第4話 ガルガンチュア

俺はアンデッドの魔法使い達による魔法攻撃の集中砲火をその身に受けながら、コンソール画面の左上に表示されているHPの減り具合を確認する。



魔法攻撃が当たる度に微量ずつHPが減っているが、弾幕が収まる頃には残るHPは未だに9割近くもある。



「やはり低レベルのモンスターの魔法攻撃ではあれだけの弾幕を受けてもほとんどダメージは受けないか。」



この場にいるLv20程度のエルダーリッチやLv35程度のデス・ウィッチから繰り出される魔法は強くても第5位階以下の魔法しか使わないため、圧倒的なレベル差と『刀神の黒袴』、『絶魔の指輪』による魔法攻撃による被ダメージ減少効果と『不動の指輪』の低威力のダメージ無効化が発動した結果である。



そして、魔法を無防備で受け止めた何よりもの狙いはこれである。



「よし、邪魔なトリモチが焼き切れているな。」



俺はトリモチから開放された右足を上げ下げした後、刀を正眼に構えて微笑むと、数十体の魔法使いからの魔法攻撃をその身に受けながら、平気で笑っている俺を見てアンデッドの魔法使い達は心無しか狼狽えている様子である。



「「ウガアアアアアァァァ!」」



すると、周囲に展開していた二枚のタワーシールド持ちのデス・ナイト達がアンデッドの魔法使い達を庇うように俺に駆けてくるのを見ながら、俺はスキルを発動しながら刀を振るう。



「『羅刹』、『五月雨斬り』!」



俺は自分の周囲を何度も斬り刻むケンセイスキル『羅刹』で周囲から迫りくる全てのデス・ナイト達を斬り伏せた後、再度魔法詠唱を始めているアンデット魔法使いの群れにサムライスキル『五月雨斬り』を放つと刀をゆっくりと鞘に納める。



「これで片付いたかな?」



俺は周囲を見渡して数百体はいたアンデットの軍勢全てを壊滅させた事に満足しながら、HPゲージを確認する。



「よし。吸収の効果でHPも全回復出来てる。」



俺は満タンのHPゲージを見て『逆刃刀・えんま』の与えたダメージの1割を吸収する効果が反映されていることに安堵した。



〖21:45:10〗



コンソール画面の左上に表示されているHPゲージを見るついでに、右上に表示されている時間を確認してアンデットの軍勢相手に想像以上の時間を取られて約45分の時間が経過している事を確認して慌てて二階層にある領域守護者へ向かう階段に向けて駆けて行く。



「まずいな。早く四階層へ向かわねぇともう時間がない。」



なぜ俺が第四階層への転送門を探すのではなく、第二階層への階段を目指しているのかというと、第三階層から第四階層へ向かうルートはまず第二階層へと上がり、第一階層から第三階層の領域守護者であるシャルティア・ブラッドフォールンのいる屍蝋玄室を抜ける必要があるからである。



なんでそんなややこしい仕掛けにしているのか。それは侵入者を惑わすために他ならない。



だって第一階層、第二階層、第三階層と階段を降りて来て、第四階層への道を探すためにわざわざ第二階層へ戻る必要があるなんて誰も考えつかないだろ?



俺が第四階層への道を知っている理由は言わずもがな、『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーが自分達の作り上げた仕掛けの数々を自信満々に教えてくれたからである。



だから、トラップだらけの第一階層、第二階層、第三階層において、レンジャーやローグスキルのない俺は恐怖公の落とし穴とトリモチトラップにしか引っ掛からなかったのもトラップの位置をあらかた把握しているからだが、俺はこの二つのトラップの存在は知らなかったのでトラップが多すぎて忘れていたのか。



あるいは俺がモモンガさんにゲームを仕掛けた後に急造したかの二択であるが、俺は後者に違いないと思っている。



そんな事を考えているとようやくシャルティア・ブラッドフォールンの待つ屍蝋玄室へあがる階段を見つけ、階段を駆け上った。



「ん?誰もいない??」



この部屋独特の血と死臭の混じりあった臭いとピンク色の空気漂う屍蝋玄室にはバッドステータスを与える効果があるが、俺が持つ状態異常無効化の前には効果がない。



しかし、何故かこの部屋の主であるシャルティアが居ないことに違和感を感じつつ、時間もないので玄室を抜けてすぐの所に見た目がボロボロの吊り橋を渡ると、その先におよそ100メートル四方はある地下聖堂があり、その中にある第四階層へと続く転移門へ足を踏み入れた。







第四階層は第一階層から第三階層までの神殿といった雰囲気から一変し、ゴツゴツとした岩に覆われた天井や岩壁のある洞窟といった雰囲気で、転移門を抜けた目の前にはフロアの七割を埋め尽くす地底湖が広がっている。



「ここの守護者はガルガンチュアだが……シャルティアみたいにいないってことはないよな?」



俺は透明度が高く底まで見える地底湖を覗き込むと、地底湖の中に巨大なゴーレムの頭が見える事を確認した。



この石で出来たような二足二腕の三十メートルを超える巨大なゴーレムこそ、この第四階層の領域守護者であるガルガンチュアである。



「ちゃんといるけど、動かなぃ…っと!?」



俺が地底湖の底に眠るガルガンチュアを覗き込んでいると、突然ガルガンチュアの瞳が赤く輝き、地底湖の水面がぶくぶくと気泡が立ち昇っていく。



「きたきたきたぁぁ!!」



湖の中から巨大なゴーレムが現れるシーンを間近に見れるとなると、男なら誰でもワクワクするのではないだろうか。



湖の底に鎮座していたガルガンチュア右手、左手の順に湖畔の岸壁に手を付くと、真っ赤に光る瞳を持つ顔を水面から覗かせるとそのまま立ち上がった。



「グオオオオォォォォ!」



両腕を天に上げて雄叫びを上げるガルガンチュアの腹から下はまだ地底湖の中にある所をみると、どうやらガルガンチュアは座った状態で地底湖に待機させられていたようだ。



「おぉー!!カッコイイィィィ!!」



ガルガンチュアは『アインズ・ウール・ゴウン』の作ったメンバーの作ったNPCではなく、ユグドラシルのルールに存在する戦略級攻城ゴーレムの一つである。



三十メートルを超える巨大ゴーレムが目の前で動く興奮はひとしおであり、もっと動く所を見てみたい。



「さぁ、来い!」



「グオオオオォォォォ!」



俺は居合切りの構えを取りながら、ガルガンチュアの出方を伺う。



「どうした?ガルガンチュア、早く攻撃して来いよ??」



何よりも俺は巨大ゴーレムが暴れ回って動くところが見たいのだ。



「グオオオオォォォォ!」



しかし、ガルガンチュアは両腕を上げ下げしながら、何度も雄叫びを上げるだけでその場から全く動かこうとしない。



「いや、雄叫びはもう分かったからさ。ほら…あるだろう。必殺のロケットパンチ的なやつ!!」



ガルガンチュアは俺の期待に答えることもなく、雄叫びをあげ続けている。



「グオオオオォォォォ!」



「だから、雄叫びはもういいんだよ!!」



動く気配のないガルガンチュアを見て、俺はある事に気づき、彼に問いかけてみる。



「おい……まさかお前、攻城戦・・・ゴーレムだから対人戦や防衛戦は出来ないって言わないよな?」



「グ、グォォォォ…」



ガルガンチュアは俺の問い掛けに対し、天高く上げた両腕を自信なさげに下げ、肩を落としながら、小さな雄叫びで答えた。



「畜生!!モモンガさん、絶対ガルガンチュアが戦わないことが分かった上で時間稼ぎのためにわざと起動させやがったな……。俺の純情を踏みにじやかって。」



俺はこの状況を見て腹を抱えて笑っているであろうモモンガさんへの殺意を固めると動かないガルガンチュアの脇を通り抜け、第五階層への転移門に向けて駆けて行った。



「グオオオオォォォォ!」



俺の背後で未だに雄叫びをあげ続けるガルガンチュアを振り返ると、かつて先輩にガルガンチュアが第四階層の領域守護者になった経緯について教えてもらった事を思い出した。



「あっ……そういや。ガルガンチュアはデカすぎて置き場所に困ったから地底湖に沈めてるって話聞いたことあるな。」



俺は戦えないのに起動させられたガルガンチュアを不憫に思いながら、第五階層への転移門をくぐった。







第五階層氷河エリアは極寒の空気と氷雪が荒れ狂うエリアで、冷気による継続ダメージを与えると同時に動きを鈍らせるフィールドエフェクトが発生しているが、もちろん『刀神の黒袴』を装備している俺には効果がない。



「『気探知』。」



しかし、この吹雪は継続ダメージを与えるだけでなく、ホワイトアウトと呼ばれる雪の壁で視界を遮り、侵入者を迷わす自然のトラップとなっている。



そのため、俺は吹雪のなかでも迷わないようにに気を感じて敵の数や強さを図るキ・マスタースキル『気探知』を使う。



この領域で最も強い気配を持つのが当然ながら領域守護者であるので、その気配を頼りに歩を進めていく。



『気探知』はレンジャースキルを持たない俺にとって便利なスキルであるが、第一階層から第三階層に出現するアンデットモンスターは死んでいるためか気を持っていないのでこのスキルは効果がないのだ。



「この奥だな。」



俺は『気探知』のお陰で特に迷うこともなく、第五階層の階層守護者の待つ大白球スノーボールアースに到達した。



「この強大な気配は、中にいるな。」



第二階層でシャルティア・ブラッドフォールンに会えなかったので、もしかしたらこの第五階層の階層守護者もいないかもしれないと思っていたため部屋の中あるLv100のモンスター気配を感じながら俺は扉を開けた。

 


扉を開けて部屋の中に入ると、予想通りにこの部屋の主にして第五階層の階層守護者である身長2メートルくらい、両手が四本、後ろ足の二本で二足歩行する水色の日本甲冑を模した外骨格を纏う昆虫種の異形種を認めて、顔を綻ばせた。

 


「フシュー…ヨク来タナ。我ハ第五階層ガ守護者コキュートス…イザ…尋常ニ勝負ダ!」

 


性格からジョブ構成まで全てが武人という設定で作られたコキュートスがフシューと白い息を吐き出しながら、戦闘開始前のお決まりの口上を述べると四本ある腕全てに種類の異なる四種の武器を取り出すと構えた。



「おっ!?あれはタケミカズチさんの『斬神刀皇』か。」



俺はコキュートスの持つ武器の中にある一本の大太刀『斬神刀皇』を見てかつての友を思い出す。



俺やギルドメンバーからタケミカズチと呼ばれていた武人建御雷ぶじんたけみかづちは日本甲冑のような装備に身を纏った半魔巨人ネフィリムという種族の異形種で、2メートルを超える巨大な体躯により扱いの難しい二本の大太刀『斬神刀皇』と『建御雷八式』を自由自在に振るい、二の太刀いらずと呼ばれた剣技を操る男であった。



袴姿に刀を帯びたサムライビルドをしている俺とはプレイスタイルが似ているので、『アインズ・ウール・ゴウン』の中でも先輩の次に仲が良いメンバーだった。



何を隠そうコキュートスの創造主こそタケミカヅチさんであり、彼が引退する時に我が子同然のコキュートスに『斬神刀皇』を譲り渡したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る