#22 『失踪事件、即行解決』




 ■




 寮内で聖女を隠せそうな場所は限られている。

 例えば、倉庫の中とか貴族の個室、地下通路などだ。


 聖女の捜索に加わった僕たちだが、貴族の子女はそう言った部屋の探索を後回しにしているようだ。僕たちには倉庫の調査が命じられた。


 だが……恐らくそんな場所を探った所で見つかることはないだろう。

 かくれんぼで見つかるような場所にいるなら既に見つかっているだろうから。


 分かってはいつつ、貴族が探している中、僕らが休むわけにもいかない。


「じゃあ、まずは1階の奥の倉庫行こうか」


 フリムはそんなことを言いながら僕の手を引っ張る。


「何で僕の手を握ってるの?」


 フリムが僕の手を握って離してくれない。

 ぶんぶん、と手を振りながら歩く。


「いいじゃん別に。仲のいい友達だったら普通だよ」


「そうかなぁ?」


 前世のことを思い出すが、小学生とかなら兎も角、この年の友人同士がやっている印象はない。


「あ~。さてはイリスちゃんってあんまり友達いないでしょ?」


「ひどっ! 事実だけども!」


 突然の精神攻撃が僕を襲う!


 膝をついてうなだれる。

 効果はばつぐんだ。


 だけど友達が少ないのも確かだから、言い返せない。

 前世も今世も、友達は僅かだ。


 同年代に限ってみれば、アシェリーくらいしか友達がいない。

 フィアーノ家での生活は、おっさんたちに混じって、『ボールが友達』ならぬ『剣が友達』って感じの鍛錬の日々だった。


 僕がややオーバーリアクション気味にしていると、フリムは「あれぇ」みたいな感じで謝る。


「あはは、ごめんね。イリスちゃん。そんな気にしてるとは思わなくてさ。でもこの学園だと私も友達がいないから、同じだよ」


 この学園には貴族以外にも商人の子供などが通っている。

 平民も、少ないがいる。


「だからね。実はイリスちゃんは初めての友達なんだ。へへ」


 振り返ってそう言ったフリムの顔は、少しはにかみ、自分の言った言葉に照れているようにも見えた。


 綺麗な顔つきが、ヒマワリのような笑みを浮かべて――。

 その顔に、少し僕は見惚れてしまった。


「イリスちゃん。顔赤くなってるよ」


「う」


 ああ、だめだ。

 ちゃんと、女子に徹しなければ。


 僕の立場で色恋とか、冗談じゃないんだから。




 ■




 暗い倉庫の中、フリムと色々と探る。


「なんか、すごいね。無造作っていうか、雑というか……」


 倉庫にあるのは基本的には消耗品の類だ。

 雑多に置いてあるので貴族の価値基準で高価なものはないと思うが、魔道具など、貧乏人なら垂涎物の数々も散乱している。


「ここっ、これとか、す、すごい高そう……壊さないように気を付けないと」


 フリムが持っているのは指輪だ。

 つられて僕ものぞき込んでみると、それはシンプルな装飾が加えられた指輪だった。

 どこかで見たことが――あ。


「昔父さんたちが持ってた指輪と似てるのか……」


 手に取って近くで確かめると、魔法の回路のようなものが組み込まれていることが分かった。


 多分これは魔道具の一種だ。

 指輪や腕輪の形で身に着ける魔道具なので、【水球】や【火球】などの基本的な魔法を補助する魔道具だと推測される。


 無造作に置かれているのを考えれば、貴族にしてみればそれほど貴重なものでもないのだろう。


「多分、そんなに高価なものじゃないと思うよ」


「そ……そう?」


 そうはいっても、という感じでフリムは指輪を外して厳かに元の場所に戻す。

 指輪はクッション付きの簡易なケースの中に無造作に入れられている。


 ついている宝石の色も雑多で、刻まれている魔法回路もそうだ。

 今の僕には不要だが、子供の頃これがあればと今でも思う。


「これは魔法を補助する魔道具だね。魔力を込めると発動するタイプの奴だ」


「そうなんだ……。イリスちゃん、博識だね」


「魔法の知識なら、普通の新入生よりはあると思うよ」


 そう言って、僕は置かれた指輪を手に取る。

 魔道具……学園だとこうも簡単に手に入るのか、と少し感慨深く思う。


「どういう風に使うの?」


「この魔道具は単に魔力を流し込めば発動するよ。こういう感じでね」


 魔法回路に小さい魔力を流し込むと、指輪から小さな火が出る。

 魔力の形を制御する必要がないため、普段使っている魔法に比べると極めてイージーだ。


「すごい……」


「そんなに凄くはないよ」


 苦笑しながら答える。


「魔法ってすごいよね。何でもできるんだもん」


 僕の出した火を見ながら、何の気なしにフリムは言う。


「……だね」


 魔法はなんでもできる訳じゃないと思うが、確かに魔法にこれまで触れてきていなかった人からすれば、万能の力にも見えるだろう。

 しかし――。


「うーん、この箱を一つずつ調べてくのは流石に面倒くさいな……」


 木箱を一つ、また一つと開けていくも、効率は悪い。

 このままじゃ夜までかかってしまうかもしれない。


「でもそうするしかないよ。も少し頑張ってみよ!」


 フリムはそう言うが、ここに誘拐された聖女がいるとは考え難いのだ。

 調べるだけ無駄だと分かって……それでも調べなければならないのが歯がゆい。

 聖女が消えるなど並大抵のことではありえない。

 早いところもっと本格的な聖女探しをしなければならないだろう。

 何か理由を付けて行くか……。




「ん……ってあれ?」


 焼け焦げた木炭のような臭いが、かすかに鼻孔をくすぐる。

 指輪から発せられた火が、指輪から垂れ落ちるように近くの木箱の中にあった紙に引火し、発火したのだ。




「うわっ! 火が引火してる!」


「え! 何? 火!? イリスちゃん、何やってんの!! 先生呼んでくるよ!」


 イリスが部屋を出て行こうとするが、手を掴んで止める。


「いや、だ、大丈夫。【水球<ウォーターボール>】」


 少しだけ動揺したが、……少しだけだ。

 恐れるに足らず。

 僕はすぐに水を発生させ、火を絶つ。


「ふー……危なかった……」


「「危なかった……」じゃないよ! 一歩間違えてたら、本当に危険だったんだよ!」


「う、うん、ごめん」


「火傷とか、ない? 大丈夫? ていうか、入学前なのにもうこんな魔法使えるんだね、すごい」


 フリムは僕の体を心配してくれている。

 互いに火傷がないことを確認し、倉庫での探索は終了した。




 ■




 倉庫の探索を中断し他を調べようと玄関付近までやってきたところ、ざわざわと貴族たちが廊下で何かを話しているのが目に入った。


 雰囲気は先ほどと違ってやや穏やかで――先ほどまであった焦燥感とか真面目な感じが無くなっている。


 その雰囲気をフリムも感じ取ったようで、何があったのだろうかと、2人で聞き耳を立てる。


 フリムからすると、貴族に話かけるのは少し勇気がいるのだ。

 僕もあんまり自分から話しかけたくはない。


 聞き耳を立てていると、事情を知らないらしい貴族が現れた。

 縦ロール先輩だ。


「皆さま、どうしました?」


 彼女は、そう周りの貴族に問う。

 僕らが事情を知らないのと同じで、彼女も知らないようだ。


「何でも、聖女様が見つかったらしいですよ」


「聖女様が? 良かったですわ。しかし結局のところ、聖女様はどこにいたのですわ?」


 なんだ。見つかったのか。

 なら、アシェリーと連絡を取る必要も、もうないか。

 でもちょっと気になるな。

 一体、どこで見つかったんだろうか?


「フィアーノ公爵家のご令嬢アシェリー様が見つけた、と聞いてます」


 アシェリーが?

 なら、取り敢えず安心か。


 仕事が早い。アシェリーだって小一時間前に帰ってきたばかりだと言うのに……。

 やっぱり聖女は寮の中にいたのかな?


「では、例の御方を私たちは初めて見ることができますわね」


「そうですね。少しドキドキしますわ。ああ、どんな方なのでしょうか?」


 貴族の少女は恋する乙女のように憧れを口にする。

 聖女は女性にとっては憧れの存在だ。

 特別な力を持ち、王族の社交界に交わり、世界中から尊敬される、特別な存在。


 少なくとも、この世界ではそう言った印象を持たれている。


 初めて目にするとなれば、それは芸能人に群がるミーハーたちのようになってしまうだろう。――とそんなことを思っていると、廊下の僕から見て貴族たちを挟んで反対側の方角から、周りに貴族たちを引き攣れながら歩いてくる女が歩いてくる。


 白銀の長髪に腰には魔道具と思しき片手剣を携えた淑女だ。

 顔の印象だけ見れば、どこぞの淑女かと思うが、引き締まった体と、隙のない身のこなし、左右のどちらにもぶれない強い体幹は、強者を思わせる。


「あ、アシェリー様。こんばんわ」


 貴族の一人が声を掛ける。

 そう、白銀の乙女の名はアシェリー。マイフレンド。


「ええ、こんばんわ。もうすぐ夜になりますが、この集まりは一体?」


「聖女様の話をしていたのです。アシェリー様が知っていると伺っておりますが、皆さん、一目会いたいと。それで、聖女様はいずこに?」


「私も探してたとこだったんですが……部屋にいないと思ったらこんなところに」


「え、この場に聖女様が?」


 彼女らは、聖女の姿を目に入れようと、廊下をくまなく見る。

 そんな淑女たちの探る視線を無視し、アシェリーは右腕を上げてこちらへ人差し指を向ける。


「そこにいるのがイリスです」


 アシェリーはそう言って、僕をビシ、と指さした。

 ああ、僕は確かに今イリスと名乗っているが、それが何なんだろうか?


「アシェリー? 僕がどうかしたの?」


「いや、この人たち、貴方の場所が分からないって探してたみたいだから。挨拶してあげたらどう?」


「ん? 僕を?」


 集まった貴族たちの中でもひと際驚いている人がいる。

 さっきのロールの貴族の人だ。

 さっき、聖女がいなくなったと僕に話して――。


「ん? 聖女がいなくなった?」


 その時、今日の午後部屋から突如姿を消した聖女の存在に、僕は思い至った。

 部屋に置手紙を置いて、誰にも知らせずに窓から出て行った、ヤンチャな聖女の存在に――。


「縦ロール先輩。そういえば、いなくなったという聖女様の名前は何でしたっけ?」


 現実逃避からか、僕は目の前のロール先輩に聞いた。

 縦ロール先輩という呼び名に少し面喰いながらも、僕の方をまじまじと見て彼女は言った。


「……4人目の聖女――【イリス・シルリア】様ですわ」


「あ、僕……か」


 完全に忘れてた。失踪した聖女、行方不明になった聖女――ああ、確かに。それはつまり……僕のことだったのか。


 見つからない訳だ。

 探している相手の名前でも聞いておけば間違えようもなかった。

 言い訳だな……完全に忘れてただけだった。


「イリス……様? へ? イリスちゃん?」


 フリムは僕の方を見て混乱している。

 当然か。

 申し訳ない。


「あー。さっきまで忘れてたんだけど、僕は一応、聖女、なんだ。えと、……よろしくね、フリム」


「きゅぅ……」


 ネズミの断末魔のような小さい悲鳴を上げ、フリムは意識を失ってしまった。

 突如気を失ったフリムの腰を抱える僕。


 あ、なんか柔らかい。

 っていやいや、そんな状況じゃない。


「い、イリス様!? どういうことですの? さっき聖女様のことは知らないって!」


「あーいやー……忘れてたけど、そう言や僕聖女だった」


「名前も言いましたわよ!?」


「ごめんごめん」


 多分適当に聞いてたんだろう。流石にイリスの名が出れば自分であると認識できる筈だ。


 人の話はちゃんと聞かねばならないな……などと僕が心の内で思っていると、アシェリーが僕たちの会話に入り込む。


「まあまあ、ここは私に免じてください。聖女様も皆様もお疲れでしょうから、先生方たちには私から話しておきますね」


「い、いえ。アシェリー様にそのような雑事は……畏れ多いですわ……。私の方で報告しておきます」


「そう? ならお願いしますね」


 その場で貴族の女子たちに囲まれて困惑していたが、アシェリーがそれを窘めて、その場はお開きとなった。


 気絶したフリムには悪いことをしてしまった。

 もうすぐ消灯の時間だから……、明日あたり謝っておこう。



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