第八話 お店を守る
次の日は土曜日で学校は休み。でも、朝早くに卵やさんが来る予定だから、私は早めに起きてお店で待っていた。チリン、チリン、店の戸が鳴った。
「おはようござ……あら、馨」
時計を見ると、まだ八時を回ったところだった。
「どしたの?こんな朝早くに、まあ、奇麗ないちご」
「親父が持ってけって」
「わあ、いちごを届けてくれたんだ」
「違うよ。ここへ行くって俺が言ったから、じゃあもってってやれって預かったんだ」
「どっちでも…そう、ありがとう。今日のメニュー増やさなくっちゃね。ケーキまでは作れないけど」
「きょう店やるのか?」
「うん、何故?」
「たまには俺とどっか行かないかなあと思ってさ」
「どっかって?」
チリン、チリン、
「おはよう、ちょっと遅くなって」
「おはようございます。卵屋さんなの…」
「運んでやるよ」
「気をつけてね。あっ、こっちに置いて」
「おまえ本当に楽しそうにしてるな。俺なんか、なにも無理して店開けなくてもいいのにとしか思えないのに」
「別に無理してないわよ」
「わかってるって。そこが違うんだよな」
「どっか行ったら楽しめるってもんでもないでしょ。いろんなおばあちゃんとか、おもしろいおじさんとか来て楽しいわよ」
「手伝おうか」
「えっほんと。大丈夫か…… まっいいか。そこの大きななべにお水を入れて卵をゆでるの」
「これ?」
「うん、これ秘密兵器。タマゴに穴を開けて茹でるとね。ツルッと剥けるんだ」
「少し長めにゆでて、水にとってからザッと氷を入れると向きやすい茹でたまごになるのよ。私がやっている間は、モーニングとサンドイッチくらいね。あとはお手上げ。今日はフルーツにイチゴつけよ!」
「調子くるっちゃうな。ちゃっかりおばさんしてて」
「そうかなあ店長さんですからね……馨、勉強してるの?」
「ああ」
「泉がこっちより向こうの方がレベル高いって言ってた」
「いろいろあるさ。泉は難しい学校狙ってるんじゃないの。おれはおれの行ける学校でいいからサ」
「そうか」
「推薦で行ける私立にしようと思ってる。寮もあるしな」
「寮に入るの?」
「そりゃあ自炊なんて出来ないから」
「大変だね、田舎の子は。都会なら学校もいっぱいあるし、無理しなくても家から通える学校に行けるのに」
「子供の時からそういう空気すって生きてきたからあまり無理とも思わないけど、素直みたいに、ここが楽しいって思え無いのはちょっと淋しいな。だけど素直がここにいたいって言ったとき、今までこっちはだめと思ってた気持ちが少し変わっていく気がした。
田舎が本当に嫌なのか、ここはダメと思っている自分が嫌なのか、わからなくなってきて、町の学校に行くにしても、もう少し考えた方がよさそうな気がした。ひとまず行こうと思うけど、いろいろ考えてみるよ」
「そうだね、まだまだ考えること一杯あるよね」
トゥルルルル…トゥルルルル…電話のベルが鳴った。
「もしもし、あ、お母さん!お父さんどう?」
「あ、素直元気にしてる。お父さん動けそうだから一度連れてそっちに帰るよ」
「へえ~、父さん、動いていいの」
「うん、大丈夫そうよ。又こっち立つとき連絡するけど……あ、おばあちゃんに様子知らせて、なるべく早く帰るって」
「わかった、じゃあね」
「なんて?」
「父さんと帰ってくるって。でも……父さんが仕事途中で止めて帰ってくるなんて、よっぽど悪いのかなあ」
「でも良かったじゃないか、動けないほど重病じゃなくて」
「うん、そう思おっ」
「あ、おばあちゃんに連絡するね」
「おう!」
朝の忙しいうち馨は店を手伝ってくれて、昼過ぎから私が馨の家に遊びに行った。
「こんにちは!」
「ああ、こんにちは」
「あの、いちごありがとう。とっても奇麗で美味しかったです」
「お母さん帰ってきた?」
「あ、今朝電話で早めに帰ってくるって」
「そう良かったねぇ。お店休みだと、おばあちゃん達寂しがるし、そりゃあ良かった」
「馨の家は大き過ぎて迷うね」
「だろー、古いからな。ギシギシいって怖いところもあるぜ。この上は随分上がって無いな。子供の頃は、よく父さんについて上がったけど。この村がずっと見渡せるぜ。うちの家で一番高い所だからな」
「階段長いのね」
馨は階段の上の天井を持ち上げて、屋根裏部屋に上がった。
「ちょっとそこで待ってろ」
暗い中を手探りで光の漏れている窓まで歩いて、雨戸を開けた。光がサアッと差し込んで天井裏が明るくなった。私は用心しながら歩いて馨の横に立った。
「わぁー、良い眺めね」
「だろうー」
「あれ、私の家?あ、あれ泉の家。大きな畑だよねー」
「この下ずっと家の茶畑だぜ」
「茶畑って奇麗ね。形がそろってて」
「一番茶は手で摘むけど、後は機械で刈っていくんだ」
「これが専業農家ってやつか、スケールが違うね。家の母さんが、植えても、植えてもきりがないってこぼしてた花畑があんなに小さいんだもの。おじさん大変だろうね」
「でも、サラリーマンも大変なんだなって思った。素直の親父、身体壊して、これからどうすんだろうって。子供と一緒に住めないほど忙しかったんだろ」
「あ、でも父さんは楽しそうに仕事してたよ。仕事の愚痴こぼした事なんて無かったし。母さんは寂しそうだったけど」
「家は夕ご飯一緒に食べない日無かったし、雨が降れば将棋の相手してくれたしな。金は儲からないかも知れないけど生活に困ってる訳じゃ無いし」
「でも、どっちにしても我慢と思ったら寂しいよ。私、都会でずっと我慢してきた母さん見てて、そう思う。今は幸せそうだってそう思う……。
その人が幸せになれる方法がきっとあるんだと思うんだ。私も母さんに感化されたのかなあ。こんな農村風景見ると幸せだなあって思うなんて。馨は?」
「わからん。まだよくわからん」
「しかし大きな家だね。おばさん管理するの大変だろうな」
私達が火の見櫓みたいな屋根裏部屋から降りてくると、下の部屋でおじさんとおばさんが待っていた。
「これ、見てみないか?」
「何ですか」
「小学校の卒業写真」
「わぁー~これ母さんも写ってます?」
「すぐわかるよ」
「どれどれ、あ、これ、まさか私みたい」
「だろう」
「みんなが似てるっていうはず……。これおじさん?」
「ん、そうそう」
「馨そっくり!」
「へんなの。こんなのとっとくなよ」
「中学校変わってないね。学校もそのままって感じ。すごいね、感動的!」
「おじさん達の担任が、今の校長やってるんだよ照れ臭いな。子供の事言うと、お前もそうだったって反対にしかられたりしてな」
「ずっと同じ所にいるとそういうこともあるんですね」
「まあ、田舎は特別だからね」
「おじさん、高校は?」
「わしは、そのまま地元の祭那高校へ行ってその後ずっとお茶の仕事をしてるんだ」
「じゃ私受かったら後輩ですね」
「祭那高校受けるんかね」
「はい!」
「へえ……」
美味しいお菓子を頂いて、とっても美味しいお茶を飲んで、馨の家を後にした。
「楽しかったな~。空見た?」
「え?」
「奇麗な雲が流れてて……、ビルとか家とか有ると空のかたちがかわっちゃうじゃない。角、角って。山とか、木とか、川とかだと空のかたちがゆるやかなカーブで出来てるの。あれ、良いよね」
「ああ、そうだな」
「私、心に写しておいたから……この村の景色」
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