#8 『いざ、魔物討伐へ!』




 ■




 魔物討伐隊の編成は、2つのグループに分かれる。

 第1隊は全体の前方、第2隊は全体の後方を主に担当する。


 第2隊は後方支援も兼任しており、物資の運搬なども行う。

 僕はその第2隊の荷物持ちを任された。


 勿論この世界にはトラックも戦車もないので、荷物は馬車で運ばれることになっている。

 荷物持ちという言葉は、荷物の管理と護衛を務める者の意だ。


 荷物の中には武器や防具、衣服、食料などに加え、木々を支柱として簡易テントを立てるための丈夫な布なども有ったりする。

 ただし、簡易テントや火おこしの道具などサバイバルの道具はあくまで非常時のためにある。


 部隊は魔物の闊歩する森の中で野宿するわけではなく、森の中にいくつか作られた洞窟などの拠点で夜を明かす。

 地理的に優位な場所であれば、魔物の襲撃によるリスクを減らすことができるのだ。


 つまり、僕たちが運んでいる物資の多くは、あくまで念のための装備だ。


 僕らの仕事もまた大事な仕事ではあるが、戦闘を主に行う人たちと比較すればまだ安全な道中を送れている。


 荷馬車の上に乗っかって、遠くを警戒しながら、僕は魔法騎士の男ギースに話題を振った。


「先頭ではもう戦闘が起きているんでしょうか?」


「多分ね。でも討ち漏らしも応援要請もないので、それなりに上手くやっているということだと思います」


「そうですか……それなら安心です」


 安心ではなかった。

 ルケ領に起きた魔物の増加は、今のところその原因も規模も完全にはあくできてはいないからだ。

 更に、あの司祭も隣を行く荷馬車に乗っており、気を向ける部分が多すぎる。


「……おっと、どうやら討ち漏らしが来たみたいです」


 ギースはそう言うと、鞘から剣を抜いた。


「あれが魔物……」


 前方を見ると、森の木々の隙間から何匹かの魔物がこちらに向かってきているのが見えた。


「気にしなくていいよ。君は後ろを警戒していてくれ。もう少しで敵が僕の間合いに入る」


 そう言われても、僕は魔物と言うものをなんだかんだ初めて見るから、気になって、少しの間観察する。

 普通の動物との違いは、肌や毛並みの一部が真っ黒に染まっていて、気性は荒そうだという、それくらいだ。


 しかし観察している時間はそれほど長くなかった。

 なぜなら――、


「【風斬撃<エアスラッシュ>】」


 次の瞬間、飛ぶ風の斬撃が奔った。

 そして、周りの木々とともに2体いた魔物が上下真っ二つに切られた。


 切られた魔物は『びくんびくん』と死んでも少しだけ動きながら、筋肉の痙攣が小さくなると消失する。

 実際に見るのは初めてだが、魔物という生物は他の生物と違い、死ぬと空気に溶け込むように消失する。それは逆に言えば、それ以外に『魔物』と『普通の動物』を分ける厳格な基準はないともいえる。


 僕としては、グロい絵面を見ることにならなくてよかったというのが正直な気持ちだ。

 ちなみに僕は、ツイ〇ターとかでたまにグロい画像があると体調が悪くなるくらいにはグロ系が苦手だ。


 魔物が消えたあと、ギースの攻撃を見ていた周りはギースに賞賛を送る。


「おお! 流石魔法騎士殿!」

「鮮やかな切り口です! これなら、魔物など一網打尽にできるでしょう!」


 近くで見ていた者たちが口々に言うと――、


「ほほほ……流石は王都の騎士の実力。この目に刻みましたぞ」


 司教もまたそう言って持ち上げる。

 僕も言葉には出さなかったが彼の火力を目にして、驚くと同時にすごいと思った。




 隊が奥に進む度に、魔物がどんどん増えていく。


 それでもまだ第1隊もちゃんと対応できているようで、森を進む速度は落ちていない。


 できるだけ急いで拠点を目指したいという考えもあるだろうが、予定よりも早いくらいで、なかなかに順調そうだ。


 ちなみに、魔物との戦闘はギースだけではなく、経験を積ませるというモチベーションもあって、周りの兵士や僕もまた、魔物との戦闘に参加していた。


『シャー……!』


 ――とそう呻くのは、僕に任された危険度低めのウサギの魔物だ。


 可愛くて殺せない……みたいな躊躇はない。

 黒く変色した体毛は異様だが、それだけではなく、こちらへ向けるウサギの気配が、明らかに『殺すべき敵』を相手しているかのようだからだ。


 殺気立ったウサギが僕に狙いを定める。


「来いっ!」


 僕がそう言うと、直後に『シャアアア!』と威嚇してウサギが向かってくる。


 ウサギの初撃――鋭い爪によるひっかきをまずは避ける。


 攻撃と言うのはカウンターで発動すると威力が上がるのが定説というか、相手のスピードが乗った一撃を与える面で重さが増すのだが、僕はこうした実戦は初心者だ。

 したがって、無理をしてカウンター攻撃などのテクニカルな方法で攻撃することはない。

 父さんにこれまで習った方法で、相手の攻撃は相手の姿勢が悪いときに慎重に攻め込む。


 ウサギの攻撃後の姿勢。

 地面で転んでこちらに向かって意識を向けようとしたその瞬間――、


「らァ!」


 そんな不細工な掛け声とともに、鞘から抜いた剣を横に薙ぐ。


 ウサギは全く避けることができず、その結果――。


 『ぶしゅっ』という血の噴き出る音とともに、ウサギを倒す。


「ナイス!」


 周りのみんなが褒めてくれたように、僕自身の戦闘もなかなかに様になっているように思えた。

 依然としてチートとまでは言えないけど。




 ■




 それから1時間くらいが経過しただろうか。


 誰もが魔物の数がどんどんと増えていることに気づいている。

 それに比例するように、馬車の速度はだんだんと遅くなっていくことも。


「やはり多いな」


 ギースはそう言いながら、左右に現れた魔物を風の斬撃で叩きのめす。


 第2隊は討ち漏らしの魔物を相手にすることが多いとはいえ、それでも捌くべき数が増えている。


 使える戦力は子供でも使う――まあ実力も分かってきたということで、僕もまた魔物討伐に駆り出されていた。


「はぁ!」


 一撃で2体の魔物が沈んだ。

 今となっては、ウサギと戦ってた時のような余裕もなく、技巧を生かして少々危うい戦い方をしている。


 それでも何とかなるのは、この体が強靭である故でもあるだろう。

 ありがとう強く産んでくれて。


 また、【身体強化魔法】を使い、敵を剣でバッタバッタと倒していく姿に、周りの兵士たちからも一定の信頼を得ることができている。


 だんだんと周りも僕を頼りにしてくるようになっていて、それ自体はうれしいことかもしれないが、負担そのものは増加していっている。


「ぐぁ……」


 その悲鳴の方向を見ると、一人の兵士が、豚の魔物と戦って、強く肩を強打されたのが見えた。

 豚の魔物はそのまま追撃を仕掛けようと、自分の持つ石の斧を兵士の頭に向けてぶつけようとしている。


 このままだと……犠牲者が出る。


 そう思った僕は――、


「(【風斬撃】)……ッ」


 そう小さく言う。


 魔法のイメージが固まり、魔力が形作られ流れる。

 小さい風を作る魔法が生起し、次に風を大きく育てる魔法が生起する。


 実のところ、ギースが魔道具である剣を使って起こしている魔法よりも、数段高度なことをやっているだが、その実行に係る時間は数秒――。


 ギースが先ほどやっていたのと同じように、風の斬撃を剣に纏う。

 僕はそれを力いっぱい敵にぶつけた。


 10メートルはある距離を、風の飛ぶ斬撃が縮め、そして――、


『ぶぎゃーっ!』


 豚の魔物が切り裂かれる。


「ぁ、危なかった……ぜ。ありがとう、ギース、さん」


 間一髪。

 もうすぐで豚の魔物に頭を殴られそうだった兵士は、ギースが風の斬撃で補助をしてくれたのだろうと思って感謝を送る。


「……」


 ギースは無言で自分の前にいる魔物への攻撃を続ける。

 だが、その目線は、ちらり、と僕の方へ向いた。


「とにかく、今いる魔物は全部捌いてしまいましょう。それで、ここからは第1隊ともう少し連携して行く方が良いでしょう」




 近くの魔物があらかた片付いたところで、ギースが定位置に戻ってきた。

 馬車の荷車の上で、僕らは言葉をいくつか交わす。


 まずはギースが僕に疑問をぶつけた。


「君はその歳で魔法が使えるんですか?」


 その質問に、少しどう答えるか迷う。


「警戒するのは分かりますが、僕は別にそれ自体を問題視している訳ではありませんよ。王国法で禁止されている訳ではないので。……知識の出どころ次第では問題になるかもしれませんが……」


 ギースの言っていることに嘘はない気がする。

 なら僕も多少は胸襟を開くか……。


「……ま、隠しても仕方ないので、そういうことだと思ってくれればいいです」


「幸い、見ていたのは僕だけだったので問題ありませんが。隠しておいた方が良いでしょう。聖教は魔法技術の国外流出を懸念して、学園外で魔法を教えるのを嫌っているので。……一応、聖教の教えの解釈で、聖教で行う審理では犯罪に認定されてもおかしくないため、気を付けておいた方が良いでしょう」


「そうですね」


「教えたのはちなみに誰ですか? ちょっと気になるのですが」


「別に、誰かに教わったわけじゃないです。独学です」


「独学……は難しいと思うんですが、どうやって?」


「いや、別に特別なことは何も。ただ母さんとかあなたの魔力を視て、同じように魔力で形を作って流してるだけです」


「魔力を視る……? 聞いたことがない」


「え?」


「君は……それを内緒にしておいた方が良いと思います。忠告するが、他の人には言わないべきです。少なくとも信頼できない人には言わないようにしてください」


「まさか、魔力って普通の人には視れないんですか?」


「そんなの当たり前です。それができるなら魔法を学ぶのももっと簡単になるはずだ。その力は恐らく――」


 ギースが何かを言いかけたその時――、

 『ドオンッ!』という重く響く音とともに、第1隊のいる方向から巨大な真っ赤な炎が上がった!




 ■




 爆発音が鳴るその数分前。


 馬車の中で司祭は思う。


 神のため。

 そう、すべては神のためだ。

 神のためならば、罪を背負うことすら躊躇してはならない。


 罪は神が洗い流してくれると信じて。

 自分がすべきことをするのだ。


 ロケットペンダントを胸に抱いて、十字架と重ね合わせる。

 死んだ家族を思い出し、自分の持つバッグの中にある、人形を掴む。


 取り出した人形はケタケタと笑う。

 自分の顔もまた笑っている。


 魔物退治のため、馬車の護衛が不在になっている。

 そうなるように仕向けたのも自分だが。

 そのおかげで事を成せる。


 可笑しくて仕方がない。


 人形の口が大きく歪む。

 歪んで、人を丸ごと飲みこめるくらいのサイズになった、そして――、


『バクン!』


 司祭はその人形の口に丸のみにされる。

 外の喧騒にかき消され、その音は誰の耳にも入ることはなかった。


 人形は、大きくなった口を戻すと、そのままドアを小さく開け、馬車の中から出て行ってしまった。




 ■




 第1隊は第2隊よりも約500メートル程度前方にいた。

 そこに現れたのは人の膝程度の高さの人形だ。

 異様なことに、人形は自律して動いていた。


「あれは……人形なのかしら?」


「動いている……未知の魔物か?」


 ボニーとグロンドの2人が疑問を口に出す。


「『パペットガイスト』……ですか。伝承上の魔物です……しかし、実在していたとは」


 騎士の男はそう言って、動く人形に警戒を向ける。


『キャハハハハッ!』


 つんざくような声がする。

 その音はどうやら人形が発しているらしい。


 ガラスを爪で引っ掻いて鳴らしているかのような、不快な声だ。

 そして次の瞬間――、


『ボゥー!』


 人形はそう言う。

 すると、人形の手から大火力の炎の柱が現れた。


 その炎に対し――、


「バカな……火魔法だと!? しかもこの威力、あり得――」


 騎士の男がそう言うのを遮るように、次の瞬間――男は何の前触れもなく空から降ってきた氷の塊に押しつぶされてしまった。

 氷の塊の下に、血の跡だけが残された。


「何なんだ、あれは!」


「何でも良い! 構えろ! 何もしなければ、死ぬぞ!」


 グロンドの声に、全員が、恐怖を棚に上げてその人形――魔物『パペットガイスト』へ向きやる。


 そうだ、恐怖。

 恐怖があった。

 見たことのない、常識の通じない――理外の存在に対して、その場の全員が恐怖を感じていた。


「かかれ!」


 グロンドがそう言うと、魔法が使えるものは魔法で、剣が使えるものは剣で、その人形に挑む。


 何度も何度も、剣を向け、魔法を放つ。

 しかし、ほとんどがゆらりゆらりと躱され、当たってもダメージが蓄積する様子がない。


 そして――、


「がっ……」「うぉッ!」


 グロンドを含め、攻撃を仕掛けた全員が、およそ10メートルの距離を吹き飛ばされた。

 それも、ただ、人形が無造作に手を振っただけで。


「なんだ……何なんだ、これは……!」


 グロンドがそう独り愚痴る。


 ――と、そこで、援軍がやってくる。


「何が起こった!」


 そう言うのは、第2隊の魔法騎士ギース。

 イストとともに後軍として構えていた実力者。


「あなたは……ッ。向こうを見てくれ! 『パペットガイスト』という名前の魔物だ!」


 グロンドは人形の方を指さしてそう言った。

 隊の中でも最も強いこの男ならあるいは――。


 ――と、そんな安堵が兵士たちに漂う暇もない。


『キャハ♡』


 人形の、楽しむような醜い笑い声と表情を見て、状況が何も良くなっていないと、その場の全員が確信した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る