#9 『パペットガイストなる魔物』
■
この魔物は、常識の中に捉えてはならないものである――と、僕もまた、合流してすぐにそれを思い知った。
そもそも、魔物や動物の使える魔法は限られる。
たまに【身体強化魔法】を使える魔物がいるくらいで、火魔法を使う存在など聞いたことがない。
だから、『パペットガイスト』なる魔物が、炎の柱を何本もたてているのを見れば、その非常識さが伺える。
そもそも――あれは本当に魔物なのか?
イストがそんなことを思った矢先――、
「全員、逃げろ! 俺が殿を務める!」
父さんはそう言いながら、剣を構える。
そして、一切の躊躇なく、剣を人形に向かって振り下ろし――、
「ぐっ」
だが、人形のドレスはびくともしない。
衝撃を吸収しているかのように、剣の勢いを止める。
人形に着せられているドレスの布もただの布ではないのだろう。
「支援します!」
ギースもそれに加わる。
風を纏い、剣を振るう。
しかし、ダメージは微々たるものだ。
明らかにこれまでの魔物と違う。
他の魔物と全く違う理論で動いているとしか思えない。
ここまで遭遇した魔物の多くは、直情的で動きに知性が欠けていた。
しかし、目の前の『パペットガイスト』なる魔物は、明らかに知性をもって攻撃してきている。
『キャアアァアーアァ!』
悲鳴のような笑い声とともに、人形の口からレーザーのような光線が放たれ、地面がえぐられる。
高度で複雑な、衝撃波を伴う光の魔法だ。
魔力視で光魔法の組成は見えたが、あの威力は途轍もない。
僕も父さんもギースさんでさえも、あの魔物をどうにかなどできる気がしない。
「全員、撤退ッ! 撤退ッ!」
「撤退しろ! 無理だ!」
歴戦の兵士たちが撤退を呼びかける。
「それぞれ、ここから逃げることをまず優先しろ! イスト! お前もだ!」
父さんとギースが殿に。
隊はばらけ、僕は兵士とともに、即座の退避を余儀なくされた。
『キャハハ!』
父さんたちの無事を願いながら、僕らは迅速に逃げてきた。
「はあっ……はあっ……」「ぜえ、ぜえ」
兵士の中には息の切れている者もいる。
僕は普段から鍛えているおかげか息切れを起こしにくくなっている。
が、走った影響か少し疲れが出ている。
あの魔物は数で攻めれば倒せるような相手ではない。
だから不味いのは、隊全体が深刻なダメージを負って討伐隊が全滅することだ。
父さんとギースさんのような実力者が足止めするのは間違いではない。
残っても邪魔をするだけだったと思う。
今思えば……もしかしたら、僕も残って戦うべきだったのかもしれない。
僕は魔法が使えるようになったし、身体強化を使うこともできる。
でも、逃げることを選んだ以上、この状況でベストを尽くすしかない。
第1隊も第2隊も、目的地は同じだ。
拠点には、原始的だが投石器などの攻撃兵器もあるため、多勢の優位が取れる――かもしれない。撒けるならそれが一番良いのだろうけど……。
そのため、大まわりで目的地の拠点へ向かい、魔物に備える必要がある。
大型の魔物が出た時はそうするように、事前に作戦が立てられている。
その通りに動く。
「とにかく、地図を確認して、別のルートを探りましょう。大きな道は使えないので、獣道みたいな道になるかもしれないけど……」
逃げてきた人たちで合流し、そんな話をする。
これまではギースが全体を率いていたが、今は臨時で僕が指揮することになっている。
「おお、坊主。頼りになるな。今持ってくる!」
禿頭の兵士が僕とギースが護衛していた馬車の積み荷を確認しに行く。
地図はそれぞれの馬車に積んであるが……。
しばらく、兵士が探して、周りも手伝って、時間が経過していく。
何か、嫌な予感がする。
地図を持ってこようとした男の大声が聞こえてきた。
「無いぞ! 地図がない! 一つもない!」
魔物に襲われ、地図を失い――。
泣き面に蜂……悪いことは重なるもんだ。
「……ブライド司祭の馬車にも積んであるはずだ。こんな状況なんだ、地図を確認させてもらおう」
僕はそう言って、司祭のいる馬車の方へ寄っていく。
馬車の中をのぞく。
だが、そこに司祭の姿はなかった。
物資も何もかも、なくなっていた。
会いたい顔ではなかったが、いないとなれば困る。
「ブライド司祭に聞こうとしたんだが、どこに行ったか分かる?」
周りにそう聞くが、誰も何も言わない。
ただ漠然とした不安が漂う。
「周りを探してみよう」
そう言って、僕らは周りを探索する。
探索は無制限に行えるわけではなく、時間制限もある。
幾人かには、もう一回荷物を確認して、地図がないか確認してもらうことにした。
それから30分ほど探したところで、捜索を打ち切ることにした。
「ダメだ。ブライド司祭はいないみたいだ」
「そんなバカな! どのタイミングでッ!」
司祭はどこかに消えていた。
「クソ……! 地図だけじゃない! ランプとアルコール……それに火打石も! 火をおこすための道具が全部なくなっているぞ!」
「は!? それって、それって……本当に、不味いんじゃ……ねえか?」
更に、道具の一部がなくなっていたことに気づいた兵士がいた。
特に、灯りをともすのに使われる蝋燭やランプ、アルコール、火打石などの一式が全部なくなっていた。
――暗闇は、この世界で最も恐れられている存在だ。
前世の日本は夜で歩いてもそんなに危険はなかったが、この世界では常識が――否、法則が違う。
それは、『シャドウ』と言われる魔物がいるから――だけではない。
イスト自身、何度もそれを体感したから分かる。
暗闇を怖いと感じるのは遺伝子に刻まれた本能のようなものだ。
地図がなく、そして灯りをつける方法もない。
3つ目の悪いことが重なって、僕はこれが偶然起こった事態ではないと確信に至った。
不自然にこの場からいなくなった司祭が、今何をしているのか?
地図や道具が消えた理由、特殊な魔物が出現した理由。
全部があの老人のせいに思えてくる。
果たして司教は、何を企んでいたのか?
いずれにせよ、僕らが今やらなきゃならないこと。
次の目標を立てなきゃならない。
ギースがいれば彼の指示通り動けたが、彼とは合流できていない。
――と、そんなことを思っていた矢先。
「全員、大丈夫ですか!」
ギースが帰還した。
これまでは涼しい顔で魔物を倒していたのに、今や体中にやけどや擦り傷があり、痛々しい様相だった。
■
人形の魔物――『パペットガイスト』は、突然どこかへ行ってしまったらしい。
行動原理は知りえないが、攻撃してこないなら撒いた方が良いと判断し、父さんもギースもそのまま帰ってきたらしい。
父さんも五体満足だったようで何よりだ。
ただ、第1隊も独自に拠点を目指すということになっており、拠点につくまでは連携ができないことになった。
こちらには騎士がギースしかいないため、戦力はやや偏っている。
安心のためにもできるだけ早く合流したいところだが――。
「今日中に拠点に向かうのは難しいでしょう」
開口一番、ギースはそう言った。
「地図がなく、夕方になってしまっている。すぐに陽も落ちるでしょう。であれば、近くで野宿をするしかありません。元の道の場所を覚えておいて、近くでキャンプしましょう」
「だ、大丈夫なのか? 夜になっちまうと、【シャドウ】が……灯りになるものも無いんだぞ!?」
兵士の一人がそう言うが――。
「大丈夫です。僕は火の魔法を使えます」
ギースがそう言うと、周りの兵士たちも納得したらしい。
道から外れ目印を作りながら歩く。
しばらくすると、近くの沢についた。
ギースは周りに火の素となる木々や枝葉を集めさせる。
「ここがいいでしょうね。では、火魔法を生起します」
そう言うと、ギースは剣を取り出して炎を刀身に纏う。
そして、そのスイカバーみたいな刀身を近くの倒木に突く。
すると、炎が倒木を焼き、炎が燃え上がった。
それはいい――しかし、それをやったギースの顔色は悪い。
「く、これは……。そうか、魔力もこれでギリギリか……」
そんな弱音を吐いてしまう程に、ギースは弱っていた。
普段の余裕そうな雰囲気と比して、ギースの状態は悪い。
斬撃を体中に負って、血を大分失っているのか、動きも鈍い。
だが、この場を指揮できるのは自分だけだと知っている。
だから的確に次の指示を出す。
「今の量では少し足りなそうだ。君たちは更に枝葉を集めてくれ。この灯りで一晩しのぐんだ」
そう言いながら、パペットガイストから負った傷を止血するため、傷口に薬を塗ってぼろ布で覆い、処置を施す。
「僕は少し休む……眠る。後は、君に頼めるか?」
こっちを見てそう言うギース。
僕が頷くのを見て、ギースはそのまま眠りについた。
テントを構え、近くに簡易な罠を張る。
それ以上やろうとすると人手が足りなくなるため、極めて簡易だが、この程度の防護で守るしかない。
とにかく、今日の夜をしのげれば良いという考えだ。
そんなこんなで、夜番を買って出てくれた人に火の番を任せ、僕も眠ることになった。
魔物の討伐が決まり、少なからず犠牲が出ると思っていたが、意外にも今のところ死人はほとんど出ていない。
怪我を負ったものは多くいたが、あの人形の魔物も退けることができた。
だが、何故あの人形が退いたのか――それが分からなかったことが、気がかりとして残っていた。
■
パチパチ……と燃える火。
「……」
無言で火を守る兵士が1名。
もう一人、周囲を注意深く見て、魔物が迫っていないかどうかを確認しているのが1名。
両方が眠ってしまった場合、火が消えることになりかねない。
そうなれば、火を嫌う魔物や光を嫌う『シャドウ』が近寄ってくる原因となりかねない。
魔物にも昼行性と夜行性があり、昼は活発に活動していない魔物が、夜になると狂暴になることもある。
人影のような形をした魔物『シャドウ』の活動が活発となるのもまた、夜である。
兵士の1人は、魔物が来るのを待ち構えながら、真っ暗闇を見据える。
そこに、異様な雰囲気を感じながら。
注意深く見れば、その暗闇の中から実に20体を超える『シャドウ』が、自分の方に向けて腕を伸ばしてこようとしているのが見える。
「ッ……来たか……」
兵士はそれに過剰な反応はしない。
シャドウというのはそのくらいありふれた魔物だ。
シャドウが危険だと言われるゆえんとは、触れると例外なく『ルナティック』という病を発症することだ。
聖女であれば治すことができると実しやかに言われているが、伝聞によれば治療は不可能の不治の病で、狂って暴れて血を吹いて死に至る――らしい。
しかし、シャドウに魅入られない方法は簡単。
光があれば近寄ってくることはできないと、そう知られている。
炎の光でもなんでも良いが、とにかく、今は弱くとも火の光が周囲を照らしている。
だから大丈夫――そう思っていた。
だが――。
「――敵襲だ! 敵襲! 全員! 起きろ!」
夜の闇の中――、突然ガンとでかい音がした。
それは兵士の叫ぶ音。
メガホンもないのにこの大きさの声を出せるのは才能とさえ思える。
僕はそれに驚いてすぐに起きる。
「……敵襲?」
その言葉の意味を正しく理解し、僕は帯剣して着の身着のままテントの外に出る。
そこにいたのは――、
「これは……!」
「イスト君! 今すぐ全員を連れて逃げてくれ!」
剣を構え、夜の闇に向かって吼えるギース。
そして――、
赤いドレスと黒いリボン。
フェルトを縫い合わせて中に綿を詰めたような、どこにでもあるような人形。
それは、日中に見た人形の魔物『パペットガイスト』だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます