星のない夜
夢の世界はトモとゴウの避難所で、そこではいつも共に遊び、話し合い、互いに支え合っていた。だが、その夜、彼らの夢の世界は異なる色彩を帯びていた。トモとゴウの間に、互いの言葉がすれ違い、その日々の交流が徐々に摩擦の音を立て始めた。
「なぜ僕と同じ絵を描くの?」
トモの問いかけは小さく、しかし重かった。彼らはいつも同じ絵を描き、同じ色を使っていた。だが、今日、その行為がトモの中で混乱を招いた。
「僕たちは一緒だからさ」
ゴウの声は静かで、言葉は穏やかだった。しかし、その言葉はトモの内側で響かず、ただ風に運ばれて行った。
「でも、それは僕の絵だよ」
トモの言葉は迷いを含んでいた。彼の心には理解されない悲しみと混乱が渦巻いていた。
その夜、彼らの間に生じた溝は深まり、トモはその混乱に苦しみ続けた。彼の内側に広がる困惑と混乱は、彼の夢の世界を満たし、かつての平和な遊び場を消し去った。
ゴウはただ静かにトモを見つめていた。その目は無表情で、何も語らなかった。それは、彼らの間に広がる対立の無情さを示していた。
トモはゴウの目を見つめたとき、虎の眼差しに潜む光を見つけた。それは深海の底に眠る宝石の輝きと同じで、トモを惹きつけたが、その光源は遠く、トモには手が届かなかった。
「ゴウ、何を思ってるの?」トモは尋ねた。
ゴウは一瞬、視線を外した。次の瞬間、彼は微笑んだ。
「何も思ってないよ、トモ。ただ、君と遊んでいるだけさ」
だけど、トモはその微笑みが真実ではないと感じた。風に揺れる花びらは、視界にあっても掴むことができない。ゴウの言葉は、それと同じく、トモにはつかめなかった。
その日から、トモとゴウの間には新たな緊張感が広がった。それは森の中で、獲物を見つけた一頭の狼が放つ、誰もが感じる空気の変化と同じだった。
トモは自分が何かを間違えているのではないかと思い始めた。しかし、何が間違いなのか、何が正しいのか、彼には見当もつかなかった。ただ、ゴウが大切だということだけは確かだった。
だけど、トモの中には新たな恐怖が生まれ始めていた。それはゴウと一緒に過ごす時間が、いつか終わるのではないかという不確かな恐怖だった。しかし、その恐怖とどう向き合えばいいのか、トモには全くわからなかった。
真っ暗な空は星の光を奪い、灯りのない水平線に希望を見いだせない。人工の電灯だけがトモとゴウの間に漂う緊張を照らし出す。
「トモ、君の部屋、僕にはちょっと窮屈だよ。」
ゴウの言葉は砂に足を取られたトモをさらに深く引きずり込む。ゴウという存在は、彼の世界の一部であり、その世界が揺らぐと、彼自身も揺らいでしまう。
言葉を失ったトモはゴウを見つめていた。彼の視線は砂粒が飛び散る浜辺を描いているかのようだった。彼はゴウの目を見つめ、その中に自分の姿を捜していた。
「僕たち、友達だよね?」声は、真っ暗な空に響き渡った。
だがその言葉がトモの中で反響すると、まるで波が岩を洗い流すかのように、彼の内側がえぐられていく感じがした。
トモは自分の声を耳にした。
「でも、僕たちは一緒にいるんだよ、ゴウ」
その言葉が空気を切り裂いた瞬間、彼は初めて自分の心の揺れを知った。
ふたりはただ黙って立ち尽くしていた。
ゴウは立ち上がった。
その動きは、夜空に浮かぶ雲がゆっくりと形を変えていくかの如く、静かで、確定的だった。
「僕、行くよ、トモ。」砂が足元できしむ音が、唯一の反応だった。
トモは見送った。電灯の光がゴウの背を照らし、その影がトモの目の前に伸びていった。だが、トモは何も言わなかった。彼の世界は、ゴウが去って行く音と、自分の心臓が鼓動する音だけで構成されていた。
トモの目から、一滴の涙がこぼれ落ちた。それは、彼の理解を超えた何かへの反応だった。彼はただその涙が砂に吸い込まれるのを見ていた。その涙が、彼自身が理解できない何かへの追悼の意味を持つことを、彼は知らなかった。
トモはただ独りで立ち尽くしていた。電灯の光が彼の影を作り出し、その影は彼の独りを強調していた。空には星がなく、浜辺には彼の存在だけが残されていた。
ゴウの去った後の浜辺は、トモにとって未知の領域だった。彼は自分の存在だけがそこにあることを知りながら、その事実を受け入れることができなかった。
夜が更けていく中で、トモは自分の影と向き合い続けた。その影が、彼自身が抱える無力感を彼に突きつけていた。トモは自分の影に向かって手を伸ばしたが、彼の手はただ空を掴むだけだった。
トモは自分の影を見つめ、その中に自分の存在を見つけようとした。だが、彼が見つけられたのは、自分の無力さと、ゴウの存在の大きさだけだった。彼はゴウの去った後に残された自分自身と向き合い、その深淵に立ち尽くした。
浜辺で、トモは自分の耳に小さな手を伸ばした。指先が耳たぶに触れ、その柔らかさが手に伝わった。彼が想像していたよりも確かな感触だった。彼の手は震えていたが、その震えは恐怖からではなく、途方もない結論から来ていた。
耳を引きちぎろうという考えは、彼が想像できる痛みを超えていた。しかし、それがゴウを呼び戻す唯一の方法だとトモは信じていた。
しかし、トモの手は動かなかった。彼の意志とは裏腹に、その手は耳をつかむことなく、ただそこにぶら下がっていた。彼の心は、自分の無力さを叫んでいた。彼の手は、耳を握ろうとしたが、握れなかった。
瞬間、トモの呼吸は急速に浅くなり、彼の視界は揺らぎ始めた。彼の心臓は、鼓動を早めて彼の胸を打った。彼の体は、彼自身の内部で戦う力を失い、ついには浜辺の砂に崩れ落ちた。
目から流れる涙が砂に混ざり、彼の声はゴウを呼んだが、浜辺に戻ることはなかった。暗闇に飲み込まれたとき、声は何も残らなかった。
トモの意識は消え、夜の静寂が浜辺全体を覆った。
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