旅先の海で貝殻を踏んだ

 旅先だからという言い訳はとても便利だ。

 いつもなら決して上がらない重たい腰も、水面に浮かぶ海藻のように軽い。


 潮風を浴びながら、裸足で浅瀬を歩く。

 

 小さな貝殻を踏んでしまって少し痛い。


 気をつけていたはずなのに、いつのまにかズボンの裾が濡れている。


 いくつもの新鮮な感動を連れた波が押し寄せては引いていく。


 せいぜい膝下くらいまで浸かった程度で大袈裟だけど、この海と繋がっているような気がして嬉しかった。


 さっき踏んだ貝殻を遠くに投げる。

 波がまた、あの貝殻をここに連れて帰るだろうか。きっとしばらくは広い世海を漂うだろうけど、またいつか帰って来れたらいいな。


 制服姿で砂浜を歩く人たちを見て、僕が通っていた高校も海に近かったことを思い出した。


 当時は放課後に海へ行こうだなんて一度も考えなかった。せっかく歩いて行ける距離にあったのだから、もっと行っとけば良かったかな。


 いや、やっぱりいいや。


 こんなにはしゃいでいる僕の姿を見せるのは、この海だけの特権でいい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る