2.決意と逃避
「塁、お前の事が好きだ!恋人になってくれ!」
突然の告白にオレは固まった、亮が何を言ってるのか分からない。
オレは今日から体は女の子だが昨日まで男で、心はもちろん男のままだ。
そもそも女の子だという自覚すらこれっぽっちも無い。
そりゃ亮はどこに出しても恥ずかしくない男でオレには勿体ない、人生で一番の親友だ。
家族だって素敵な家族という言葉そのままを感じるような家族。羨ましい限り。
両親がイケオジと美人で兄妹もイケメンと美人ときてる、オレの初恋は亮の妹の奈江(なえ)ちゃんだしな!
などと頭の中で脱線しつつぐるぐると考えていたら、亮は話をしだした。
「いきなり過ぎて混乱してるかもしれないから、話を聞いて欲しい。」
思考を中断して返事をする、まずは話を聞いてやろう。
「…お、おう…」
「まず塁は俺の一番の、いや、これ以上が無い親友だ、これは塁も同意見だと思っている」
「うん」
「そして塁はTS症が発症してしまった。
これからずっと女として生きていく事になる、そして俺は今日初めて塁を見た時に一目惚れした」
「…えッ!?」
一目惚れ?あの玄関で固まってた時、びっくりして固まってただけだと思ってたのに、まさかオレに惚れてただって!?
「俺は今まで家族以外で異性を好きになる事は難しいんじゃないかとずっと思ってた。
だけど今日、俺の心は奪われた、塁、お前に。
赤の他人なら一目惚れしても直ぐに告白なんかしない、塁は幼なじみで親友だからこそ全てを知っている、好きにならない理由が無い」
「今までも、他人と仲良く話してるのを見ると軽い嫉妬のようなもやもやを感じてた、これからは同様の、いやそれと比較にならない感情を抱くだろう。
俺は男女間は友情だけでは成り立たないと考えている、一見すると成り立っているように見えているものも、恋情を抑えているか気づいてないかだけだと思う。
もしも告白せずにこのまま親友として生活していても、肉体的に女となっている状態は環境の変化もあってお互いに精神的にはより辛く、今まで通りに出来なくなる」
「だから、昨日まで男だったとか関係ない、お前を誰にも渡したくない、親友としても、女としてもだ。
好きになってしまった以上、壊れる前に、盗られる前に動くしか無い。
それに俺は塁の一番の理解者だ、塁を絶対に守り、塁を幸せにできる。
恋人になったからといって直ぐに手を出すような事はしない、塁の歩幅に合わせるつもりだ。
あらためて言う、塁、お前が好きだ、俺の恋人になって欲しい」
「…………」
オレは直ぐには答えを出せなかった。
亮の言いたいことも少し分かる、オレも同じように亮が男友達にオレを相手にするのと同じような笑顔を見せたりすると嫉妬のような何かを感じる事があった。
オレより優先させる用事があった場合なんかもそうだ、理不尽な怒りを感じていた、オレより大事な用事なのか、と。
決して恋慕の情は存在していなかったが友達同士でも嫉妬は存在する。オレもそう思ってる。
そしてこれからは見た目が亮の好きな女の子になったオレだ、そんなのが他の男と仲良く話をしていたら確実に嫉妬が生まれるだろう、分かる、理解できる。
だがオレの心はまだ男だ、亮から見たオレは女の子で変わって見えるかも知れないがオレから見えるモノは変わってない、男同士で付き合ってくれと言われたようなものだ、そこに恋人というのは無理だ、すぐには手を出さないと言うけど恋人という事はあれだ、キスとかそれ以上の行為なんか当然するだろう、それは無理だ、受け入れられない。
手を繋ぐとかも無理、肩を抱く…のは抱き方によってはイケる…か、亮はサッカーがやるのも見るのも好きだから、ほっぺた挟み込んでお互いおでこを当てるのは今でもやるからイケる…か。
全然関係ないけどサッカーって点を入れた時のパフォーマンスで身体的接触多いよな。
まあとにかく、手を繋ぐとか恋人っぽいのは無理だし、恋人関係だけってのも無理、そんな簡単にホイホイなったりするものじゃないし、男同士だし。
…しかしオレはこれを断って関係を断ってしまう事を恐れた、オレだって亮を、親友を無くしたくない。
亮は相当の覚悟と勇気をもって告白してきたのだろう、中途半端な状態が一番お互いの精神的にも良くない事を考慮して。関係が終われば誰と話していようと諦められる、もやもや嫉妬せずに次に向かって歩ける。
でもオレは関係の清算が怖くて、亮と親友というぬるま湯にまだ浸かっていたかった。
オレは…それなのに…だから…亮に最低の提案をしようと考えていた…。
「亮…オレはまだ心は男だよ、だから亮の告白を女として受けられない、待って欲しい」
「…」
「でもオレたちは親友だよ、今までも、これからも、……そういう関係でまだいたいんだよ……ダメ……かな…」
自然と目に涙があふれて零れる。
意図して出てきたものでは無いとはいえ、最低だ、こんなの見せられたら、亮が断れるはずが無い。
亮は俯き、拳をぐっと握っていた、何かを堪えるように。
「…分かった、塁、お前がそう望むのなら、今の関係を続けよう」
その答えにオレの内心は喜びが勝っていた、関係が続けられる、と、次の亮の言葉を聞くまでは。
「でも忘れないでくれ、俺は塁を好きだという事を、気持ちに整理がついたら返事を聞かせて欲しい。
まだ心に整理がついてなかった塁を困らせてしまった事を謝る、ごめん」
亮は真剣なのだ、一旦先送りにして無意味な時間稼ぎをしているオレとは違って、彼なりにお互いの関係が上手くいくように考えて行動しているだけだと分かる。
人を好きになるという事はお互いだけじゃなく自分の気持ちを押し付ける事でもあると思うので、亮の行動が間違っているとも思えない。
恋人同士が初めからお互い好き合ってる事なんてそうそう無いのだ。
「それで相談っていうのはTS症の事でいいんだな?」
ベッドに腰掛けつつ、さらっと何事も無かったかのように話をし始める亮に少し驚きつつも
「うん、朝起きたらこんな美少女になってて驚いたよ、髪も金髪になってるし、おっぱい大きくなってるし」
オレもいつもの調子で話始めた。
「確かにキレイな金髪と澄んだ碧の瞳だ、それにおっぱいも大きくて好きだ」
「こらこら、さり気なく口説くな、しかも最低な理由だし」
ハハハとお互いに軽く笑い合う、うん、いつも通りだ。
「それにしてももうちょっと自覚ないと危険だな、母さんと奈江に注意してもらうか」
「どういう事?自覚ないと何か問題でもあるか?」
「お前のその格好だよ、服もそうだし、姿勢もな、椅子に座って片足を胡座に組むと中身が見えそうだぞ、俺はうれしいけど、他人には見せたくないからな」
確かに体のサイズと合わないデカいTシャツとトランクスで胡座を組むと隙間が大きすぎて色々覗けそうだ、スケベめ。
しかしこれはオレが悪い、今は亮だからそこまで気にならないし問題にもならないけど、他人だと不味いよなあ。
「でもまあTS症なら丁度良い、もうちょっとマシな格好に着替えてから家に来い、家族に話しておくから、相談に乗れるよ」
「マジで?何が丁度良いのか全然わからんけど助かる、着替えてから向かうよ」
そう言って亮は自宅に帰っていった、何か良いアイデアでもあるんだろうか。
オレは顔を洗って、パーカーとジーパンを着、髪に櫛だけ梳かして一応の身なりを整えて亮の家に向かった。
家が隣ってのはこういう時に良いな。
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