第3話 紳士との邂逅

ナザリック地下大墳墓の第一階層は外側から神殿の印象通りな内部構造であるが、ここに足を踏み入れた俺は熱烈な歓迎を受けている。



「『五月雨斬り』!」



俺は迫り来る数十体のアンデットモンスターの群れに向けて、敵陣を駆け抜けながら全体攻撃出来るサムライスキル『五月雨斬り』を放ちつつ第二階層への階段を目指していた。



ナザリック地下大墳墓の第一階層から第三階層は墳墓と呼ばれ、薄暗い神殿の中に多くのアンデットモンスターがPOPする領域である。



「時間がない。とにかく先へ急が、っと…うおぉ!?」



俺は目の前のアンデットモンスターを斬ろうと踏み込んだ瞬間に地面に落とし穴が開き、穴に落とされてしまった。



「落とし穴の下に転移トラップか…」



俺は落とし穴に落とされた直後に光に包まれたことで転移させられたことに気づき、辺りを探っていると『カサカサカサカサ……』という無数の足音を聞きながら、周りを見渡すと薄暗い部屋の中で1匹見つけたら30匹はいると言われるあの黒光りしたゴ〇ブリが部屋中に数万、いや数億匹が蠢いていることに気づき青ざめる。



「うげ……ここはまさか……くそっ!?身体にも登ってきやがった。流石にこれが現実世界なら俺も発狂してるぞ。」



このゲームには虫が肌を這い回るあの嫌な感覚がないため、まだギリギリで正気を保っていられるが、それでもゴキ〇リが身体を登ってくるのは気分のいいものではない。



もし、俺がゴ〇ブリが苦手ならこの場で気を失ってギブアップしてるだろう。



「そろそろここの主が姿を見せる頃か……ほらな。」



俺は正面から二足歩行で歩いてくる体長30センチメートルという金糸で縁取られた真紅のマントを羽織り、頭に黄金に輝く王冠をのせ、先端部に純白の宝石をはめ込んだ王笏を手にしている巨大ゴキ〇リを見据えながら、ゆっくりと右手に持った刀を上段に構える。



「ようこそ侵入者殿。我輩、この地をアインズ様より賜る者、恐怖公と申します。お見知りお…」



「『四方八方』!!」



俺はナザリック地下大墳墓、五大最悪の一人と呼ばれる恐怖公の登場挨拶が言い終わる前に俺は周りにいるゴキ〇リ諸共、自分の周囲を数メートルを無尽に切り刻むことの出来るケンセイスキル『四方八方』を発動した。



Lv10にも満たない恐怖公の配下であるゴ〇ブリ達は一撃でHP1となって倒れるも、Lv30しかないため配下と同じくHP1となってるであろう恐怖公は倒れることなく、優雅に俺に向けて頭を下げた。



スタンが効いていないため、恐らく恐怖公はスタンを無効化する装備を持っているか、生命力の高い蟲種族の中でも特に生命力が高そうなのでスタンが無効化する種族なのかもしれない。



「お見事です。あちらの扉からこの黒棺ブラックカプセルを出て壁沿い進めば第三階層の階段がございます。」



俺は頭を下げながら敵である俺に敬意を表する恐怖公を見て、苦笑する。



恐怖公は見た目の醜悪さに反して実は性格はナザリックの良心と呼ばれる程に礼儀正しく、カルマ値と呼ばれる善悪を示すステータスも中立という善にも悪にも属さない本当の紳士である。



ちなみにナザリック地下大墳墓のNPCの殆どはカルマ値マイナスの悪で、『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーも同様だった。



「あぁ、ありがとう。恐怖公、挨拶の途中でキレて悪かったな。君は嫌いじゃないけど、流石にあの量のゴキ〇リに囲まれるのは生きた心地しなかったんだ。」



俺は頭を下げ続ける恐怖公を見て、NPCだから決められた事以外を話すはずはないことを思い出して苦笑しながら部屋を後にした。



「これもぷにっと萌えさん考案の『誰でも楽々PK術』の一つなんだろうな。」



ぷにっと萌えさんとは先輩やモモンガさんと同じく『アインズ・ウール・ゴウン』の初期メンバーの一人で全身が蔦で覆われた見た目をしている異形種であり、女の子っぽい名前に見えるが性別は男である。



彼は重度のゲーマーで様々なゲームで得た知識により、新戦術の開発においてはギルド屈指の人物であり、他のギルドからは諸葛孔明と呼ばれて恐れられた程に指揮能力に長けていた。



そんなぷにっと萌えさんが考案したのが相手の情報をとにかく収集し、奇襲でもって勝負を付けるという『誰でも楽々PK術』で、ギルドの基本作戦となっている。



「モモンガさんめ、落とし穴の下に恐怖公行きの転移トラップを仕掛けるとはなんて醜悪なトラップだ。」



ユグドラシルの居残り組であるモモンガさんと俺はよくPTを組んでたから、俺の行動を予測してアンデットに指示を出して落とし穴に誘導するのは簡単だったのだろう。



俺はゴキ〇リ部屋に転移させたモモンガさんに恨み言を言いながら、恐怖公紳士の助言通りに壁沿いに進み、第三階層へと足を踏み入れた。







第三階層に足を踏み入れた俺は目の前に広がる光景に唖然となる。



「これはまた……待ち伏せとはな。モモンガさん、本当にマジだな。はははっ!!」



俺は眼前に隊列を組んで整然と居並ぶ骸骨の体に盾や剣、長槍を持つスケルトンソルジャー、スケルトンウォーリア、スケルトンナイトや、ミイラが同じく盾や剣、長槍を持っているデス・ソルジャー、デス・ウォーリア、デス・ナイト等の数百体はいるアンデット達の軍勢見て俺は自然と口角があがり、刀を構える。



ガシャンという音と共に前衛に並ぶスケルトンソルジャーが長槍を構えて俺に向けて突撃してきた。



「派手に暴れるぜ!『明鏡止水』、『死刑執行』。」



俺は集中力を上げて回避能力を上げるサムライスキル『明鏡止水』と、クリティカルヒット確率を上げるエクスキューソナースキル『死刑執行』を唱えると迫り来るスケルトンソルジャー目掛けて駆けていく。



「よっと…まずは先制の『足払い』!」



俺はスケルトンソルジャーの長槍が当たる直前に長槍の下をくぐり抜けるようにスライディングしてスケルトンソルジャーと距離を詰めると、モンクスキル『足払い』で三体のスケルトンソルジャーの足を粉砕し、そのままガシャガシャと音を立てて倒れた。



『足払い』は本来相手を転倒させるスキルであるが、Lv100の俺の物理攻撃はLv15程度しかないスケルトンソルジャーの足を粉砕するだけでなく、一瞬でHP1がとなった。



「『四方八方』!」



『逆刃刀・えんま』の峰打ち効果は刀を使わないモンクスキルにも影響があるのだと感心する暇もなく、俺は敵陣のど真ん中で恐怖公の部屋でも活躍した『四方八方』を発動させて周囲のスケルトンソルジャーを斬り伏せた。



スキルや魔法は一度使えば再び同じスキルや魔法を使えるようになるリキャストタイムと呼ばれるものが存在し、ほとんどのスキルや魔法は数秒で再び使えるようになる。



さらにMPを消費する魔法とは違い、MPを消費することのないスキルの多くは1日に回数制限があるが、時間もないので出し惜しみはしない。



「まだまだ行くぜぇ!」



俺は勢いのままLv差とステータス差によるゴリ押しで、アンデットの軍勢目掛けて駆けて行った。







一体何百体のアンデットを斬り伏せたのか俺の通った後には地面に倒れ付したアンデットが折り重なっており、残るはデス・ナイト数十体を残すだけとなっていたが、普通とは違うデス・ナイトの姿に俺は一息付きながらも油断なく刀を構えて様子を伺う。



「ふぅ……何でデス・ナイトが両手に盾持ってんだ?」



普通のデス・ナイトはLv35程度で身長2.3メートルで体の四分の三を覆えそうなタワーシルドと1.3メートル程のフランベルジュを持つアンデット騎士だが、俺の目の前にいるデス・ナイトはフランベルジュを持たずに両手にタワーシールドを装備しているのだ。



「まぁ、斬るしか選択肢はないんだけどな。」



俺はデス・ナイトとの距離を詰めるために1歩右足を踏み出した途端、地面が割れてビチャッという音に嫌な予感を覚えながらゆっくりと足元を見ると……



「なんだ、こりゃ!?」



白い粘着性の液体が右足に絡み付いており、右足を上げようにも地面とへばり付いて離れない。



待てよ。



これとテレビ番組で似たようなのを見た事ある気がする。



「これはまさか……」



芸人たちのドッキリ企画でお馴染みの……



「トリモチじゃねぇかあああぁぁぁぁぁぁ!!」



俺の『刀神の黒袴』にある状態異常完全無効でもとりもちは無効化出来ないみたいだ。



「「「ウガアアアアアァァァ!!」」」



そんなことを考えていると、俺の大絶叫を合図にして両手にタワーシールドを持ったデス・ナイトが雄叫びを上げながら一斉に俺に向けて駆けよってきた。



「いや、ちょっ、待ったぁぁぁ!!」



デス・ナイトは当然ながら俺の悲鳴で止まるわけもなく、むしろ嬉々としている様子すら見せるデス・ナイト達に俺は刀を振るう。



「『風斬』!そして『気弾』!」



俺は前方のデス・ナイトに向けて右手で刀を振るい風の刃を飛ばすケンセイスキル『風斬』を飛ばした後、生き残ったデス・ナイトに向けてさらに空いた左手でバレーボール大の気弾を飛ばすキ・マスタースキル『気弾』を放った。



生き残った数体のデス・ナイトはタワーシールドに淡い光を帯びたまま俺に突撃してくる。



「ちっ……盾二枚装備は防御力の底上げが目的かよ。さらにシールドバッシュとは『受け流し』!!」



デス・ナイトがガーディアンスキルの『シールドバッシュ』を使ってくるのが見えたので攻撃を受け流そうとサムライスキル『受け流し』を発動する。



『受け流し』をはじめとする戦士職には多くの防御スキルがあるが、サムライスキル『受け流し』は攻撃をタイミング良く受け止める技ではなく、攻撃を刀身に滑らせて受け流す技で攻撃を上手く受け流せないとスキル失敗となる。



しかし、普通の『パリー』を初めとする防御スキルが物理ダメージカットなのに対し、『受け流し』は上手く受け流すことが出来ればどんな強力なスキルでも受けるダメージを0に出来る。



『受け流し』は俺の最も得意とする技で『刀神の黒袴』によりスキル回数制限が無いので、公式ランキング1位を維持できたのも『受け流し』のおかげであると断言出来るが、トリモチで右足を封じられて上手く体捌きの出来ない状態で『シールドバッシュ』を受け流せるかは賭けである。



「よしっ……ぐはっ!?」



『刀神の額当て』による成功確率上昇が発動したのか何とかデス・ナイトの『シールドバッシュ』を全て受け流せたことで気を良くした俺だが、突然の背中に受けた衝撃で慌てて後ろを振り向く。



「はっ?」



俺の目に飛び込んできたのは骨の身体に魔法の杖を持ったスケルトンメイジ、エルダーリッチ、魔法の杖を持った2メートルを超えるゾンビのデス・ウィッチという魔法を使うアンデットの集団であった。



俺が背中に受けた衝撃は彼らの放った魔法を受けて被弾したのだと理解出来た。



俺の背後にアンデットの魔法使い達は各々得意の魔法を唱え始めている。



「これがナザリック伝統の押し込みPKってやつか。流石ぷにっと萌えさん考案のいやらしい作戦だこと。」



押し込みPKとはぷにっと萌えさん考案の『誰でも楽々PK術』の一つでダンジョンに潜り始めたプレイヤーが前にいるモンスターに気を取られている隙を付いて後ろから押し込む形で攻撃するPK術である。



「まぁ、魔法でも来る方向さえ分かってれば『閻魔』で叩き斬ってや……あっ!?ああああぁぁぁぁぁぁ!?」



俺は逆刃の刀身を見て武器が第8位階以下の魔法を切断出来る能力を持つ『閻魔』ではなく、魔法切断能力のない『逆刃刀・えんま』である事を思い出す。



「戦いは始まる前から始まってるってことなのか。」



俺に『逆刃刀・えんま』を渡したことで魔法を斬るという選択肢を消すことに成功したモモンガさんは俺を魔法で嵌めるこの作戦を思い付いたのだろう。



そんな事を考えている間にアンデット魔法使い達の魔法が完成して数十の魔法が俺に放たれた。



「最後に本当に楽しませてくれるな。さぁ、来いよ。」



俺に向けて放たれた魔法の光を眼前に見て、笑いながら両手を広げて魔法攻撃をその身に迎え入れた。

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