第五章 北西二千五百キロ

     1

 ルキロは初めて目にする「地球の青い空」に驚きを隠す事が出来なかった。エイジがトラック修理の部品を買いに行っている間、近くの岩に腰を降ろし、何もする事なくついうとうととしていたが、ふと気付くと頭上一杯に青い空が広がっていたのだ。常にどんよりと灰色の雲に覆い尽くされ、そこから覗く空の色も弱々しい赤い色だったのが、一体どうなっているのだろうか。

「うわあ」とそれだけ云うともう紡ぎ出す言葉を口が忘れてしまい、役目を失ったその口はただ開いたまま素頓狂な顔のまま、天を見上げているばかりであった。


 曲がりくねった狭い道の途中で、急にトラックの調子が悪くなり、動かなくなった。前々からおかしいと思っていた部品が原因だったようで、エイジは徒歩でその部品を買いに出かけた。道は緩やかな傾斜になっており、眼下には街の景観が広がっている。そこはエイジたちがよく訪れる「麓の町」ではなかった。すでに彼等の「町」は南東遥か数百キロの彼方にあった。


 「その都市へ行ってみよう」と云い出したのはエイジだった。自分自身の好奇心もあったが、それ以上に、ルキロの心を助う手伝いがしたかった。トウジは気が抜けるほどにあっさりと、承諾してくれた。「仕事が手につかないほど気になる事があるんなら、とっとと行って、とっとと帰って来いや。そのかわり、あとで倍働いてもらうぞ」と。


 当然、今のエイジが知るはずのないことだった。

 自分達に、あのような恐ろしい運命が待ち構えている事など。


 買い物に行っていたエイジが、いつの間にか戻って来ており、ルキロの顔を見てくすくすと声を漏らしていた。ルキロはちょっぴり恥ずかし気な色を見せ、軽く笑う。


「部品買ってきたよ、すぐに修理するから」


「うん。わたし全然わからないから。でも何か手伝える事があれば云ってね」


「ありがとう。ま、おれ一人で大丈夫だよ」


「……ねえ、エイジ、この空の色って……」


「本来地球が持っていなければならない、本当の空の色だよ。何かの風の具合で、低空の汚れた空気が飛ばされる時がある。目に見える大きな汚れが消えて、光の屈折率が変わるから一見綺麗に思えるだけで、危険な菌を沢山含んだ空気に変わりはないんだけど」


「でも、ほんとに綺麗な色だよね、青い空なんて。そうか、昔はこの見た目と同じように、実際も澄んだ空気だったんだ」ルキロの楽しそうな顔が、次第に寂し気なものになっていく。「……でもそんな環境で生きる権利を地球人は自ら放棄してしまったんだね」


「そうだね。でも人類が驕慢な心を抱いたりしなければ、いつかはもとに戻るよ」


「驕慢な心を抱いたりしなければ……」


 ルキロは少年の言葉を反芻してみる。


「ルキロの星はどんな空なの」


「ここのいつもの空とあまり変わらない。赤くてばかでっかいけど弱々しい太陽が輝いている。わたしが幼い頃にいた居住区は、夜になっても太陽の頭が出ていて陽が暮れないんだ」


「ふ~ん。どんなとこなんだろう。ここと全く違う生活なんだろ」


 ルキロは頷く。勿論彼女が地球で経験した短い記憶との比較でしかないが。


 どちらからともなく黙ってしまい、二人はずっと空を見上げていた。風向きが変わり、段々とまた赤い空へと戻っていった。


「ルキロ」


 寂寞を破ったのはエイジの声だった。


「ルキロっていま何歳?」


「……どうしたの、いきなり変な事を聞いて」


「いや、ちょっと気になってさ。別に、答えたくなければいいんだけど」


「二二だよ」


「にじゅうに? えっらく若く見えるんだなあ。星が違うからしょうがないのかも知れないけど。……なんだぁ。凄い離れているなあ、ちぇっ」


「何よ、その顔は。……それじゃ、エイジはいくつなの?」


「十六」


「じゅうろく? え、まだ子供じゃない」


「失敬な」とエイジは憮然とする。


「違う違う……十六なのに、体が大きいから……メルリカよりちょっと上なだけなのに随分と……」


「普通だけどなあ……待てよ、あの幼女よりちょっと上? ……ルキロ、地球時間とはまた違うんじゃないか?」


「あ、そうか。そうだね。他の星の人間と、年齢の話なんかした事ないからすっかり忘れてた」


 資料で学習していた地球の時間を計算し、暗算で自分の地球での年齢を割り出してみる。


「……十七年と……六十二日」


「十七。……そっか。一歳上なだけか。おれも来月で十七だから、ほとんど変わらないね」


「だからさ、さっきからなに年齢なんか気にしているの。変だな、地球人て」


「ルキロ、好きな人いるか」


「ちょっと何? 調子狂うな、もう。……リーアックのみんなも、あとエイジ達も好きだよ……」


「その好きじゃなくて。なんていえばいいんだ……愛してる奴はいるの」


「だから、みんな愛してるって」


「うわぁ、言葉の感覚が全く違うのか。……じゃあ、け、結婚したい奴はいるの?」


「いるよ」


 即答だ。


 エイジの内部で何かがガラガラと音を立てて崩れていく。


 がっくりとうなだれながら、なんだかんだとさらに質問を続ける。


「結婚……したいだけ? かたおも……ルキロがしたいと思ってるだけとか」


「タグザムティアに帰ったら、結婚する予定だよ」


「えぇ、いったい誰とさ、っておれが知ってるわけないか。ほ、ほんとにほんとなのかよ」


「わたしは物心ついた頃にはもう親がいなくて、その人の家で育てられたんだけど。その両親の考えでね。……でも、わたしもその人の事、思っているし」


「そうだったのか……畜生め」


「本当にヘンだよ、エイジ。どうしちゃったの?」


「そんな、いたぶるような台詞はやめておくれ」


「だから、何がなの? はっきり云ってくれないと、全然分からないじゃない。……地球人てみんなこんななのかな、それともエイジがとびきり変わっているのかな」


 エイジはため息を吐いた。

 異星人だから仕方ないのか。

 それとも、ルキロは自分の星でもぶっちぎりトップレベルの鈍感娘なのでは。……そうに違いない。


 遠くに、犬と遊ぶ子供の姿が見えた。ルキロはそんな光景を楽しそうに見ている。


「ルキロ……」


 エイジの口調が突然あらたまった。


「なあに」


 振り向くと、エイジの顔がすぐ間近にあった。


「そんな近くに寄って、どうし……」


 小さく開いたルキロの唇を、ゆっくりとエイジの唇がふさいだ。

 ルキロの目が大きく見開かれた。そして、力抜けたように細められ……沈黙が訪れ……全てが静止した世界のまま、少し時が流れる。再び目が大きく開くと同時に、鋭い叫び声が雷鳴のように静寂を破った。


「馬鹿!」


 ルキロの右拳による一撃がエイジの頬に炸裂。エイジの肉体を刹那に襲う一種の反重力作用に、彼の肉体は軽々と宙へ舞った。空中で不自然な体勢となったところで、重力が正常に働き始めた。エイジは後頭部を地面に強打した。強烈過ぎる激痛に呻き声をあげる事すら出来なかった。


 あまりの痛がりように、ルキロも少し気の毒に思わないでもなかったが、彼女の心の中は、それ以上に彼への怒りの占める割合のほうが大きかった。ルキロの真っ赤な髪の毛と同じくらい、その顔も真っ赤になっていた。彼女らの習慣では、婚前では軽い口づけすら許されていないのだ。あくまでもそのような風習が美徳とされていると云うだけで、誰もが守っているわけではないのだろうが。



     2

「ルキロ、まだ怒ってる?」


 車の修理は無事終了したものの、揺れの酷さは相変わらず。ルキロの顔色も相変わらずだった。


「怒ってる」


 ルキロはずっと窓の外に視線をやったまま。エイジの方などこれっぽっちも見向きもしない。


「どうすりゃ許してくれんのさ」


「今考えてる」


 エイジはカーラジオのスイッチを入れた。特権階級だけが持てるテレビと異なりラジオは大衆に広く普及している。ただ番組の内容が気のきいた音楽ではなく、今回の侵略に対して地球側の提示した条件等のやりとりに関するものだった。エイジはすぐにスイッチを切ってしまった。つまらない番組というのもあるが、それだけではない。何か、妙な音を聞いた気がしたからだ。


「ねえ、ルキロ、何か変な音がしないか」


「わたしの隣から変な声は聞こえるけどね」


「そういうイジワル云うなよ。……ほんとに変な音が聞こえたんだってば」


「別に何も聞こえないよ」


「気のせいだったのかなあ」


 突然背後で何かを引っ掻くような大きな音がした。


「やっぱり気のせいじゃない!」


 もう原価償却のとっくにすんだ、壊れかけたエンジンのたてる不快で大きな音にも消される事なく、今度はルキロにもはっきりと聞き取る事が出来た。引っ掻くような音から、何かを激しく叩く音へと変わった。その叩きかたは次第に激しさを増していく。

 荷台に誰かが乗っているのだ。エイジはトラックをとめ、後ろへと回った。荷台には誰の姿も見えなかった。エイジは上へとあがり、荷物を一つ一つ点検し始めた。仕事に使う道具は降ろしてこなかったので、食料、衣料の替えなどを含め、荷物はかなり多い。だがしらみつぶしに調べる必要などはなかった。衣料品の入ったトランクが横になっている。それが細かに揺れだし、引っ掻く音がその中から聞こえてきた。エイジは恐る恐るトランクを開けた。いや、留め金を外した途端、それは弾けるような勢いで勝手に開いた。


「ひどいや、兄ちゃん」


 小さな男の子が飛び出し、それだけ叫ぶと、喘ぐように大きく息をしはじめた。


「タク。……お前、何やってんだ」


 体の力が抜ける。


「……これくらい離れていれば、もう戻される事もないと思って、トランクから出ようとしたら、開かないんだもん。だんだん苦しくなってくるしさあ」


「留め金外れてりゃ閉めるわい。スカスカのぼろトランクでなければ、お前今頃、天国をドライブしてたぞ」


「ごめんね。……でももう、ここまで来れば、帰らなくてもいいよね。歩いて帰れるはずないし」


「いや。家に戻ってもらう。道が遠かろうと何だろうと、たとえ地球の裏側だろうと」


「ええー」


「それが嫌なら、一つ云う事を聞くか」


「聞くよ」


「……しばらくの間、ルキロの御機嫌取りをしろ」


「何かやらかしたの?」


「うん」



     3

 次の町でも物資の補給に立ち止まった。食料は沢山あったはずなのだが、三人目の出現で完全に予定が狂った。エイジ発案ルキロの御機嫌取り作戦が予想以上に効果をあげ、縮こまっていたタクが逆に調子に乗って、美味しい食事を要求しだした事が大きな理由であった。


 町の中央の広場は広く、ささやかだが様々な出店があり、見ていて飽きない。

 ルキロとタクはベンチに腰をかけ、話をしていた。


「へえ、来年から? 町の学校? 行けるんだ。よかったね」


「うん。……兄ちゃんが、父ちゃんに云ってくれたんだ。仕事の手伝いをもっともっとたくさんするから、タクを学校に行かせてやってくれって」


「エイジが……」


「兄ちゃんさ、今どき珍しくすっごく勉強が好きなんだ。いろいろな事を知るのが、楽しくて仕方ないみたい。小さい頃、今の時代は学問なんてお金になんかならないんだぞ、ってどんなに父ちゃんに云われても、それでもいいから学者になるんだって云い続けてたんだって」


「で、なれたの」


「なってない。兄ちゃんまだ十六だよ」


「あ、そうか」


「……結局さあ、学校にも行けなかったし……たまに友達の家で本を読んだところでそれで学者になれるわけもないし……体も大きくなって、家の仕事も覚えていって……だから、ますます時間がなくなっていって……」


 ルキロは空を見上げた。ついちょっと前まで、空一面に広がっていた青々としたカーテンは、今やまた再び本来の淀んだ赤い色に変わろうとしていた。


「結局、それっきりになっちゃって……だから、余計にぼくには学校へ行って欲しいらしいんだ。別にぼくは学者になるわけじゃないのにね」


 ゆっくりと、空から地上へ視線を落とす。すると、向こうから両手にカゴを持ったエイジが歩いてきた。


「食料たくさん買い込んできたぞー」


「エイジ……」


 ルキロはベンチから立ち上がる。エイジのほうに歩み寄る。


「なに……」


 エイジの両肩に手を置いて、一言、


「許す」


 しばらくの間、エイジはポカンとした間抜けな表情をしていた。やがて、ゆっくりと丁寧に荷物を地面に置くと、途端に激しく踊りだし喜び始めた。


「やったぞ、タク。お前のおかげだ。今日の食事おれの分も全部やるよ」


 タクを抱き締めて喜んでいるエイジを見て、ルキロも声をあげて笑った。


「ほんとに、変なの。エイジったら」


「でも燃料は高かったから買わなかった。次の町に行ってからにしよう」


「不便だね。燃料とか補給とかって」


「どうして? ルキロたちの乗り物は燃料いらないの?」


「補給は必要ないよ。内部で作られるから。激しい運動させたり大出力の兵器使ったりしない限りは、その場で次々作られるので十分に間に合う」


「ふーん。地球にも、リトルバン発電池とか呼ばれる無尽蔵にエネルギーが作り出される電池があったらしいけど……」


「へえ。……でも」ちょっと間をおいて、「本当にいいの? 二人とも。こんなところまで……」


「大丈夫。おれが好きで始めた事だし、親父にだって断ってきているんだから。タクが来てしまった事に関しては、帰ったらぶっとばされる事はカクゴしなきゃならないけどね」


「まー、ぼくが兄ちゃんと一緒に謝ってあげるからさ」


「お前が謝るのは当たり前だ。偉そうに云うな……どうしたの、ルキロ」


 すでに空から青色は完全に消え去っている。赤い空を、どんよりとした黒い雲が覆い隠している。ルキロはそんな上空を見上げていた。何やら不自然な薄暗さを感じ、エイジたちも空を見上げた。雲の下に巨大な船が見えた。その下に小さな(その巨大な船に比べてだが)船が何隻か浮いており、その船の周囲を無数の黒い影が舞っている。


「始まった……」


「始まったって……まさか、タグザムティアとライスカイスの二度目の……」


 真上にある戦艦はライスカイスのゴ・スィッグ。その中から、輸送艦ガ・ガーヌや、人型兵器であるディオの姿が見える。輸送艦はおそらく陸戦用ディオであるギ・グルーグを搭載しているのだろう。地上を目指しゆっくりと下降してくる。

 空中を青い光の筋が走った。その線の先を追うと、何やら人の形のシルエットが見えた。

 ルキロはアロ・イーグの姿を確認した。その周囲、後方に注意を向けた。雲の隙間から見え隠れするタグザムティアの戦闘艦シル・カルの姿があった。輸送艦ガ・ガーヌは、その真下の山林や渓谷へと降りてゆく。


 爆発が起き、地響きを感じた。このすぐ近くだ。建物の向こうにジーン・ウーズィの上半身が見えた。ルキロ達のいる広場に、ギ・グルーグが背を向け、飛び込んで来た。


 町の人々は一瞬の混乱の後、一斉に逃げ出し始めた。店を出していた者たちも、それを捨てて避難を始めた。ギ・グルーグの出てきた通りから、さらにジーン・ウーズィが一機、また一機とあらわれた。数の上で完璧に劣勢となっているギ・グルーグは、起死回生の策とでも考えたか、巨体にみあわぬ高い跳躍をみせた。ジーン・ウーズィの群へと飛び込もうとする。だが、ジーン・ウーズィは一機たりとも遅れる事なく、銃をギ・グルーグへと向けた。黄色く輝く光の一閃。ギ・グルーグへの攻撃は操縦者の乗っている胸部を集中した。ギ・グルーグは空中で爆発した。


 その爆音が人々の恐怖をさらにあおった。口々に意味の滅裂した叫びを発しながら逃げていく。逃げずに頑張り家族を探し求める者もいた。大混乱の中、さらに光線が走り、建物が破壊され、燃え始める。戦いに適度な空間を発見したからか、それともコロシアムの勇者になったつもりなのか、次々と円形の広場にギ・グルーグとジーン・ウーズィの姿があらわれ始めた。

 ほんのわずかの時間で、ここ一帯は炎の燃えさかる大戦場となった。


「なんで、こんなとこで戦うんだ。ムチャクチャだ」


 エイジはぼやきながらもタクの手を引いて走った。路地に入った場所に駐車してあった車に乗り、キーを差し込む。タクが、続いてルキロが乗り込んだ。


「わざとしているわけじゃないんだろうけど、迷惑を全然意識していない事は確かだね」


 ルキロは複雑な表情を浮かべている。


「歩いてて蟻を踏みつぶすようなもんか。でも、変だよ。だって、地球を支配したいんだろ。なんでこんな神経逆撫でするような事するんだ。町を、ちょっと避ければいいだけじゃないか。……そもそも、みんなが何度も云ってる事だけど、なんだって地球で戦うんだ。……くそっ、エンジンがうまくかからない。ポンコツめ」


「命令系統が統一されていないのか……それとも、すべて誰かの考えなのか。……とにかく、この戦いには意味なんてないんだよ。地球の人たちみんな云ってるよね、ゲームの戦争だ、と。本当にこれは、誰かにとって文字通りのゲームなんだ」


「誰にとってさ」


「分からない。地球の支配と云う表向きの発言、一部の者は真剣に考えているのかも知れない。その人間がこの戦いを考えたのなら、少しは納得がいくんだけど。過去に色々とやらかしているから辺境にもかかわらず地球は知られているんだよ。地球人粛正を考えているのなら、先に恐怖、混乱を与えておくのは統治という戦略上全くの無意味じゃない。でも、そんな連中じゃなくて、もっと上に……誰かいそうな気がする。でもそれが、どこの誰なのか……」


 聴覚が捉える情報のほとんどを、炎の燃える音が支配していた。渦をまくように低く、聞いているだけで体が燃えそうになる。その音に、女の大きな悲鳴が加わった。ルキロたちのすぐ近くのビルにも炎は魔手を伸ばしていた。その前に若い女が一人、おろおろと建物を見上げている。上階の窓から二人の子供が助けを求めていた。入り口は完全に炎に阻まれており、助けに入る事が出来ないでいた。


「エンジンかかったら、先に行って待っていて。すぐ追いつくから」


 ルキロは車を降りた。


「おい、ルキロ」


「ここは危ない。早く行って!」


 ルキロは走り出す。

 女のもとに駆け寄ると、


「二人はわたしが助けるから、安全なところに逃げて」


 壁の前に立ち、真上へと跳躍した。驚くべき跳躍力で、楽々と二階の窓の枠に手をかけた。熱気に手が焦げそうで、苦痛に顔を歪める。様々な重力下での戦闘を想定したトレーニングの成果は地球の重力に対しても有効だった。体を引き上げ、その勢いでさらに跳ぶ。身を縮め、回転しながら建物内に入り込んだ。階段の踊り場に着地した。


 自分は何をしているのだろう。炎の熱気を肌に感じ、炎の音をその耳にしながら、ルキロは冷静に考えていた。どうも自分は地球人に対して何かの特殊な思いを持っているようだ。エイジ達に助けられた、仲良くなった、という事とは異なる気持ちのようだ。だがそれが何なのか、自分でもわからない。何なのかわからないままに、とにかくそれは重く、辛く感じるものだった。こんな事をしていく中で、少しでも軽くなっていくのだろうか。


 ルキロは階段をかけのぼっていく。

 自分は何をしているのだろう。再び自問した。そしてその心のもやもやを吹き飛ばすように、強引に素早く答えを導き出す。やりたいからやっているのだ。子供たちが危険だから……助けたいからこの階段を登っているのだ。地球もタグザムティアもない。



     4

「熱い、熱いよ、お兄ちゃん」


 ビルの一室。ユカは兄、コージに抱き着いた。恐怖による震えが肌を通して伝わってくる。


 階下は炎に包まれており、もう降りる事はできない。運動能力の優れた大人ならば何とか飛び越えられるかも知れないが、まだ幼いコージとユカにはとても無理な事だった。


「ごめんな、ユカ、ほんとにごめんな」


 コージは妹の頭に腕を回し、ぎゅっと抱き締めた。


「お兄ちゃん、高いところのほうがシンリャクシャがよく見えるからなんて、引き返して来るんだもん」


 コージの胸の中の、妹の声は弱々しかった。すでに体力、精神力を消耗し尽くしていた。


「ごめん。……ほんとうはな、これを取りに来たんだ」


 コージは、つい握りしめてくしゃくしゃにしてしまった写真を広げた。


「お父ちゃんの……」


 家族四人が写っている写真であった。お世辞にも美男とは云えず、体型も少々肥満気味の、しかし優し気な顔の男が、まだ赤ん坊のユカを抱いている。


「これしか、写真ないんだ。これがないと、家族三人になっちゃうんだ。いやだろ、そんなの」


 妹は頷いた。


「そうだ……あと、あれがあるよ」


 ユカは弱々しい足取りで兄から離れると、窓際にある机の一番上の引き出しを開けた。丸まった紙切れを取り出し、広げた。様々な色の鉛筆で、何やら人の顔らしき絵が描いてある。輪郭は非常に歪んでおり、目や口なども顔からはみ出していた。


「兄ちゃんが、ちっちゃい時に描いた、お父ちゃんの絵」


 ユカは嬉しそうに微笑んだ。その時……。室内をまばゆい閃光が襲うのとほとんど同時に……。爆音と同時に……。ユカのいた側の壁が吹き飛んだ。衝撃はコージの体をも襲った。体がねじまげられ、無数の見えない手に突き飛ばされる。薄れていく意識の中、ユカの叫びを聞いた。反対側の壁に叩き付けられ、完全に意識を失った。闇に包まれた。だが、その痛みにより、すぐに意識は回復した。……まだ夢の中にいるのだろうか、視界は暗澹としていた。……むせた……煙が充満していたのだ。


「ユカ!」


 叫んだ。

 視界のろくにきかぬ中、一歩踏み出した途端、何か柔らかい物に躓きそうになった。ユカの体だった。ぐったりとして、動かない。口と耳から血を流していた。コージはその体を抱き起こし、名前を連呼しながら激しく揺さぶった。だが、何度名前を呼んでも返事はなかった。それでもコージは名前を呼び、体を揺り動かすという以外に出来る事を知らなかった。


 煙に咳き込む女の声。だが、それはユカの声ではなかった。ドアが開いた。そこには、ルキロが立っていた。








「コージ」


 母親はコージの姿を見て、驚きと歓喜の入り交じった表情で叫んだ。子供達が手を振って助けを求めていた部屋に流れ弾が直撃したのを見た時は、ショックのあまり気を失いかけた。だから、赤毛の少女の後ろに、自分の息子の姿を認めた時は、あまりの嬉しさにどんな表情を浮かべればよいか分からないほどであった。だが……少女に抱かれた我が娘を見て、その表情は凍りついた。


「ユカ……まさか……」


「ごめんなさい。わたしが着いた時には……もう……」


 赤毛の少女はうつむいたまま、どこに視線をもっていけばいいのか困っていた。


 母親はユカの体を受け取り、抱きしめる。もしやと云う思い、希望が完全に崩れ去った。目に涙を浮かべながら、ルキロに御辞儀をした。またユカに視線を落とすと、力なく呟いた。


「神様……わたし達が、何をしたというんですか」


 ルキロは黙って立っているしかなかった。



     5


 彼等は、侵略者達が互いに潰し合うのを待っていたのだろうか。その小規模な白兵戦が終了し、勝者側ジーン・ウーズィの姿が数体だけとなった時、それは始まったのだった。


 一体のジーン・ウーズィの頭部が小さな爆発を起こし、カメラアイを覆う硬質ガラスが砕け散った。

 操縦席内のスクリーン映像は、ヒビが入ったように不自然に分割されていた。その映像に映っている人々は、ウーズィに対しあからさまな敵意をむき出しにしていた。対戦車砲等で武装した地球人達だった。三十人ほどの大人数で、この場ではあまり役立ちそうもない迫撃砲や、さらに役に立たなそうな機銃を持っている者もいた。服装はまちまちで全く統一感がなく、中にはヘルメット替わりに頭にナベをかぶっている者までいた。

 町の自警団が攻撃を開始したのである。彼等全員の火器が一斉に火を吹いた。だが対戦車砲の直撃をもってしても、ジーン・ウーズィの装甲にかすり傷程度の損傷しか与える事が出来なかった。指揮者の命令により、頭部のカメラにターゲットが変更された。人間の目の位置にあたる部分だ。だが、その攻撃のほとんどは、カメラどころか頭部にすら擦りもしない。まったく訓練されていない者の技術だった。……結果的には、それを自覚していたからこそ、彼等の大半は命が助かったのだが。


 反撃を受ける前に、彼等はとっとと逃げ出し始めた。予定していたようにバラバラに霧散し、それぞれ細い路地、ビルの中などに入って行った。だが……ジーン・ウーズィは彼等を追った。路地に人影を見るや発砲し、彼等の入っていったビルに乱射した。光のシャワーが地面に降り注いだ。ビルの壁を突き破り、腕を突っ込み、手当りしだい中の人間を捕まえ、捻り潰した。ビルごと破壊し尽くす破壊力である。その中には、あきらかに関係ないと分かる女や子供も混ざっていた。血や脳漿で薄汚れた悪魔の手は、さらに次の獲物を求めて動いた。手を上げて投降してきた者もいるが、光に包まれた次の瞬間にはその者の肉体は空気に溶けて、風に流れていった。







 ルキロはコージとその母と一緒に、小高い丘の向こう目指して進んでいた。

 ルキロはまたユカの躯を抱きかかえている。丘の向こうにコージ達の父親が埋まっている墓地があるとのこと。そこに向かっていた。背後に激しい戦闘の音を聞いていた。両軍の戦いだ。彼等の戦いの結果などにルキロの興味はなかった。自分の星へ早く帰りたい気持ちに変わりはなかったが、こんな戦いにはもう加わりたくなかった。命令だから、軍人だから、という理由で魂さえも投げうたなければならないのなら、軍人でなどいたくない。


 音がとまった。戦闘が終了したのだ。だが、続いて風が運んできた音は、なにやら異質な匂いを含んでいた。この音は、エクシュールとディオの戦いではなかった。

 ルキロは振り返った。そして彼女は眼下に展開する光景を見るのである。町は光に、続いて炎に包まれた。光、炎、風、震動、それら全てが一斉に、人々の魂を餌食に求めて触手を伸ばし出した。さきほどのエクシュールとディオによる戦闘の激しさなど非ではなかった。町全体が炎上し始め、建物が次々と崩れていく。人々の断末魔の絶叫が届いきた。


 コージも足を止め、自分の暮らしてきた町の運命を目に焼きつけていた。

 ルキロの体は震え始めた。それでも目を逸らさず、両軍の残虐な行為をじっと見ていた。地球人達が死んでいく姿をじっと見ていた。全身の震えがさらに激しくなる。特に脚の震えが酷く、立っているのもやっとなほどだ。かつて味わったことのない絶望的な感覚。ルキロは耐えた。辛かったが、目を逸らしてはいけないと思った。これが、自分たちの種族なのだ。


「タグザムティアは宇宙の誇り」


 かつてエクシュールの教官が云っていた台詞を小さく呟いた。口に出す事で、そんな言葉を自分の中から捨ててしまう事が出来るのなら、いくらでも絶叫していただろう。

 眼下の映像を網膜に、そして記憶に焼きつける。絶対に……忘れない。ルキロは思った。



     6

 それは暗闇であった。正確には暗闇という概念すらもない。ただひたすら「無」である。「無」を示す、「00」のデータが連なるだけの、そこは宇宙であった。

 ときおり青白い光が輝くが、眠りにでもつくかのように、一瞬にして消失する。「無」に戻る。延々と、ただそれだけを繰り返していた。あちらで輝いたかと思うと、今度はこちらで、といつまでも繰り返していた。また一つ輝いた。だが、今度はその光は、なかなか消えなかった。いつまでも輝いていた。


「……」


 なにやら、意志を持っているもののようであった。


「……」


 もう一つ、青白い光が輝いた。

 もう一つ。もう 一つ

 一瞬にして、そこは星の海とかした。


「来ているようだな」


「来ているな」


「近いか」


「近いな」


「我らの蒔いた種か」


「そうだ。我らの蒔いた種だ


「そして、あれが……」


「ああ。一つ……いや、二つか、戻って来ている」


「見つけられはせぬだろうか」


「さて。とにかく、この場所はあれのメモリーからは外しておいたがな」


「やつの生まれた場所をな」


「やつの造られた場所をな」


「映像の断片だけを残してな」


「今、探っておるようだぞ」


「まったく、無邪気な事だ」


「やれやれ。では、消えるか。……おやすみ」


「おやすみ」


「おやすみ」


 輝きは一斉に、瞬時にして消えた。また、闇という概念すら持たぬ闇が戻った。


 000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000…………



     7

 建物の残骸がうず高く積もっている。ここは一時間前まで、平和で賑やかな町であった。

 ユカの埋葬を手伝ったルキロは、親子と別れ、町に戻ってきていた。


「まいったな。……エイジ達、どこにいるんだろう」


 地図があたまに入っているつもりもあり、先に進んでいてなどと云ってしまったが、冷静になってみると、さっぱり方向感覚がわからない。

 崩れ落ちたビルの残骸により通る事が困難になった道を、岩を登る感覚で進んでいく。どこに行ってもこのような調子で、いい加減うんざりとしてきた。


 エイジと待ち合わせる場所を指定していなかった。この町からは道は幾本も伸びており、あちこちをうろうろと徘徊したが、結局、この町で待っているのが一番確実かも知れない、と考えた。

 ここらで一番高いと思われる瓦礫の山に登り、周囲を見回した。意外と近くにいるかも知れない。

 だが、エイジたちの姿を見つける事はできなかった。かわりに発見したのは、こちらに向かって飛んでくる四機のアロ・イーグの姿だった。


「また戦いか……」


 ルキロはため息を吐いた。近くにアロ・イーグの敵となるだろうギ・グルーグの姿を探した。巻き添えをくってはたまらない。しかしどうやら、この周囲にはいないようだ。ルキロは、近付きそして遠のいていくであろうエクシュールの飛行の軌跡を黙って見つめていた。

 何かおかしい……

 アロ・イーグは近付いてくる。そしてルキロは理解した。四機のうち一機は隊長機であるレ・アロ・イーグ。一機は腰の両側に刀を釣り下げていた。一機は背中に長大なライフル銃を帯び、一機は装甲をほとんど取り外した超高速仕様。普通の編隊は統一された機体のカスタマイズが行われているはずなのに……今ルキロが目にしている編隊は、あまりにもそれぞれが個性を主張し過ぎている。そんな連中を、ルキロは「他に」知らない。四機のスピードが落ち、下降を始めた。ルキロを取り囲むように、着地した。


「リーアック隊……」


 ルキロは確認するかのように、小さな声を出した。機体の左腕に、青い稲妻のようなマークが見えた。もう、間違いはなかった。しかし、この空気はなんだろう。ずっと、戻りたいと思っていたはずなのに、また、彼等に会いたいと思っていたはずなのに、嬉しいはずなのに……この張り詰めたような空気はなんなのだろう。……どこから来る? この緊張は……


「ルキロ……」


 隊長タゲンの野太い声が、拡声器から聞こえてきた。懐かしい声だった。


「本当にルキロだったのか」


 タゲン同様に懐かしく……そして、今もっともルキロが聞きたかった声……


「ウェル……。なんで、ここが……」


「さっきここで、戦いがあっただろう。ウーズィのマイクが拾った君の声らしい音を……たまたま通信兵のレクンが聞いていて、教えてくれたんだ」


 そう云うウェルの声は暗く沈んでおり、少しも喜びが感じられなかった。


 いつの間に寄ってきていた四機のジーン・ウーズィがそれぞれアロ・イーグの間に立つ。


 銃を地面へ……ルキロへと向けた。


「突然の命令だったんでな……正直、おれもうろたえている」


 タゲンの震える声には怒りや動揺が込められていた。


「チームの人間が見つかったらしいから、そちらに向かう、って云ったんだよ。……そしたら、すぐに上から命令が来た。……捕らえろ、と」


「捕える……って」


 ルキロの目は驚きに見開かれる。


「お前、首の……除去したろ。……敵対行動になるんだとさ。それともう一つ、逃亡罪だ」


「……違う! 逃亡なんか、していない」


 ルキロは叫ぶ。


「おれに云い訳をしても仕方ない。おれはお前を捕らえろと命令されただけだ。……逆らったら、おれたちまで罪人だ」


 逃亡罪と反逆罪……重罪である。それぞれの罪だけでも、捕えられて自由の身になれた者などルキロは聞いた事がない。噂でしかないが、大半は死刑かそれに匹敵する重罰と聞いた。ルキロは自分がそこまで罪に問われるような事をしたとは思っていないし、申し開きようなどはいくらでもある。だがルキロには、そんな事よりも、今やっておきたい事があった。

 八方を塞がれ、どこにも逃げ場はなかった。ルキロは歯噛みした。そして次の瞬間、それは起きた。……ルキロの精神を絶望の底に叩き込んだ、信じられない事が。稲妻のような、青く激しい閃光を感じた。同時に浮遊感を覚えた。足下の瓦礫が突然に消失したのだ。自分の体がゆっくりと落ちていったのは、反重力が働いたためではない。彼女の中で、一瞬、時が静止してしまったからだ。できたばかりの五十センチほどのくぼみにはまり、ルキロは尻餅をついた。


「ウェル……まさか……」


 ウェルの乗っているはずのアロ・イーグが、銃をルキロに向けて構えていた。ライフルは背中に回したまま。どのアロ・イーグの腰にも装着されている短銃だ。再び稲妻が光った。立て続けにそれは撃たれた。ルキロの頭上をかすめ、両脇の瓦礫がえぐられた。激しい熱波がルキロを襲うが、彼女の神経細胞は情報伝達という本来果たすべき義務をすっかり怠っていた。


 地球人の少女をいたぶっている狂人とでも考えたのだろうか。町の自警団の生き残りが、自分が瓦礫の下に埋もれている事を利用し、見えない位置からウェル機に向けて、対戦車砲を放った。左肩に被弾し、アロ・イーグはよろけた。すべてのエクシュールの顔がそちらを向いた。と同時に全てのエクシュールは背中から激しい砲撃にさらされる事になった。対戦車砲、迫撃砲、様々な火器が、様々な音を立て、四方八方からエクシュールに炸裂する。煙幕弾が投げ込まれ、視界がきかなくなる。さらに、重火器による攻撃は熾烈になっていく。それでも、エクシュールの装甲に傷をつける事はできなかった。だが、それはそれでいい。煙が晴れた時、そこにルキロの姿はなかったのである。





「逃げられたか」


 ウェルが淡々と、かつ演技めいた不器用な口調で云う。


「逃がしたんじゃないの」


 ノウヤンがうそぶく。


「……ウェル、どうして発砲したんだ」


 タゲンがただす。


「どうせ……また、見せしめのために、と処罰されるんじゃないんですか。前も、いたじゃないですか。……だから……それならば、せめて自分の手で、と思いまして」


「まったく。おい、お前ら」タゲンはジーン・ウーズィに乗っている者たちへ、通信を入れる。「見たな。命令通りルキロを捕らえようとしたが、地球人の邪魔が入り取り逃がした。ルキロを同胞と勘違いしたのか、本当にルキロが我々を裏切ったのか、それはおれ達にゃわからん」


 ツーは胸部扉を開けた。外へ身を乗り出して、自分の機体の様子を自分の目で確認した。


「くう~っ。あの地球人どもめ、擦り傷一つ負っちゃあいないけど、さんざん小汚くしてくれたよ。せっかくの勇姿が台無しだぜ。……でも、まあ肩の稲妻が薄汚れて目立たなくなってんのはいいけどね。おれ、あれ嫌いなんだよな、だっせーったらな……」


 言葉途中のツーの体を、白い光が覆い包んでいた。

 彼の肉体は川に砂を流すように、光の中で崩れていった。分子レベルで破壊されていく。

 光はそのまま操縦席を通り抜け、アロ・イーグの背中から突き抜けた。数瞬の間をおき機体が爆発した。アロ・イーグは地にくずおれ、さらなる爆発を起こし、四肢が吹き飛んだ。真っ黒な煙を吹き上げ、炎上する。燃えるアロ・イーグの炎の熱に揺らめいて見える……六機のギ・グルーグの影。



     8

「くそ。ツーの馬鹿がっ。ぼけっとしてやがって。……敵討ちだ。全員浮上」


 レ・アロ・イーグに続き、残る二機も浮き上がった。四機のジーン・ウーズィによる部隊は、白兵戦が得意なのか、全機抜刀し、ギ・グルーグに走りよった。六機のギ・グルーグのうち、三機がそれに応戦する構えをとり刀を抜き、残る三機はレーザー銃を宙に向けてアロ・イーグを狙った。ギ・グルーグのレーザー銃が放つ閃光の間を縫うように、縦横無尽に飛行するアロ・イーグ。時折レーザーがかすめる事もあるが、特殊コーティングされた装甲の表面を薄く剥ぐ程度である。ノウヤン機の頭部カメラへの一撃が一機の視界を暗闇とし、続いてウェル機のライフルの一撃が操縦席を貫く。エクシュールとディオはよほど個性的な仕様にカスタマイズしない限りは、装甲の厚みはさほど変わらない。装甲と、コーティングされている特殊塗料、それとレーザーなどをはじく効果のある微粒子で機体を覆っている。狙う角度、タイミングにより、一撃で装甲を突き破る事も可能だが、当然、そうはさせじと互いに邪魔をし合う。そんな戦いの中、ノウヤンとウェルのコンビネーションによる攻撃は、確実に敵の装甲を貫いていった。冷静であった。仲間の死は、生きていなくては悲しめない。ジーン・ウーズィは四機中の二機が失われている。だが、すでに三機のうちの二機をしとめており、今は残る一機と交戦中だ。アロ・イーグが相手している機体も、あと一機。


 刀を持ったタゲンのレ・アロ・イーグが、空中から素早い下降で襲い掛かり、ギ・グルーグの前で不意にコマのように回転した。ギ・グルーグの首が飛び、さらに次の回転で、胴部を両断されていた。刀に人の赤い血がうっすらとこびりついていた。

 残る一機のディオに、エクシュールすべての攻撃が集中した。ギ・グルーグはたちまちのうちに、頭部が消失し、肩が砕け、脚がもげ、腕が飛び、戦闘不能の状態となった。

 バランスを崩し、倒れそうになったその瞬間、胸部ハッチが開き、ヘルメットをかぶった黒いスーツの人影が飛び出した。七メートル以上の高さをものともせず、地面に着地した。それと、走り出す動作とがほぼ同時だった。銃の狙いが定まらぬように右に左に動きながら、走っていく。あっという間に、瓦礫まみれの狭い路地に入ってしまった。

 タゲンは「畜生め!」と叫び、コンソールを力一杯叩いた。



     9

 カイはヘルメットをぬいだ。

 グルーグを乗り捨て、何分も全力疾走したというのに全く息が切れていない。

 半分瓦礫に埋もれたディオを発見する。ゾ・ヴィムである。


「これは、まだ使えるな」ハッチが開き、中の操縦者だけが撃ち抜かれて死んでいるのだ。「おれの星の者にも、さっきの馬鹿のような男がいるのだな」


 自警団とやらの、あの頼りのない弾丸でやられたのだろうか。操縦席には傷一つないようだ。中の男は、頭部に一発食らって絶命している。彼等はみな驚くべき肉体の強靱さを持っているが、さすがに脳を撃ち抜かれては生きてはいけない。カイは、中の男に手を伸ばし、引っ張りだそうとした。……風が変わった……周りを囲まれていた。……地球人達……それぞれ手に構えた銃をカイへと向けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る