プロローグ 2307年 10月 19日


 時は百数年前のこと。世界中で偶発的に発生した【怪獣】なる未知の脅威に対して、各国政府は『怪獣騒乱かいじゅうそうらん』の勃発を宣言

 領地や国境を問わず、各地で発生する強大な怪獣による人類への蹂躙を阻止するため、世界が協力すべきだと発表した


 今まで表層、水面下問わず争ってきた国々が『世界政府』の元、同じ場所、同じ方向へ進み始める

 そんな夢物語を実現しなければ、人類は生存し得ない

 この宣言を受理した彼らの心中には、一体どんな計略、策略、陰謀、野望があったのだろうか

 当時、【怪獣】という現実味のない災害を軽視し、隙さえあれば自国の利益を優先しようとする者は多く存在しただろう


 しかし、というべきか、当然というべきか

 各国の小競り合いが懸念されていた当初の予想からは外れ、何かしらの兵器を保有する国々は、皆仲良くこう呟いたという


「「「日本の特撮映画を、もっとよく見ておけばよかった」」」


 何故、怪獣映画の大半には、決戦兵器や最終兵器なんてものが出てくるのか

 その答えは大抵の場合、“現行の通常兵器が目立った成果を出せないから”である


 現実に現れた【怪獣】もその例に漏れず、ただ硬すぎるのか、何かしらの超常を備えているのかは不明だが、当時扱っていた兵器の九割以上が無力化されたらしい


 そこで表れたのが、人類の希望となりうる力『ライフリンクエネルギー』通称『LL』。人間が持つ、本来であれば科学的には名状しがたい『生命力』のようなものを特殊なエネルギーへと変換し、その力で発生させたフィールドと、それを用いた兵器を以って怪獣が持つ防御を打ち破る

 詳しい原理は企業秘密とされたが、その兵器群の最大の特徴の一つとして“女性にしか扱えない”というものがあった

 勿論、当時の諸国の反応は芳しくなく……いや、これ以上の話はよそう


 この世界には怪獣が存在する。そして、それを打ち破るために開発された『ライフリンクエネルギー』を用いて戦う者たちも、また存在するのだ

 彼女らは強化外装『A.I.R.Sエアーズ』を纏い、激しく鮮烈に空を舞う、機械仕掛けの戦乙女


 そんな彼女たちの中に一人、紅く、鋭く、見惚れるほどに美しい少女がいた



*****



2307年 10月 19日

《神谷学園 北武ほくぶ棟 第三出撃準備室》



『set up, over. Dress up start』


 鼓膜に直接響く機械音

 目を閉じると、アンダースーツ背部の装甲を通して僅かな衝撃と、身体に流れる微弱なエネルギーを感じ取る

 背中から伝って両腕、腰、両足へと続く流れが全身を満たすと、その流れに沿う様にして、吊るされるだけであった純白の装甲が各所へと装着されていく


 初めての感覚。授業で用いる訓練用にチューニングされたものではなく、実戦部隊でも扱われている確固たる重み

 身体がまだ出来上がっていない少女には少し負荷が強いのか、僅かに顔を歪めながら、装着されていく装甲を受け入れていく


『COMPLETE』


 やがて、鼓膜に装着完了のアナウンスが響いた時

 少女のシルエットは、まるでウェディングドレスを纏ったかの様に純白で清廉な鎧姿へと変身していた


紅崎べにざきさん、大丈夫?」


 ふと、背後から声を受ける


 人類が怪獣に対抗するため生み出した強化外装、A.I.R.S

 その一つである『エンゲージ』を纏った少女は、自らが通うA.I.R.Sユーザー養成学校『神谷学園』の出撃準備室で待機していた


 声の主に気づいた少女は、緊張で固まっていた表情を僅かに緩め、その紅に染まった髪を揺らし振り向く


そら先輩」


「すまない、紅崎さん。まだ正式な許可証も降りてないのに…」


 神谷学園中等部二年生、春日井かすがい

 同じく『エンゲージ』を纏う彼女自身、A.I.R.S装着許可証の発行は最近であるが、その振る舞いは堂に入っており、後輩を気遣う余裕もある


「人員不足も極まってるね。中一を出すなんて」


 気怠げな声と共に会話に入ってきた眠たげな眼の白髪の少女

 中等部一年生、白夜びゃくや 夢忌ムイミ は、その小さな身体に似合わない巨大な砲門を抱え、紅崎と呼ばれた少女の側にやってくる

 

「飛鳥、無理しなくてもいい」


 見惚れるほどに美しい紅の長髪、キリッとしつつも優しさが滲む吊り目からは真紅の輝きが覗く

 神谷学園中等部一年生、紅崎べにさき 飛鳥アスカ


 本来なら非戦闘員に分類される中等部一年生の彼女たちであるが、まるで戦場へと向かうかの様なその姿は、尋常ではないこの状況を表すには充分な要素だった


「それこそ、大丈夫。私から志願したんだから」


 決して明るくない顔色で、紅色の花弁を模ったネックレスを握りしめる飛鳥

 そこで、三人の居る準備室に放送が流される


『大型怪獣、識別名【ダンガイバルド】に対して[アタック]を開始します。出撃小隊は指定ドックへ移動し、キャリーへの搭乗を開始してください』


 視界の左上に投射されたミニマップ上に、少し離れた一室が指し示される



《神谷学園 北武棟 第三出撃ドック》



 第三ドックと表示されたそこへ移動すると、キャリーと呼ばれる小型輸送機から丁度出てきた少女が、夢忌を見るや否や、煤が付いた頬も気にせず走ってきた


「白夜さん! 武装科からの新兵器って!」


「うん。コレ」


 過剰なほどの熱意に引き気味の飛鳥たちなど気にする素振りもなく、それでも無表情を崩さない夢忌が抱えていた巨大な砲門を受け取った少女は、額にかけていたゴーグルを下すと、目を輝かせながら奇声かと疑わんばかりの声でまくしたてる


「ほぁ〜! なるほどこれが! 系列は…嘘!? デュカリオン外装に電槍式の回路を詰め込んだヴァリアブルウェポン!? えっ、じゃあ待って。消費もバカにならないんじゃ…へいへいなるほど、バッテリー式ですか! あ、そっか! だからか! それなら配備にも納得!! あ〜、というかそれ以前にこの試作型特有の無骨感が堪らない〜っ!」


「それは後で良い。使える?」


「えぇ、えぇ! 使えますとも! 」


 少女が辛抱たまらない様子でキャリーへと駆け込む

 その後を追い、キャリーへと足を踏み入れると、中に運び込まれたA.I.R.S用の武装や、対大型怪獣用の規格外武装が、そのある種狂気的な美しさを以って飛鳥たちを出迎えた

 機能を優先した無骨なものから、デザインも考慮された流麗なものまで、その光景をどこか他人事のように眺めていると、操縦室に乗り込んでいた先ほどの少女の声が届いてくる


『臨時第51部隊、出撃申請。…通りました。私たちが最後の様です、出撃開始します!』


 飛鳥たちが入ってきたハッチが閉まると、ごとん、という音と共にキャリーが浮遊感に包まれる


 いよいよ戦場か


 嫌な高揚感が心臓を高鳴らせ、各所アーマー接合部への微かな違和感をふと気にすれば、それは気のせいを通り越した錯覚を伴って頭の片隅にこびりついた


『作戦の確認をしますね。第25から第32部隊の陽動、撹乱を盾として、私たち第51から第55部隊の規格外武装を【ダンガイバルド】へ撃ち込みます。後方からの狙撃になるので危険は少ないですけど…』


 飛鳥が落ち着かない様子で装甲の位置を弄っていると、突然、操縦室の少女の声が途切れる


 次の瞬間、一定の揺れを保っていたキャリー内を激しい振動が襲った


 壁際に固定されていた武器防具の類が崩れることはなかったものの、重力操作で安定を保っていた飛鳥たちの小柄な身体は、軽々しく壁へとたたきつけられる

 

「ぐ…何っ!?」


『取り巻きの中型怪獣…【テルトルー】たちによる砲撃、ついでに小型怪獣たちの特攻です! このキャリーには武装類は搭載されてないので、避けながら進むしかありません!』


 そう答えた操縦主は、未だ重力操作が安定しないキャリーを駆り、飛んでくる小型怪獣の中を突き進んでいく


 激しく揺れるキャリーの中、窓からのぞいた戦場の空には、無数の小型怪獣の群れが他のキャリーに群がっていく光景が広がっていた


「もうこんな場所まで進んできているの!?」


「ん、対空部隊が無能?」


「違うと思うよ…。きっと、まだ『プリズマ』の調整が間に合っていないんだ」


 『プリズマ』とは、つい最近配備されたばかりの最新型A.I.R.Sのことである

 今、飛鳥たちが纏っている『エンゲージ』から大幅なパワーアップこそないものの、基礎出力の底上げが行われ、全体的なスペックが一段階上がったモデルだ


「丁度、『エンゲージ』からの引継ぎ期間中で、個々人のセッティングが間に合っていないんだろう。上手く火器管制が働いていない人もいるらしい」


 春が、連絡網を伝って届いてきた情報をかいつまんで説明する

 そんな中でも、強行を続けるキャリーには多くの小型怪獣の特攻、中型怪獣の砲撃が繰り出され続けており、いくら巧みな操縦技術を持つ支援工房科の少女であっても、どこかで被弾するのは時間の問題だった


「きゃ……っ!?」


 ガコン!


 遂に、小型怪獣の体当たりがキャリーを掠める

 その瞬間、側面のドアロックが破損し、丁度、飛鳥が手をついていた扉が勢い良く開け放たれた


「っ! 飛鳥!!」


 夢忌が手を伸ばすが、時すでに遅し


 強大な乱風に紅の長髪を巻き込まれながら、飛鳥は大空へと投げ出されて行ってしまった


「空! 飛鳥を助けないと!!」


「っ、ダメだ白緑さん! 君まで投げ出されてしまう!」


 小型怪獣の群れの中に投げ出され、遠くなっていく飛鳥を眺めることしかできない夢忌は、強く唇を噛む


 一方で、辺りを小型怪獣が満たす中に落ちていく飛鳥は、一周回って冷静になった頭で現状を整理していた


(ここでホバリングしても小型怪獣に突っ込まれるだけ……、だからといって、飛行して無理やりキャリーに戻っても、内壁の緊急シャッターが下りたキャリーに今から入るのは難しい……)


 なら、今の自分がとるべき行動は……


 飛鳥は、逆に地上へ向けて加速を開始し、小型怪獣の群れを直下し始める


 バリアフィールドで保護されているとはいえ、大きな空気抵抗によって顔を歪める飛鳥

 次第に迫る地上の景色に少しばかりの恐れを感じながら、溢れ出る脳内麻薬に任せて行う決死のスカイフォールに、飛鳥の動悸は際限なく加速していく


 やがて、小型怪獣の群れを突破したことが分かった瞬間

 全力で身体を反転させ、今度は徐々に落下の勢いを殺しつつ着地を試みる


 無茶な軌道に『エンゲージ』と全身が軋みを上げるが、次第に減速していく視界にひとまずの安堵を覚え、落ち着いて周囲の景色を眺める余裕も戻ってきた


 上空から望む東都の街は戦火に溢れ、今もなお大型怪獣【ダンガイバルド】の進撃が続く悲惨な模様を映し出している


 あちこちで悲鳴と破砕音が響く中、人気のない街路に勢い良く降り立った飛鳥は、ふっと一息吐いた後、先ほどから鼓膜に響く着信音に応答した


『飛鳥!!!!』


「夢忌、大丈夫。私は無事」


 耳元から大音量で流れる声に少しばかり仰け反りながら、周囲の景色を確認する

 辺りの建物に見覚えはないが、視界左上のマップによれば、幸い、作戦領域からはあまり離れていないようだった


 予想外のエネルギーを消費したが、それ以上に気力の消費が激しい

 LLは言わば心身の現れだ。体力も勿論だが、心の揺れが激しければその分出力も不安定になる


 若干の気怠さを抱えたまま、キャリーを追いかけ合流しようと顔を上げたその時


「きゃぁぁぁぁ!!」


 自身の付近から、僅かな破砕音と共に、少女の悲鳴が聞こえてきた


『紅崎さん、付近のポートで回収するよ。マップにピンを刺したから、そこへ向かってくれ』


「……ごめん、夢忌、空先輩。ちょっと先行ってて」


 飛鳥は、悲鳴が聞こえたほうへ力強く踏み出す


『飛鳥、どこいくの!?』


「後で合流するから!」


 無理やり通信を断ち切り、脚部装甲にエネルギーを送り込む

 踏みしめた右足に力を込め、蹴り出すとそのまま大空へと飛び出した!


「今の武装は…」


 右上に掲示されている使用可能武装を見る限り、今の飛鳥には小型の拳銃とエネルギーナイフしか携帯されていない

 小型怪獣との戦闘なら多少なりとも行えるが、キャリーへ砲撃を行っていたような中型怪獣となれば相当難しくなってしまうだろう


「でも…やるしかない…」


 もし、自分と同じようなA.I.R.Sユーザーが戦闘中なのであれば、そこに加勢すればいい

 既に決着がついているのであれば、すぐに夢忌たちとの合流ルートに戻ればいいだけだ


 しかし、嫌な予感が的中し、逃げ遅れた一般人が襲われていた場合

 今すぐにでも駆け付けなければ、最悪の事態になる


 人類を守るため戦うA.I.R.Sユーザーであっても、どうしたってこぼれ落ちるモノはある

 本来ならまだ非戦闘員である中学一年生がチームからはぐれた状態で、逃げ遅れた民間人の一人を救えなかったとしても、周囲は咎めはしないだろう


 だが、それは救助に行かない理由にはならない


「何もなければ良いけど…!」



********



 【テルトルー】

 【ダンガイバルド】の出現と共に現れた、砲撃タイプの中型怪獣だ


 基本的には、まるで軍隊さながらに統率の取れた長距離砲撃で部隊の手を焼かせる厄介な存在だが、ごくまれに、その中でもはみ出し者が現れる時がある


 群れの持ち場を離れ単独行動する異端児が、予想外の被害を広げることも多いとされ、速やかな討滅が推奨されている存在である


「はぁっ、はぁ…っ、っ……!」


 不幸にも、そんな存在と遭遇してしまった場合

 A.I.R.Sユーザーでない民間人では、ただ逃げることしかできないだろう


 奇跡を待って、ただひたすらに


「だぁ~、もう!」

 

 ビル群の隙間を走り抜けて、背後から迫る脅威に悪態を吐く


 機械の外殻を纏った四足の甲殻類を思わせる中型怪獣。背部に巨大な砲塔を背負い、何故か蟹のハサミのようなものを両手であるかのように備えている


 一見して機動力のない様に見えるが、四本の足と巨大なハサミを器用に使い、次々とビルの壁へ飛び移っては砲撃を繰り返すその様相は、やはり超常の存在であることを否応にも認識させる


「やっぱり、このままじゃ…」


 怪獣とは、ただの獣ではない


 群体行動をするだけの知性を備え、その上で、自然界では決して対抗できない強大な力を最大限で振るってくる


 たとえ獲物が一匹の只人であっても、侮り嬲ることはない。その狡猾さが鈍ることはないのだ


「っ! きゃぁぁっ!」


 放たれた砲弾が、足元のアスファルトを粉砕する


 強烈な衝撃に吹き飛ばされ壁に打たれた少女は、背中の痛みに疼く間もなく、たまたま目に入った瓦礫の隙間に急いで駆け込んだ


 その薄暗い空間に中型怪獣の入る隙間はない。ひっそりと息を殺していれば、次第にあの怪獣は離れていくだろう


「これで、どっか行ってくれれば良いんだけど……」


 暗がりの中、僅かな隙間から差し込む光明に一時の安堵を覚える少女

 しかし、その隙間から覗く機械のような甲殻が、少女の恐怖を終わらせることはなかった


 カシャ…カシャ……と、機械の甲殻が軋む音とともに、コツン、コツンと鋭い脚でアスファルトを突く音が不気味に響く


(頼む……頼むよ……!)


 極度の緊張状態に、身体全体に巡る血液すらも鬱陶しい


 そんな意に反してバクバクと鼓動する心臓が無意味に思考を加速させ、一分一秒の感覚が狂いそうなほど遅く感じる


 ……どれほどの時間が経っただろうか。

 ほんの僅かな時しか経過していないはずなのに、地獄のような永劫を待ち続けた。そんな気すらする


 殺していた吐息が息を吹き返し、荒々しく鼓動していた心拍がゆっくりとペースを取り戻し始める


 その場を支配する不気味な静寂に、僅かながらも穏やかな気配が混じってきたとき


「……助かっ……っっ!!!」


 …ガンッッッ!!


 頭上に鳴り響く、爆発のような破砕音

 それと同時に、僅かな光の射す暗闇が、暴力的な極光によって塗りつぶされた


 ゆっくり、ゆっくりと、自らを照らす光に向き直る


 立ちはだかったのは、機械に覆われた鳥のような頭蓋。続く胴体には巨大な砲塔が背負われ、機械で造形された巨大なハサミが少女の逃げ場を防いでいた

 

「キ、キキ……キ、キ…」


「あ…あぁ……!」


 思考が絶望一色に塗りつぶされる


 目の前の頭部には眼球がなかった。頭蓋骨のような空洞には深い暗黒が広がり、その中央には赤い灯が浮かんでいる。その怪しげな淡光が、確かに少女を見つめていたのだ


「キ、キキキ……キキ、カ」


 巨大な砲身が、少女へと向けられる


 逃げ場をなくし、赤い淡光にすくみ上げられた少女は、その場に佇み震えることしかできなかった


 次第に熱を帯び始める砲口を見つめ、少女は何を考えたのだろう

 死か、走馬灯か、それとも……


「……母さん…」



「はぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!」

 

 砲口の光が収束し、今放たれるというその瞬間


 紅の閃光が、【テルトルー】へと進撃した



********



「クっ、こんな嫌な予感当たらなくても……!!」


 砲口を光らせた【テルトルー】の異端児が、一人の少女を焼き尽くそうとしたその瞬間、飛鳥は銃を構える暇もなく、【テルトルー】への飛び蹴りを決め込んだ


 低空飛行の最中、加速に加速を重ねていた飛鳥の強烈な脚撃は、小型の拳銃よりも強力な衝撃をその砲塔へ与え、大きな反動と共にその身体を強く弾いたのだ


 空中で一転し、少女のそばに着地する飛鳥


 左手に拳銃を、右手にエネルギーナイフを握り、少女を庇うように立ちはだかる


「直出しは正直嫌なんだけど…!」


 ぐっと右手に力を流すと、握られた純白の柄に、緑電の刃が発生する

 それと同時に、どっと力が抜かれる感覚が全身を襲った


 刀身こそ短いが、この刃はLLを加工し斬撃に特化させたエネルギーブレード

 中型程度の怪獣ならば、容易く切り裂ける出力を誇っている


(バッテリー型と違って、直にLLを注ぎ込んでるから、体力の消費は凄まじいけどね……)


 吹き飛ばされた先の土煙から、異端児の【テルトルー】が姿を現す


 強烈な蹴りを受けた砲塔は破損している様子で、自慢の砲撃はもう使えない

 しかし、怪獣であるからには、特徴の一つを潰したところで危険であることに変わりはないのだ。

 飛鳥は警戒を解かずにじっと異端児を睨みつけ、攻撃を仕掛けるタイミングを狙い、そして……


 ……タン! タン!タン!!


「……ッ!」


 逆手にエネルギーナイフを構えた飛鳥が、拳銃を三発、異端児へと仕掛ける

 その発砲と同時にブーストを起動し、懐へと飛び込んだ!


「キ……キキッ!!」


 砲塔を破損した【テルトルー】の異端児は、既に砲撃が行えないことに気が付いているのか、右のハサミを大振りに振り下ろす


 しかし、加速した飛鳥はその小柄な体躯も活かして、軽やかにその重撃を躱すと、そのまま甲殻に覆われていない腹部に潜り込み、エネルギーナイフを突き立てた


「ぐっぅ、あぁぁ!!!」


「ギギッ、ギッギギギッッ!!!!」


 加速を止めずに走り抜けると、抵抗を感じることなくナイフが降りぬかれる


 だが、まだだ。まだ異端児の息は絶えていない


 飛鳥は本日二度目の急速旋回を行うと、つま先をブレーキと同時に発射台としてもう一度加速する


 ──獣とは、死にかけが一番危険だという

 怪獣はただの獣ではない。死にかけの怪獣というのは、どんな手負いの獣よりも凶暴なのだ


 突如として、破損した砲塔をぐりん、と飛鳥へ向けた異端児は、炎熱の光をその砲身へ収縮する


 このままではマズい!


 そう直感した飛鳥は、構えていたエネルギーナイフへ過剰にLLを流入させると、砲口目掛けて投擲する


 飛鳥の手を離れた刃が一瞬輝きを弱めるが、刀身を縮めることなく、光の集う砲口に突き刺さった


「ギ…ガ、ガ、ガ……」


 すぐさま異端児を飛び越え少女のもとへ舞い戻った飛鳥は、未だぽかんとしている少女を抱え、急いで空へと飛び上がる


「これで終わって!」


 上空へ飛び出した飛鳥は、振り向きざまに二発の弾丸を放つ


 突き刺さったエネルギーナイフが刀身を失い、からん、と落ちたと同時に砲塔へ着弾。そして……


 …………ドォンッ!!!!!!


 【テルトルー】の異端児は、自らの砲身を暴発させ、極光と共に爆砕した


「…………はぁ……」


 戦闘による疲労感か、エネルギーナイフ使用によるLLの過剰消費か、それとも、一人の命を救えたことによる安堵か


 大きな溜息を吐いた飛鳥は、腕の中で目を細めている少女を見る


「…………」


「…………」


 太陽を背にした飛鳥は少女から見えづらいらしく、目を細めたままの少女と飛鳥が、しばらく無言で見つめあった


 …と、ふとここで、飛鳥がとあることに気づく


 焦げ茶色の髪をショートカットにした中性的なその少女は、その白くて細い右足を深くケガしていたのだ


 恐らく、あの【テルトルー】の異端児が行った砲撃で飛び散った瓦礫が原因だろう


 今はアドレナリンだのなんだので意識していないが、しばらくすれば激痛に悩まされるだろう。その前に治療したほうが良い


 そう考えた飛鳥は、近くのビルの屋上に少女を下ろして、メディカルキットを準備し始める


「大丈夫だった? 足の他に目立ったケガはない?」


「え…あ、はい! 助けてくれて、ありがとうございます!!」


 少女はようやく意識がハッキリしてきたのか、飛鳥に対してこれまた中性的な声で感謝を述べてくる


「まだ動かないでね。メディカルキット使って簡単に治療しちゃうから」


 メディカルキットとは、A.I.R.Sユーザー他、非戦闘員にも常備されている簡易医療用装備群のことである

 使用者、又は治療対象者本人のLLを治癒力へとコンバートすることで傷を癒す、革新的な救急キットだ


「うっ…ちょっとクラクラする……」


 たった数刻の間、直出しエネルギーナイフを使っただけでこのザマだ

 極限状態で疲労を忘れていたのは、自分も同じだったらしい


「ごめん、治療には君のLLを使わせて…。眠っちゃってもいいから」


「えっ、でも」


 少女の声も朧げに聞き流して、取り出した湿布のような布を患部に張り付ける

 その布が淡く発光し始めると、少女は意識を失いその場に眠ってしまった


「……やっぱり、まだLLの限界量が少ないのね…」


 安らかに寝息を立てる少女を抱き抱え、もうひと踏ん張り、と気合を入れなおす飛鳥だったが、そこで、頭上に影が落ちてきていることに気が付いた


 次第に大きくなっていく影とエンジンの音に、飛鳥はつい安堵の笑みをこぼしてしまう


「ア~ス~カ~!!」


 聞こえてきた友人の声に顔を上げると、開かれた窓から身を乗り出して、大振りに手を振ってくる夢忌に手を振り返す。重力操作は完全に取り戻しているようだ


 どこか充足感すら感じる中、無事を喜ぶ仲間たちに迎えられ、少女と共にキャリーへと乗り込む。だがそれと同時に、今までの行為が明確な命令違反、つまり、校則違反であると気が付いた


 本来であれば、停学も止む無しであるこの行動だが、飛鳥は後悔の念や反省の意を上手く抱くことはできなかった


 それはひとえに、かけがえのない命を救えたからでもあるし、結果論だが、怪獣との一騎打ちという得難い経験を得られたこともある


 それはきっと、これからの自分を形作る良い糧になるだろう


「もうひと踏ん張り、だね」


「ん。体力は大丈夫なの?」


「万全じゃない。けど、今なら何でもできる気がする」


 飛鳥たちを乗せたキャリーは、眠っている少女を安全な場所まで送り届けると、未だ激しい戦火の上がる、大型怪獣【ダンガイバルド】の元へ急行する



 こうして、非戦闘員としては異例の、中型怪獣の単独討伐に成功した『紅の少女』は、また新たな戦火へと飛び込んでいくこととなる


 そして、この時誰もが予感した


 この戦いが、怪獣と人類、再び始まる戦争の、序章に過ぎないことを



********



《東都某所 地下シェルター内》



「……あ…」


 ぼやけていた意識が、徐々に覚醒していく


 周囲を見渡せば、暗く塞ぎ込んで蹲る者、何かを考えないように動き詰めている者、自分と同じように床に寝かされている者、と様々な人たちが居る


 ここは一体どこだろう


 ぐったりしている身体を起こして、今までの記憶を反芻していると、タッタッタッタ、と軽快さに反して重苦しい気配を感じる足音が近づいてくる


「……!! 朱鳥アスカ!」


 足音の主はこちらを視認した途端に、重苦しい気配を霧散させ駆けてくる


 自分を呼ぶ聞き覚えのある声。『朱鳥』は聞こえてきた方角に視線を向け、駆けてくる少女に綻ぶような笑みを見せた


花梨カリン、よかった。無事だったんだね」


「それはこっちのセリフだバカ!! おまえ、本当に心配したんだからな!!」


 うっすら涙を溜めながら、朱鳥の肩をぶんぶんと揺さぶる花梨

 随分心配をかけたのか、いつもより当たりが激しめだ


「どうしたんだ? 足、怪我したのか!?」


 花梨に言われて右足を見ると、そこには血の滲んだ四方系の布が張られていた。よくよく思い返そうとしても、記憶が曖昧で上手く思い出せない


 ただ一つだけ明確に思い出せるのは

 自分を襲った怪獣を、僅かナイフと拳銃だけで討滅せしめた少女の残光。そして、その少女が靡かせた、紅い、紅い長髪


「えーっと……したんじゃない?」


「他人事みたいに!! リジェネクロスを貼ってるってことは、A.I.R.Sユーザーに助けられたのか?」


 A.I.R.Sユーザー……。

 間違いない。彼女は、神谷学園に所属している学生ユーザーだ


 足に貼られているこの布に覚えはないが、きっとその少女か、その仲間が治療してくれたのだろう


「とにかく、莉々夢リリムも一緒に避難してきてる。歩けるか?」


「……ねえ、花梨」


 ふと、頭に掠った考え

 今まで特に目的や目標もなく生きてきた朱鳥にとって、僅かながらに生まれた、初めての感覚


 一度考え始めたら、もう止まることはなかった


「僕でも、神谷学園に行けるかな」


「…………ハァ!?」


 花梨は一瞬でジト目を作り、朱鳥のことをまるで変人を見るかの様に睨む


「だって、朱鳥おまえ……」


「分かってる。別にユーザーになろうなんて欠片も思ってないよ」


「いや、でもさぁ!」


「でもさ!!」


 珍しく興奮した様子の朱鳥に、花梨はぐっと押し黙る


「僕、もう一度会いたいんだ!」


「誰に…!?」


「紅い女の子!」


「はぁ……?」


 花梨はぽりぽりと頬をかくと、溜息を一つ吐き、宥めるように朱鳥に語る


「あのなぁ、朱鳥。おまえは『男』だろ? 神谷学園は確かに女学園とは一言も言ってないけど、現状他の女学院と変わらねぇよ。男子が入学する余地はない」


「それでも、A.I.R.Sのことについて勉強することは規制されてないでしょ?」


「そうだけど……。無駄だと思うぜ?」


 少女のような外見をした少年、朱鳥は、溢れ出る情動を抑えきれないといった様子で花梨を圧す


 やがて、花梨は諦めたように「勝手にしたら?」と呟くと、朱鳥の手を取り立ち上がらせた


「足のケガはもう治ってるのかな?」


「その様子じゃ大丈夫だろ。他のケガ人にも邪魔だから、さっさと行こうぜ」


 未だ気怠い身体を花梨に支えてもらい、シェルター内の簡易病室を後にする


 朱鳥は、心に燻る種火を大切に燃やし続けることを決意した。

 もう一度、『紅の少女』と出会うために



********



 こうして、物語は始まった


 これより襲い掛かる脅威は、人類の命運すら容易に左右する強大な力


 対するは、機甲を纏い戦火に踊る、色とりどりの乙女たち


 これは、二人のアスカが紡ぐ、


 『機甲と怪獣の物語』

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