「ラダ街道の戦い」3

「時間だ、そろそろ突入する」

「犬ども、失敗しましたね」

「ああ。B小隊に合図を送れ」


 クレイトンより南西八キロ地点、丘陵の影に潜む鉄騎の姿があった。

 アドラー小型鉄騎、フェルクス連邦軍の数的主力を担う鉄騎である。小型鉄騎と言うのは連邦における鉄騎の分類であり、その大きさはリヴェンジと比べてもやや小柄な程度であった。

 とは言え、リヴェンジとは異なる設計思想で作られており、そのシルエットは大きく異なる。

最も異なるのはその肥大化した脚部だった。横幅そのものは至って常識的だったが、膝の関節部の少し下から後方に向けて放射状に広がっていた。

 角ばった頭部を持つリヴェンジと異なり、猛禽を想起させる鋭角な頭と、その先端より露出した筒が印象的だった。

 武装もリヴェンジのそれとは異なり、ひと回り小柄なものだった。それもそのはず、この鉄騎が装備しているのは海軍の駆逐艦や水雷艇の主砲である45口径12.8センチ砲だった。

 これはアレマニア帝国時代の負の遺産、ルブレイユ条約が影響している。この条約は帝政を打倒したアレマニア共和政府と各国列強間で締結された条約であり、苛烈とまで評された多額の賠償金の他、アレマニア共和国の軍事に厳しい制限を設けたものであり、その中に新規の武器開発を禁じる条項があった。

 アレマニアは条約に定められた新規の武器開発は行わず、既存兵器の近代化改修として兵器産業を維持して来たのである。それは、現在のフェルクス共和国連邦となった現在にも大きな爪痕を残しており、例えばアドラー小型鉄騎の主砲もその影響の結果だった。

 グローバルスタンダードである6インチ級の口径ではなく、5インチ級の手法を採用しているのは、単に本命の主砲開発が遅れ、間に合わせとして海軍の駆逐艦や水雷艇用の主砲を流用しているのに過ぎないのである。

 当然、これらの主砲は威力不足で、リヴェンジ二脚鉄騎の6インチ砲と比べて、防護魔法を破壊できる距離はより狭かった。


「B小隊、動き出し始めました」

「ようし、俺らも行くぞ」


 四騎のアドラーは、行動を開始する。


「作戦目標は橋の確保だ。多少傷つけても構わんが、絶対に落とさせるな」


 檄を飛ばすのはトマス・メクレンブルク少佐だ。撃破数は十七騎、エースではあるが精鋭揃いのフェルクス連邦軍の中においては凡庸な鉄騎乗りであった。


「状況開始。以後無線封鎖を行う」


 メクレンブルク騎のモーターが回転数を上げる。アドラー小型鉄騎の脚部が赤い輝きを放ち、より高い回転数のモーター音が唸りを上げる。

 次の瞬間、四騎のアドラー小型鉄騎は音もなく動き始めた。その速度は通常の鉄騎のそれよりも遥かに速く、彩度の抑えられた迷彩塗装も相まって、赤い流星が地上を流れるようだった。


 一般的に鉄騎の移動手段は、鉄道輸送、鉄騎運搬車、そして脚部による自走に順ずる。

 ところが、脚部による自走は車輪走行などと比較すると、特に速度面による効率が悪かった。また鉄騎の命とと言える脚部は長時間の歩行により大きく損耗するため、これら二つの問題は鉄騎運用の上で実戦面でも運用面でも大きな課題となっていた。

 それを解決するために各国がたどり着いた一つの方法が、脚部に車輪とモーターを取り付けるローラーダッシュ機構である。

 ところがこれにも大きな課題がいくつかあったが、その中でも悪路に弱いことは顕著であった。何せ、普通の車両においては悪路とされない荒れた街道ですらも、この巨体を動かす車輪にとっては悪路であったためである。

 それを解決するのが魔力軌道であった。アドラーの脚部を赤く照らすのがそれである。これは薄く細く防護魔法を展開し、無限に平面を生み出すことで良好な路面を展開し続ける技術である。


 これにより、連邦の鉄騎は戦術面で重要となる機動力と戦略面で重要となる長大な航続距離を手に入れたのである。

 また、その移動に際しての音も最小限のものであり、ある程度の静粛性も手に入れていた。これは、何もない僻地では何は意味のない轟音ではあったが、例えば乱戦中や交戦時においては時折効果を発揮することがあった。


 人狼と即応態勢にあったリヴェンジの小隊が相討ちとなり、更には混乱する避難民の混乱の収集と、新たな人狼の出現に労力を割かれていたクレイトン駐屯中の部隊には、彼らを察知できるだけの余裕はすでに無くなっていた。

 最初に気づいたのは、村の入り口に立っていた見張りだった。地を這う赤い二筋の線を認めたのである。

 彼は双眼鏡を手にその詳細を把握した。


「南西方向より進行する鉄騎四騎確認、アドラー二脚鉄騎かと!」


 見張の兵の報告は迅速に司令部へと届けられた。俄に砲撃陣地が活気付く。土で造成した野戦陣地であったが、6インチ砲が八門揃ったその場所は、南西から侵攻する鉄騎を南側から見下ろす形になっていた。


 村落の内部に生じた人狼は、誤射の危険性から撃つことができなかったが、侵攻する鉄騎ならその心配はない。急速に変わりゆく戦況から蚊帳の外にされていた砲兵たちは自らの仕事が転がり込んだのに対して、高い士気をもって挑んでいた。

 行く先の知れない戦況を憂うよりも、よく見知った重砲の操作に没頭したい気持ちが勝ったのである。


 将校の号令と共に、砲火が開かれる。

 対鉄騎用の徹甲弾は風切り音と共に、滑走する鉄騎たちに襲い掛かる。二発毎、段階を踏んで放たれたそれは鉄騎の側面より襲いかかった。

 一射目は二発とも防護魔法に阻まれるも、同時に防護魔法が崩壊し、二射目はそれぞれ手前に着弾して土煙を上げるに留まり、三射目にて脚部を破壊、四射目はバランスを崩し転倒するアドラー鉄騎の側面から頭部と胴体を撃ち抜く。


「アドラー二脚鉄騎、一騎撃破!」


 砲兵たちはその手を止めずに歓声を上げた。


「第二射用意!」

「敵弾来ます!」


 次の瞬間、風切り音と共に轟音が陣地を揺るがした。


「状況報告!」

「被害なし!」

「さてはウチの鉄騎に備えて徹甲弾を込めてたな。弾種の切り替えに時間がかかる今がチャンスだぞ! どんどん撃ち出せ!」


 第二射が降り注ぐ。だが速度を上げたアドラー小型鉄騎には遂に命中せず、彼らの後方にある街道を耕すに留まった。


「敵弾来ます!」


 そしてその発砲炎を目安として、鉄騎からの応射が陣地を襲う。

 榴弾に切り替えたのか、先ほどよりも随分派手に土煙が舞った。爆発と共に弾けた土や石、そして金属片が次々と陣地内に飛び込んでくる。


「状況報告!」

「死者四名、負傷者多数、砲が二門やられました!」

「衛生兵は負傷者の運搬を急げ、第三射行くぞ!」


 そのように命令を下す将校も、砲弾片を肩に受けていた。


「俺はいい、歩けない奴らが優先だ!」


 将校は応急箱を手にやってきた衛生兵を怒鳴りつけた。

 六門に減じた陣地の火砲は再び将校の号令を受けて火を噴いた。二門やられたことで変則的になったがやることは変わらない。二門ずつ、僅かな間隔を置いて敵を撃つ。

 一射目はやはり防護魔法に阻まれた。

 続く二射目は鉄騎たちの前方に着弾する。

 二射目が地面を耕したその時、飛翔中であった三射目が、ついに最後尾の鉄騎を捉えた。二発同時に地面に着弾し、土煙が上がるが、次の瞬間、バランスを崩した鉄騎が転倒した。


「よし、倒れたやつを狙え!」


 アドラーからの反撃はなかった。

 砲兵たちは二騎目の敵を捉えるべく、戦友たちの仇を討つべく、作業に勤しんだ。

 そして装填作業が終わり、照準を合わせる。標的はもちろん、脚を破壊された鉄騎である。


 次の瞬間、爆風が陣地を吹き荒れた。

 全員、何が起きたのかも分からず空を仰いでいた。あるいは死んでいた。


「ば、かな……」


 将校は死屍累々と化した陣地を呆然と眺めている。激痛に気づき、腹を見ると破れて内臓が飛び出ていた。

 将校は懸命に内臓が漏れ出るのを手で押し留めたが、気晴らしにすらならない。

 致命傷である、と彼の理性が告げた。


「伏兵か……」


 全てを諦観した彼の意識は急速に重さを増していく。思考は鈍化し、痛みも気づけば消えていた。手足は冷たく重くなり、自らの温かな血の感触が体を伝っていく。湧き上がるはずの恐怖も、既に彼の頭からは消えていた。その目は開かれたまま微動だにしなかった。


「敵野戦陣地、沈黙したようです」

「もっと早く……どうにかならなかったのか」

「無理です、想定外の陣地でしたから、場所を探るのに手間取ったのもしかたがないです」


 メクレンブルクは火器管制手、シュナウファー少尉の正論に舌打ちを返した。


「敵陣地発砲!」


 シュナウファーの警告により、メクレンブルクの体は硬直する。だが砲弾は彼らを素通りし、転倒していたアドラー小型鉄騎に降り注ぐ。


「メイヤー、シュミット、逃げていてくれよ……」


 メクレンブルクは転倒した騎体に乗っていた部下たちを偲ぶ。件の騎体は砲撃の雨にたちまち打ち砕かれてしまった。


「敵陣地発見」

「撃て」


 メクレンブルク騎の12.8センチ砲が火を噴いた。先程から込められたままだった榴弾は甲高い風切り音と共に飛翔していく。


「着弾、次弾撃ちます」


 衝撃が騎体を揺さぶった。


「着弾、敵陣地沈黙」

「死にがいのない戦いだぜ」

「少佐は死にがいがあれば喜んで死ぬのですか」

「そんなもんクソ喰らえ。だが、残った連中に対しても、面目は立たせてやりたいってのも人情だろ、え?」

「ご自分が死ぬことを考えたことは?」

「あるぜ。だから保険に入った。一番いいやつ。俺が死んでも女房は食いっぱぐれないようにな」

「なるほど」

「雑談も結構だが、今は戦争だぜ。しっかり索敵してくれよ。情報によれば敵はあと四騎残ってるはず。弾種は榴弾のままか」

「ええ」

「徹甲弾に切り替えだ」

「ですが陣地が残ってる可能性も」

「そんときゃどの道俺たちは地獄行きだ。他の小隊と違ってウチは俺たちと後続のシュルツ騎の二騎だけだからな」


 シュナウファーはメクレンブルクの言葉に顔を顰めながら操作を進めた。その最中、警告音が鳴る。


「変なとこいじって壊してないだろな?」

「ドロップタンクの魔力が底をついたんですよ。何度も防護魔法を破られてますから」

「よし、捨てろ」


 メクレンブルクの指示通り、増槽は人体で言うとふくらはぎの部分から射出され、斜め後方に一つずつ放物線を描いて夜闇の葡萄畑の中へと投棄された。

 既にクレイトンは目前に迫っていた。

 収音装置からノイズ混じりの砲声を拾う。


「別働隊が交戦している模様」

「見つけたぜ、11時の方向!」


 シュナウファーが見つけるよりも早く、メクレンブルクは声を上げた。

 四騎のリヴェンジが二手に分かれ、それぞれ建物を盾にしながら、四騎のアドラーと睨み合っていた。


「無線封鎖解除、シュルツ、11時の方向で交戦中の鉄騎を側面から突く! 狙いは最後尾のヤツだ、突っ込むぞ!」

『了解!』

「レルツァー隊、聞こえるか!」

『こちらレルツァー、どうぞ!」

「今から突っ込む。合図をしたら三秒間、射撃をやめてくれ、そこで二騎をやる!」

『了解!』


 モーターの回転数が悲鳴を上げるように甲高くなる。


「撃て!」


 メクレンブルクの合図で、二騎のアドラーが射撃を行う。至近距離から放たれた徹甲弾は防護魔法に阻まれた。


「レルツァー!」

『撃ち方やめ!』


 だがメクレンブルク騎は止まらず、そのまま頭部に同軸の主砲を発砲した。

 45口径3.7センチ砲は、リヴェンジの薄い装甲を容易に貫く。

 鉄騎の防御手段は基本的に防護魔法に依存する。そのため、

 僚騎が斃れたことで異変に気づいたリヴェンジが臨戦状態に移行しようとしたものの、背後からアドラーの単分子ソードに騎体を貫かれた。


 反対側の二騎もそれに気づき、発砲したが、メクレンブルク騎は単分子ソードに貫かれた騎体を盾にする。

 さらに本来相手をしていたアドラー四騎からも射撃が再開し、胴体を貫かれて停止した。


『助かりましたよ、メクレンブルク少佐』


 通信を飛ばしてきたのは別働隊を率いるレルツァー大尉だった。


「いや、さっきの陣地制圧では助かったぞ、レルツァー」

『ありがとうございます、ああ、いや……すみませんでした』


 レルツァーは礼を言ってから、伴っているのがシュルツ騎のみであることに気づき謝罪した。


「違うぞ、レルツァー。これは皮肉じゃなくて」


 メクレンブルクが否定したその時、周囲にいた鉄騎に火花が散った。収音装置は、遠く雷鳴のような砲声とアドラー小型鉄騎が斃れ行く音を拾っていた。


「生きてる奴は散開しろ!」

『て、敵はどこです少佐!』

「バカっ、散開しろシュルツ!」


 次の瞬間、風を切る音と共に二発の砲弾がシュルツ騎の胴体を貫いた。不自然に折れ曲がる騎体の背後が扉を突き破って白煙を噴いた。

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