第六章 生きているのなら、行動しろ
1
高度な文明といっても単な歴史の積み重ねであり、生身の生物が地球人に比べて桁外れに強いはずもない。そうタカをくくっていた自分達の考えを、彼等はほんの数秒後に呪う事になる。自分達は五人、しかも相手は両腕で同胞の死骸を抱え持っていた。彼等は町の自警団の者である。煙幕などを使用して、赤毛髪の少女を無事救出したばかりだ。赤毛の少女は恐怖に麻痺したのか、全く動こうとしなかった。二人がかりで抱えあげ、なんとか彼等の目の届かない場所へ逃げる事が出来た。また急追して来るのではないかと恐れたが、いらぬ心配だった。すぐさま敵軍との戦いが始まったからだ。
少女は瓦礫の上にしゃがみ込み、目もうつろで放心したように何かを呟いている。
両軍の戦闘は短時間で終了した。自警団の逃亡を助けてくれた側――の敗北だった。だが、勿論、彼等も憎むべき相手である事に変わりはない。一人がこちらに向かって逃げて来る。身を潜めて銃を構えるのは、当然の行動だった。
恐るべき相手である事は最初から分かっている。だから彼等は、声をかけて投降を求める事もせず、目配せによる合図で、いきなり発砲した。だが異星人の男……カイは、すでにその場から消えていた。うろたえている一人の首筋に横から手刀が叩き込まれた。白目をむき、倒れそうになる。カイはその男を盾にとり、悠々銃を取り出した。光弾が空気を引き裂き、そして一人の地球人の未来を引き裂いた。銃声がする度に確実に命が一つ減っていく。人質を無視して攻撃を加えるべきか、逃げ出すべきか、それとも……ほんの一瞬たりとも迷ってしまった事が、地球人達の敗北に繋がった。最後に、カイが人質にとった男が残った。カイが手を離すと、それは地に崩れた。続いて光弾がその頭部を消し去った。
カイは作業を再開した。ゾ・ヴィムの中に入ろうとする。
すすり泣くような少女の声に動きをとめた。さらさらとした赤い髪を風になびかせながら、少女が、崩れ落ちた大きな壁に腰を降ろし、両膝に顔を埋めていた。
「地球の女、そこにいると邪魔だ」
地球の女? 少女は……ルキロ・エ・ルは顔を上げた。
「タグザムティアか」
ルキロは黙っている。だが、間違いはなさそうだ。
ルキロは再び顔を沈め、両手で頭を抱えた。死んでいった地球人の顔が浮かぶ。今まで殺してきた人間の顔が浮かぶ。……アロ・イーグの銃を自分に向けたウェルの顔が浮かぶ。
何だ、この感覚は……。カイの心の中に、今までに感じた事のない何かが生まれていた。仲間と、憎しみの目を向けてくる敵……カイの記憶の中で人間と云う存在はただその二種類だけで、人々の様々な「感情」に触れる機会などなかったのである。
自分が感じている気持ちの正体が分からない事が、たまらなく不快だった。無意識のうちに体が動いていた。ルキロの頭を、容赦なく蹴りつけていた。ルキロの抵抗なく横倒しになった。その体制のままで起き上がろうとはしなかった。
「何があったか知らんが、いつまでもそばで泣くな」理性で制御できない突発的な感情と云うのは、彼等には極めて希薄である。だが、カイは今、それを初めて体験した。「生きているのなら、死ぬまで行動しろ」
何を云っているのだ、このおれは。カイは自問した。……ああ、そうか。キーレンとの問答の中で、おれの中に知らず溜っていった「何か」……それを吐き出しているのか。
「じゃあ……殺してよ」
力無く、哀願するような瞳をカイに向ける。ルキロの台詞が終わるか終わらぬかのうちに、カイの手にした銃は倒れているルキロの額に当てられていた。ルキロは初めて、薄く笑った。これからの出来事に心を運ばせている。苦しみから逃れられる。
カイは、ルキロの頭を土足で踏み、固定し、まったくの躊躇も見せず、引き金を引いた。
カイは知っていたのだろうか。……エネルギーは切れていた。
2
「敵……なんでしょ、わたしは」
「お前のようなつまらんやつを相手にする気はない。自惚れるな」
居住ビルの上階は消し飛んでなくなっていたが、下の数階は完全な状態で残っていた。
ルキロは部屋の隅にうずくまり、相変わらず惚けたような表情を浮かべている。邪魔になるから、とカイに引っ張ってこられたのだ。
カイは、何かの役に立ちそうな物を、と棚などを片っ端から物色している。作業する手を休めはしなかったが、少女に何が起きたのかをあらためて訊いた。彼なりに気になってはいたのだろう。ルキロは素直に答え始めた。もしかしたらそれで少しは楽になれるかも知れないと考えたから。自分が逃亡兵として追われる存在である事。チームの仲間であり、ある特別な仲だった若者に、射殺されかけた事。それらの事を、無意味なほどに事細かに長々と話した。聞き終えてカイは、
「……もしおれがお前達と同じ低級な生物だったならば、おそらく腹を抱えて大笑していた事だろうな」無表情に呟く。さらに表情を殺して、「そんな距離で、軍人が弾を外すかよ」
ルキロは膝を抱えてしゃがんだ姿勢のまま、横に倒れ、転がった。
ウェルハシャゲキノメイシュデシタ……
呼び出し音が鳴り、カイは腰の通信機を手に取った。
「キーレンか……」
3
闇の中に炎が浮かんでいた。大きな炎だった。ゆらゆらと揺らめいている。その中に、服やら木の破片やらが時折投げ込まれる。地に座った十数人の男たちが、炎を囲んでいる。その男たちを、さらに十数機のジーン・ウーズィが囲んでいた。
平和で賑やかだったこの町は、戦火にさらされ、時間わずかにして完全に壊滅した。
像が吹き飛び、水も枯れている噴水の、狭いふちで器用に四人ほどの男が踊る。タグザムティア北方の民族舞踊とされている踊りである。周囲の男たちが拍手をし、踊りに合わせて歌をうたう。
彼らは、目をこらせばそれと気付くほどに透明に近い黄色いドーム状の空間内にいた。上から落ちてくる枯れ葉や塵などが、それに触れるとたちまち蒸発したように消える。しゅ、と音を立てる。その小さな音はひっきりなしに続いていたが、楽し気に騒いでいる彼等の耳には入らないようだった。だが、ある音に、彼等は一斉に立ち上がった。踊っていた者たちも、腰の銃を抜いた。ある音とは銃声であった。彼等めがけて銃弾が打ち込まれたのだ。枯葉同様に、障壁に触れたそれは小さな音を立て、空気に解けた。
立て続けに銃声が鳴り響く。
地球人がいるぞ! 一人が叫んだ。障壁の向こう、崩れた壁に隠れて武装した数人の男達の姿を見つけた。彼等はのんびりとキャンプを張っている憎むべき異星人を狙い、銃を撃ちまくった。だが一発たりとも障壁を通過する事は出来なかった。逆に、兵士たちの撃ち返した光の弾丸は障壁を突き抜け、面白いように命中していく。
生き残った地球人達がみな逃げ去った後も、彼等は戦闘体勢を解く事なく、障壁を解くや否、ジーン・ウーズィへと乗り込んだ。だが、それは、地球人に追い討ちをかけるためではなかった。斥候からの通信が敵の接近を知らせたからだ。
乗り終えた彼等が、待機されていた動力のスリープを解除するのと、暗闇の中からそれぞれ六機のゾ・ヴィムとギ・グルーグが現れるのとはほぼ同時だった。そして、ジーン・ウーズィの巨体が動き出すのと、敵が攻撃を開始したのも、まったくの同時だった。ジーン・ウーズィは、レーザー銃による攻撃を避けながら、ギ・グルーグの群れの中へと身を踊らせていく。空と陸からの攻撃という敵の有利を打ち消すための当然の戦術だ。かくして乱戦が始まる。ギ・グルーグとジーン・ウーズィが刀を振るい合い、その最中、宙のゾ・ヴィムをジーン・ウーズィの銃が狙う。ゾ・ヴィムは飛び交いながらも、巧みに足場をずらしながら戦うジーン・ウーズィを狙撃する機会をうかがう。奇策の立てようのない単なる個人の技術の競い合いとなった。
ギ・グルーグの一機が、脚を叩き折られ、よろける。その機会を狙い、別の一機が、背後に回り込み、首を落とした。ギ・グルーグの胸部の扉が開き、黒づくめの格好をした男が、ジーン・ウーズィへと跳躍し、手掛りという手掛りも無い胸部扉に、その握力で強引にしがみついた。手操作で外からハッチをあけようと、ハッチの脇にある小さなカバーを引き剥がし、小さなレバーを捻った。空気の抜ける音と同時に、胸部のハッチが開いた。この間、ほんの二、三秒ほどしか過ぎていない。……結局、彼はジーン・ウーズィの中に入り込み、敵の首をあげる事はできなかった。操縦席内からの銃撃に、背中にいくつもの穴が穿たれ、最後は頭部を打ち抜かれ、彼は地へと落下した。隊長が叫んだ。
「だから操縦席狙えと云ったろう。格闘にもちこまれたら、一瞬で首もっていかれるぞ」
エクシュールは操縦者が生体ユニットとして加わって、初めて機能する。彼等と同じ脳波を持つ生物でなければ扱う事は出来ない。だが彼等が今敵としている者達は、死への運命と引き替えに自己の脳波を変えてしまう事がある。ただは死なぬ、一機でも道連れに、と彼等の常套手段となっている。別のジーン・ウーズィに乗っていた者は、すでにその方法で命を奪われていた。いや、まだ息はあるのかも知れない。だが、隊長はためらわずに、部下と敵のいる操縦席内に銃の照準を合わせ、撃った。
「あんなのが地球人より優秀だなんて絶対認めないぞ」
エイジは燃え残った建物の中から、異星人同士の戦いを見ていた。
「人は、何かを守るためだけに戦うんだ。……あいつらのは、何かを奪うためのもんですらないじゃないか。ただ狂っているだけだ」
タクはその後ろで、黙って夜食のパンを口に運んでいた。黙っているのは、単に、兄がこ難しい言葉をひっきりなしに喋っていたからだ。だが、兄がようやく口を閉ざしたため、タクは兄に話し掛けた。
「ごはん、食べないの?」
エイジは振り向いた。
「ああ。……でも、お前にみんなあげるって云ったじゃないか」
「でも、お姉ちゃんがいなくなっちゃったし……」
「いなく……ルキロはきっと……いや……そうだな。ルキロはうまくやってるだろう。……じゃ、傷みやすい物から、あとで二人で分けて食べよう」
4
空を飛ぶゾ・ヴィムの姿は、暗闇に溶け込んでいた。ただ一つ目が真っ赤に光っていた。
「何を考えてるの?」
「何がだ」
カイはルキロに一瞥もくれず、スクリーンに映る黒い空を見据えたまま。
ゾ・ヴィムの操縦席後ろの狭い空間に、ルキロは窮屈そうに体を押し込んでいた。
「敵を、こんなとこに乗せて」
「お前みたいなのは敵じゃないと云っただろう。それに、大陸北方はすべて自由に移動する権利を与えられている。敵と遭遇したら戦えばいいだけだ」
「どこにも変わり者はいるんだね」
「おれは変わり者ではない」
スクリーン脇の副画面に人の顔が映った。かなり太っている男で、鼻も口も赤くて大きい。「カイの友人」と「異端」とを自称する男、トキ・ワ・キーレンである。
「やあ、カイ。ちゃんと、その場所に向かっているんだろうね」
丸く、柔らかそうな二つの瞳でカイを見つめている。
「うるさいな。お前がうるさいから、仕方なく云う事を聞いている」
無愛想なカイだが、キーレンを相手にすると、少しばかり様子が変わってくるようだ。
少し前、ルキロはカイの通信機でキーレンと会話をした。キーレンの話術の巧みさに、ルキロは様々な事を聞き出され、喋らされていた。どうせ隠しても仕方のない事ではあったが、とにかく「異端者」キーレンはルキロに興味を覚えた。そして、ルキロの行き先に。
「カイは黙って彼女の行きたいところへ連れていってあげればいい。他の大陸に行くわけじゃないし、違反ではないんだから」
カイは鼻をならした。同時に、彼は思う。キーレンの態度はいつもと同じ、相変わらずの変人だ。ただ……やはり、何かが違っている。演技のように思えてならなかった。気のせいかも知れないが、何かまとわりついている空気が違っているような気がする。
キーレンは、スクリーンの中でいそがしく舌を回し続けている。
「……そうだね、ルキロ。確かに我々の星と、地球とは文明の共通点はかなり多い。例えば、地球に昔あった自由の女神、あれと同じような物が、我々のところにもあるし。……接触があったのは確実として、どっちからどっちへ、それはいつ……という事だね……」
「ウソ偽りのない我々の歴史に、記録されてないわけがあるものか。地球との関係だと……くだらん。こんな下等な惑星が……」
カイが言葉を挟む。
「ウソ偽りだらけなんだよ。きっと」
ルキロはけだるそうな表情のまま、横目で黒い空を見ていた。
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