#7 『はじめての魔法』




 ■




 魔物討伐への参加が決まった。


 魔物という、これまで見たことのない脅威に対することが危険なことだというのは分かっている。

 でも、自分は死なないだろうというある種の楽観がある。


 それは、今の僕は身体強化をある程度自由自在に使えるようになっているからだ。

 5歳の頃から今まで、訓練で魔力が伸びていき、今では最大出力でそこらの兵士100人分くらいの力を出すことができる。

 ……少し言い過ぎか。

 でも、周りよりはずっと強い自負があるのは確かだ。


 一方、僕はまだ魔法を使えない。

 学園に行ってから学ぶものだというので、それまでの習得するのは難しいのだろうと考えていた。


 が、この魔物討伐にあたって、思わぬチャンスが現れた。




 ■



 あれから3日後。

 王家や辺境伯の家紋を付けた兵士がこの辺境の田舎に現れた。


 領地のみんなは少し不安そうにそれを眺めていたが、魔獣討伐の援軍だと聞くと、多くの人が納得し、歓声を上げた。


 晩には家で魔物の討伐隊を鼓舞するための激励会のようなものも開かれた。


 村の人たちは僕が父さんと訓練をしている様子なども知っており、ある程度僕の実力を認めてくれている節があるが、外様の兵士からはやや顰蹙を買っていた。


 僕の目の前でさえ、批判の意見が散見された。

 「子供を参加させるのは危険」とか、そういった声は少なく、彼らの多くは「子供が参加することで足を引っ張るのではないか」と疑念を言っていた。

 それは翻って父さんや母さんへの批判にも転化された。「魔物の管理がなっていない」とか、そういう批判だ。


 今回の参加を決めたのは僕だが、それを強く勧めていたのはあの司祭だ――しかし司祭は僕や僕の家族を庇うようなこともなかった。


 パーティの最中、僕はホストの側ということで、父さんや母さんについて回って挨拶をしていた。


 そんな中、重要そうな人物との会話があった。


「ああ、あいつに会ったんですか。では、改めて。私は『魔法騎士』のギースと言います。明日からの3日間、よろしくお願いします」


「よろしく頼むよ」


 父さんとギースという名の魔法騎士が軽く言葉を交わす。


 丁寧な態度は、他の兵士や騎士と比べても整っていた。

 周りと違い粗暴な雰囲気もなく、どことなく品を感じさせる。

 女にもてるタイプの美形だ。


 彼は僕の方を見ると――、


「やあ、君は明日からの討伐に参加する子供だったよね?」


 彼は僕の肩を掴む。


「はい。明日からよろしくお願いします」


「悪いが――僕は君が参加することに納得していない。他のみんなもそうだと思う」


 彼がそう言うと、周りがざわざわしだした。

 恐らく、彼の言ったことに同調しているのだと思う。


「だから……そうだな。少し実力を計りたい。……いいかい?」


 なるほど。

 僕が足手まといにならないか、この人たちは知りたいのか。

 であれば、手合わせをして思惑に乗るのもありか。


「……構わないですよ」


 僕がそう言った次の瞬間――僕の目の前は真っ黒になっていた。


 体に痛みが走る。


「ぁ?」


「おい、何をッ!」


 父さんの声が聞こえる。

 すぐに目を開けて近くを見ると、僕は庭の木の前に吹き飛ばされていた。


「……これで気絶する程貧弱ではないようだ」


 ギースはそう言いながら、僕にゆっくりと近づく。

 足に僕の鼻から出ている血らしきものが付着している。


 内心が大人の僕だから良いものを、他の子どもだったら暴力で泣かせて児童虐待でポリスにゴーだ。


「それで、次、どうする君は?」


 右手の人差し指をおちょくるように動かし、ギースが言った。


「は……ッ」


 怒りが湧いてきた。

 目の前の男に恐怖や危険性を感じることはなかった。


 子供相手に不意打ちで戦うのが騎士だって?

 そんな奴に負けてやるつもりは無い。


「(【身体強化】)」


 小さく呟いて魔法をイメージする。

 体をまとうように魔法を展開すると、体に力が漲ってきた。

 やり過ぎると不自然なので、あくまで弱めの強化だ。


 だが、その効果は絶大。


 地面を蹴るッ!


 一瞬にして魔法騎士の男――ギースに肉薄する。


 魔法を纏って、しかし、ただただ力だけで戦う愚は侵さない。


 相手は油断していたのだろう。

 ギースの反応よりも早く動き、僕は彼の肩を掴みあげる。


「おらぁッ……!」


 ――そして、思いっきりぶん投げた!


 良く分からないけど、たぶん、背負い投げか何かの要領だ。

 ギースを空中に浮かすことに成功した。


 その僕の攻撃に対して――、


「「――凄い」」


 誰の口からこぼれた言葉だったかは分からないが、僕を称賛する言葉が聞かれた。


 実力を示せと言われたから、こうした。

 そして、これ以上の追撃はしない。


 だが――、


「くっ……」


 空中に投げ飛ばされたギースは、空中で態勢を立て直す。

 なんだあれは。

 あんなことができるのか?


 そのままギースはゆっくりと地面に降り立った。

 そして、笑いながら――、


「いやー。危ない危ない。ちょっと怪我するとこだったよ。やるね、君」


 心の狭い大人ならここで嫌味の一つでもいったかもしれないが、ギースはそうしなかった。

 その位の分別はあるのだろう。


 僕は彼に一人前の戦力だと認められたと考え言う。


「これで僕がそれなりに戦えるって思ってもらえましたか?」


 それに対してギースは――。


「ええ、勿論。僕の期待した結果ではなかったですが、彼の強さは分かりました」


「期待した結果ってのは何ですか?」


「僕は君に『逃げる』ことを期待したんですよ。勝てない敵を相手に向かって行くようなことはしてはならない――とね。でも、君はどうやら僕と肉薄するくらいの強さみたいだ。学園にも行ってないだろうに、流石といっておこうかな」


 格上と戦うときは逃げろ、か。

 確かに気をつけなきゃならないかもしれない。

 自信過剰で死んだら目も当てられない。


 ただ、それをこの不意打ちで攻撃してきた男に言われるのは少し腑に落ちないが。


「……ありがとうございます」


 僕は社交辞令程度に礼を言って、そのまま父さんの方へ寄る。


「けがは大丈夫か……? それにしても、イストは俺が思ってたより強かったんだな」


「あー。まあね」


「隠してたのか?」


「……」


 僕は何と答えるか迷い――話題を変えた。

 父さん、あそこにUFOが!とか言っても通じないので、折角だからさっきの戦いの最中に見た技術について教えてもらおう。


「そんなことより、さっき、あのギースって人が空中で変な動きをしてたのって何だったのか分かる?」


「ん? ああ、目ざといな」


「僕、あれ気になるなー。何なんだろー?」


「あれは魔法の一種だ……ああ、魔法については、学園で学ぶものなんだが……ちょうどいいから少しだけ教えておこうか」


「……いいの?」


 魔法の技術は学園の門外秘となっている部分が多い。

 実用的に使われる『魔道具』なるものもあるというが、王都や貴族の一部が限定的に使用している場合が多い。

 魔法についても、興味深いが、学園に入学するまではお預けだと思っていたのだが……。


「ダメって言っても気になるだろ? お前みたいに好奇心の強い奴に隠しても、裏で危険なことをされるかもしれないからな」


 ――もうやっている、というのは秘密にしておこう。

 夜の魔法の実験は内緒だ。




 それから少し、パーティの隅の席で話をした。

 端的に言うならば、魔法とは――、


「――つまり、魔法とは、魔力を使って意図をもって現象を生起させることだ。騎士学園では身体強化を、その他の魔法は魔法学園で学ぶことになる」


 そこまでは、僕も本で学んで、想像していた内容と同じだった。

 いわゆる座学の内容。

 予習はばっちりだった。


「あと、簡単にだが、魔法を実際に扱う方法も教えておこう」


 そう、気になるのはその先、魔法のコツとか使い方――つまり応用だ。


「魔法の応用に関しては、普通の人には『コレ』が重要になる」


「それって……結婚指輪?」


「うん。母さんとの愛の証だけど、これはただの指輪じゃない。これは『魔道具』の一種なんだ」


「魔道具……魔力を誘導する回路みたいなものだったよね?」


「ああ、魔法の生起には魔力の流れる形や量を精密に再現する必要がある。でもそれをやるのは難しい。だから、普通は、魔法を補助する魔道具を使う」


 父さんが指輪を外して僕の掌の上に置いた。


「それに魔力を流してみろ」


「……やってみる」


 受け取った指輪を左手の人差し指と親指で挟み、右目で集中して魔力の流れを視る。


 まずはテストで微弱な魔力を流し込む。

 魔力は、特殊な回路に沿って流れ込み、その回路が視えた。


 複雑だが、少し時間を掛ければ覚えることはできそうだ。


 そこからさらに注ぎ込む魔力の量を増やすと――、指輪についている3つの小さい宝石のような装飾品から、ボワァ……と可視光が溢れてきた。


 すると次の瞬間、風と火と水が、小さく、それぞれが球となって現れた。


 僕が驚いていると――、


「それが魔法だ。まず『魔道具』で小さい魔法を発生させて、それを大きくする魔法で強化するのが、一般的な魔法の使い方だ」


「なるほどね」


 マッチで火種を作って木の枝や枯れ葉で燃え上がらせるみたいな感じか。


 これで母さんの魔法を真似て使っても魔法が発生しなかった理由が分かった。

 つまり魔法を使うときには、『発生』させて『増大』するというプロセスを踏む必要があり、それをしなかったから僕の魔法はこれまで発動しなかったのだろう。


 と、2人で話していると、そこに割り込む声があった。


「グロント殿」


「おお、騎士殿。明日からよろしくお願いします」


 父さんがいかにも老兵と言ったなりの白髪の男に話しかけられる。


「イスト……指輪は貸しておくから、満足したら返してくれ」


「はーい」


 父さんを見送った後、僕は再度魔法を起動してみる。


 火、風、水の3つの魔法が起動する。


 前に母さんが使っていた水魔法の魔力を練る。

 すると――、


 目の前に直径3センチくらいの球が現れ、火と風が水球に飲み込まれた。

 そのまま、びちゃ、と地面に落とす。


「これが魔法か……意外に簡単にできた」


 魔法と言うのは魔力の流れを模倣できれば簡単に起動できるようだ。

 であれば、さっきの魔法騎士との訓練も魔力視で見ておくべきだったかも。


 惜しいけど、仕方ない。

 さっきの戦いは突発的なものだったし、戦闘中に魔力視を使うと注意が散漫になるからだ。


 更に、僕は指輪に刻まれた魔力の回路を見つめ――。


「こうかな」


 その回路――つまり魔道具そのものを模倣するように、右手から魔力を空中に展開する。

 すると、指輪を使わずとも、先ほどと同じく3つの魔法が発動した。


「なんだ意外と簡単じゃん」


 これまでの夜の特訓は何だったのだろう。


 僕はこの日は『魔法』を会得した。



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