第21話

 ——相変わらず、昨日も熟睡か。

 ここ最近、夢を見ていない。いや、夢は必ず見ているそうなので、覚えていないだけだ。

 それにしても体が重い。きっと最近張り切り過ぎて、疲れが溜まっているのだろう。それでも俺は最近始めた日課を辞めるつもりはない。俺は寝汗をシャワーで流す事はせず、メッシュ生地のTシャツとハーフパンツを着て階段を降りる。

 そのまま玄関に行く事はせずに、リビングに入ってテレビをつけた。母さんはまだ居ない。

 俺は準備運動をしながら早朝のニュース番組を視聴する。

さくじつ13日の午後2時50分頃に〇〇県△△市の路上で刃物を持った男が通りがかりの男性に取り押さえられる事件がありました——』

 だいぶ離れた所のニュースだ。

『続いてのニュースです。先月あった〇〇県の虐めの問題で学校側は———』

 これもかなり離れた所のニュース。どちらも俺には関係ない。関係ないのだが最近、その関係ないニュースが気になる。以前は興味すら湧かなかったのに。それもきっと一連の心境の変化の影響だろう。

 俺はテレビを消した。

 そして玄関でランニングシューズを履き外に出る。ジョギングではなくランニング、それがここ数日の、俺の日課だ。

 部活の練習はあくまでも技術だとかそういうモノを磨く時間で、自分のフィジカルは自分の時間で磨かなければならない、と思う。勉強なんかはすぐに辞める自信があるが、この日課は一生続けられそうである。

 走り終え帰宅すると、リビングの奥にある台所から音がする。母さんが弁当を作ってくれているのだろう。毎日毎日頭が下がる。せめて夏休み中の昼飯くらいは自分で作ろうと思うのだが、こちらは続けられる自信はない。

「ただいま、今日も朝から暑かったわー」

 汗だくの俺は風呂場へ向かう。シャワーを浴び終わり髪を丁寧に乾かした。くそ暑いので冷風が多めだ。

 リビングに戻り朝飯を食う。昨日の残りの味噌汁といつもの味付け海苔。

「涼太、好きな子いるでしょ?」

「ぶっ……!」

 ソファでテレビを観ている母さんにいきなりそんな事を言われ、鼻から味噌汁を吹き出す。鼻の奥にワカメの感触がある。

「——なんで?」

「図星。いないなら『いないよ』で済むハズでしょ?」

 母さんの勘の鋭さを体感すると、複雑な気分になる。父さんの浮気は、これで見破られた。

「な、なんでそう思う?」

「前まで寝癖とか気にしてなかったのに、最近はバッチリ決めちゃってるから、何かあったのかなーって」

「シャワー浴びたついでだって。ワザワザぐちゃぐちゃに乾かすのも変じゃん」

「ふーん?」

 好きな子、はいない。たぶん。

 だが陸の奴にはいる。もしかしたら、自然と意識してしまってるのかもしれない。そして——。

。モテたいとは思ってるけど。でも可愛い子いないんだよなぁ」

 母さんに真実は伝えない。母親にそういう事を一々言う息子がいるものか。

「ふーん?」

 ——あ、疑ってるな? 

 

 そんな爽やかなやり取りを済ませて登校した俺だが、その内容を昼休みまで引きずっていた。

「陽菜? そういえば明日って具体的にどんな人が来るの?」

 明日陽菜達と遊ぶ予定のたちばなつむぎはノリノリだ。緩くくるっと巻かれた顎くらいの長さの髪が、こいつを少しギャルっぽく見せている。

「どんなって言われても、あ、りゅうすけくんはアンラッキーヘブンのなしくんに似てるかも」

「まじ? 楽しみー。結衣? 龍之介くんはあたしが貰うから」

「えー? 行く前からそんな感じ?」

 ——お前もノリノリか?

「ウチは彼とラブラブしてるんで、あんたらは勝手にお好きにどーぞ」

「感じわるっ」

「ねーそういえば——」

 言いかけた嶋田と目が合った——やべっ。

 慌てて目を逸らす。嶋田もたぶん逸らしたはずだ。

「結衣ナニ?」

「んー? やっぱなんでもない」

「へー?」

 陽菜がこっちを見た気がする。そんな気がした。

「——おい、良いのかよ」

「あ?」

 陸が話し掛けてきた。

「お前嶋田の事見過ぎ。まぁそれは別にどうでも良い。それよりさ、合コンなんてさせて良いのか?」

「言い方古くね?『合コン』なんて言う奴初めて見たわ」

「おい、お前の事だろうが。茶化してんじゃねーって」

 俺の軽口に陸は笑わない。

「……なんでお前がマジなんだよ?」

「別に? ただ困るんだよな。気分の浮き沈み激しいヤツ」

「俺の事言ってんのか?」

「いや、そうとは言ってねえけどよ。最近お前調子良いだろ? 急に。だから、っていう心配」

「大丈夫だって」 

 俺は大丈夫だ。

「なら良いけどよ、今俺らはマジなんだ。? 意味わかるか? お前が始めた事にお前自身が水刺すなってハナシだ」

 ——こいつ、何様だ?

「んな事しねえよ。俺だってマジだ」

「じゃあ半端な事すんなよな。何もしないで中途半端にフラれたつもりになんのも悪いとは言わねえ。でも俺としてはちゃっちゃとフラれて、さっさと立ち直って欲しいワケ」

「フラれる前提かよ?」

「黙って、ただジーッと見てるだけのヤツなんか、フラれる選択肢しかねえと思うけど」

「お前言うな?」

「言うぜ? 俺はそういう奴だからな」

 ——えらっそうに! わかったよ! 

「……これは俺の問題だ、陸。余計な事すんなよ?」


 こいつにきつけられたという事実はしゃくだが、認めてやる。俺は嶋田を他の奴に取られるのが嫌だ——それで良いんだろ?

 


 

 

 

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