第六話 母さんの店
「母さんも龍神神楽やったの?」
「あら、神楽の話、聞いたの」
「うん、今日お宮で太鼓の試し打ちを聞かせてもらったの」
「母さんの子供の頃は、女の子はやらせてもらえなかったよ。夏の夜にたいまつが明々と燃えて勇壮だったねえ」
「そうか、女は、やらせてもらえなかったんだ」
「お前やるのかい?」
「さあ、どうかな」
「そうか、お宮を見てきたんだ」
「友達になったの。高畑馨。もう少し行った先の、すごい大きな家の子、おじさんが居たよ。咲きちゃんの子かって、良く似てるって言ってた。しょっちゅう言われるから慣れちゃったけどさ」
「そう……」
母さんは何か思い出してるみたいに、静かに目を伏せていた。
「母さん、子供の頃を思い出してるの?」
「え?ううん」
「懐かしそうな、ちょっと悲しそうな顔してる」
「母さんにもお前くらいの歳があったんだなあー、元気で、明るくてさ。母さんの頃は女は神楽は出来なかったし、同じ学校に通っても小作と豪農では貧富の差も激しかったし、良い時代になったなあって思うよ」
「貧富の差……」
想像もしていなかった言葉が母さんの口から出てきて、息が詰まる気がした。昔なら、あんな大きな家に住む馨とは付き合ったり出来無かったんだな。と思った。
☆ ☆ ☆
次の日お宮に行くと、馨が私と二人で川へ行った事をばらしたもんだから、みんなから久しぶりに色々言われて、今度は抜け駆けせずにみんなで行くことを約束させられた。
龍神神楽の練習にも参加してみようと思った。みんながやるならやってみるのも悪くない。
戸惑いながらももようやく軌道に乗って、初めは音が出なかったものの、私もみんなの曲に合わせて、つっかえつっかえ横笛が吹けるようになった。
ここまで一緒にやってくると出来がどうと言うよりも、一つの事をみんなでやっていると言うことが楽しくなってきて、本番まであとわずかな時間を頑張ろうと思った。他のパートの子が声をかけてくれて、合わせて練習した。
「いやあ、村中にお囃子が響くようになったねえ」
「いい季節だよね。窓を開けるとサアッと風が入ってさ。団扇とか蚊取り線香がよく似合うよね此処は」
「そうよ。お祭りにはみんな浴衣着てさ」
「浴衣。私のあるの?」
「あるある、おばあちゃんが縫ってるよ」
「へえ知らなかった。今度見せてもらってこよっと」
「この前、反物広げて悩んでたよ。どっちが素直とか、どっちが泉とか」
「お母さん、どうせ気の無い顔してたんでしょう」
「そんなことないわよ。おばあちゃんに任せとけば大丈夫だから口出さないだけよ」
「ほら~そんなことだろうと思った」
「あ~あ、蚊が多いのがたまにきずだね。一匹でも入ってくるともう寝られなくなっちゃうよ」
「あんな事言って、田舎が好きなんだから、蚊がどんなにいたって我慢しなよ」
「まあまあ、素直もいよいよ説教臭くなったね」
「お店はどうなの?」
「それがみんな農作業の合間によく寄ってくれるのよ。野良の帰りとか、息抜きに。繁盛してるよ」
「そりゃあ良かった。母さん楽しそうだし、花も奇麗に咲いてるし、めでたしめでたしってとこね」
「この頃野菜を持ってきてくれる人も増えてね。お金貰うの心苦しくなったりするよ。夏祭りこの辺では有名だから、ひょっとしたらよそから神楽見に来る人も出てお店忙しいかもね」
「お母さん、お祭りなんて言ってられないかもね」
「あんたもよ、あんまり忙しかったら手伝ってもらうからね」
「えー、そんな母さんの趣味程度に一日、二~三人位お客があれば良かったんでしょ。お祭りの日は店閉めたらいいんじゃない」
「なに言ってるのよ。お客様有っての、お店ですからね。どんな時も開けなきゃ、見捨てられちゃうわよ」
「セルフサービスにして色々おいといたら、ほらあっちこっちに有る、野菜の無人販売みたいにさ」
「まあなんてこと言うのまったく」
母さんは始めた頃より数倍欲を出してお店に力を入れていた。実際にやっていると、今度は今度はと次々に考えることが出てくるんだな。母さんはこの村に帰ってきてから、変わったと思った。今までの受け身の生活から脱却して積極的に生きていこうとしているのが嬉しかったた。
お祭りの日が近づくと…町に出ている村の子や孫や、母さんの同級生も帰って来て村の人口が急に増えていた。母さんの店を見付けては懐かしそうに、
「村に帰ってお店始めたんだってね」
と、話は尽きない様子だった。私も練習や、予定の無い日は母さんの店を手伝った。ケーキの作り方も教えてもらって、練習にも持っていったりした。
「素直の店のケーキ美味しいよね」
「これこの間たべたよ。美味しかった」
「お店急がしそうだね」
「うん、全然お客がこないんじゃないかって、母さんと心配してたんだけど、この頃忙しくて大変よー」
私の同級生の親がまた母さんと同級生だったって人も多かった。そんな親子でお店に寄ってくれて、母さんは益々うれしそうだった。
お盆の日は、村中賑やかになって、お宮の境内は夜店の準備でごった返していた。
私達は人込みを通り抜けて神楽殿の裏へ回ると衣装を付けたり、音を合わせたり、初めての事ばかりに大童した。踊りの子もお囃子の子も色の違う同じ衣装を付けた。晴れがましい縫い取りや、刺繍のついた衣装を身に付けると気が張った。
世話役の幸輔さんから段取りの話を聞き、私達は神楽殿のきざはしの横で控えていた。辺りが薄暗くなり、段々闇に包まれる頃になって、たいまつに火が入った。
めらめらと燃え盛るたいまつの灯かりの中へ、神楽の子供たちが進み出た。
「そーれ!」の掛け声で楽器を構え一斉に奏で始めた。
夜の黒と、炎の赤と、衣装の金色が混ざり合って、とても美しい。私は笛を吹きながら、馨と初めてお宮へ来たときの事を思い出していた。
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