第2章 聖女不登校(学校面倒くさい……) 編

#21 『聖女が消えた!?失踪事件』




 ■ SIDE:フリム




「え……聖女様がいなくなった?」


 【フリム・チッチ】がその事件を聞いたのは、寮に入った日の夕方のことだ。

 言い換えれば、終冬の月の29日の夕方4時ごろである。


 貴族の先輩、と思しき人が部屋にずかずかと入ってきたとき、フリムは覚悟を決めていた。

 金髪縦ロール先輩はキツイ目をこちらに向けてくる。


 寮には『教育的指導』という名の下に行われる体罰が存在しているのだと、実しやかに言われている。

 特に、平民や下級貴族を相手に行われているとされており、それが自分の身に降りかかるのだと。


 だが彼女の覚悟とは裏腹に、金髪ロール先輩は続ける。


「ええ、今日この寮に入寮する聖女様が、いなくなったという連絡があったのですわ。あなた、何か知らないかしら?」


「いえ、その、あの、知りませんが……? そもそもなぜ私なんかに聞いていらっしゃりませるのですか?」


 緊張で変な敬語が出た。

 貴族と話すなんて初めてだ。

 吐きそう。


 ロール先輩は少し顔をそむけると、説明をしてくれた。


「あなたが聖女様と一緒にいたという目撃情報があるのよ。もし何か協力してくれるなら聖教派のグループへの加入を認めてあげてもいいですわ」


 先輩はそう言った。だが何かの間違いだろう。だってそんなの知らない。

 なにせ、この学校に友達が一人もいない私には、話し相手すらいないのだから。


 ついでに言うと貴族様のグループになんて恐れ多くて入れない。

 緊張でゲロを吐く未来しか見えない。


「そもそも聖女様と一緒になんて畏れ多い……。私そんな高貴な人と一緒にいた記憶はございませんっ!」


「そうなのですわ?」


「はい」


 そもそもこの学校自体、平民の自分には過ぎた環境なのだ。

 そこそこに勉強ができて、推薦してくれた人がいたから良かったものの、商家の娘でもない私がこの学校に入れたのは奇跡的だ。


 貴族の人たちですら話すのが畏れ多いのに、初日から聖女などという高貴な方に話しかける勇気はない。

 もし聖女を見つけても、できるだけ大人しく目立たないように隅で見ているのがお似合いだ。


 いや、実際に見掛けてもそうするだろう。

 ありありと想像できる。


 今日は同じく平民のイリスちゃんと少し話しただけだ。

 服装は私よりも小綺麗だったけど、貴族ではないと本人も言っていた。


 まさかイリスちゃんが聖女様だなんてことはあり得ない。


 私たちの代に生まれた聖女は3人。

 何度も聞いたから名前を憶えている――ノエル様、ベアトリス様、エルテナ様。


 神の代理とさえ言われる彼女らの顔は肖像画も出回っており、この国で国王の次に有名な顔だ。


 平民の家庭で学に浅くても覚えない方が無理なくらいだ。

 そして――、


「私はその3人の聖女様のうち、どの方とも会っていません」


 私はそう言い張る。


 金髪縦ロール先輩はやや呆けた顔をして、すぐさま何かを気づいたような様子で言う。


「ああ、そうか、あなた平民でしたわね。それなら知らないのも無理はないですわ。いいですか――聖女はね、本当は4人いたのよ」


「え?」


「驚いてもおかしくないけど、貴族の間ではある程度知られている話ですわ」


「それは、わわ、あの? わっ……私が聞いても大丈夫な話なのでしょうか?」


「別に問題はなくってよ。入学式の折には説明があると聞いていますし、箝口令が敷かれている訳でもないですわ……そもそも隠す必要がございませんわ」


「でも……それでも私は聖女様らしき人と話をしたことはないと思います。誰か別の人と間違えていらっしゃるのでは?」


「本当に、心当たりが一つもないと?」


「はい」


 私の目を見てロール先輩は、すんと横を向いてしまう。


「分かりましたわ。何か思い出しましたら、教えてくださいまし」


 ロール先輩が外に出ていくのと同時に、「ふー……」とため息をついてしまう。


 緊張したぁ。

 貴族の人と話すなんて初めてだよ……。


 貴族とか聖女様もいるなんて、明日から緊張で死んじゃうかも。

 そう言えば、イリスちゃんはどこにいるんだろう?


 お腹もすいたし、取り敢えず食堂にでも探しに行ってみよっかな?




 ■




 人の群れは、躍動する街の息吹に混じり合い、喧騒の中で溶け合っていく――とは、余りに詩的な表現が過ぎるか。


 陽がほとんど落ちきっている今、人の動きは、少ないが、激しい。


 人々は――『夜』を嫌っている。


 僕の知る限り、魔物と違って人には夜への耐性がない。


 夜の下では恐怖で緊張が走り、幻覚を感じ、動きが鈍る。闇に閉じ込められればシャドウに襲われる。

 シャドウの正体が何かは未だに分からないが、人に憑りついて病魔『ルナティック』を発生させる危険極まりない魔物であるのは確かだ。


 僕はそれの影響でひどい目にもあったが、なぜか使えた聖女の魔法で克服できた。


 だが他の人はそうもいかない。


 とにかく、この世界の人間たちはほとんどが夜を嫌って、夜の活動を避ける。

 そのため夕方には人の波が早足に家に帰っていく。


 僕も夜を怖がる本能を完全に克服はできていないが、少なくとも精神に異常をきたすことはない。街灯の多くあるこの王都では、夜の外出もルケ領にいた頃ほどは忌避されていない。


 僕とアシェリーは、予定より少しだけ早く学園に着きそうだったので、近くの売店でサンドイッチを買って、買い食いを敢行していた。


 現在の場所は――、


「なかなか良い景色ね」


 ――王都で一番でかい、聖教の大聖堂の屋根の上だ。僕とアシェリーは、そこで向かい合うようにしてサンドイッチを食べている。

 罰当たりこの上ないが、聖教は基本まあ悪い存在なので別にいいだろう。


 胡坐をかきながら、パンを噛む。

 うーん。やっぱりこの世界のパンは固いな……。


「イリスちゃん。スカートの中身が見えてるわよ」


「今2人なんだから、『イリスちゃん』なんて言わなくてもいいじゃん」


 そう言いながら、僕は正坐に切り替える。


「でも普段から気をつけなきゃならないでしょ? 貴方の胡坐も同じよ」


 ……胡坐は今直したからいいじゃん。

 それに――。


「僕は魔法学園、君は騎士学園。そうそう同じ授業は取らないだろうし、呼び方なんて別に考えなくてもいいでしょ」


 情報交換は夜に寮で行い、それ以外ではあまり関わらない。

 隠密で動くならそれがセオリーだ。

 昼は接点をあまり持つつもりもない。

 しかし――、


「そういう慢心が、もしかしたら命取りになるかもしれないのよ。正体がバレたら口封じの手間もあるから、気をつけなさい」


 僕は少し考え、確かに、アシェリーの言う通りかもしれない、と思い直す。


「うん。確かにね。ごめん。ちゃん付けも胡坐のことも、僕のこと思って言ってくれたんだよね?」


「いや、単に揶揄うためよ」


「そこは嘘でも「そうだ」って言ってくれてもいいんじゃないかな!?」


「でも不安なのも本当よ……。正直、貴方の正体がバレたらと思うと……生きた心地がしないわ」


「うん。本当にそれだけは気を付けないと……」


「女の子たちに××××××(自主規制)とか×××××(自主規制)とか、あまつさえ×××××××(自主規制)とかされちゃうんじゃないかと――」


「あー!! あー!! あー!! 聞ーこーえーなーいー!」


 男女逆だとセクハラだ!

 いや男女逆じゃなくてもセクハラだ! 令和の世だと! 多分!


「とにかく、貴方はまだ危なっかしい部分があるし気を付けてね……寮には私もいるから、困ったら頼って欲しいわ」


「了解。……でも、一つ言いたいことがある」


「何?」


「色々、危なっかしくて気を付けるべきなのは多分、君の方だよ」


「何で?」


 ××××××(自主規制)とか言ってるからだよ!


 口に出すのは憚れ、心の中だけで突っ込んだ。




 ■




 学園寮入口に再び帰ってきた。

 数時間振りの学生寮は、人の出入りが多く、少し混乱気味だった。


 さて――、


「(窓から入る訳にもいかないよね?)」


 スパイみたいでカッコいいけど、だからと言って窓から入ると余計なリスクがある。

 寮母(っぽい)メイドのオーブリーさんに鉢合わせたり、玄関を見張っている人がいたりすると破綻するし。


 僕は出て行った時とは違い、普通に玄関から入ることにした。


「わいわい」「がやがや」


 玄関では沢山の人が出入りしていた。

 大半が学生だが、中には大人も混じっている。


 その人の波に混じり、寮の部屋へと歩を進める。

 進めようとする。


 その途中。

 金髪縦ロールのキツイ目をした整った顔の偉そうな女の子がいた。


「……じぃ――」


 僕の目を見つめる。


「じぃ――」


 僕も見つめ返す。


 彼女は手を僕の額の方へと伸ばす。

 そして額の少し上に、添えるように置いた。


「……背、高いですわね。男の子みたいですわ」


「ん? え!?」


 バレた……?

 いや、背が高いってだけの話か?


 いや突然、なんでその話を? 『お前が男なのは一目でわかったぜ。ばらされたくなきゃ金寄こせオラ』っていう脅し?

 僕お金ないよ?


 こちらを見つめる彼女に、緊張で冷汗を流す。


「な、何か?」


「そう緊張する必要もありませんわ。それで、……あなたは新入生ですわね?」


「あ、はい」


 つい一番最初に「あ」をつける陰キャ構文をしてしまった。


「今日この寮に入寮する筈の――」


『どんがらがっしゃーん!!』――ん? なんの音?


「――という連絡があったのよ。あなた、何か知らないですわ?」


「え、はい。知りません」


 変な音に気をとられて聞こえなかったけど、取り敢えず知らないことにしておこう。


「それより今の音ってなんですか?」


「さあ、分からないですわ。でもよくあることですから」


 良くあるの?

 寮ってこんな感じ?


「まあ大方、卒業生の魔法研究ってところだと思いますわ」


 確かに学園には卒業研究があるって聞いた気がするけど。


「まあそれはいいですわ。とにかく、あの方を探すのを貴方にも手伝ってもらいたいですわ!」


「あの方?」


 誰の事だろ?


「じゃあ、お願いしますわ! もし何か有益な情報を見つけてくれたら、聖教派のグループへの加入を認めてあげてもいいですわ」


「それはノーセンキュー」


「今なんて言ったのですわ?」


 この世界の言葉じゃなくて英語で言ったので、伝わらなかった。

 まあわざとだけど。


「いえ「光栄なことでございます」と言ったのです」


 僕はお茶を濁した。


「……そうは聞こえなかったですわ?」


「同じ意味ですよ」


 人探しを手伝うつもりは今のところない。

 今の僕には、家出したい気持ちも分かるからね。


 学生が探してるだけなら、事件性はないだろう。

 事件的な事態なら、学校側や騎士とかが調べてるだろうからね。


 ま。探偵ごっこもほどほどにね。――なんて言わないけど。


「『ノーセンキュー』……『ノーセンキュー』……覚えましたわ」


 覚えなくていいことなんだけど……。

 まあ、気に入ってるならいいや。


 どうせこの世界の人には分からない言葉だし。




 学園寮は男子3棟と女子3棟の6棟からなる。


 各棟は4階建ての直方体のような形になっており、各性別ごとの3棟が地下の連絡通路でつながっている。


 在学生は特別の事情がない限り寮に入ることとなっているが……実際には寮の受け入れられる人数には限りがあるため、2、3学年の希望者の多くに下宿や自宅通学を許可している。1年生はほぼ強制だ。


 僕も本当は下宿か通学にしたかったのだが、聖女は上級貴族用の部屋が最初から宛がわれており、そもそも下宿や通学の選択肢も用意されていなかった。


 2学年になる頃には、どうにかしよう。


 僕が住んでいる中央の棟の1階には食堂がある。

 上級貴族は部屋に食事を運ばせることもできるらしいが、実際には多くが食堂を利用しているらしい。


 僕はふらふらとその食堂に来ていた。


 学園の春期休業中は使えないと聞いていたのだが、空いていたのが気になったのだ。


 そしてそこには――、


「あ! イリスちゃんじゃん! もう遅いけど、何か食べる?」


「え? フリムさん? バイト?」


 食堂のキッチンで作業着を着ている彼女の名前はフリム・チッチ。

 半日前の僕の記憶が正しければ、彼女は食堂の給仕ではなく、魔法学園の新入生の平民の少女だった筈だ。


「私、食堂のおばちゃんと仲良くなったんだ! 棄てる予定だったパンとか干肉とか食べていいって! お掃除とお片付けはしなきゃだけど」


「どういう経緯でそんなことに?」


「私おなか空いてて……夕飯が出ないなんて思ってもなくてさ。それで掃除してたおばちゃんに聞いたら、自分で作って掃除するならいいって。今は片付け中ね」


「へぇ。ああ、食事は大丈夫だよ。さっき外で食べてきたんだ」


「そう? だったら片付け済ませちゃうから、ちょっとだけ待っててね!」


 「待ってて」と言うからには、何か話したいことでもあるのだろうか?

 特にこの後予定がある訳でもないので、僕は彼女を待つことにした。




 数分後――。


「あ、待っててくれてありがとう。じゃあ、一緒にいこ!」


「ん? どこに?」


 当然のように言われても、何のことか分からない。


「人探しだよ。今、寮の人たち総出で探してるんだよ。私も貴族の先輩に頼まれちゃってさ」


 そこで先ほど縦ロール先輩から言われたことを思い出す。


「(そう言えば、僕も頼まれたっけ……)」


 結局誰を探せばいいのか知らないけど。


「なんだ。何か大事な話でもあるのかと身構えちゃったよ」


「あはは。大事な話って何なのさー」


 フリムはそんな風に笑う。


「それで何を探すんだっけ?」


「何か、聖女様がいなくなっちゃったんだって! それで寮は大わらわって感じ」


 何だって?


「聖女がいなくなった?」


「うん? イリスちゃんは知らなかったの?」


「さっき先輩がそんなこと言ってたけど……ちゃんと聞いてなかったんだよ」


 うん。

 聖女が失踪したとなれば、大事件だ。

 寮生が総出で探すのも納得と言えよう。


 聖女は全員が寮の一番上の階の高位貴族用の部屋を使う。

 当然、警備が行き届いており、使用人も多く、そう簡単には突破できまい。


 それの警備を食い破ったとなれば、聖女を誘拐した犯人は相当の手練れだろう。


「何か少しきな臭い感じだね」


 聖女には途轍もない価値があり、狙うものは多い。

 下手したら聖教の自作自演さえ考えられると思うのは僕が穿ち過ぎだろうか?


 いや、そんなことはない。

 例えば、聖教に反する貴族の子供に聖女誘拐の罪をかぶせ、失脚させるなど考えられる。

 聖女や聖教が関わる限り、警戒をすべきなのだ。


「そうだねー」


 フリムはのんきに答える。

 結構のほほんとした感じだ。


「でもまあ、僕たちにできることは少ないから……後は騎士の人たちに任せるしかないんじゃないかな?」


「でも貴族の人から言われちゃったからねー。私みたいな平民がそれでさぼってるって言われたらと思うと……。身分の差っていうのは残酷だよね」


 平民でこの学園に入学するだけあり、フリムは擦れた考えも持ち合わせてる様子だ。

 あと、探せと言われている途中で食堂に行ったのは彼女的にはアリなのだろうか?


「さ、じゃあ寮の内見がてら探そっか!」


 これだけ総員で探して見つからないってことは、そうそう見つかることはないと思う。

 ぶっちゃけフリムと一緒に探しても無駄なのだ。


 無駄なことはあまりしたくない。

 僕としては、早いところアシェリーたちに聖女の捜索について話をしたい。


 ノエル、ベアトリス、エルテナ。聖女は『3人』いる。


 そのうち誰が誘拐されたかは分からないが、何にせよ、僕たちは彼女たちを保護するように動きたい。


 王国や聖教にとって利用価値の高い聖女を陣営に引き込むことは、僕らにとってもまた非常に大きな意味がある。

 聖女機関の聖女キリエの扱い方を見れば、聖教の預かりになることは余り良いことでもないだろうという心情もある。


 アシェリーなら事態を察して動いてくれるだろうけど、僕の指示があった方がやりやすいだろう。


 そのために、一刻も早く連絡を取りたいところだ。




 そう思いながらも、フリムについて捜索を始めることとなった。

 聖女はいずこに?



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