第四話 クラブが始まる
「おはよう」
「おはよう」
チリン、チリン、チリン、
「おはようございます」
「おはよう!野瀬さん」
「昨日は楽しかった」
「私、牧村泉。バレー部の部長してるの」
「牧村ってどっかで聞いたことある。……本家の牧村さん?」
「そう、家も近いよ。野瀬さんちの反対側。道が一本違うから、保健所の方から出てくるけどね」
「ふーん」
「近いと言っても、歩くと割にあるかな。田舎は家と家が離れてるから、田圃の中にぽつんとあったり、防砂林に囲まれてて家が見えなかったりする家もあるしね」
「私の家、周りをグルッと花を作るって母さん張り切ってるけど、植えても植えても切りが無いって、もう弱音はいてるよ」
「家はね、トマトとか、胡瓜とか、かぼちゃとか作ってるのよ」
「あ!夕べ食べたよ。すごく美味しかった」
「でしょう。家のトマトこのあたりじゃ自慢のトマトなんだ。……あ、男の子達!」
前を見るといろんなユニフォームを着た男子達がマラソンをしていた。
「ファイト、ファイト!」
「野球部の川田正平が声をかけて、みんなで走ることにしてるんだって。全部のクラブが入り交じっているから格好が不思議でしょ」
「うん、」
「あの赤いユニフォーム着たのが高畑馨。あいつカッコ付けてる、いつも自分だけ目立ってるんだ」
マラソンの一団は二列で、畦道を曲がるとこっちに向かって走って来た。見る見る近づいてきて、私と泉さんの前で二手に分かれて、私達の脇を通り過ぎて行こうとした。その時、赤いユニフォームの高畑馨が、私の自転車のかごの中へ何か入れて走り過ぎた。
「え?」
「行こう」
「う、うん」
教室に入ると、すでに半数の人が来ていて、それぞれ勉強したり、本を読んだり、おしゃべりをしたりしていた。
私は、すれ違いざまに渡されたメモが気になっていた。自分の席に座ると、落ち着いて深呼吸してポケットから出したメモを机の下でそっと読んでみた。
野瀬素直様
ようこそ我が祭那中学へ、今日一緒に帰ろう。校門手前の柏の木の下で待つ。
かおるより
「まあ!」
「なに?」
「ううん!なんでもない!」
なんて強引なんだろう。読んだらカーと頭に血が昇って、ドキドキしてきた。初めての手紙でこんなこと書いてくるなんて。どういう神経。私は慌ててメモを握りしめてポケットに突っ込んだ。
メモをくれた高畑馨は、その日一日、私の事は無視して知らん顔していた。授業の間の休み時間も男同士で集まってワイワイやっていたし、一度も私とは目を合わせない。始めは意識してた私も、そのうち忘れて、いつの間にか授業が終わった。
「野瀬さん、クラブどうする事にした?」
「あ、バレー部に入るわ。今から練習に行こうと思ってる」
「そう、じゃあ体育館に案内するね」
二人で並んで歩いていると、前から高畑馨がゆっくりと歩いて来た。こうやってすれ違うと背も高い。また緊張が戻ってきた。顔をこわばらせ乍らも何喰わぬ顔で通り過ぎようとすると、あいつは鼻歌を歌っている。やっぱり知らん顔してた。
そうだ、私をからかってるんだ……。そう思うとムカムカするけど、私も知らん顔して通り過ぎた。
「高畑くんていいよね」
「ええ?」
「すごく優しいんだよ。私、小学校二年の時にね……」
そうか、一クラスしかないってことは、小学校からずっと一緒ってことなんだ。小学校の頃までさかのぼって話し出されると、みんないい奴になるんじゃないかって思った。
クラブが終わって校門へ向かうと柏とやらの樹の下で馨が立っていた。知らん顔で通り過ぎようとすると、
「何だよ、メモ渡しただろう」
むっとなって怒ったように言った。
「そんな、私の都合も聞かないで勝手に決めないでよ!」
私の剣幕に少しひるんだけれどすぐに応酬してきた。
「帰る方向一緒なんだから都合もくそも有るかよ」
「一日、私の事、無視してたくせに」
「無視なんかしてねえよ。お前意識してたわけ」
「うるさいわよ!」
「ひえー、狂暴」
私はそのまま馨を振り切って家に帰った。
次の朝も昨日と同じようにバスケットの中にメモを入れていった。
野瀬素直様
昨日は楽しかった。今日も待つ。
かおるより
「もう!」
私をかんかんに怒らせて、また自分はいつも通りにしていた。
私は、柏の木の下で待っている馨を無視して裏門から遠回りして帰った。
家に帰ると、村の地図を広げて馨の家を探した。
「同じ方向だって言うことは、この道に沿って、高畑、高畑、……これだ」
馨の家は私の家を通り過ぎて何件か向こうの道路の左側にあった。
「ここか、でかそうな家だな。家の何倍も有るよ。ん、でも高畑って他にもある。この辺に固まってはいるけど、あいつの家はどれかなあ」
「素直、何よ、何度呼んでも返事しないんだから、電話だよクラスの子から」
「待ってて、すぐ行く」
「もしもし素直です」
「もしもし、俺」
「なによ!」
「まて!電話切るな」
切ろうとして持ち直した手が止まった。
「明日休みだろう」
「うん」
「村を案内してやる」
「そんなのいいわよ」
「俺がしてやりてえんだよ。明日お前の家の西側の祭り小屋の前で待ってな」
「どうして何でも勝手に決めるのよ」
「そう怒るなよ。毎日プリプリしちゃってよ…」
ガチャン。私は電話を切った。
「どうしたの。素直?」
「どうもしない。……お休み」
あ、そうだ……。
「お母さん、この先に高畑っていう家、有るの知ってる」
「ああ、何件も有るよ。あそこはこの辺じゃ格式の高い家だったんだ。昔は庄屋とかしてたって聞いたし。今の村長もたしか高畑さんだったと思うけど」
「お母さんと同じくらいの歳の人いた」
「うん、同級生がいたよ」
「どっち、男、女」
「どうかしたの?」
「うちのクラスにいるんだ。高畑って嫌な奴がさ」
「へえ、じゃ寛ちゃんの子供かなあ?」
「かんちゃん?」
この村には、母さんの歴史があるんだな。同級生とかいっぱいいるんだろうし、いろんなことあったんだろうな。話を聞いていたら気持ちが落ち着いて、明日は馨に付き合ってやろうって気になってきた。
「付き合ってやるか」
布団に入ると、今日も蛙が鳴いていた。
☆ ☆ ☆
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