第三話 素直へ

   素直へ

 父さんは毎日忙しく、シリコンバレー中の会社をあっちこっち飛び回っています。

 とうとうアメリカに住むことになって、毎日不便だけど、好きなことをやらせてもらっているんだから不自由は覚悟しています。

 素直達が田舎でどうしているか心配しています。母さんは身体もあまり丈夫では無いから無理しないようにと思うけれど、ずっと行きたがっていた田舎だから張り切っているかもな。素直にとっては初めての暮らし。驚くことも多いと思うけれど、母さんの力になってやって下さい。父さんが力になってやれなくてごめん。


「なんだ、母さんの心配ばかり。これだからうちは子供がいじけるんだよな」

「なあに、父さんなんだって」

「ううん、なんでも。はい母さんの」

「へえ、父さん元気にしてるって。ほら、写真が入ってる」

「良かったね。元気そうで」

「父さん結婚前も一人で暮らしてたし今迄も出張とか多かったから、心配すること無いんだけど、別々に暮らすって改めて決めると、心配になるね」

「うん」

「あんたは、学校どうだった」

「楽しかったよ。すぐ慣れるよ。なんせ小さいから。校庭はだだっ広いけどね」

「そうなのよ。昔っから小さいのよ。それでも母さんの頃は二クラスあったのよ。どんどん子供が少なくなって、いまクラスも三十人ほどでしょう。これ以上減ったら学校無くなるんじゃないかって思うよ」

「自転車通学っていいね。風がすっと通り抜けて気持ちいいよ。……だけど役場の手前の坂を下り始めると、臭いのキョーレツ」

「野井さんとこ豚飼ってるから、臭うよね。でも、あそこの豚肉美味しいんだ。育てかたが良いのかなあ」

「何か、食べることと、作ることが近過ぎてグロテスクだよね」

「そう、何処にいたってそうじゃ無い。豚は臭いけど、誰かが飼わないと食べられないんだよ」

「はいはい、肝に命じます。感謝感謝!……花たくさん植えたね」

「広いからね。植えても植えてもきりがないほど」

「学校の畑にね。いろんなもの植ってるんだけど何が植ってるんだかちっとも解らないよ。だから、正課のクラブは園芸にしようかと思ってるんだ」

「へえー。園芸、吹奏楽部は?」

「もうクラブやれる日数も少ないし、今年は止めて、また高校に行ったら考えるよ。

窓から、眺めるといろんな葉っぱが揺れてて気持ち安らぐんだ。けど、どれがどの野菜か全然わかんないから」

「ほっといたって、そのうち解るよ」

「何で?」

「そりゃあ、実がなるから」

「そっか~」

 田舎の暮らしは、母さんから教わることとか、聞かないと解らない事が多くて、知らず知らず話をしていた。

 都会の暮らしは、母さんの知らない事の方が多くて話すことなんか無かったのに……。

 夕食に豚肉の料理が出て又二人で大声で笑った。


 母さんと私の住んで居る家は、おばあちゃんの家の離れ。長いこと誰も住んで居なかったので随分痛んでいた。ただ、おばあちゃんの知り合いの人が、家の前の畑を使ってくれていたお陰で、時々は家に風も入れてくれたし。畑の土も黒ぐろとしていて、すぐ使えて嬉しいと母さんは喜んでいた。

 お風呂とトイレだけ手を入れて、後は少しづつ障子を変えたり、家具を移動させたりして、なんとか住心地のいい家になった。

 離れと言うけど、今まで住んでいたアパートよりうんと広くて、夏休みになったら前の学校の友達いっぱい呼んで、合宿したって、部屋はいっぱいあるし、家の裏側には川も流れていてうんと楽しめそう。

 自分がだんだん田舎暮らしに馴染んで、楽しんでいるのがちょっと変な感じ。だけど、友達もいい子ばかりだし、そういえば私の名前なじる子もいないし、思っていたのとは随分違っていた。

「素直、勉強してるの」

「うん、授業、進むの早いんだよ。もっと、のんびりしてるかって思ったら、やってないとこいっぱいあって今日友達にノート借りてきたんだ」

「へえー、今日、本家のおじさんが来てくれてね、これ素直にって」

「なに?」

「トマト、真っ赤で美味しそうだよ」

「このまま食べるの?」

「そりゃあこんな奇麗なトマト切ったらもったいないよ。此処に置いておくから、手があいたら食べな」

「ふーん丸のまま食べるのか~」

「そう、丸かじりが美味しいんだよ」

 おじさんの庭で熟したトマトは、本当に真っ赤で、丸々としていて、いかにも美味しそうな顔をしていた。一口かじると、甘い汁が口の中からあふれてきて、慌ててティッシュを探した。

「こりゃあ食べごたえがある。一つでお腹一杯になりそうだ」

 夜食には調度いいかもしれない。お腹にももたれないし、さっぱりしてて喉が潤う。父さんにも食べさせてあげたいな。そう思ったら急に手紙を書きたくなって、勉強は一時中断して便箋を広げた。


    父へ

 手紙読みました。相変わらず忙しそうだね。父さん元気だって母さんも安心していました。こちらの暮らしは思ったより快適。

 友達もすぐできて、今まで苦手だった運動部にも入ってみようかなと思っています。(本当は、課外クラブはバレー部と卓球部とテニス部の三つしかなくて必ず入ることになってる!)

 私がバレー部とか入るなんてびっくりでしょ、自分でも……ビックリ。今日、本家のおじさんがトマトを持ってきてくれて、一つ食べました。とっても美味しい。父さんにも食べさせてあげたいなあって思ったら、手紙を書きたくなってペンを取った次第です。こっちに帰れるときまた一緒に食べようね。

                            素直より 

 

窓の外は月が奇麗。蛙が鳴いている。

     ☆  ☆  ☆   

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