
アルベドは心配そうにモモンガさんに駆け寄ると彼の容態を確かめるようにベタベタと触り出したので、居心地の悪くなった俺はセバス達の元へ向かう。
「ちょ、蘭丸さん。置いていかないで!?」
アルベドに抱き着かれているモモンガさんが助けを求めているような声が聞こえた気がするが、多分気の所為だ。
「いやぁ、俺はセバス達を見てきますね。アルベドはモモンガさんに任せましたよ!」
決してモモンガさんの体をベタベタと触りながら恍惚の表情を浮かべるアルベドに気圧されたわけではない。
「蘭丸様、どうかされましたか?モモンガ様の様子もどこかおかしいようですが?」
俺が近付いた事に気付いたセバスが立ち上がって心配そうに声を掛けてくれた。
「ん〜いつも通り巫山戯てるだけさ。俺達はいつもこんな感じだったろ?」
俺はセバスの心配そうな表情を見て、戯けるように笑いかけるとセバスは胸を撫で下ろす。
「それは良かった。至高の御方々に何か不都合があれば我々の存在意義に関わる事態になります。どうかご自愛くださいませ。」
俺はセバスの言葉の中で解せないことがある。
「至高の方々ねぇ〜。俺たちプレイヤーのことかね。」
俺はセバスの後ろで未だに片膝を付いた状態で顔をあげているプレアデスの七人達に近づいて順番に顔を眺めていくと、ある一人のプレアデスメンバーの一人が顔を赤らめて俺から不自然に視線を逸らしたことに気づく。
「ん?どうした。ナーベラル・ガンマ?顔が赤いようだが……なにかの状態異常か?」
俺の目の前で顔を赤らめている女性は年齢は10代後半から20代前半の長い黒髪を背中で一括りにしたポニーテールにした切れ長の瞳に整った顔立ちのプレアデスの一人であるナーベラル・ガンマである。
「い、いえ。何もございません……。」
日本人風クール美人にしか見えないナーベラル・ガンマの本来の姿はドッペルゲンガーという異形種であるが、本来の姿であってもこの姿であっても戦闘能力に違いはないため、本来の姿を見せることはない設定だと聞いたことがある。
「ん?いい匂いだな。香水付けてるのか?」
「はぅ!?」
俺はナーベラル・ガンマから漂っていた女性特有のフローラルな香りを嗅ぎながら、声を掛けると彼女は狼狽えるような声をあげて尻もちをついた。
「嗅覚が実装されたのかな……ん?大丈夫か?」
ユグドラシルにおいて嗅覚は実装されておらず、さらに顔を赤らめるという仕草も自立的に動くNPCも全てが未実装であった。
もしかしたらユグドラシルが進化して新たなゲームになったのかと思うと、俺は昂る好奇心が抑えきれなかった。
その場でペタンと座りながら顔を俯かせたナーベラルガンマの背中に左手を回しながら、顎の下に右手を添えてゆっくりと顔をあげさせる。
「蘭丸、さ、ま……」
NPCとはリアルな人形のようなモノだと俺は思っていたが、間近で見るナーベラル・ガンマの憂いを帯びた切れ長の瞳、長いまつ毛、朱を差したきめ細やかな頬、熱を帯びた吐息。
「綺麗だ。」
その全てが魅力的で俺は無意識に感想を零してしまった。
「っ!?」
目を見開いて驚愕するナーベラル・ガンマの顔を見ていると、頭の中で渦巻いていたピンク色の靄がピカッという明るい光に照らされて晴れ渡る感覚に陥った瞬間に俺は冷静さを取り戻した。
「はっ!?俺は何言って……!?」
冷静さを取り戻した俺はようやく今の状態(平伏する女性を抱き締めながら顎クイする変態男という構図)を客観的に見ることが出来たので、顔から血の気が引いていく。
俺の行為はNPC相手とはいえ、セクハラ以外の何物でもない。
「すまん!今離れr……っ!?」
慌ててナーベラル・ガンマから離れようとしたところ、視界いっぱいに広がるナーベラル・ガンマの顔に目を見開いてしまった。
まさか……
まさか……
唇に感じる柔らかな感触は疑いようもなく、俺はナーベラル・ガンマにキスをされている。
「っ!?」
突然の出来事にパニックで思考が正常に機能せず、思考が停止した直後、再び頭の中がピカッと光った感覚に陥ると思考が晴れた。
俺に密着するように体を預けて唇を合わせるナーベラル・ガンマの両肩に手を添えてゆっくりと体から引き離すと互いの唇と唇も離れていく。
「ナ、ナ、ナーベラル・ガンマ、さん!?」
思わず噛み噛みでNPCの名前をさん付けで呼んでしまった俺を誰が責められようか。
「はっ!?申し訳ありません!つい…我を忘れてしまい……この失態は命で償います。」
ナーベラル・ガンマも我に返ったようで赤かった顔が一瞬で青ざめると、虚空に空いた黒い渦に手を差し入れてナイフを取り出すと、そのまま自らの首に当てようとする。
「おいっ!?止めろ!!」
俺は慌ててナーベラル・ガンマのナイフを持つ腕を掴むとその腕を背中に捻り、ナイフを奪い取りながら彼女の体を床に押さえつけた。
「ぐはっ!?ら、蘭丸様!私を死なせてください!!」
一連の制圧術は日頃の警察官としての鍛えてきた訓練の成果であるが、俺はなおも死を望み暴れるナーベラル・ガンマを押さえ付けている。
「これは……血か?」
ナーベラル・ガンマの首筋から薄らと流れる赤い血に気付いて衝撃を受けた。
ここがゲームならば自傷行為が可能なはずはないからである。
「セバス!俺に変わってナーベラル・ガンマを押さえろ!決して自害出来ないように拘束しとけ!!」
「はっ!」
俺はナーベラル・ガンマの制圧をセバスに委ねると、この世界がゲームでは無い可能性が高いことに気づいた。
「おい、モモンガさん!」
俺はモモンガさんと情報を共有するためにその場でくるりと180度回転してモモンガさんに向き直ると顎が外れる程に衝撃的な光景を目にする。
「あんっ♡あぁーん♡」
モモンガさんは嬌声をあげるアルベドの胸を鷲掴みにして揉みしだいていたのだ。
「私はここで……蘭丸様が見てる前で初めてを迎えることになるのですね♡」
「あ、蘭丸さん。実は重要なことに気付いたかもしれません。」
顔を赤らめながらもその場で着ているドレスを脱ごうとするアルベド、そんな彼女の胸を揉みしだきながら大発見しましたと声を弾ませて俺に報告してくれるモモンガさんを見ながら、このカオスな状況に俺はもはや我慢ならずに力の限り声を張り上げた。
「この大変な時にあんたらは何やっとんじゃあああぁぁぁぁ!!!」
俺の魂からの叫びにただ事ではないと感じたアルベド、セバス、ナーベラル・ガンマを含むプレアデスを纏っていた空気がピリッ引き締まった気がする。
「守護者達よ。私は少し蘭丸さんと内密な話がある。アルベド!各守護者達に声を掛けて回ってナザリックの警戒体制を最大限まであげるように指示を出せ!」
「はっ!」
「ナーベラル・ガンマ!私の名において死ぬことは許さん!気を落ち着けるまで自室での待機を命じる。よいな。これは厳命である。」
「は……はいっ!」
「セバス!ナーベラル・ガンマを解放し、貴様はナザリックは未曾有の危機に陥っているやもしれぬ。お前は大墳墓の外に出で地理偵察へ向かえ。」
「はっ!」
「ナーベラル・ガンマを除くプレアデスはセバスがいない間、第九階層の守護を任せたぞ。」
「「「「「「「はっ!」」」」」」」
モモンガさんは矢継ぎ早にアルベド達に命令を出すと、各々が命令に従って玉座の間を後にしてこの場に残されたのは俺とモモンガさんだけとなった。
先程まで取り乱していたナーベラル・ガンマもギルド長であるモモンガさんの命令に逆らうことなく、肩を落としながらプレアデス達に付き添われて玉座の間を出て行った。
「すげぇ。」
俺はモモンガさんの長たる振る舞いに感心していると、モモンガさんは疲れたように玉座に腰掛けた。
「ふぅ。これでようやく静かになりましたね。」
「色々言いたいことはありますけど…まず、俺は最初ユグドラシルのサービス終了が延期されたのだと思いましたが、俺はこの世界がゲームじゃないと思います。」
俺はモモンガさんと意見を共有するために自分の意見をぶつけた。
「私も蘭丸さんと全く同じ意見です。匂いの実装やNPCの自我確立はまだゲームの範囲かと思いますが、ナーベラル・ガンマの自傷行為を見たことで、別角度での確認のため18禁行為に該当する行為をアルベドに行いました。」
ユグドラシルのような仮装現実でのゲームでは規則として自傷行為や18禁行為は全面禁止なのだ。
「あぁ……あれってそういう事だったのか。ではやはり……」
俺はモモンガさんがアルベドの胸を揉んでいる光景を思い出すと、あれがゲームかどうかを確かめる最終手段であったこと知って納得した。
「はい。私はユグドラシルが現実世界になった可能性とナザリック地下大墳墓が異世界に転移した可能性のどちらかだと思います。」
「はははっ。どちらもゲームや小説のような話ですね。では、警戒レベルを最大にしてセバスを外に偵察へ向かわせたのもその確認のためですか。流石ギルド長ですね。」
俺はようやくモモンガさんがアルベド達に出した指示の意味を理解し、この現状を瞬時に判断して的確な指示を出すことの出来るモモンガさんが居てくれる頼もさを感じた。
「元々、私のギルド長としての仕事は調整や事務的なものが多かっただけですよ。」
情報収集や情報精査、NPC管理はモモンガさんに任せておけば問題はない。
「ところでアルベドがモモンガさんに迫る理由は多分あれですよね。すみません。」
俺はサービス終了前にアルベドのキャラ設定を『モモンガを愛している。』と書き換えたことが原因でアルベドの性格が変わってしまったのだと思って頭を下げた。
「でも、ナーベラル・ガンマのあれってどういう事なんでしょう?」
しかし、ナーベラル・ガンマが俺にキスしてきた理由は分からない。
「あ、あれですよ。確か…彼女の設定にイケメン好きとか書かれてた気がします。ほら、蘭丸さんってイケメンキャラだから!!」
「あぁ、俺もナーベラル・ガンマに一瞬見蕩れてしまいましたからね。なるほどです。」
俺はモモンガさんに言われて自分の顔をペタペタと触りながらこのキャラクターを作る時、某無〇ゲームに登場する森〇丸似のイケメンキャラに設定したことを思い出し、さらに俺自身が一瞬ナーベラル・ガンマに見蕩れてしまったことを思い出した。
「んんーーーっ!?」
もしかしたらナーベラル・ガンマと見つめ合ったあの時、頭の中が急に晴れなければ俺から彼女へキスした可能性もあったかもしれないと思い、さらに彼女にキスされた事を思い出して悶々とした気分になって頭を抱えた。
《モモンガ視点》
顔を真っ赤にして自分の頭を抱えだした蘭丸さんを見ながら申し訳ない気持ちになった。
ナーベラル・ガンマにイケメン好きなんて設定などあるはずもない。
「蘭丸さん、嘘を吐いてすみません。」
俺は蘭丸さんに聞こえないように小声で彼に謝った。
数年前、友達同士でクラスの女子のうちで誰が一番可愛いかを話すようなノリで、男性ギルドメンバーに蘭丸さんを加えてプレアデスメンバーの内で誰が一番タイプが話した事がある。
その時、蘭丸さんが推したのが他ならぬナーベラル・ガンマであった。
だから、俺は蘭丸さんが『アインズ・ウール・ゴウン』への加入を悩んでいた時、ナーベラル・ガンマのキャラ設定の中にある
『弱い人間をひどく軽蔑している。』
という設定を
『強い蘭丸を心から敬愛している。』
と書き変えていたのだ。
蘭丸さんに話したらきっと笑って許してくれるが、俺がナーベラル・ガンマのキャラ設定を書き換えたことを知れば、俺がアルベドの向けてくる気持ちに申し訳なさを感じているのと同様な気持ちを抱いてしまうに違いない。
しかし、それでは困ることが起きた。
なぜならばナーベラル・ガンマが蘭丸さんにキスをした光景を目撃した時、彼女にはどうか幸せになって欲しいと思ってしまったのだ。
「ナーベラル・ガンマを含めてこのナザリック地下大墳墓のNPCはかつての仲間達と作り上げた俺にとっては我が子のようなものだ。」
我が子の幸せを願わない親はいない。
俺は我が子の幸せのためにこの秘密を生涯誰にも話さないここで誓った。
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