第七話 アメリカヘ?
お盆が過ぎて夏が終わると、三年生はようやく、高校に向けての進路指導が始まった。私は何故か他地区の高校へ行こうと言う気にならなかった。同級生達の中でも町へ出たいとか都会の学校に進学したいと言う希望が多くて先生も皆の希望を調整するのが大変そうだった。
泉もやはり町に出たいと希望を出していたし、成績のあまり良くない馨でさえ、町の学校を目指していた。
私は都会で育ったせいか、母さんが田舎が好きなせいか、無理に町へ行きたいとは思わなかった。この家から通える学校に行きたいと希望を出していた。その希望が意外だったらしく、先生もみんなも不思議がっていた。
「お前、ここから通える高校に行くのか?」
柏の木の下で相変わらず待ち伏せしている馨が聞いた。
「母さんの店も手伝いたいし、自転車で風切って走るの好きだし、もう少し、ひょっとしたら一生。此処の空気吸ってたいなって思ってるよ」
「俺なんか田舎の生活に飽き飽きして、一日でも早く都会に行きたいと思うのに、変だなお前」
「馨、本当に飽き飽きしてるの?飽きるほどここの生活楽しんでる?」
「楽しんでるって言われても、楽しむもんなんて大して無いぜ」
「馨は私の事、好きだっていうけど、それって私が都会育ちだからなの」
「まあそれもあるけど…お前明るいし、いつも楽しそうだし、だからかな」
「私は。此処が好きだな。ここで育った馨も泉も、みんな好きだな」
「そうか益々わからんな」
「ま、一度都会の空気吸って来ないとわからないかもね。此処の良さは。みんなが帰って来るの此処で元気に待ってて上げるわ」
「帰ってこないかも、しれないぞ」
「そしたら、都会育ちの誰かにお婿さんに来て貰って、幸せに暮らすわ。とにかく私は此処にいるから」
馨は黙って私を見ていた。
「信じられねえよ……」
ブツブツと言いながらも、この村が好きだと言った私の事を嬉しく思っているみたいだった。
次の日……、郵便屋さんが来て、夏前以来無かった父さんからの便りを運んで来た。母さんを冷やかしながら手紙を開けさせると、それは…父さんが、身体を壊して、調子が悪いと言う知らせだった。
「どうしよう素直、お父さん身体の調子悪いんだって」
「どうしようって、どんな調子なんだろう」
「何も言ってこないし、手紙も無いし、てっきり元気に飛び回ってるのかと思ったら、あの父さんが身体壊したなんてね」
「母さん!冷静に関心してる場合じゃないでしょ」
「そんなこといったって……」
「アメリカへ行ってきなよ。手紙じゃ、わからないよ」
「素直、だって受験とか大事な時なのに」
「私は大丈夫よ。ほらこのとうり身体だってピンピンしてるんだから。出来ないことがあったらおばあちゃんだっているし心配しないで。母さん、とにかく行ってきなよ」
母さんは、最後までしぶっていたけど、会社からも電話があり、一人交代に行く人がいるからその人と一緒に行ってはどうかと言われて、重い腰をあげた。父さんがアメリカへ立ってから早いもので半年が経っていた。
「父さん、どうしてるかなあ」
ずっと、離れていた父さんの事を考えていた。忙しいばかりでゆっくりと話をした事も無かった。その父さんが、アメリカで身体の調子を悪くしている。何で家に連絡が来たんだろうと思う。気持ちが反抗している。だって…ずっと父さんは会社の人だったじゃないか。なのに身体を壊して頼ってくるのは家なのかと考えさせられた。
母さん大丈夫かなぁ、遠くへ行った事無い人だし、ましてや外国なんて父さんが病気にでもならなかったら、一生行くことなんて無かっただろうなぁ、私は、家中の戸締まりをしてから布団に入った。
「おはよう、素直、お母さんアメリカに行ったんだって?」
「うん」
「お父さんそんなに悪いの」
「良くわからなくて、様子見がてらアメリカに行ったんだけど、家の母さんのことだから、何処も見ないで帰ってくるんじゃない」
「すごく心配してたから観光どころじゃないと思うけど…」
「私ならさ、ついでにあっち、こっち見てくるよ」
「またあ、良く言うよ!」
「おはよう!」
「おはよう」
学校はそろそろ、本格的な受験体制に入って模擬試験や補習が行われていた。まったく分かりやすい学校で、この間までのスポーツ熱がそのまま受験一色になってやたら補習に力を入れていた。田舎だから塾に行く子も無くて、今度は残り勉強って感じだった。
「素直、今日家にご飯食べにおいでよ。母さん用意しとくって言ってたよ」
「あ、ありがとう。そういえば、特別に意識したこと無かったけど、私と泉は従姉妹同士なんだね」
「そうそう私も何か改まってそう思ったよ。父さんの兄弟も町に出てて、こっちにはいないもんだから、会ったこと無い従姉妹も一杯いてさ、いいよね、従姉妹って。
おばさんいない間家にいたらいいのに」
「早く帰れる日はお店開けてるの。私の作れるものじゃたいした物ないけど、母さんこの頃欲出しててね、店閉めたくないって言ってたから」
「あんた受験勉強してるの?」
「ああ、やってるよ」
「まったく、此処の高校行くって言うし。勉強は楽だろうけど、みんな驚いてたよ。馨なんかがっくりだよ。きっと同じ学校へ行こうと思ってたんじゃない」
「私気に入ってるんだここの生活。みんなは飽きてるらしいけど」
「本当はそう言うのがいいんだろうな。私都会のトマト食べれるかなあって思うときあるんだよ」
「泉は美味しいトマト食べて大きくなってるからね。慣れるまで大変かもね」
泉も、馨も、もう進路は決めているんだろうな。きっとずっと高校は都会でって、そう思ってきたんだろうな。今更引き留めることなんて出来ないけど、何処にいてもずっと変わらず友達でいたいなと思った…。
「泉、もう少ししたら卒業だけど……私達これからもずっと友達でいようね」
「なによ、改まって。あ、夏の写真見せてあげるよ。父さん撮ってくれたから」
「うん」
私は、その夜、泉の家に泊まった。浴衣を着て並んだ同級生の笑顔がまぶしかった。
「これ、一枚もらってもいい?」
「いいよ」
「記念にとっとこ」
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