第七章 プロトタイプ

     1

 青い水晶のような半球形レーダーにいくつかの光の点が明滅し始めた。おおよその位置を特定し、さらに範囲を拡大する。点の色は黄色と白。ライスカイスの識別信号を出しているのが黄色。それ以外が白である。カイは進路をずらし、その場へと向かった。


 通信を拾う。隊長が抑揚のない声で作戦指示をしている。カイのすぐ後ろ、狭い空間で窮屈そうに体を縮めているルキロは、その声を聞き、複雑な表情を浮かべていた。まず、単純に、命のやりとりが馬鹿馬鹿しくなってしまったという事が理由の一つ。そして、やはり自分はタグザムティアの人間であり、その自分がディオと呼ばれる敵の戦闘兵器に乗っている事。彼の「少しでもおかしなそぶりをみせたら、キーレンに後で何を云われようと構わない。おまえを殺す」などと云う声に、かえって安心するほどであった。


 上空に到着してみると、すでに全ては終結していた。

 今までに目が腐るほど見てきた、小さな町での攻防戦だったようである。


 炎上している家屋。エクシュールやディオの残骸らしき物体が見える。人影などは暗くてまったく判然としない。ゾ・ヴィムは地上三百メートルの高さに浮いているのだ。


 カイの指が操作盤のスイッチ類に触れると、地上の映像が拡大された。


 どれほど激しい戦いだったのだろう。両軍ともにおびただしい数の残骸を出している。


 ルキロは信じられぬ光景を目にし、混乱した。男達が地面に立てた柱に縛られ、他の人間達に撃ち殺されていく光景。銃を持つ男達……タグザムティアの……いや、銃が……地球人! 地球人に仲間が……いや、ライスカイス……交じっている……!

 また一人、頭を撃ち抜かれて絶命する者。他の柱の男は、四肢を次々に撃たれ……

 楽しんでいる……。笑っている。地球人による、異星人の虐殺……。地球人も、結局。


 続いての光景に、また疑問が湧く。女達の姿。まだ燃えている機体から引き出されている。男は、柱に縛りつけるまでもなく即座に殺されてしまうのもいたが、女達はみなにかつがれ、どこかに運ばれていく。これも同じくどちらの星の人間もいる。


「どこに連れていかれるのだろう」


「おまえらには、耐えられないだろうな。地球人の慰み者になるのは」


 ルキロの全身の血液が逆流した。殺されるのはいい。仕方がない。だが……


「高度を下げて。おろしてよ。……助けなきゃ。あいつらをやっつ……」


 ルキロは身を乗り出し、カイの首を締んばかりの勢いで騒いだ。


「これは戦争だ、馬鹿。しかも、おれたちが勝手に押し掛けた、な」


「で、でも……でも……」


 引きずられているタグザムティアの女の一人が、口から血を流し、崩れた。地球人達は、残念がり、そしてその肉体を蹴飛ばした。彼女は、自分の舌を噛み切ったのである。


「あなたの仲間だって、いるんだよ」


 また女が一人、数人に担がれて運ばれていく。真っ白な顔に、黒いスーツ、そして血の赤。四肢の全てが撃ち抜かれ、動きを封じられていた。


「知っている。……こいつは、同じ師団に属してた。シェイルという名だ」


 画面に映っているその女を指で差し示す。


「それじゃあ……どうして……」


「やつらはどちらも、地球人との戦闘に負けたんだ。わざわざ地球人を倒しに行っても、時間の無駄だ」


「酷いよ、そんなの。仲間なんだよ!」


「せいぜいその『尊い感情』に浸っているがいい。……もう行くぞ」


 ゾ・ヴィムの駆動音が大きくなる。急加速に、ルキロは後ろに引っ張られるような気分を感じた。途端に、集音機の風を拾う音が強まり、ばりばりと激しい音をたて始めた。だが、ルキロの耳には全く入っていないようだ。小さく口を開いて、何かを呟いている。カイは音よりそちらのほうがよほど鬱陶しく、集音機をあえてそのままの状態にしておいた。






 点のように小さく見えると、どんな悲劇でも滑稽に思えてくる。だが当然、その犠牲者達には関係のない理屈であり、悲劇は現実として次々と起きていった。死にきれなかった女たちも数多い。特にタグザムティアと地球の人間同士は酷似した遺伝子構造になっているのか……やがて憎むべき地球人の父を持つ私生児が生まれ、タグザムティアで、そしてこの地球で、後の歴史に大きく関わっていく事になるのだが、それはまた別の話である。



     2

「これは、渡れないよなあ。話に聞いた通りだった」


 旅立つ時、汚染地帯とただ言葉に聞いていただけのエイジは、ところどころに腐臭を放つ沼地のある湿地帯を想像していた。だが、目の前に広がっていたのは、砂の海だった。


「兄ちゃん、黄色の風って、こんなのが運ばれてくるのかも知れないね」


「うん。……単なる荒地を想像してたけど、ここまで完全な砂漠地帯とは思わなかった。町で云われた通りだ。……なら、強引に進んでも放射能でやられるだけだ。どうしよ」


「……あっちでまたやっているよ、兄ちゃん」


 タクが、自分達のやって来た南東の方向を指さした。

 ゾ・ヴィムとアロ・イーグの空中戦。もう、これまでに何度見た事だろう。以前ならば、タクは興奮しながらその戦いを見ていた。エイジはそれをたしなめながらも、自身タクと半ば同じような気持ちを覚えていた。それはあくまで自分に被害が及ばなかったからだが、もう見飽きてしまったし、それに、人々の死をあまりに多く見過ぎた。嫌悪と侮蔑の感情こそあれ、エイジの心象をよくするような要素はこの戦闘にはもう何もない。


 二百メートルほど離れた場所で、どうやら、三対四の戦いを繰り広げているようだ。ゾ・ヴィムが三機、アロ・イーグが四機。姿勢制御と推進補助のための炎を四肢から爬虫類の舌のようにちらちらと出しながら、下降、上昇、旋回、そして旋回、集結、目で追い切れぬ素早い動きを繰り返す。幻想的ですらあったが、エイジには、彼らは何を考えて戦っているのだろう、という疑問しか湧かなかった。

 幻想的な光景と戦力の均衡が崩されたのは、一瞬にして二機のアロ・イーグの頭部が爆発した瞬間だった。当初、タグザムティア側が数の上では優勢に見えたが、操縦の技量においてはわずかに及ばなかったようである。ゾ・ヴィムが三機、アロ・イーグが二機、数の上でもアロ・イーグが劣勢である。だが、逃げようとする様子は全く見られなかった。


 タクは叫び、北西を指さした。黄色い海の彼方から、もうもうと吹き上がる砂塵。嵐ではなかった。何かが低い高度を高速で飛行しているのだ。どれくらいの速度だったのだろう。雷のように速い事は確かである。タクが声をあげてから、数秒もたたぬうちに、その物体はみるみると大きさを増し、はっきりと視認できるようになった。


「エクシュールか……それともディオ」


 エイジは、その謎の飛行物体に目を奪われた。それは、先ほどからの戦いの場へと一直線に向かっている。まだ距離はある。一機が、アロ・イーグが首をそちらに向けた。何かをとらえたアロ・イーグがメインカメラで確認しようとしたのだろう。だがその瞬間、アロ・イーグのその首が消滅していた。何か光線のようなものか……


 ずっと目で追っていたはずのエイジは、いきなりそれを見失ってしまっていた。タクが先に気付き、指の示すほうに視線を向けた。その機体はすでに、黄色の海を渡り終え、じゃれ合っていたアロ・イーグ、ゾ・ヴィムらの後方へと回り込んでいた。そしてその右手には、アロ・イーグの頭部が……五指がすべてアロ・イーグの頭部に埋まっていた。腕を振るい、それを投げ捨てる。その機体の大きさは、エクシュールやディオと変わらなかった。赤錆に包まれたような色の装甲で、頭部、人間でいう目にあたる位置には横長の黒い空間があり、緑色の光が右に左にと素早く移動していた。


 動き出した。背中から恐ろしく大きな炎が吹き出た。ほとんど白に近い、微量な青を含んだ炎の噴出。背中側から見れば機体のほとんどが隠れてしまうほど。そしてそれは、ゾ・ヴィムやアロ・イーグの操縦者達にとって、巨大な白い悪魔の姿だったのである。

 実際に戦っているのは赤銅色の機体なのだが、エイジ達にもそれは巨大な白い悪魔に見えた。悪魔が手伸ばし、アロ・イーグやゾ・ヴィムを包み込んでいく。その都度、獲物は爆発し、命が確実に散っていく。


 何やら靄に包まれたように全く事態を認識出来ずにいるうちに、すでにエイジたちの視界には、その悪魔しか存在していなかった。巨大な亡霊は姿を消し、もとの大きさに……赤銅色の機体へと戻っていた。


 エイジのすぐ近くで、重い金属音がした。ギ・グルーグがライフル銃を構え、立っていた。ゾ・ヴィムを倒したいわば敵であるその機体に向けて、放った。光線が赤銅色の装甲を貫いた。いや、その寸前で、光線は拡散、消滅していた。


 赤銅色の機体は、背中の大砲を、上を通し正面へと回転させた。撃った。無気味な光の塊が滲み出すように吹き出てきた。それは光線としてはあまりにも巨大で、そしてあまりにもゆっくりとしていた。燃え尽きずに落下してくる桁外れに大きな隕石のように……


 ギ・グルーグを狙ったその巨大な光は、エイジたちをも包み込もうとしていた。


 何も見えない。音も何もなく、皮膚の感覚すらもない。真っ白な光の空間の中に入り込んだ。時間はまるで静止したのかと錯覚するほどにゆっくりと過ぎていった。



     3

 それは地球側からの、ささやかな接待のはずだった。国防省センタービル跡地に立てられた催事館に、両軍の主立った地位の者たちが賓客として迎えられた。

 宴もたけなわに近づいた頃、その部屋の中に、武装をした男たちが入り込んできた。異星人の未知なる部分、そして既知の部分、どちらも驚愕に値する事を理解している彼らはの装備は、何かのまじないででもあるかのように重たい物だった。防弾服を二枚重ねて着込んだ上にレーザー反射鏡をくまなく張り付けている。手には、確実な威力を相手に与えるために鉛の実弾を発射する短機関銃。

 政府の首脳陣を人質にとったわけではない。それは、彼らそれぞれの星にいるのだから。だがこの行動が無意味である事もなかろう。これを切り札に、有利な交渉をしていくのだ。

 彼等への返答は、思いのほか早かった。それは、両軍からの集中砲火であった。建物の存在した場所一帯は全て一瞬にして気化し、巨大なクレーターをあとに残した。

 両軍とも、ほとんどが替え玉であったし、結局、地球の行動は、地面に大きな蟻地獄を作っただけだった。「彼等の怒りをかってしまった」そう恐れた地球人達には、その蟻地獄が自分たちの運命、未来を飲み込んでいく地獄への門のように思えた事だろう。




 以上、冗談にもならない出来事ではあるが、事実として起きた以上は記したまでである。



     4

 地上数百メートルの高度に、一機のゾ・ヴィムが浮遊していた。


 薄暗い操縦席の中、ルキロはついに画面にその光景を見る。そして、気を引き締めた。


 広大な黄色い砂の湖が見える。雲から漏れる陽光を反射し、砂粒一つ一つが輝いていた。


 カイは映像を、キーレンへと送った。その返事を待っていた。


 副画面に、一行の文字が表示された。ルキロには読めなかったが、ゾ・ヴィムの駆動音の変化からその内容は読みとれた。ゾ・ヴィムは飛行を再開した。


「さっきの残骸、なんか気になるな」


 また、ルキロは呟く。


「どこでもやっている事だ」


 汚染地帯との境目で、ゾ・ヴィムとアロ・イーグの残骸を見た。密集して六、七機。少し離れた場所に、一機。映像を拡大してみた。操縦者はみな生きてはいまい。ただ、あれが、普通の戦闘でやられたものなのだろうか。離れた一機は、正面が完全に溶けてなくなっており、残った背中側の装甲などからかろうじてゾ・ヴィムと判別できた。

 近くにあった車のタイヤ跡らしきものが、風に吹かれて少しずつ削られていた。





 レーダーはなんの反応もみせなかった。だが、視界にははっきりと映っていた。ゾ・ヴィムのカメラは確実に捉えていた。そして、二人はそれを見た。遙か低空、地面すれすれの高さを、何かが接近して来る。砂が高く舞い上り、煙のようにくもるが、すぐに砂自体の重みでそれは降りてゆく。それは、空気抵抗のない宇宙空間をでも進むかのような……彼等の常識からも考えられない速度で、近づいて来る。


「何、あれは?」


 ルキロの心臓の鼓動が早まる。

 砂煙の中を猛烈な速度で進む「それ」が、高度を変化させた。浮き上がったのである。

 一時は死すら恐れぬルキロだったが、それと襲い来る驚愕や、「未知」が本能の中から呼び起こす恐怖などの感情は、また別の次元のものだった。


 暗い。……スクリーンを、ぼやけた人のような影がふさいでいた。今まで、遥か下方にいた「それ」は、一瞬にして、ゾ・ヴィムに肉迫する距離にまで迫っていたのである。


 カイは操縦レバーを思い切り引いた。ゾ・ヴィムの急上昇により、画面は下へと流れる。重たい物を載せられたような衝撃を頭に感じながらも、ルキロは画面から目を離さない。赤い空と一緒に、見た事のない赤銅色の機体が画面下へと消える。


 カイはゾ・ヴィムの飛行能力を全開にした。ルキロには、その考えが分かった。「逃げる」だ。機体性能差を考えれば、そうする事は当然だ。


 無惨に溶けていたゾ・ヴィム。おそらくこの謎の機体が……。彼女は唾を飲み込んだ。


 最大出力。続いて画面分割率を変化させ、全方位を均等に確認できる状態にする。


「まだ、さっきのところにいるよ。攻撃して来たわけじゃないのかな」


「いや……来るぞ」


 普段眠っている機能を呼び起こす事で、ゾ・ヴィムもかなりの速度を出す事が可能だ。少なくとも最大速度はアロ・イーグを上回る。その速度により、さきほどの赤銅色の機体はものの十秒もせぬうちに豆粒ほどの大きさになった。だが、その数分の一、一瞬にも等しい時間で、豆粒はもとの巨大な姿を取り戻していた。……いや、もとの大きさではなく、そして赤銅色の姿でもない。もっと超大な、白い悪魔へと変貌を遂げていた。


「な……あれは」


「ただの巨大な炎だ。冷静に見ろ」


 巨人の中央には、さきほどからの機体の姿があった。そしてそれは、ついに攻撃をしてきた。接近をし、手を伸ばし、掴みかかってくるという単純なものではあったが、その接近する速度が半端ではない。カイが紙一重でそれを避ける事が出来たのは、ゾ・ヴィムの機体性能の良さもあったが、それ以上にカイの操縦技術、反射神経によるものが大きかった。悪魔の機体は速度をゆるめず、ゾ・ヴィムを追いこし、振り返った。


 見覚えがある……何か、見覚えがある。


 生と死の狭間での攻防中、ルキロの頭の中を何か判然しないものがよぎった。だが、横殴りの一撃が瞬時にして彼女の意識を現実世界に引き戻す。ルキロに衝撃を与え、頭部を強打させたその直接の犯人は単純な慣性の法則だったが、間接的には謎の機体の攻撃を避けるために行った彼の無茶な操縦のせいだ。おかげで命が助かったのだから、文句は云えない。赤銅色の機体は、再び、遙か後方へ……。……向き直った。動きが静止している。いや……姿はもう小さくなってほとんど見えなかったが、何かが動いていた。


「防御幕を!」


 少女の叫びと青年の動きは同時だった。ゾ・ヴィムの全身を黄色い光の粒子が覆う。同時に、機体を急降下させた。ルキロはもうシートにしっかりとしがみついていたので、浮き上がる事はなかった。本来は人の乗る空間ではないので、ベルトなどはない。


 恐ろしく大きな、うねるような光の束であった。しかも通常の光状兵器と違い、伸びるその様を視認する事が出来た。よほど密度の濃い、半ば物質化した光なのだろう。あまりの高密度のため、それを作り出す様々な物質の絶対量も少量の空間の中に凝縮されて存在する事になり、それが光の物質化と呼ばれる現象を作る。


 その光の束が上方を通過していく。避けたのだ。だが……防御幕が張ってあるし、その余波は全体から見ればほんの微弱なものであるはずなのに……防御幕はたやすく破られそうになった。カイは計器の動きからそれを一瞬で判断すると、機体を高速飛行用、地に対して完全に水平にし、防御幕を張るエネルギーのほとんどを背中側に集中させた。手が動くのがほんの少し遅かったならば、機体が溶けてなくなっていたかも知れない。


 それでも機体にかなりの無理がかかっているらしく、噛み合わせの悪くなった歯車のような、軋むような、耳障りな金属音がしている。自分達の今いるこの狭い密室。このまま、自分たちが消滅してしまうのではないか。そんな恐怖がルキロを襲った。……恐怖? 自分は恐怖を感じているのか……


「これからは何も喋るな」


 カイのその台詞と同時に、ゾ・ヴィムがさらに加速をした。機体の揺れが激しくなる。戦うつもりなど最初からなかったが、いざという時の事を考えて、戦闘力を残していた。エネルギーが機体を流れる配分を変化させ、全てを速度へと回した。通常まず見られない激しい炎がゾ・ヴィムの背中から噴き出た。機体はより激しく振動した。重力制御装置で風船のように浮く事ができるとはいえ、高速で飛行すれば空気とぶつかるという点は、地球古来の飛行機械と何も変わらない。全ての能力をただ前方への推進へと使って飛ぶが、追尾して来る物体を振り切るのにはまったく約に立たなかった。


 赤銅色の機体は、再び白い巨人の姿をとり、襲いかかってきた。……完全な、戦闘姿勢……地に垂直になり、空気の抵抗を全身に受ける強引な飛びかたで。右に、左に動き、隙をうかがい、拳を伸ばしてくる。


 敵との正確な距離、今一瞬の相対速度、機械が次々と記憶し、吐き出している敵の行動予測。計器は常に激しく変動し、動き、光り、音を出し、カイにそれを伝える。だがカイはそれに目をやる事はない。音、そして画面に映る何気ない光から、それらを漠然と読みとる。視線は画面だけに集中している。


 細かな振動と大きな揺れとが延々と続く。お話に出てくる巨人に、箱につめられたまま、振り回されている気分。鍛えてきたはずなのに、ルキロは吐き気をもよおしてきた。Gを軽減させる機能は働いているのだろうが、あまり役には立っていないのだろうか。いや、それがなかったら、どうなっていた事か。


 矢継ぎ早の攻撃。カイは素早く手を動かし、足を動かし、それに対処していく。訓練、才能、そして動物的な勘が、本来ならば数パーセントしか無事でいられる可能性のないこの逃亡劇を、ここまでもたせている。


 これが、彼らの能力なのか。それとも彼だけが特別なのか。ルキロは、あらためて、敵であったはずのこの異星人の能力を見直していた。感情のない機械、どれをとってもまったく同じ人形程度に思い、馬鹿にしてすらいたのだが、彼等は自分たちと同じ「個」というものをきちんと持っていた。少なくとも戦闘能力には個人間にかなりの差があるようだ。キーレンという男も、今までのライスカイスへの認識を頭から覆すような性格だった。冷たい機械なわけではない。表現する方法が違うだけなのだ。


 画面には、恐るべき敵の姿が、めまぐるしくその大きさを変化させている。その都度に、死の川へと流されているかも知れないこの小さな密室が激しく揺れる。

 一瞬、顔が大きく映った。また、離れる。からみあうように、両機は飛ぶ。

 残酷なまでの酷使に、全ての機器、計器が悲鳴を上げていた。飛んでいる、ただそれだけの事に、機体の耐久力が急カーブを描いて落ちてきている。何もかもがレッドゾーンを示していた。いつ、ゾ・ヴィムが空中分解を起こしてもおかしくはない。


 そうか……。脳を、鼓膜を揺さぶられながら、ルキロは心に呟いた。どこかで見た事があるわけだ。こんなところにあるはずがないから、全く考えもつかなかった。だけど、実際、ここにこれはある。これが何を意味するのか……


「ウーズィのプロトタイプ、レイ・ウーズ」


 口に出し、確認した。


「グルーグ、プロトタイプ、ゲオ・ゼオル」


 同時にゾ・ヴィムを操縦している青年も呟いていた。ばりばりと、鼓膜を振るわす耳障りな音がする中、彼らは互いの言葉を聞き逃しはしなかった。


「あとで訊く」


「あとがあったらね」


 素早く云い、すぐに口を閉ざす。それにしても、グルーグのプロトタイプとはどう云う事なのだろうか。見間違い? 似ているだけ? ジーン・ウーズィのプロトタイプと云う事は分かる。確実だ。実物を見た事はないが、資料に目を通した事はある。もう四五百年以上も昔の機体のはずだ。一般的にプロトタイプウーズィとして資料公開されているが、正確にはエクシュールのプロトタイプである。飛行能力、破壊力、機動性を持った個人用究極破壊兵器を目指して開発された。様々な地での汎用性を考慮し、人型が採用された。


 タグザムティアでは、星の歴史は政府と一部の学者たちだけの独占物になっており、公にされる事はない。だが、技術史に関しては別である。政治を知って何かを学ぶ必要はない。政府の出す優秀なテキストを学び、政府の望む精神を作り上げていけばいい。反して、技術は過去の積み重ねである。それを職とする者は知るべきである。


 攻撃は執拗だった。乗り手の事を何も考えていない。あの無茶な動きで、なぜ中の者は生きていられる? 誰が乗っている? 地球人か? 同じ疑問が二人の脳裏をよぎる。その思いが強くなるほど、ある一つの疑問への気持ちが高まる。この先には、何がある?



     5

 あいつは、戦いのセンスが皆無だ。カイは吐き捨てるように心の中で云った。いったん気付けば、もう攻撃を見切る事はたやすかった。計器の伝える反応が、同じようなリズムを繰り返している事に気付いたのだ。だが……

 ゾ・ヴィムの機体が大きく回転し、二人の身体を今までにない衝撃が襲う。カイは何とかバランスをとろうと努力した。ゾ・ヴィムの右腕が、肩から引っこ抜かれたかのようにもげ落ちたのである。空気の抵抗に耐えきれなかったのだ。続いて左腕も同様の運命を辿った。どのみち残る腕も切り離していただろうから、それはかえって都合がよかった。

 結合部から火花を散らしながら、少しだけ速度を増したゾ・ヴィムは飛ぶ。

 追ってくる……白い悪魔が……両手を広げて……もの凄い速さで。追ってくる。

 そしてルキロ達の目に……

 あらわれた。それは、空気から湧いて出現したかのように突然だった。

 都市であった。無数のビルのいくつかは、ルキロが今までに見てきたどこの星のどこの建物よりも高い。五六百メートルはあるだろうか。ビルの間を、同じく無数の、様々な太さの管が通っているのが確認できた。

 近づいていく。その都市は、ドーム状の薄黄色い靄のようなものに覆われていた。防御幕? だが、都市を覆い包めるほどの防御幕など、二人とも聞いた事がない。なにかを攪乱するための空間が、ここに生成されているのか。レーダーに反応がなく、肉眼でも、突然に飛び込んできたように見えたのは、そのためか。

 この速度で、このゾ・ヴィムの防御幕で、通り抜け、中に入る事が出来るだろうか。

 自分らの進む方向、光の壁が……ドーム状を形作るその物質の一部が、開いた。ゾ・ヴィムが楽々と通れるほどの空間が生まれた。

 追跡者は、白い悪魔である事をやめ、その炎はみるみる縮む。魔法が撃ち破られたかのように。炎の噴出がとまる事で、赤銅色の機体の動きもゆるやかになる。

 カイも速度を落とした。このままでは、あっという間に都市を通過してしまう。そして、ゾ・ヴィムは開いた穴をくぐり抜けた。……「何か」の存在するこの都市に、ルキロたちはついに到着したのだった。


 分割された画面は後方をはっきりと映し出す。追跡者も、その穴を通過していた。都市に入ってきていた。


 ゾ・ヴィムは静止した。

 静かになった。今まで酷使される機械の唸りが絶えず耳に轟いていたのだ。

 画面に映る都市も、レイ・ウーズも静かであった。


「攻撃、してこないよ」


「都市がおれたちを迎えようとしたんだ。だから、あいつも攻撃をやめた」


 ゾ・ヴィムの高度がゆっくりと下がり始める。


「もう少し調べてからのほうが」


「おれは何もしていない」


 ゾ・ヴィムは、何かに引っ張られていた。



     6

 光などまあ確かに必要ないのだが、だからといって、一人でいるといちいち消してしまうのは何故だろう。

 習性が残っているのか。

 どこに。

 「脳」にか。

 つまらない冗談だ。

 この脳なしめ。


 音がなる。

 画面を見る。

 太った男のシルエット。


「あったよ」


 とだけ云った。


「そう」


 同じく短く返す。高く、幼い声だった。


「場所は、ここだ」


 大陸北の地図が映る。北西のある一点が赤く光る。


「わかった。こちらも、半数ほど回収し、残りは、戦わせておこう。そちらのほうにも、動くようにと指示を出しておくから」


 その後、どちらも何も云わず、映像はいきなり消える。部屋は再び真っ暗になる。


 この脳なしめ


 プー



     7

「元帥代理、ここにいましたか」

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