第五話 三度目の正直 

「おっす!」

「おはよう」

「三度目の正直。良かった。素直とデイトできて」

「デイトじゃないって」

「なんで?」

「私はそう思ってないんだから、違うの」

「お前、素直じゃないな」

「あ!」

「ごめん。また怒りに触れた」

「もうー、よく言われたのよ。素直じゃないって、だから慣れてる。本当は素直じゃ無いほうが私らしいんだ」

「そっか」

「こっち来てから、何か素直になっちゃって自分でも不思議だったんだ」

「じゃあ、俺と居るときの方が素直な素直ってことだな」

「変なの。ねえ、変な格好ね」

「え、都会的だろ。ジャージの上下にスニーカーだぜ」

「なんか目立ち過ぎて変」

「何だ都会じゃみんなこんな格好してるんじゃないの?」

「都会でも変わったのがそういう格好してるのよ。第一このテカテカした赤は鈍くさいって思うよ」

「え、今までは田舎もんに言われてたから、わかる奴にはわかるんだよって笑ってたけど、お前に言われると笑えないなあ」

「まあ趣味もあるけど、私は一緒に歩きたく無いね」

「ちょっと待ってろ、着替えて来るから」

「え、着替えにいくの?そこまでしなくてもいいよ、今日一日くらい、我慢するわよ」

「いや、ちょっと待ってろ!」

 自転車を私に押し付けて、馨は小走りに駆け出すと、大きなお屋敷の石段をとんとんと登っていった。

 ここが馨の家か……。何だかため息。馨の家は、石垣の上にお城の様にそびえ立っている。お屋敷の一段下に大きな畑が広がっていた。石垣の下で休んでいるおじさんに挨拶をした。

「こんにちは、この先の野瀬です」

「野瀬……?ああ、咲きちゃんの娘さんか。いやぁあの頃の咲きちゃんにそっくりだな」

 何処に行ってもこの反応には流石の私もまいるな。

「ひょっとして馨と同級生……。何か懐かしいねえ。そうか……馨も同級生なんだ。あいつ都会かぶれで少しおかしいから、まともになるように笑ってやって下さい」

「はい!」

 私が笑って答えるとおじさんは満足そうに笑った。馨が着替えを済ませて階段を走り降りてきた。赤の長袖、長ズボンから、TシャツとGパンになって、とにかく今の季節らしい服装になった。

「その、Tシャツ何処で買ったの?」

「変?」

「まあ、さっきよりましだわ」

「良かった」

 私はおじさんにあいさつして歩き始めた。

 馨はよくしゃべった。何で学校であんなに知らん顔してたのかと思うほど楽しそうにしていた。

「学校じゃ、女とは話さん事にしてるんだ」

「どうして?」

「おれ、口が軽いから、すぐ誤解されて噂の種になるんだ」

「そういうことが今までも有った訳」

「有った、有った、なで切りみたいに言われて、すぐ女を替えるとかさ、それで学校では女と話さんことにしてるんだ」

「何だかおぞましい話ね。でも、学校じゃ無くたってこうしてたら噂たつかもよ」

 そういったら、馨は自慢げに、

「だから、噂が立って欲しいやつとしか話さないようにしてるんだって」

「ふーん……。何か複雑」

「気にするな。いくぞ」

「かおるってみんな呼ぶのね」

「そうだな、子供の時からずっと一緒で、兄弟か従姉妹みたいなもんだから、誰がどういう奴かって、知ってるよな」

「お父さん、馨の事、都会かぶれだって言ってたよ」

「ここは、田舎だから、みんな都会に行きたがる。口には出さないけど中学三年位になるとそう思ってんだ。俺はそれを隠すのが嫌だから都会ぶったりしてる。大して意味無いけどな」

「都会は良いと思ってる?」

「よく知らないからな。でも一度は行きたいと思ってる」

「そう」

「お前は好きか?」

「私?田舎が好きな母さんの横で育ったから田舎の暮らし嫌じゃないよ。毎日、花植えたり、野菜を育てたりしている母さんを見ていると、幸福そうだって思う。近所の人が、野菜とか持ってきてくれるじゃない。ああいうの都会にはないから……。私達が失ったものがあるって気がする」

「素直の家は、専業農家じゃないからな。家は専業でお茶を作ってるんだ。毎日、毎日、仕事仕事で、あんまり儲からなくて大変みたいだ」

「でも、馨の家大きい。かなりあるよね」

「そうだな、家だけは大きいな。昔からの古い建物もあるし、使って無い部屋も多いし、掃除や、草刈りとかが大変で母さんが泣いてるよ」

「私、掃除なら手伝って上げるってお母さんに言っておいて」

「また、じゃあ今度は村の案内じゃ無くて、家の案内しなくちゃな」

「一日くらいかかる?」

「さあ、一日じゃあすまないかもな」

「すごーい」

 私達は、村のお宮に行った。大きな杉の木が立ち並び注連縄が張られている。それが御神体と聞いて驚いた。

「盆にみんなで龍神神楽をするんだ。もうそろそろ練習が始まる」

「馨も踊るの?」

「ああ、お囃子とか他にも役割があるんだ。素直もやるか、世話人に言っとくぜ。中学生が中心でやるんだ。今年は三年だから。張り切らないとな」

「お、太鼓の音が聞こえる。ちょっと見てこようか」

「良いの?」

「こんちわ。見学させてもらいます」

「おう、そろそろ始まるな。今年も楽しみにしてるぜ」

「彼女、野瀬素直、引っ越してきたばかりで村を案内してるんです」

「あの、こんにちわ。野瀬です」

「珍しいな、馨が人の案内なんて」

「少し見てって良いですか?」

「ああ、どうぞ。今楽器の点検をしているところなんだ。練習が始まる前に手入れをしとかないとな」

「どうした?」

「うん、迫力……。置いてあるだけでも近寄れないって雰囲気」

「ここ薄暗いしな。小さい時から見慣れてても足がすくむよ」

「馨、太鼓こっちに出してくれ」

「素直、そのばち取れるか?」

「うん……、踊りだけじゃなくて、演奏もするのね」

 神楽殿の中に太鼓の音が響き渡った。日中でも薄暗くて、あちこちに何か居そうで、太鼓の音がもののけの声の様に聞こえて、人がたくさんいても薄気味悪かった。

 馨と神楽殿を出て、鬱蒼としげった杉木立の中を下った。馨は思った程、変でもないし嫌なやつでも無かった。

「後ろに乗りな」

 この命令口調だけはちょっと苦手。でも、うんと素直になって乗ってみた。

「スピード出すぞ!」

「きゃあー」

「ちゃんと捕まれ!」

 自転車は、道の蛇行に合わせて、左右に大きく揺れた。私は馨の背中にしがみついて坂を下った。


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