#17 『4人目の聖女(1)』




 ■




「うぅ……朝、か……」


 目が覚める。

 昨日は少し夜更かししてしまった。




 月日が経つのは早いもので――僕もアシェリーも14歳になった。


 貴族にとって14歳に意味は無くても、15歳という年齢には意味がある。


 それは成人の歳であり、学園へ入学する歳でもある。

 貴族の子供たちは領地経営や護身術を学び、貴族同士の繋がりを深めることを目的に、ほとんど全員が学園に入学することになっている。


 他に、貴族の推薦する騎士見習い、商家の子供などは、簡単な試験に合格すれば学園に入学できる。あと、ごくわずかに適性検査に合格した平民が入学することもあるが――狭き門だ。


 学園の目的は『王家の役に立つため、修学する』ことにある。

 それは貴族も平民も同じだ。

 貴族は学園に跡取りを送り込むことを王家への忠誠の証としている側面もある。


 アシェリーは学園へ入学することになっている。


 しかし僕はと言えば、学園とは縁のない生活を送っていくことになりそうだ。


 アシェリーは僕も一緒に通うように言ってくるが、魔法はもう極めたし、剣はフィアーノ家でも(スパルタだけど)学ぶことができる。身体の強度で言うなら、大抵の人間よりは高いと思っている。


 学術学園には興味があるが、僕の身元を考えると、学園に通うのは得策ではない気もする。

 何かの間違いで元婚約者であるルアンとかと遭遇してしまうリスクもあるしね。


 丁重にお断りした。


 正直、勉強は嫌いではないが、学生として貴族の人たちとの人付き合いとか、面倒に感じるのだ。

 ……もしかしたら、前世の僕の学園生活が余り印象の良いものでなかったせいでこんな思考になってるのかもしれない。




 ――あと、最近気になることがある。


 アシェリーのことだが――最近彼女の様子が変だ。変というか、あるいはそれこそが彼女の本性なのかもしれないが、彼女は何やら怪しげなヤクザみたいな組織を作ってそこの元締めをやっているらしい。


 公爵家をバックに幾つかの商会を立ち上げ、その裏であくどいことをしていると聞いている。

 暴力団みたいな感じ?


 何やってんだろ?


 世間に対する反抗心が、中二病を飛び越えて秘密結社的な危険な存在に昇華してしまっているのだろう。

 取り敢えず僕には関係ない……と信じよう。


 あと、公爵家傘下のその商会では、僕が前世の色んな技術を適当に教えてみたところ、勝手にそれを使って魔道具とか食べ物とか発明しまくってるらしい。


 アシェリーの部下によりその魔道具のいくつかが表にも流通しているらしく、国王から勲章をもらったとかなんとか。

 僕には関係ない……多分。


 また、ルナティックに罹った患者を誘拐して僕に治療させ、戦力として手元に置き、彼らに商会の運営を任せたり、色んなことをさせてるらしい。

 敵対貴族のスパイとか、そういうことをやっている人たちもいて、『シノビ部隊』――と僕はそう呼んでいる。

 で、世界津々浦々で色んなことをやらかしているらしい。


 聖教の嫌がらせにはなってるらしいけど……過激にやればやるほど、味方を失うことにならないかが心配だ。

 一般市民は恐らく、聖教の陥落や激動の時代を望んでない。

 アシェリーのやり方は、塩梅次第では非常に危険だと僕は思っている。


 ……子供の頃はもっとおしとやかだったのに。




 僕は忙しい毎日を送っており、聖教のこととか、いろいろと考えることもあるけど、毎日が充実している。


 フィアーノ公爵家の騎士見習い兼使用人、イスト。それが今の僕の肩書で、最近では、僕がイスト・ルケであったことを――ともすると忘れてしまいそうなくらいだ。


 ……【イスト・ルケ】という人間は恐らく、もう死んだことになっているだろう。


 父さんや母さんはもしかしたら探してくれているのかもしれないが……見つかることはない。

 さっさと諦めて次の子供でも作って幸せになって欲しい。


 僕はもう戻るつもりはないし、自分の身の上を明かすつもりもない。


「ふぁああ……」


 眠いけど、僕の立場は使用人。

 アシェリーをおこしに行かなきゃ。




 ■




「アシェリーお嬢様。朝ですよ」


 アシェリーに敬語を使うと嫌がられるが、周りの目がある場所なので仕方ない。


 中からごそごそと音がして、少しだけ待つと、中から美しい少女が現れる。

 【アシェリー・フィアーノ】は、きりっとした顔で僕と少し不機嫌そうに目を合わせる。

 不機嫌そうに見えても、実際に不機嫌な訳ではない。

 単に、顔立ちからきつい表情に見えるだけだ。


「もう起きてるわ」


 今日はアシェリーは久しぶりに鍛錬の無い休日で、少しくらい遅く起きてきてもおかしくはないと思っていたが……。


 アシェリーの全身を見る。

 着替えも済んでいる。

 だが、普段の私服と異なり、町娘みたいな格好だ。


「イスト。今日はちょっと散歩に行きましょう?」


「散歩?」


「ええ、視察と言う名の……ね」


 最近の彼女は勉強に根を詰め、商会を取りまとめる仕事に根を詰め、そのうえでスパルタなゼファ達の訓練も受けている。

 僕だったら家でゴロゴロしたいと思うだろうけど、アシェリーはアウトドア系なので、暇な日は散歩している方が好きなのかもしれない。


 地味な格好をしているのは、目立たない為だろう。


「承知しました。僕も準備していきますね」


「そうね。……いや待って、服は私が選ぶから」


「服ですか? この服じゃダメ?」


「ダメよ。今日は、王都の若いカップルって体で行くから。貴方も格好には気を遣ってもらうわ」


 カップルね。

 そう言う設定ね。


「いいけど……ん?」


 違和感を感じたが、アシェリーと一緒に自室を漁る。


「あ、僕これと訓練服以外の服、持ってないんだった……」


「……あなたさぁ」


 夜に動くための黒いぼろ服みたいなのもあるが、それを着る訳にもいかない。


 違和感の正体は、僕が私服を一つも持ってなかったということだった。




 流石にアシェリーの久しぶりの休日に、願いを聞いてあげられないのも気が引けた。

 結局どうしたかと言えば――。


「では、行ってきますわ」


「……ア……イッテキマス」


 そんな風にアシェリーと僕は見送りの使用人の人たちに言う。


 服は……借りた。


 アシェリーの持ってたボーイッシュな女性服に身を包み、フィアーノ家の正門前に僕は立っていた。


 僕が去ると、後ろからひそひそ話が聞こえてきた。

 聞こえないと思って言ってるんだろうけど、僕は平常時から身体強化をつけており、その影響で嫌でも聞こえてしまう。


「(あれってお嬢様の服よね……)」


「(そう、……だと思う。見覚えあるもの)」


「(倒錯プレイってやつかしら)」


「(お嬢様も酷ねえ。ほら、イスト様、顔が真っ赤になってるわ)」


「(もしかして……イスト様が望んだのかも!?)」


「(あの2人ってどんな関係なのかしら……)」


 あー! 私服ッ、持っときゃよかった!!!




 ■




「似合ってるわ。私には――男の子じゃなくて女の子みたいに見えるけど」


「うう……」


「別にいいじゃない? カップルっぽくはならなかったけど、仲の良い友達で街を歩いてるようには見えるでしょう?」


 アシェリーが腕を組んでくる。

 胸が当たって弾力を感じた。


「……まあ、……いいか」


 知り合いに会わなければ別にどうってことないし……?


「それで、散歩って言ってたけど、今日はどこに行くの?」


「目的は特にないわ。でもそうね……折角だから、あなたの私服でも買うのはどう?」


「私服ね……」




 アシェリーとともに王都の街を歩く。

 馬車が通るための広い通りの真ん中を空けて、多くの出店が所狭しと並んでいる。

 その中には勿論、服飾を扱う店もあり、平民が着用する服のほとんどはこのような個人商店で売られている。


 その中の一つに目をつけて、僕たちは服を選びにかかる。


「あなたは、どんな服が好みかしら?」


「うーん。アシェリーが決めてくれないかな?」


 服装に無頓着だった僕的には、他の人に選んでもらった方が有難い。

 分からないんだよ、ファッションとか。


「じゃあ、これ……とこれとかかしら。装飾は少ないけど、丈夫で動きやすそう」


 アシェリーに上下の服をいくつか選んでもらう。

 簡単に体形に会うかを確認する。


「うん。これにするよ。会計、お願いします」


「はいよ」


 ぶっきらぼうなおばさんに会計を頼み、取り敢えず服を2セット購入した。


 しばらく街を歩いて、服を買ったり軽食をつまんだりした。

 主に僕の服を探すことになってしまったものの、アシェリーも楽しそうに見える。


 しかし、その楽しさに水を差すように、少女の声が聞こえてきた。




「お願いだ! この子を! この子を助けて欲しい!」




 ボロボロの不衛生な服を着た、狼獣人の少女が、街の大通りで息も絶え絶えに、しかし力強く叫んでいた。

 ぼろい服、不衛生でぼさぼさな髪――こういう子たちをこれまで何度も見てきた。恐らく彼女はスラム街の住人だ。


 狼獣人の子が抱えているのも少女だ。


 兎獣人の少女。

 長く発情期が続くことから、奴隷市場で極めて高値がつくことが知られる――用途は言わずもがな、愛玩用としてだ。


 少女はひどい怪我を負っていた。

 体中に裂傷があり、顔の輪郭以外見えないほどの血を両の目から流している。

 元々体調が悪かったのか身体は朱く火照っており、身動きすら難しそうだ。


「……あれ、【獣族<アンスロ>】の少女たちね」


 アシェリーが言った通り、彼女らはどちらもの獣族の一種であり、(【聖族<エルフ>】程ではないが)人間に迫害されている種族だ。


 身体を覆い隠すほどのローブを引きずるように装着している。だが、完全に獣としての耳や髪などの特徴が露になっている――恐らくその種族特徴を隠すために装備していただろうローブは、もはや意味を成していない。


「後ろから来てるのは、騎士? しかも――」


 ここは、南側の領境が王都と隣接するように位置するフィアーノ公爵領。

 だが彼らの腕輪につけられた紋章は、公爵領ではなく、王都所属の正騎士団のものだ。


 王都の騎士団は、この場所には馴染まない。

 一体、なぜこの場所にいるのだろうか?


 不審に思う。


 人相の悪い男たちが、獣人たちに剣を向ける。

 戦闘態勢と言うよりは、示威行為に見える。


 狼獣人の子は、追ってきた男たちをぶん殴って吹き飛ばす。

 爪を立てられてれば死んでただろうに、そうしないところがどうも気になる。


 殴られた太った男は、鼻血を垂れ流しながら、剣を掲げ、住民に指示を出す。


「住民らよ! 我ら騎士に加勢せよ! そこの獣人は不法入国者だ!」


 騎士が住民に加勢を乞うなど相当なことだ。

 まずまともな騎士やまともな状況では行われない。


「違う! ボクたちは、国内の集落で生まれた! 話を聞けッ!」


 獣人の子の声色には、真に迫る迫力があった。

 そもそも、この大通りで人に助けを求めた時点で、自分たちの主張に利があると感じている証拠だろう。

 どちらかと言えば、正騎士団が一方的に獣族の子たちを追い立て、一方的な攻撃をしているように見える。


「アシェリー……介入する? フィアーノ公爵家の力ならこの場を治められるかも」


 しかしアシェリーはゆるゆると首を振る。


「今の服装では、下手に介入できないわ。ここにはお父様にも内緒で来ているのだし、正騎士に対してはお父様でないと、貴族の権利を行使できない」


「僕がやろうか?」


 腕に身体強化を纏わせて、アシェリーに聞く。

 相手の能力は恐らく、僕の足元にも及ばない。


 魔法に身体能力。

 僕なら、気づかれることもなく色々な方法であれを一瞬で制圧できる。

 小石が10個もあれば制圧可能だ。


「いえ……ここは私に任せて。貴方は、あの子を」


 アシェリーは大通りを挟んで逆の路地裏に向かう獣人の子たちを指さす。

 彼女の味方をした者はいなかった。

 涙を流していた。


 皆まで言われずとも、僕がすべきことは僕も分かってる。

 この場を治めるにはアシェリーの方が適正で、兎獣人の子を助けるのは僕しかできない。


「分かった。そっちは頼むよ。うまくやってね」


 僕は路地裏に駆け込んだ。


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