「ラダ街道の戦い」4
「くそっ、くそっくそっ」
メクレンブルクは舌打ちをしながら機動する。せっかく合流したにも関わらず、僚騎はシュルツの死を持って元の二騎に減じてしまっていた。
二手に分かれたアドラーのもう片方をメクレンブルクはカメラで捉えていた。
「生き残ってるのは誰だ?」
『辛うじて、少佐』
「レルツァーだけか」
『はい、C小隊は少佐だけですか』
「ああそうだ。せっかく拾った命だ。最後まで生き残ろうぜ。なあ、シュナウファー。……シュナウファー?」
嫌な予感がして振り返るメクレンブルクだったが、幸いにもシュナウファーは健在だった。
より正確に言うと、その肢体に限って言えば健在だった。
「い、一撃だ。防護魔法でも防げないなんて……せ、戦艦が川を遡って来たのか……?」
シュナウファーは見るからに狼狽していた。彼にとって、防護魔法を一撃で食い破る砲撃はそれほどの衝撃だったのだろう。
「……しっかりしろ、シュナウファー。戦艦が遡れるほどの川はこの辺りにはない」
「じゃあ、なんだって言うんです」
すでにメクレンブルクはある程度見当をつけていた。案としては二つ、うち一つは敵陣地による大口径重砲による砲撃だった。
(いや、ないな)
メクレンブルクはその考えを完全に否定した。
(あまりにも遅すぎる。敵に潜り込まれてからの砲撃はお粗末が過ぎる。重砲の餌食になったのは三騎、故に最低でも三門。飛翔音がほとんどない低伸する弾道、状況から考えて至近からの砲撃のはず。それほどの陣地を見落とすはずがない)
などと思考を弄ぶメクレンブルクだったが、実の所見当はついていた。
「パトリエ歩兵鉄騎……白百合共和国の亡霊さ」
「歩兵……亡霊?」
「ああ。首都リュテス陥落の直前に戦力化された敵の新型さ。こいつの主砲はアドラーの防護魔法を食い破ることができる19センチ砲だ」
「そんなのどうやって勝つんですか!」
「いくつかあるが、まずは射線を切ることだ。奴さん、手柄を焦ったか、かなりの距離から撃ってきやがる。アドラーなら当たらんぜ」
次の瞬間、防護魔法が展開し、それも砕かれ、眼前を通り過ぎた砲弾が脇の土に着弾する。
「中々どうして腕がいいな。シュナウファー、防護魔法の自動展開を切れ!」
「し、正気ですか!」
「正気だよ。張っても食い破られるだけなら魔力の無駄だ。今は動ける時間を増やしたい」
「頭の同軸機関砲は防げますよ」
「そんなもんで敵を撃ち抜こうなんてバカはウチの鉄騎だけさ。連中の同軸は対歩兵用の7.5ミリ機銃だからアドラーのペラ装甲でも抜けねえよ。いいから切れ!」
「もし死んだら恨みますからね!」
「いい子だ、それから口閉じろ、舌噛むぞ!」
「っ?!」
その瞬間、騎体に急激な制動がかかる。車輪にかかるブレーキの摩擦音を集音装置が拾う。
それを認識するまでもなく、シュナウファーの全身は急制動に伴って、それまでの速度を維持しようとする肉体とシートベルトとが限界近くまで張り詰めていた。
その頭上を、甲高く短い飛翔音が通り過ぎていく。シュナウファーが安堵した瞬間、衝撃が騎体を揺さぶった。左肩のカバーを、敵の撃った砲弾が掠めたのである。
「し、少佐!」
「なんともないだろ、いいから黙ってろ!」
メクレンブルクの一喝と共に車輪が高速で回転を始める。今度は全身が慣性によってシートに押しつけられる。
「どうしても、敵の装填のが稜線の内側に飛び込むよりも早かったからな。一か八かで偏差をずらしてやった」
「生きた心地がしませんでしたよ!」
稜線を飛ぶようにして越えたメクレンブルク騎は、魔力軌道の展開を切って着地する。その背後の稜線部では、三度の爆発がメクレンブルク騎の背中に土を浴びせ、一騎は頭上スレスレを通り過ぎて行く。
『少佐、ご無事ですか』
「ああ、生きてるぜ。お前も無事か」
『ええ』
「敵の数、それから位置は分かったか」
『発砲炎と音から恐らく数は四騎、ダカーク方面の街道沿いかと』
「確実か」
『はい、確実です』
「とりあえず撃ってみるから、その反応で判断してくれ」
『了解』
「シュナウファー、左腕の操縦を俺に」
「コントロール、譲渡しました」
メクレンブルク騎は不恰好に倒れる。ちょうど匍匐前進の姿勢になるが、縦に長い脚を持つアドラーの踵が鮫の背鰭のように浮き立っていた。
完全に手動での照準操作である。
左腕から懸架された主砲はこういった伏せ撃ち姿勢に対応していない。難儀をしながらどうにか構えた。
「シュナウファー、射撃だ。お前は修正を担当しろ」
「少佐、計器が使えませんが」
「当たり前だ。水平状態を大きく逸しているからな。頭を使え、士官学校でやったろ。こういう時でこそ人の脳が役に立つんだ。まずは三キロ地点を狙う。早くしろ!」
「はっ、か、紙は……」
「あるぞ、ほら、鉛筆も使え!」
久しく忘れていた静寂が蘇る。砲撃に慣れたメクレンブルクにとって耳が痛くなるほどの静寂だった。不規則なリズムで静と動を繰り返す鉛筆の音が鳴り止んだ。
「計算、出ました!」
紙に書かれた諸元を元に、メクレンブルクは繊細な操作を行って仰角を合わせる。
「レルツァー、今から射撃を行う!」
『了解』
静寂を打ち破る爆炎が、葡萄を薙ぎ倒しながら夜空を煌々と照らす。数秒後、稜線の向こう側がカッと明るくなった。次いで、砲弾がこちらに向けて飛翔してくる。
葡萄畑を土ごと掘り返す砲撃がメクレンブルク騎に降り注ぐ。雨の水分をたっぷり含んだ土がメインカメラのレンズへと飛散した。
撒き散らされた破片は、トタンを叩く雨粒のような音を立てるだけに留まる。ただしそれらの一片一片は、当たれば人を殺し得るだけの殺傷力を帯びた死の雨であった。
ちょうどうっすら、メクレンブルク騎の砲撃が炸裂した際の轟音を拾う。
ワイパーが泥を跳ね除けて、カメラの視程を確保する。
「し、少佐」
「大丈夫だシュナウファー、信仰が深ければ当たりはしねえよ。レルツァー、見えたか」
『見えました。敵はやはり四騎、リヴェンジよりも角張っていて、ずんぐりしているので白百合の小型鉄騎ですね。砲撃の威力から見て新型です』
「やはりな。修正射をやる。諸元を送ってくれ」
『危険ではないですか』
「俺はこう見えても敬虔な方なんだよ。神のご加護がある限り、俺に砲弾は当たらん」
『酒と女に浸っていても、でありますか』
「それは悪魔が俺の姿を模しているだけさ。惑わされるな、レルツァー」
通信機越しに苦笑する気配を感じながらメクレンブルクはわざとらしい仏頂面で応じた。
『シュナウファー少尉、聞こえるか』
「聞こえています、大尉殿」
レルツァーの言う諸元を元に、シュナウファーの鉛筆は踊る。
「出ました」
「よし」
騎体を轟音が揺るがす。
「どうだ、レルツァー」
『ダメですね、止まりました』
「そうじゃない、そろそろのはずだ……」
『そろそろ……あっ!』
「来たか!」
メクレンブルクはレルツァーの声を聞くよりも先に喝采を上げた。
レルツァーの画面には、彼の思い描いていた想像通りの光景が広がっていたのである。
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