第5話 武人コキュートス

第五階層での戦いが始まり、俺とコキュートスは互いにスキルを使いながら剣を交えていくが、数合打ち合った頃には彼我の実力差が顕著に現れていた。



コキュートスが繰り出す四種の武器による攻撃を躱しつつ『受け流し』で受け流しながら、確実に斬撃を当てていくほぼノーダメージで立つ俺に対し、柳に風の如く攻撃が当たらず、確実に被ダメージを重ねていったコキュートスのHPは残り3割程度まで減っていた。



コキュートスはNPCでありながら、俺と同じくユグドラシル最高のLv100であり、装備の質、ステータス、ジョブ、種族レベルを考えると上の中という実力はあるが、公式チートジョブであるワールドチャンピオンであり、長年に渡り公式ランキング1位を維持している俺の敵では無い。

 


「負ケヌ!クラエ!『不動明王撃アチャラナータ』!」



コキュートスのHPを三割切ったことで、彼は奥の手を繰り出した。



アスラスキルである『不動明王撃アチャラナータ』の効果に従って体長5メートル以上はある不動明王が彼の背後に降臨した。


 

「『不動羂索ふどうけんさく』!『倶利伽羅剣くりからけん』!」



コキュートスの声に合わせて不動明王が動き出した。



───



不動羂索ふどうけんさく

・不動明王撃の二種類の一つ。

・カルマ値がマイナスの対象の回避力を低下させる。

・この低下値はカルマ値に依存する。



倶利伽羅剣くりからけん

・不動明王撃の二種類の一つ。

・敵のカルマ値がマイナスであればあるほど破壊力を増す。



───



不動明王はコキュートスの背後に立ったまま俺の身体に見えない鎖のような物を巻き付けると、そのまま手に持った巨大な剣を俺に振り下ろしてきた。



「ん?『受け流し』!」



俺は身体に巻きついた鎖に若干の違和感を感じつつも冷静に不動明王の巨剣を刀で受け流す。



「残念だが、俺のカルマ値はマイナスじゃ……もしかしてステータス!?」



説明の通りコキュートスの放った不動明王撃はカルマ値が下がった相手に対して与えるダメージが跳ね上がる技だから、カルマ値が最高値のプラス300の俺相手には効果は薄いはずだが、先程鎖が身体に巻きついた時に感じた違和感の正体を確かめるべくコンソールに表示されている自分のステータスを確認すると驚愕した。



「カルマ値マイナス500だと!?不動羂索の効果で回避能力がめちゃくちゃ下がってる!回避能力がマイナス500されたのか。さっき感じた違和感の正体はこれだったのか!!」



俺は自分のカルマ値が最高値プラス300から最低値のマイナス500になっていることに驚き、さらに効果がない技だと油断していた『不動羂索』の効果をしっかりと受けているこ愕然となる。



「おそらく第一階層から第三階層で『生贄サクリファイス』の効果を受けたんだろうな。やるなぁ〜モモンガさん。」



カルマ値とはキャラクターの性質を表す数値であり、プレイスタイルやキャラクターの性格等でカルマ値はプラス300~マイナス500を割り振られるが、このカルマ値を下げることの出来るスキルがいくつか存在し、その一つが『生贄サクリファイス』である。



───



生贄サクリファイス

・自分の防御値が大きく下がる代わりに、ダメージを与えてきた相手のカルマ値を極限まで下げる。



───



恐らくここに来る道中に倒した雑魚モンスターの中にこのスキルを使ったモンスターがいて俺が斬り伏せた時、スキル効果が発動したに違いない。



「『降三世明王撃トライローキヴィジャヤ』!」


 

コキュートスは俺のカルマ値が下がっていた事に衝撃を受けていること等は気にすることなく、次のスキルを発動するとコキュートスの背後に降三世明王が降臨し、俺に向けて手にした巨槍で突き刺してくる。



「『受け流し』!」



自分のカルマ値が最低値である以上、明王達の一撃を食らってしまうと大ダメージを受ける可能性があるので、降三世明王を巨槍を何とか受け流すが、コキュートスは追撃の手を休めない。



「『大威徳明王撃ヤマーンタカ』!」



「これで三柱目。ここさえ凌げば……『受け流し』ぃぃ!」



次にコキュートスの背後に降臨した大威徳明王が手にした巨大な棍棒を俺に振り下ろすので、これも何とか刀で受け流した



「『軍荼利明王撃グンダリー』!」



「これで四柱目。」



コキュートスの背後に降臨した軍荼利明王が手に持っていた蛇を放つと、その蛇が俺の身体に巻き付き、キツく締め付けることで金縛りが発動した。



「トドメダ。『金剛夜叉明王撃ヴァジュラヤクシャ』!」



五柱目となる金剛夜叉明王がコキュートスの背後に現れると雷撃を纏った金剛杵を振り上げた。



「コキュートス最高だぜ!土壇場で五大明王撃とはな!!」



俺は蛇に拘束されている自分に対し、まさに振り下ろされようとする金剛杵を見ながら笑みを浮かべる。



───



五大明王撃


1.不動明王撃アチャラナータ

2.降三世明王撃トライローキヴィジャヤ

3.大威徳明王撃ヤマーンタカ

4.軍荼利明王撃グンダリー

5.金剛夜叉明王撃ヴァジュラヤクシャ


1-5の順で五柱の明王を呼び出し、最後に呼び出した金剛夜叉明王が雷撃を纏った金剛杵で相手を複数回殴りつけた時、五柱の明王が相手を取り囲むように現れてカルマ値が僅かでもマイナスになっている者の動きを完全に止めるコンボ技。



───



まさに悪を許さぬ正義を司る神と言われる阿修羅の名を冠したジョブに相応しい正義の鉄槌ともいえる五大明王撃はカルマ値がマイナスの相手に対して効果絶大の必殺技であるが、俺はこの技の抜け道を知っている。



「『次元断切ワールドブレイク』。」


 

俺はコキュートスの持つ『斬神刀皇』を見てかつてその大太刀を振るっていた友とコキュートスを重ねながら、金剛杵を力の限り振り下ろす金剛夜叉明王を迎え撃つように下段から刀を斬りあげながらワールドチャンピオンの超弩級威力を持つスキル、次元断切ワールドブレイクを放った。

 


「「「「「「グオオオオォォォォォ!?」」」」」」



次元断切ワールドブレイクによって生み出された次元の裂け目に金色夜叉明王だけでなく、その手前にいたコキュートス、さらには他の四柱の明王達も次々に吸い込まれていく。



俺がカチンッと小気味よい音を立てながら刀を鞘に納めると次元の裂け目からHP1となってスタンしたコキュートスがペッと吐き出された。



「惜しかったな。俺はお前と同じ大太刀を持つ人が放った五大明王撃を一度破ったことがある。」



かつてコキュートスの創造主であるタケミカズチさんにお願いされて俺は自分のカルマ値を下げた状態で模擬戦をしたことがある。



その時、土壇場でタケミカズチさんの繰り出した五大明王撃を今回と同じタイミングで『次元断切ワールドブレイク』で破ったことがあるからだった。



俺が知っていたこの技の抜け道とは『刀神の黒袴』の状態異常を完全に無効化する効果により、状態異常の一種である金縛りは俺には効果がないということである。



だから、コキュートスが金縛りを付与する『軍荼利明王撃グンダリー』を発動した時、既に『次元断切ワールドブレイク』を発動する準備をしていたのだ。



「当時は金縛りが効いていないことに気付いたのがギリギリで焦りまくったけどさ、タケミカズチさんのおかげで余裕を持って戦えたよ。」



俺が既に引退して久しいかつての武人建御雷に礼を言っているとスタンで動けず、倒れ付したままのコキュートスが身体の痺れを堪えながら必死で顔をあげていた。



「ミ……ゴト……ダ。」



自分を破った相手に敬意を払うその姿はまさに武人。



俺はそんなコキュートスの元へ歩み寄ると彼の肩を優しく叩きながら言葉を掛ける。



「コキュートス誇っていい。お前は己の創造主であるタケミカズチさんに引けを取らないその『斬神刀皇』の持ち主に相応しい見事な戦いだった。じゃあな。」



俺はコキュートスに対して本心からの言葉を伝えた後、別れを告げるとそのまま部屋の奥にある扉を開けて第六階層への転移門に向かう。







俺が転移門を潜って第六階層目にたどり着くと、暗闇で覆う通路が現れた。



「そうか、第六階層はここだったか。」



この転移先には何度も来たことがあるので、この通路にも見覚えがある。



だから、この先に何があるか知っている俺は百メートル程前方にある明かりを目指して目の前に続く一本道の通路を真っ直ぐに歩いていくと、満天の星空に覆われた古代ギリシャの闘技場といった雰囲気の場所に辿り着く。



「この場所は、先輩やタケミカヅチさん達との模擬戦でしょっちゅう世話になったからな。」



第六階層とはまさに闘技場で闘技場の外は深い森に覆われて獣系の魔物が現れる場所であり、しばらくするとこの第六階層の領域守護者である二人の子供達が現れた。



その子供達はどちらも身長100センチメートル程の褐色の肌に横長の耳を持つ人間種の一つダークエルフと呼ばれる種族の男女の双子である。



「どうも、侵入者さん。あたしはこの第六層の階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラ。よろしくね。」



双子の片方、肩口に切り揃えられた金髪と緑と青のオッドアイの瞳を持ち、赤いシャツに白ベストを着用し、白色の長ズボンを履いた女の子・・・が笑顔を浮かべながら、快活な口調で挨拶をしてくれた。



「は、はじめまして。マ、マーレ・ベロ・フィオーレです。よ、よろしくお願いします。」



双子のもう片割れである金髪のおかっぱ頭でアウラと左右非対称の緑と青のオッドアイの瞳を持ち、青色のシャツに白ベストを着用し、白色のミニスカートを履いた男の子・・・が恥ずかしそうに顔を赤らめながら挨拶してくれた。



「へぇ〜。」



俺はこの双子にファミリーネームやミドルネームを今日初めて知ったため、少しだけ驚いていた。



この闘技場に来る度に見かける彼らを普段はマーレ、アウラと呼んでいたからである。



それに何よりも驚くのが先程の双子の説明文に誤字はなく、男の子っぽい快活な口調にズボンを履き、元気いっぱいなオーラを放っているアウラが女の子で、素足の見えるスカートを履きながら、顔を赤らめている女の子っぽい守ってあげたくなるオーラを纏っているマーレが男の子なのだ。



マーレは彼等の創造主であるぶくぶく茶釜さん曰く男の子ではなく、男の娘とのことであるが、俺には理解出来なかった。



「アウラ達を見ているとぶくぶく茶釜さんを思い出すよ。元気かなぁ。」



ぶくぶく茶釜さんは変わり者の多い『アインズ・ウール・ゴウン』の中でも一際異彩を放つお人であり、ギルドに三人しかいない女性メンバーでありながらまず見た目が男性器を模した形をしたピンク色のスライムである。



この時点でどれだけヤバい人か分かると思うが、プレイヤースキルは大した者で防御極振りのガチガチのタンクとして活躍し、リアルではエロゲの声優として活躍しているそうで、ギルド作成アイテムのシステム音の一部に彼女の声が使われている。



「さぁ、そろそろ……ん?」



俺が第六階層の守護者二人との戦いを始めようとしたところ、突如アウラ達の周囲に四箇所に半径一メートル程の円形魔法陣が現れて光り輝く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る