#18 『4人目の聖女(2)』




 ■ SIDE:アシェリー




 正騎士団には黒いうわさが多くある。

 巨大な組織が癌を抱えることは往々にしてあり、正騎士団は特にその温床となっているという。


「はい! 注目!」


 アシェリーが染み渡るような明解な声でそう言うと、周りの騎士たちの視線が集まる。


「そこの騎士の方。王都から遥々ご苦労様です」


 アシェリーは、明るい町娘のように言う。

 注目が集まり、視界の外でイストが娘らを路地裏に誘導するのが見えた。


 数人の騎士が追従するが、こちらの本拠地ならば撒くことは容易だろう。


「しかしながら、王都の騎士の方がここで何をしているのでしょうか?」


「なんだお前は?」


「失礼。私はアシェリーと申します」


 周りの市民の一部がその名にびくっとする。


 この領地でアシェリーと言えば、フィアーノの娘だ。


「今部下が追っている獣人の者たちは、不法入国者だ。我らには裁くだけの根拠がある」


「では、フィアーノ公爵家の方に任せるのは如何ですか。この領で起こっていることは、この領の者で解決すべきです」


「我々の命令は王の命令だ。――貴様平民の癖に少しおしゃべりの度が過ぎるのではないか?」


 男はアシェリーを睨む。


「……平民ね」


 私の名前も知らないなんてね。この場で貴族の権利を行使するのが難しい以上、相手に推し量ってもらいたいところだったのだけど……残念。


 私がそんな風に考えていると、会話に割り込むようにして、獣人たちを追っていた騎士が駆け込んだ。


「申し訳ございません。獣人たちを逃しました。いかがいたしますか?」


「放っておけ。惜しいが、『収穫』はあったからな」


 男は見て分かるくらいに下種の表情を浮かべる。

 収穫――?

 なんであれ、ろくでもないものに決まってる。


 少女たちが本当に犯罪者だというならば、ここで逃す理由はない。

 むしろこの男たちが何かを盗んだか……その手のことだろう。


 私が適当に推測していると、果たしてその答えは彼ら自身が漏らしてくれた。


「いくらで売れるんですか? 兎獣人の『眼球』って?」


 手下の男が言ったのは、そんな言葉だった。


「おい、黙れ。市民に聞かれると不味い」


「あっ……」


「生憎、私は聞いてしまいましたが?」


「そうだな。どうにかしなければならない……か。貴様も運が悪い」


「なんで貴方たちががそんなことをするのか、私には全然理解ができないわ。恵まれた立場にいながら、何故?」


「我々の仕事は全く割に合わないとは思わないかね? 多少のおこぼれを貰うだけだよ」


 リーダー格の男は、にやにやと私を見る。


「さて……貴様のせいで獣人たちを逃すこととなった。我々の仕事を妨害した罪科で捕縛する! かかれ! 殺しても構わん!」


 男は私に向けて人差し指を指すと、後ろにいた数人の騎士たちが襲ってくる。


 実力のほどは、そこそこ。

 魔法を使えない子供の狼獣人を一方的に攻撃できる程度には強いのかもしれないが、その程度。――弱いものを虐げることにしか、役立たない。


「王都の正騎士も堕ちたものね」


 私は剣を抜いて――。


「剣があれば、我々騎士に勝てるとでも思っているのか?」


「どっちが勝つかなんて、分かり切ったことよね?」




 ■ SIDE:騎士のリーダーの男




 金が欲しいなら2つの方法がある。

 貰うか、奪うかだ。


 田舎の子爵の3男として生まれ、騎士として身を立ててきた。

 貴族の立場を利用して騎士団に入り、だが、月々の給料は僅かだ。


 周りには俺より出世した平民だっている。


 あいつらは、多分頑張ったんだろうよ。

 だが、俺にはそれはできなかった。

 頑張って、気に入られて、取り込んで、入り込んで。


 そうやって偉くなることが、俺にはできなかった。


 家族もいねえ。

 粗野な性格と見た目のせいで、女が寄り付かねえ。


 それでいいとずっと思ってた。


 だが、俺にはチャンスが与えられた。

 正騎士団にはうだつの上がらねえくせに、派手な遊び方をしてる奴らがちらほらいた。

 実家が太いのかと思ったが、それならわざわざ騎士として身を立てる必要なんてない。


 そいつらが教えてくれた。

 ズルして稼ぐ方法があるんだぜ――ってな。


 試しにいろいろとやってみて、ぼろ儲けできるのが分かった。

 男に適当な罪を吹っかけるだけで年収くらいの金が手に入り、証拠品を横流しして数か月遊べる金が手に入り――。


 今日は、仲間から獣人は高いって聞いて、王都を出ていく獣人たちに狙いを定めた。




「ぐぁ!」


 少女の剣が振るわれると、衝撃で騎士5人が吹き飛ばされる。


「あら? 軽く剣をふるっただけなのに……威勢だけだったのかしら?」


「てめえ……ッ」


「左半身の動きが妙ね? 何か、隠してるのかしら? さっき言っていた、獣人の目とか?」


 少女が目ざとく見ているのは、俺が抱えている鞄だ。

 実際に、そこには兎獣人からえぐり取った眼球を保管したものがある。


「何もねえよ。――死んどけや」


 剣を振る。


 剣術は苦手じゃない。

 騎士学園で嫌と言うほど習った型は、身体に染みついている。


 斬撃を次々に繰り出し、周りの騎士も含め、囲む。

 単身の敵であれば、相当な実力差が無ければ殺せる。


 だが――。


「くそ! ナニモンだよ! てめえ!」


 少女は俺の想定の範囲外の実力者だった。

 全ての剣は防がれ、たった一太刀、かすり傷さえ負わせられない。


「大丈夫かしら。周りに人が集まって来てるわよ?」


「そりゃ、てめえの方だろ。こっちは騎士でお前は町娘。どっちの話が信じられる?」


「私でしょうね。だって私は――」


 騎士たちがこちらへ駆け寄る。フィアーノ領の正騎士団だ。

 配下に数十人の兵士を束ねた、5人の騎士たち。

 フィアーノ家でも高い実力を兼ね揃えた者たちであることが伺える。


「ご無事ですか……! お嬢様!」


 騎士たちが、少女を守るようにして立つ。


「貴様、まさか……フィアーノ家の!?」


「最初に名乗ったでしょう?」


 騎士たちはこちらへ剣を向け、臨戦態勢に入る。


「あなた方は王都の騎士ですね? なぜここにいるか、なぜお嬢様を取り囲んでいるか……聞かせてもらいますよ!」


 その言葉を聞いた瞬間――俺は騎士服で顔を隠す。

 あのゼファ・フィアーノにこの状況の申し開きができるとは思えない!


 ゼファは潔癖な男だと聞くし、半端な金で動かせるとも、弱みを付けるとも思えない。


「くそ! 逃げるぞ!」


 無様な格好を晒しながら、俺は騎士たちを引き攣れ、邪魔な平民たちを押しのけながら裏路地の方へと駆け出した。


「どけ! 邪魔だ!」




 ■




 銀色の美しい髪を持つ狼獣人。


「近寄るなッ……」


 彼女は、近寄る騎士たちを次々と倒し、気絶した人間の山を作っていく。


 だが、少女の後ろ側の道から回り込んできた一人の騎士には気づかなかった。


 僕はその騎士の頭を小突いて、落とす。

 脳震盪を起こして倒れて貰った。

 障害が残ったりはないと思う――多分。


 そして――、


「……流石の身体能力だね」


 彼女の後ろからそう話しかける。


 すると少女は肩を震わせて振り向いて、僕のことを視界に入れた瞬間――強力な爪を振りかぶる。


 彼女には、近寄る人間が全て敵に見えるのかも。


 僕は冷静に体術で少女を封じる。

 少女の身体強化は不十分と言うより『無』であり、僕やアシェリーはおろか、大抵の騎士にも一歩及ばないだろう。


 種族特性上、魔法を使えない平民よりは強いだろうが、僕の目で追えない速度ではない。

 戦闘訓練を積んでいるようには思えない。


 少女の体を抑えたうえで、僕は言う。


「僕は敵じゃない」


「何ッ?」


「君の境遇を教えてくれ。その代わり、その女の子は僕が治してみせる」


「治す……? どうやって! どうやってだよ! 目が! あの人間に目を潰されて! こんな状態なんだぞ……!」


 少女は肩で支える兎獣人の少女のフードを取り、眼球をえぐり出され、血に塗れた顔面をさらけ出す。

 衣服を破ったとみられる布で巻いているが、その凄惨さはにじみ出た大量の出血を見ればわかる。


「僕ならできる。信じてくれ」


 根拠のない言葉を、少女の目をまっすぐに見つめて言う。


「……。分かったよ。君の言ってることを、信じてみる」




 近くの空き家の影に獣人の少女を横たえる。


「ボクたちの境遇だったね……」


「話したくないことなら、ざっくりでも良いけど」


「隠してるわけじゃない。あの騎士の連中にも言ったんだけど、聞いてもらえなかった」


「この子の治癒は先にやっておくよ。このままじゃ命を落としかねない」


 ひどい怪我で、身体は熱を発しているが、か細い息を吐いている――まだ生きている。


 それにしても見るのもきついくらい、酷い怪我だ。

 指が切り取られ、右耳が根元から切断されている。


 目が、完全にえぐり出されている。

 こんなの、拷問や嗜虐そのものが目的としか思えない。

 恐らく僕よりも年下。そんな女の子が、こうやって騎士たちの標的になっている。


「くそ……ッ。なんでこんな。本当に、治せるか?」


 ついついそんな言葉が出てしまう。


 聖女の力を手に込める。


 欠損の回復はやったことがない。

 【ルナティック】を治した時みたいに治癒の力だけでどうにかなるのか?

 傷は間違いなく塞がるだろう……でも、目が再び見えるようになるかは未知数だ。


 僕は、聖女の力についてまだ良く分からない。


 一発勝負って訳か。

 もっと練習できてれば……。


「あ……ぅ……」


 か細い声が、兎獣人の子の口から洩れる。


 悔いてる暇はない。やらないと! この子が死ぬ!


「……殺し……て……ください。……お願いします」


「!?」


「私……もう、疲れたんです。……みんな私を虐めて……リーシャちゃんのことまで……さっきまで、目も、見えてたのに……」


「死んじゃだめだ! ラナが死んだら、ボクも生きていけない! 諦めちゃだめだ!」


 僕が治療している間、2人は死の間際のような会話を交わす。


 縁起の悪いことをしてくれるなよ。


 傷だけなら簡単に治せるんだ。

 死ぬことはない。


 問題なのは、部位欠損。

 眼球の構造そのものを完全に回復させた経験はこれまでない。


 治癒の力を振り絞る。

 頭の中には、人体の構造や分子構造のイメージが散らばる。


 そして、それらのイメージが頭の中に染み渡るように広がると――、


「大丈夫、心配しなくていい」


 僕は、この【治癒】の力を使いこなせることを確信した。


 目と言う組織の構造を。

 神経との接続を。

 周囲組織の形成を。


 そのすべてが高速で行われていく。


「ラナさん……少しだけ、力を抜いて――」


 魔法とはイメージだ。

 多くの魔法使いの人たちが言っていた。


 より具体的なイメージを浮かべることで、治療を完成させる。

 速く丁寧に。


 失った目は復元され、本来の綺麗な顔が見える。


「ほら、目を開けて」


 兎獣人の女の子は、見えるようになった目をぱちぱちとさせる。


 意外にもすんなりと、治療は成功した。


 それは良かった。




 ――しかし、その場を目撃していたものがいたのだった。




 ■




 路地裏から飛び出し、アシェリーの手を強引に引っ張ると、駆けだす。

 周りが何事かと口々に言うが、意に介さない。

 心の余裕がない。


 なにせ――


「アシェリー。まずいことになった。冷静に聞いて欲しい――僕の『聖女の力』がばれた」


 失敗した、失敗した。――失敗した!



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