第2話 君とあたし2

 「おはようって。加奈、もしかして、宮原が来るより前に来て、顔を合わせないようにしているんじゃないの?」

 疑わしげに見てくる。

 どうして、わかるのだろう。

「…別に、嫌ってはいないよ。宮原、良い奴だし。ただ、困ることがあってね」

 仕方ないと思って、答えた。

「困ること?」

 オウム返しに、美佐は尋ねてきた。

 あたしは声をひそめて、言った。

「その、宮原を見ると、熱が出るんだよね。体が火照るというか」

「うそっ!宮原を見ると、体が火照るって。ちょっと、エッチなことでも考えちゃうとか?」

 大きな声を出す美佐に、慌てて、静かにと指を口元に当てる。

「別に、エッチなことは考えたりしてないってば。ただ、体が熱くなるんだよね。火がついたみたいになるっていうか」

 よく言葉に言い表せなくて、端的にしか、伝えられない。

 もどかしくって、あたしは口をつぐんだ。

 美佐には、黙っていてくれるように、頼んでおいた。

 教科書などを鞄から出して、机の中に入れておいたのだった。


 朝のホームルームが終わり、あたしは次の授業の準備をしていた。

「…樋口。鈴木と仲が良かったよな。もしよかったら、ちょっと、聞いてほしいけとがあるんだけどさ」唐突に、同じクラスの男子から、声をかけられた。

 ちなみに、鈴木というのは美佐のことである。

「美佐に訊いてほしいっていわれても。何をきけばいいの?」

 あたしは準備を終えて、男子に聞き返した。

 すると、男子は言いにくそうにする。

「いや、その。鈴木ってさ、好きな奴っているのかと思って」

 ようはそれを訊きたかったのか。

 あたしは内心、ため息をつきたくなった。

「それくらい、本人に訊けば?あたしに頼んだって、だめだと思うけど」

 冷たくいうと、男子はそこのところ、何とかしてくれと、必死になって、頭を下げてきた。

 すると、おしゃべりに興じていた女子や男子、クラスメイトたちがあたしたちを一斉にこちらをちらちらと見てくる。

 そんな中、あたしに近づいてくる男子がいた。

 茶色の髪を視界に入れて、宮原だとわかった。

 男子をまっすぐと見据えている。

 

 あたしは心臓が強く鳴るのを抑えることができなかった。

 男子は、驚いたらしく、あたしを黙ったままで見つめている。

 胸を押さえて、リチウムの冷たい床にへたり込んでしまう。今の季節はまだ、晩春で、肌寒い。

「…樋口、大丈夫か?」

 とっさに、声をかけてきたのは宮原だった。

 男子はそそくさと自分の席に、逃げるように戻って行った。クラスメイト達も遠巻きにざわざわと、騒ぎ出した。

「加奈!いきなり、へたり込んじゃって、どうしたの?」

 そこへ美佐が走って、声をかけてきた。あたしに近づくと、そっと、肩に腕を回してきた。だが、宮原も近寄ってきたのだ。

「貸せよ。俺が運んでやる。佐藤だけで、樋口を保健室に連れて行ったって、時間がかかっちまう」

「…よけいなお世話。私だって、連れて行くことくらい、できるよ!」

 むきになって、反論する美佐を無視して、宮原はあたしに訊いてきた。

「樋口、立てるか?」

 あたしはただ、小さく肯くことしかできなかった。

 すると、宮原はあたしの肩に腕を美佐と同じように回して、よっとかけ声を発しながら、立ち上がった。


 その強い力で引っ張られるように、立ち上がる。

 美佐はそっと、あたしから、離れた。

 代わりに温かくて、力強い手があたしを支えながら、ゆっくりと歩き始めた。

 見かけは、細身で顔立ちも幼い印象を受けるのに、意外と力があるらしかった。 クラスの皆は遠巻きにしながら、それを唖然と見つめている。

 あたしは顔から、火が出そうなくらい、恥ずかしかった。

 引き戸のあたりまで、行き、開ける。

 廊下へ出ると、前方に中年の数学の担当の先生がいた。

「何だ、三組の宮原じゃないか。もう、授業が始まるから。教室へ入りなさい」

 注意をされたけど、宮原は真面目な口調で説明をしてみせた。

「あの、うちのクラスの女子が体調が悪いと言っていて。本人は自力では行けないらしいので。それで、僕が一緒についてきたんです」

「体調が悪いのか。もしかして、宮原が抱えているその女子か?」

 はいと宮原は答える。

「同じクラスの樋口加奈です。顔が赤かったので、熱があるかもしれません。保健室に連れていきます」「わかった。今から、三組の授業があるから、早めに行きなさい」

 やっと、先生は解放してくれた。

 その間にも、顔や手足が熱くなっていくのであった。


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