第5夜:Zulu-邂逅、終わりの始まり
天使達が振りまく禁断の果実。
その果実に齧り付いた罪がある。
人類は知恵を手に入れた。
その知恵は消して善良ではなく悪にもなった。
今は全知全能、その全てが欲しい。
私達は間もなく
そして《ゆくりなき地上波》事件から始まった一連の事変に決着をつける時が来た。
起床ラッパで目を覚ます。
ベッドではなく机である。
昨夜は遅くまで東京スカイツリーの見取り図に食らいついていた。
その配置の全てを頭に叩き込むために。
急ぎ飛び起き、制服へと着替える。
その後駆け足で格納庫へと出る。
噛崎さんから、
「点呼は多分免除だから避けといて。」
と言われ列から外れて並ぶ。
そこに上官がやってくる。
「日朝点呼!」
「123456789……。」
凄まじい勢いで点呼がなされる。
これが本物。
私たちの点呼が可愛く見える。
「貴殿が、連絡にあった鐘倉3曹か。体調に大事ないか?」
「は、はい!非常に元気です!」
よろしいと上官は去っていった。
その後体操にかかる。
すごく新鮮。
赤い訓練機。私のではなく未来の訓練機。
私に与えられるはずだった実戦参型
副長が乗るのだろうか。
いや、乗るとすればそれしかない。
副長の技術は本物だ。汎用AIですら驚きの結果を見せた。
そこに英霊が加われば一機当千、いや人機一体の力を体現させることだろう。
才能は恐ろしい。才能に反応する
それでも私は、訓練機でここまでやり遂げた。
多分誇れる事だ。
体操も終盤に差し掛かる。
嗚呼、訓練機が磨き上げられていく。
整備課局員によって、仕上げられる。
出撃の度に毎度迷惑をかけてしまってると思う。
そうして、体操は終了。
食堂へと移動する。
プレートに大盛りのご飯。これがなくちゃ1日は始まらない。
局員注目の的。大食い少女鐘倉美空。
どこでも美味しく沢山食べます!
「流石だね鐘倉さん。ボクは見てるだけでもいいや……。」
「食べないと本番力が入りませんよ!今日は重たい装備で登るんですから!」
そうだ、今日は作戦大詰め。
実際に裏東京スカイツリーを登り城未来を見つけ出す。
大盛りご飯をかき込んでいく。
食器を片付け、格納庫へ向かう。
最後の訓練だ。
障害物を設置する。
実際の裏スカイツリーは散らかってないのかもしれない。
その場合は隠れる場所が格段に減る。
訓練用に用意された重り付きのスーツに着替えに更衣室へ向かう。
これが重たい。弾倉囊にフルに入っている。
その上手榴弾、閃光発煙弾。音響弾。ありとあらゆる装備をする。
そして20式5.56mm小銃。模擬銃だが重量は同じ。
一式装備し格納庫へ戻る。
既に準備済みの餘目さんが待っていた。
そして、相手役の局員。
みんなやる気だ。
そこに飛び込む予想外の通告。
台車を押し玄月2尉と兼坂砲雷長が格納庫へやってきた。
台車の上には……ボンベ?
「やぁみんなご苦労さま。城未来奪還チームに残念なお知らせだ。裏世界の空気環境はこちらに酷似している。が同一では無い。被害を減らす為このボンベを背負ってもらう。悪いね。」
「心苦しいが、命を守る為だ。ボンベと呼吸器で合わせて12kg。一般的な背嚢より軽いが、作戦には響くだろう。今からでもこれを付けて訓練してくれ。」
なんてことだ。更にキツくなる。
言われるがまま、ボンベを背負い呼吸器を付ける。
コヒュー、コヒューと息の音が鳴り出す。
吸入量を調整する。
多過ぎれば酸素は直ぐに尽き、少なければ呼吸がままならない。適度な量を心がける。
重い。これで動き回るのはかなりきつい。
でもやるしかない。
動きが大ぶりになる。ボンベが邪魔をする。
それでも、それでも私はやらなくちゃ。
サインをよく見る。理解する。
バリケードに張り付き敵の出方を伺う。
隙を見て銃を構え撃つ。
過去のスカイツリー事変では報告書にあったのは
コアさえ割れれば生身でも相手になる。
そこに局長は命を懸けて飛び込み銃剣を突き刺したのだ。
今回相手にするのは、いや、相手にする
猫に対する解決策は何一つ考えられなかった。
上もである。確実に仕留める方法が分からない。
結果話し合いに持ち込む事になった。
私達は危険極まりない状況に置かれる。
果たしてどっちに転ぶか。
敵であることに変わりない。あとは奴に戦う意思があるかどうかだ。
分かり合えない……だろうか。流石に。
未来は何されてるんだろう。拷問とか尋問とか、非人道的な事されてないかな。
人じゃないけど……。いやそれでも
私を私たらしめる存在。
あの日私が話しかけて始まった関係。
まだまだ、続けたい。もっともっと一緒にいたい。
だから行くんだ。何があっても。
この1ヶ月は決して無駄にしない。私の、私達の集大成。
それだけを考え、私は訓練に臨む。
様になってきた。不器用なりに。
ピーーーーー!
ホイッスルが鳴る。
こちらが全滅したらしい。
私は早々に、kill。2人で健闘してたけど押し切られたらしい。
「ごめんなさい。どんくさくて。」
「いいんだよ。ボクだってこんなキツいの初めて。」
「レンジャー試験かっての。私達は乙女だぞ。」
ああ、そういえば陸自にはレンジャーなんて言う過酷な部隊があったな。それにまさか餘目曹長から乙女を聞くとは。
まぁ昨日は乙女同士の花園だっただろうし。
(ねぇ、ボク気になってるんだけど首筋のあれキスマだよね?)
(しー!だめです!気づいてはいけません!)
「何を話してる?」
ひいいい!
「なんでもありませんですます!今日も頑張りましょうって!」
「言ってること滅茶苦茶だぞ……。」
ごめんなさいごめんなさい。
昨日はホントごめんなさいでした。
つい出来心だったんです。
眺めてる私達は幸せでした。
仕切り直して再度訓練を開始する。
その後も砲雷長達は格納庫を訪れては装備を追加して行った。
次は暗視ゴーグル。
もうここまで来たら
作戦開始まで12時間を切っている。
急いではいるが焦ってはいない。
確実に未来は待っている。
――――――――――――――――――――
作戦開始30分前。
私達は機体コックピットブロックでブリーフィングを受ける。
無線から聞こえる局長の声。
「本日迄の作戦、本当にお疲れ様でした。いよいよ我々が待ち望んだ城未来奪還本作戦です。格納庫での訓練、聞き及んでいます。努力をありがとう。本日は
真剣にモニターを見る。
局長の話を1句残さず聞き取る。
「工程はこうです。まずこれまで同様
作戦概要が淡々と説明される。
昨日までに聞いた内容でもある。
そのために訓練、そして地図を頭に叩き込んできた。
「電波が届く……
発進シークエンスが始まる。
昇降機でスタンバイ。
ブザーとともに錦糸公園前交差点が切り替わる。
そしてせり上がる3機の
「
「侵入コース形成、階段状に隆起!」
「各機発進位置。オンステージ。発進タイミングを
「
「「「了解……オン・エア!」」」
バシュ!っと外部充電コネクタが外れる。
これまでの作戦同様、道路を蹴り登る。
「行くぞ!みんな!」
「了解です!」
「いっくぞ〜。」
揃って
虚数空間へ落ちる。
システムが起動する。
『相互リンク開始。存在証明。存在意義確認。』
バーニアを吹かせ着地の衝撃緩和。
5度目の裏世界。
「システム全て正常。行きましょう。」
私達は走り出した。裏東京スカイツリーに向けて。
今日は何時もよりコックピットが狭い。
酸素ボンベに暗視ゴーグル、そして20式小銃。フルセットだ。
未来を乗せるスペースは無い。
掌に乗せて帰るしかない。
5度目ともなれば見慣れた景色。
仄暗い月明かり。
暗視カメラのモニター。
走り続ける。
私達を包囲する様に多数のドローンが索敵をしながら追走する。
現在敵性反応なし。
異常なし。
「スカイツリーからの感、2つ。依然変わりなし。城1曹と猫と思われます。」
発令所でも常に監視している。
やっぱり反応は2つ。未来だ。
程なくしてスカイツリーの麓まで辿り着く。
見上げる。634mの巨塔が聳え立つ。
「
柱にスティールワイヤーを突き刺し、巻きとる。バーニアを併用し姿勢制御。反対の手のワイヤーを突き刺し更に登る。
これを延々と繰り返す。
重量が1箇所に固まらないように3箇所に別れて登る。
隊列を乱さず慎重に登る。その間もドローンは円形に陣取り索敵。
今までにない操作を要求される。
かなりきつい。
柱に刺さらなければそのまま落下する。
慎重に慎重に事を進める。間もなく100m地点。登るにつれどんどん柱は細くなる。
細心の注意を払いワイヤーを突き刺す。
バーニアも吹かせ過ぎない。ガスも有限だ。
何もかもに注意を巡らす。
200m通過。もう一息。
ここに来て風が吹く。
高ければそれだけ強い風が打ち付ける。
それでも機体制御をし、何事もない様に登る。
そうしてたどり着く展望デッキ。
床面にワイヤーを突き刺し、バーニアを使用し勢いよく天井へ登る。
ライフルを使い天井を崩し、展望デッキ内に侵入、片膝立ちで待機する。
遅れてドローンが到着。様々なスキャニングを行う。
「敵性反応無し。大気成分安定。局長、降機可能です。」
「では3人とも、暗視ゴーグル、酸素マスクを装着。小銃を構えハッチから降りてくだい。その後は餘目機に集合ドローンと陣形を成し進みましょう。」
ついに来た。この時が。
指示通りゴーグル装備。酸素ボンベを背負いマスクを付ける。
「AIコックピットブロックオープン。」
『了解コックピットブロックオープン。』
敵地のど真ん中で生身を晒す。
ワイヤーロープを使い地に足を付ける。
小銃を構え、足早に曹長に駆け寄る。
「手帳は残してきたな?」
「はい!スタンバイ状態で待機させてます。すぐ乗れます。」
よし。そう言うと餘目曹長はエレベーターを指さす。
「行くぞ。警戒を怠るな。警戒を厳となせ。」
3人でそれぞれの方向に銃を構え、エレベーターに近づく。
釦を押す。反応が……あった。
登ってきている。
「来るぞ、構え!」
エレベーターに向かい小銃を構える。
ドローンもその銃口をエレベーターに向ける。
チン!
来た!
ドアゆっくりと開く。
……居ない。
ドローンが1機中に入る。
「敵影無し。」
無線からの反応。
そして、噛崎1曹が中に入る。
ドローンでは見えない上部を確認する。
「クリア。」
安全が確認された。私達はエレベーターに乗り込む。
展望回廊を目指す。
ドローンは散開。外から展望回廊を目指す。
ここからは本当に私達だけ。
私達だけで、危険に対処する。
上昇中、心拍数が上がっていく。
危険と隣り合わせの状況と、間も無く未来に会える期待感。
頬を汗が伝う。エレベーターは確実に展望回廊に向かっている。
喉を押さえる。咽喉マイクの位置を整える。
イヤホンを押し込む。
存在証明を疎かにしない。
注意すべき点は山ほどある。
その全てに意識を巡らす。
そして……遂に、展望回廊に到着した。
扉が開く。
「構えろ……。」
扉に向かい小銃を構える。
開いた先そこには、待ち望んだ
「ようこそ裏スカイツリーへ。と言っても、私の居城じゃないんだけど。」
私はマスクとゴーグルを外し駆け寄る。危険だと知りつつ。
「未来!未来!私来たよ!貴女を迎えに!」
「未来?貴女その呼び方どうしたの。それにその装備。猫耳に小銃?」
「親友を名前で呼んで悪いですか!それだけ私には大切な人なんですよ未来は!」
未来は驚いていた。そうだろう。あんなにおどけた私が、これだけの装備をしてここまでやってきた。
そして親友を名前で呼んだのだ。
「帰りましょう。私達の世界に。みんなが未来を待って居ます!」
「そうね、でも帰るのは私だけじゃない。この子、目標体Zuluも連れ帰ってもらうわ。」
そうして指差したのは空に佇むあの猫。目標体
危険だ。何をするかわからない。未来には悪いが全員で小銃を構える。
目を瞑ったままの猫Zulu。漸く目を開け喋り出した。
『城未来を連れ去り悪い。どうしても
何を言っている。何が起こっている。理解が追いつかない。
『
え?中?どういう事?
そう言うとZuluは未来に吸い込まれるようにその体に入っていった。
すると未来の目が変わった。猫目になった。瞳孔が縦である。
流石にこれは予想外だ。指示を仰ごう。
「は、発令所。どうしましょう。」
しばしの時間が流れる。考えているのだろう。
そして局長が答える。
「いいでしょう。目標体Zuluに攻撃の意思がないのであれば城未来ごと連れ帰りなさい。城さんにはZuluが攻撃に転じないよう押さえる事が出来るならそうするよう伝えて。」
「りょ、了解です。」
そのままの言葉を未来に伝える。
わかったわといい両手を上げた。
無抵抗の証だろう。
無線は続いた。
「格納庫へ戦闘員を配置。帰還と同時に小銃構え。抵抗がなければ手錠をかけ拘束しなさい。」
未来が拘束される。でも仕方ない事だろう。許したくはないが、未来の存在は今や人類の脅威そのものである。
「各員エレベーターにて展望デッキへ戻り
「「「了解。」」」
「行きましょう未来。」
エレベーターへ未来を誘う。
何も抵抗しない。言われるがままに乗る。
「城1曹。久しぶりだな。」
「やっほ〜久しぶり。」
「おふたりともお元気そうで何よりです。」
何気ない会話に今までの日常を思い出す。
楽しかった毎日。出撃ばかりで大変だったけど。
そうして展望デッキにたどり着く。
「こっちです未来。」
「これは……
「そうです。今日この日まで私は貴女の訓練機で戦い抜きました。蒼君も来てますよ。それに
疑問は残るが私はワイヤーロープでコックピットに入る。
スタンバイを解除する。
腕を動かし、未来の前に掌を差し出す。
オープン回線で呼びかける。
「乗ってください。」
未来は指にしがみつき、その手をコックピットに近づける。
帰りにはボンベも小銃もいらない。全て捨て、2人でコックピットに入る。
「えへへ、狭いですね。私達の体躯ならいけると思ったんですが。」
そこにぶら下げた懐中時計がきらりと光る。
「これ、持ってきてたんだ。そう言うことか。」
ハッチを締め、降下準備に入る。
「全機準備いいか?」
「おっけ〜。」
「はい!行けます!」
「行くぞ!降下開始!」
降下は柱を滑りながら落ちて行く。途中途中バーニアを吹かせ速度を緩める。
気をつけなければ加速しすぎる。それでは地上でぺちゃんこだ。
「鐘倉さん、操縦上手くなったのね。凄いわ。」
「その、こんな時に言うのもなんですが、美空と呼んでくれないかな?」
機体はがくつく。バーニアの衝撃も来る。
それ以上に衝撃の言葉を向けられた。
この1ヶ月で彼女に何があったのだろう。
こんなにも変わるものなんだろうか。
少し恥ずかしいのか、未来は頬を赤めらせる。
「み……美空。ありがとう来てくれて。」
「どういたしまして。これからが大変ですよ。」
更に降下していく。
この後未来は局に拘束され、尋問を受ける。
そして何より城未来本人について。勿論Zuluについても。
お願い耐えてね。また一緒に部屋で過ごそう。
見えた地面!
ペダルを目一杯踏み込む。最大出力でバーニアを吹かす。
少し落下速度が早すぎたかな。
大きめの衝撃が機体を襲う。
「全員無事か!?」
「「はい!(もちろんだよ〜。)」」
「よし、
踵を返す。この5日決戦場となった裏東京スカイツリーを後にする。
交差点を走り抜ける。
こういう時踵に車輪とか付いてたら楽なんだろうな。
具申して見ようかな。
裏世界も、少し名残惜しく感じる。
つい1ヶ月前迄は突入なんて考えもしなかった。
それが上の考えで虚数と思われる空間でも死なない方法を確立。
そして3体の
局長の考える事。それは機関の総意。あの頭脳が恐ろしいと思える時がある。
内2体は局長発案により駆逐したもの。
私達はそれに従っただけ。
局長に操縦が出来ればそれこそ無敵なのでは。
「何考えてるの?美空。それにその猫耳何?ずっと光ってて気になるんだけど。新しい趣味?」
「違います!未来はいいですけど、私達は虚数と思われる裏空間で存在を確立する為にお互いの思考を共有しあってるんです。これは起動しているから光ってるんです。形は……局長に言ってください!」
もう!こうやって話してることも考えてることも全部筒抜けなんだから。
きっとにやけてるのも筒抜けだよ恥ずかしい!
そうこうしているうちに
ジャンプで信号を飛び越えくぐる。
帰ってきた。本当の意味での凱旋だ。
作戦の根幹。城未来の奪還に成功した。
錦糸公園前交差点。ブザーととともに降下する。
――――――――――――――――――――
錦糸町地下格納庫。
戦闘員が配置につく。
20式小銃を昇降機に向かい構える。
最後列、盾に守られ局長、戦術作戦課長、砲雷課長。
ブザーが鳴り降下してくる。
その時が来た。
機体が降りてくる。
各機所定の位置につき片膝立ちになる。
赤の訓練機に注目が集まる。
シュー!と音を立てコックピットブロックが開く。
両手を上げた城未来が出てきた。
ワイヤーロープを使い地面に降りる。再度両手を上げる。
未来が局員に囲まれる。
「城1曹!そのまま!抵抗しないように!」
「ふふっ。大丈夫、
おかしい。しゃべり方も一人称も猫……Zuluそのものだ。
「危険です局長!お下がりください!あ、!玄月2尉も!兼坂砲雷長もですか!」
盾をよけ重役が未来に近づいてくる。
「秋葉原以来ですね、この光景は。城君。2度も怖がらせてすまないね。」
「遅かったな。待ちくたびれたぞ。」
2尉も砲雷長も変わらない。
そして局長。
「貴女は私を浸蝕する?」
予想外の答えだ。残念ながらほかの個体と違い私にその力はない。筈。
「いえ、私には出来ません。他とは何か違うのです。」
安心しましたと局長。
そっと抱きしめてきた。
「危険です!離れてください!」
「危険ではありません。ここに居るのは私の親友。城未来本人です。私が危険でない事を証明しました。この後は確かに手錠をかけ尋問します。が捕虜ではありません。事情が異なる同じ局員です。対応を間違えないように。」
「ありがとうございます局長。暖かい。手、どうぞ。」
わるいわねと2重手錠をかけられる。
「それと目標体Zulu。奴は攻撃してこない?」
「はい大丈夫です。用事があればすぐ出せます。一切危害を加える気はないと言っていました。」
であればいい。基地内に敵を招き、攻撃されればこちらは成す術ない。
もういいですよと、銃を下ろさせる。
話に聴いていたが、本当に体の中に入っているのだろうか。
もちろんあとで呼び出してもらう。話を聞く必要があるからだ。
「発令所にて尋問を行います。アクタガワの審議ありで。以上移動しましょう。」
私は急いでコックピットから降り局長に駆け寄る。
「あの!私達もその審議参加してもいいですか?」
私も顛末を見届けたい。そして
なにより未来に寄り添っていたい。
「いいでしょう。ただし発言権はありませんいいですね?」
「はい!ありがとうございます!」
よかった認められた。何も言えないけど話を聞ける。
そこにあとから餘目曹長と嚙崎1曹もやってきた。
これから始まるんだ。真実の究明。今日までの戦いの意味。それが報われる時。
連れていかれる未来。
でもその前に!
「未来!」
みんなが驚き私を見る。
でも関係ない。今伝えたいことを伝えなきゃ。
「貴女という《太陽》が居たから、引きこもりがちな私、《月》は輝けた。ありがとう!」
伝わったかな。
ふふっと笑い手を挙げた。
「いいですか?では行きましょう。」
私達は発令所へ向かい歩き始めた。
――――――――――――――――――――
錦糸町中央発令所。
城未来を中央に各セクション長が集まる。
局長席には局長と私達
そして局長が始める。
「それでは開廷します。名前は何といいますか?」
「
「生年月日はいつですか?」
「5月9日です。年はわかりません。」
「それでは,これから被告人に対する
淡々と裁判の様に事が進んでいく。
未来はその全てに答えを出す。
被告人。直接犯人ではないが、未来は
「被告人は、この法廷で何も答えないでいることもできるし、発言することもできます。ただし、被告人が発言した内容は、それが被告人に有利なことも、不利なことも、すべて証拠となりますので注意してください。」
本物の裁判だ。空気が張り詰めている。
未来の発言が未来の身の安全につながる。
「そしてもう一点。目標体Zuluを出してください。」
「分かりました。呼んでるよ。」
ぬるりと未来の身体から猫が出てくる。
宙に浮かび欠伸をする。
「Zulu。貴方にも聞きたいことがありますのでお願いします。それと申し訳ないがアラートを鳴らさないように配慮できるかな?」
『
協力的だ。これがあの日未来を拐った猫なのか?
この1ヶ月で、未来と何かあったのか?
ここまで協力的だと逆に怖くなる。
腰に携えた9mm拳銃に手をかける。
すると餘目曹長がその手を遮り首を横に振る。
そうだ、私達はこの場で何もすることが出来ない。
見守ろう。
「被告人、城未来。貴女は自身が
「はい、知りませんでした。1ヶ月前この猫、Zuluに告げられる迄人間だと思い生きてきました。」
間違ってないだろう。それは私の知ってる未来と一致している。
そしてひと月前、あの猫に格納庫で告げられた。あの場には私も居た。
私達はパイロットスーツを脱ぐのも忘れここに来た。
曹長達に至っては、小銃や、ボンベ、ゴーグルまでつけっぱだ。
「次、貴女達
そこでZuluが声を上げた。
『それに関しては
しばし悩んだあと局長は答える。
「良いでしょう。話してください。」
『ありがとう。ではお話しよう。この騒動の顛末を。』
来た。核心。我々人類が後退を余儀なくされたスカイツリー事変。
そして守る事に専念する事になった事実。
固唾を飲み込み、Zuluを見つめる。
『始まりはそう。2003年君達の世界では地上デジタル放送が始まった。アナログ放送波を糧に生きてきた
裏世界では見当たらなかった。スカイツリー以外か?
また裏世界での戦いになるのか。
『
そして起こった大量捕食。
《ゆくりなき地上波》事件だ。
繋がった。未来がこちらに来た経緯もだ。
確か中学から前の記憶は無い。
ゆくりなき地上波事件は中2の時の事件。間違いない。
生活を豊かにする為に生み出された地上デジタル放送が、知らずの内に
私達も加害者だった。お互いに互いの存亡を賭けて戦ってしまっていたのか。
補給すべき電波が無くなり、仕方無く代用出来ないかと人を襲ったのか。
「Zulu。私達と君達が、分かり合える未来はあるか?」
局長はどちらも見捨てようとはしなかった。
どちらも助ける。それが答え。
『アナログ放送が、戻らない限り無い。だから頼みがある。どうか
残酷だ。どちらかしか救えない。
それにまさかの女王を倒せと?こいつらの頂点。ボスを倒して欲しいと願い出たのか。
『これ以上苦しむ
予想外の結末だ。女王を倒さないと未来がない、とでも言うのか。
それに解放してほしいと。これ以上生きる事は望まないのか。
そんな事。そんな事。選べない。でも選ばないといけない。
こんな事どうしてこんな残酷な事。
「未来ある方が残る。それは間違いありませんね。しかしそれでいいんですか?もしかしたら生き残る道が残されているかもしれません。」
『
そうか、体は毒されている。今この時も放送は流れている。この時に体を蝕まれているんだ。
「そうか。ならば意志を汲もう。それが本望。そちらの総意なのだから。して
局長は決意した。Zuluの意志を尊重すると。そうなれば即ち局の総意だ。従わざるを得ない。
そして肝心の女王の居場所。やはり虚数空間なのだろうか。
裏スカイツリーへの往復では見つけられなかった。
『
既にもう来ている。私達の世界に。それも
時間が残されて居ない。東京全てが人質になった。
攻めに転じた放送局はこのまま攻め続けるしかない。
「ではZuluはそのまま、戦術作戦課にて解析作業へ。城未来からもこれ以上聞き出せないでしょうから、これにて閉廷します。最後に、2人……いや1人と1匹?とも我々対電波放送局……いえ、人類に対し攻撃に出る事はありませんか?そう誓えますか?」
「私は誓います。」
『
「では城未来とZuluについては局長・御園生詩葉預かりとし、基地内での自由を認めます。手錠を外してあげなさい。」
局員により未来の手錠が外される。
少し赤く色づいている。
「あの、終わったって事は行ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ。感動の再会だものね。」
私は走り出した。局長席から降り、メインモニターの前に立ち尽くす未来の元へ。
そして抱きつきこう言った。
「おかえりなさい!未来!」
「はい、ただいま美空。ごめんね迷惑かけて。」
私達は泣きながら抱きしめあった。
そこに餘目曹長と噛崎1曹もやってきた。
みんなで抱きしめあった。
たとえ
「城1曹。錦糸町事変では迷惑をかけたな。それでも部下として作戦についてきてくれた。ありがとう。嬉しかった。」
「ボクも可愛いものを認めてくれてありがとう。剣士なのに可愛いのが好きなんて可笑しいばっか言われたのに、城さんが初めてだったよ。」
「みんな未来が必要なんだよ。私はみんなの過去を、気持ちを聞いた。だから言える。未来は必要だと。」
なんだか恥ずかしいけど本心なんだ。
あの日話しかけたのは間違いなんかじゃない。
こうなりたいって願ったからだ。太陽がいないと月は輝けない。私は月ほど綺麗じゃないけど。未来にとっての月になる。
この都市の人達は誰1人、犠牲にはしない。
守るんだ。私達が。
「話は聞いてました。やりましょう。今、女王をどうにか出来るのは私達
「ナイツオブ……なんて?待って恥ずかしいそんなの名乗ってたの?」
恥ずかしいかな?かっこいいと思うんだけど。
局長が着けてくれた私達のコールサイン。
夢を背負った騎士達。
気に入ってたんだけど。
そこに局長が降りてくる。
「城さん、早速で悪いけどシミュレーターに入ってちょうだい。
それは仕方ない。わかりましたと未来。
「じゃあ、訓練機はお返ししますね!私には予備の汎用機がありますので!」
しかしそれを局長は断った。
「訓練機は今まで通り鐘倉さん。あなたが乗って頂戴。考えがあります。数値次第では。」
超人はまた何か思い付いたらしい。
とにかくシミュレーターを起動しよう。
「戦術作戦課。暫くZulu借りるよ。終わったら返しに来る。」
「さぁ、私に入って。」
そう言うとZuluは再び未来の中に入った。
猫目になる。
「行きましょう。」
未来は歩き始めた。
――――――――――――――――――――
みなが見守る中シミュレーションが始まる。
事象は最も汎用的な秋葉原事変。
幾度も幾度も練習した物だ。
敵の出現パターンまで覚えてしまい書き直しが行われた。
未来の機が空間に出現する。
私達はモニターを凝視する。
「計測始めて。城さん、どうぞ。」
「はい、行きます!」
それは驚くべきものだった。
覚醒とでも言うべきか。
触手を紙一重でかわし、ナイフだけでコアを割って回っている。
バリアのない
的確に刺し貫く。
これまでの未来と違う。私が知ってる未来と違う。
これが
反応速度も桁違いだ。
そうしてシミュレーションは終了する。
局長は笑っていた。いい意味なのだろうか。
未来が出てくる。
「凄いよ未来!何今の!」
「分からないわ。ただ体が勝手にそう動いたの。」
シミュレーターを、マシンスペックを凌駕した。
これはもうマシンが未来についていけない。
そこで局長が提案する。
「城さん。貴女専用……では無いのだけれども、現在福岡重工にて建造、呉海軍工廠にて改造中の《新型参式人型装機・改改》が納品予定です。副長搭乗予定でしたが、この数値なら貴女で決まりでしょう。どうですか?」
私が乗るはずだった参型が参式になり、さらに2段階の改造を施されている。
それが巡り未来の機体となる。
「私はやります。やらせてください。」
「決まりね、すぐ連絡入れるわ。ただ、貴女に合わせる英霊は多分見つからないわ。汎用で用意するね。」
最終決戦に向けての準備が着々と進む。
これがホントの最終決戦。
私達の未来と
全てが決する時間が始まる。
私達は核心に触れた。
そして、解決する義務が生まれた。
私達は臨む。
新生
月の涙が零れ落ちる季節に 完
月の涙が零れ落ちる季節に。 陽奈。 @hina-runa
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