第二話 クラブって?

 青々としげる葉っぱに湿った風が吹いて、時を数えないまま、雨が降ってきた。

「みんな、ちょっと吹き込みそうだから戸を閉めるか」

 社会の武田先生が声をかけた。

 窓に近い子達が立ち上がって閉めに行く。ためらいも抵抗もない。言われた通り行動に移せる。こういう反応って普通あんまりしない気がする。先生が言っても黙って知らん顔してたり、始めから聞こえて無かったり、雨が吹き込んだってお構い無しだったり。無頓着な反応が多くて真面目にやっているとからかわれる。

 この学校の生徒は素直から見れば、みんな明るくて素直だと思う。全校で三クラスしかない学校だから小ぢんまりとまとまっているのかなあ。

 制服もだらしないのが居るにしてもきちんとアイテムは揃っている。余計なものは持たないし、勝手にアレンジしてスカートを加工することもない。

 なのに、一人一人個性がのぞくのが不思議。前の学校の子達は、目立とうとしているのか、短すぎるスカートや曲がったネクタイ、それぞれ変わった格好をしているけど、歩き方やしぐさは何だか似通っていて個性を感じなかった。人が多いと顔を見る機会が少なくなって疎遠になるのだろうか…

 放課後、担任の先生に呼ばれて職員室に行った。

「クラブは何にするか決めたか?」

「まだです」

「そうか、まあ、考えるって言っても、ほら、男子は野球、卓球、テニス、女子はテニス、バレー、卓球の三つしかないから、迷うったって知れてるわな、野瀬さんは前の学校では何部に入っていたのですか」

「あ、運動クラブじゃなかったんです」

「そうか、文化部は正課のクラブがあるからそっちで入ってもらって、課外はさっき言った三つから探しておいて下さい」

「なにせ全校の人数が少ないから、どっかに入ってもらわないと人手が足りなくて練習試合も満足にできんのですよ。ハ、ハ、ハ」

 指導部の戸川先生が横から笑った。

「あ、はい」

 運動が苦手って訳じゃ無かった。だけど、それより音楽が好きだから吹奏楽部に所属した。母さんの付けてくれた素直って名前は、何処でもからかわれて、そのせいでか、先生につっかかる事が多かった。

 テニス、バレー、卓球、指を三本折ってこの中から決めるのかと考え込んだ……。好きも嫌いも無いよな。身体動かすの嫌って訳じゃないし、運動部は運動神経の良い子が入るもんだって思ってたし……廊下を歩きながらどうしようかと考えていた。

「もう帰るの?」

「え?」

「クラブ見ていきなよ」

 ハッ、と顔を上げるとうちのクラスの子が屈託なく笑っていた。

「ああ、クラブ…本当にみんな残っていくの?」

「うん、ほとんどはね。校長先生がね、中学生のうちは思いっきり身体を動かした方が良いって、まあ三つしか無いから先生もよく面倒見てくれてさ、顧問じゃない先生も時間があるとのぞいてくれるから楽しいよ」

 彼女が私の横で身振り手振り話ながら歩いた。

「私ねバレー部なの。下手なんだけどやってると楽しい。全校で女子が五十人弱でしょ。みんなでやらないと格好つかないじゃない。だから下手でも何でも借り出される訳よ」

「そっか、おもしろそうだね」

「そうそう、そんな感じ、みんなやってるから心強いってもんよ」

 私も、珍しく素直な気分になって楽しいってことを感じてみたくなってきた。

 別棟の体育館に入ると、元気なみんなの声が聞こえた。私を見付けると寄って来てくれて、わいわい色々紹介してくれて、照れ臭いけど嬉しい気がした。

「どのクラブに入っても結局一緒なんだよ。試合の時なんか混ざったりして」

「全員が残るなんて大変だから、そんなに遅くまでやらないし。せいぜい一時間半くらいでしょ。なんだかんだやってるうちにあっ、と言う間に終わちゃうし、物足りないくらいよ。良いよね」

「だいたい三つしか無いんだから、始めから選べないし、途中で変わる子もいるんだからさ…」

「じゃあひとまずクラブ、どれかに決めるって感じでいいのかなあ」

「そうそう、そんなに深刻にならなくたっていいんだよ」

「少しほっとしたな。前の学校クラブにすごく力入れてて、特に運動部はしんどそうだったんだ」

 全員が何処かのクラブに所属っていうからかなり強制的な感じがしたけど、クラスの自主残りみたいな、そんな感じで、行ってみると和気藹々と、とても家庭的なものだった。

 学校に対する緊張も少しずつ溶けて、自転車を踏むペダルが今日は軽かった。

 学校から帰ると、母さんは家の前の畑で移植ゴテを手に苗とにらめっこしていた。もんぺに大きなひさしの付いた帽子をかぶって、何処から見てもちょっとお洒落な農家のおばさん。町にいた頃から思うとおかしいけど、母さん、あのほうが性に合ってそうだった。

「おかえり」

「ただいま~」

 自転車のスタンドを立てて、郵便受けを見ると、友達からの手紙に紛れて、父さんからの国際郵便が入っていた。

「母さん、父さんから手紙来てるよ」

「そう、後で見るよ」

 私は、急いで家に入るとカバンを放り出して封を開けた。久しぶりの父さんの懐かしい字。日本を出発してから早いもので、二ヶ月たっていた。

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