第二週目(後半)
Side:エスト
リック氏が去って行ったすぐ後、僕たちも練兵場を出た。
イザベラの様子が明らかに沈んでいるが、親友であるはずのメアリがその事に触れようとしない。イザベラの想い人、リック氏をめぐって二人の間でなんらかの了解があるのだろう。
メアリは護衛のイザベラと共にこのまま教会の孤児院に行くそうだ。
僕は二人と別れると、屋敷に戻る前に行く場所がある。
懐からメモ用紙を取り出す。
そこに書かれてあるのはオークデン金融が接触した顧客のリストだ。
先週、メアリをナンパしたチンピラが用心棒を務めるというオークデン金融が気になって諜報部に調べさせた。
オークデン金融がアルノルド男爵領で活動を開始したのはほんの半年前のことらしい。それ以前の経歴は一切不明。そこはかとなく怪しいが、金融業界では珍しくない。名のある銀行は王家や貴族家、大商会しか客にしないので民相手のモグリはどこにでもいる。国法で定められた上限金利を破れば、モグリも裁かれるが。
オークデン金融もその手の類だろう。
ただ、気になることがあるとすれば、顧客リストに並んでいるのが商店ばかりであり、しかもそれらがアルノルド男爵領において納税額が上位のものが多いということ。
嫌な予感がし、打てる手は打つことにした。
「――というわけで、アルノルド男爵家が金を貸与するので、オークデン金融は利用しないで欲しい」
表通りより少し奥まった場所にある寄り合い場。
そこで僕は集まった商工人たちの前で政策を説明した。
貸付は低金利だ。大きな利益は望めず、その上、領地開発にまわす金も減ってしまうから苦肉の策と言えるが。
それだけ僕はオークデン金融を危険視しているとも言える。
「今日、この会合に参加してないのはどこか分かる者がいるか?」
「あーっと、レイヴン商会がいませんね、お兄様」
「そういや、『赤い風船』の旦那も見てませんぜ、お兄様」
「そのお兄様というのはやめないか……」
僕はガックリ肩を落とす。
メアリが方々で「お兄様」と連呼するので、おっさん達にまで「お兄様」呼ばわりされる始末だ。おそらく彼らは僕の名前を覚えてないと思われる。
名前が上がったレイヴン商会は件のリック氏の所だ。会長は街の外に出向く用があるらしく前もって欠席を伝えられている。
「赤い風船」はどうしたのだろう。通常、理不尽な命令でない限り、領主直々の要請を無視することはないと思うが。
「赤い風船」のパンは味が良かったのを覚えている。八年ぶりに食べたくなる。様子を見に行くついでにメアリへのお土産に買って帰ろうか。
説明会を終え、商工人の面々より先んじて寄り合い場を出る。
すると、玄関口で荷車を引いた小柄な少女が中の様子を窺っているのを見つける。
少女がこちらに気づき話しかけてくる。
「あのー、ここってエヴァンスさんのお宅じゃないっすよね」
「ないね。見ての通り、ここは寄り合い場だよ」
「もー、この辺、道が分かりにくいっす。もしよかったら、この住所がどこか教えてもらっても……って、あれ?この人の服、かなり仕立てがいい……それに護衛も連れていて……あ!もしかして、お兄様っすか!」
「君もか……」
少女はハッとした様子で口を両手で押さえる。
「ふ、不敬罪っすか!?」
「しないから。もう半ば諦めているよ。と、住所だったね。あー、道が一本違うね。ここを左に戻って、もう一本奥の道を行くといい」
「ありがとうございます、お兄様!うち、エルマ・コヴィットって言います!このご恩、一生忘れないっす!」
明るく元気なエルマ嬢に別れを告げて踵を返す――
「あれ、何か落としたっすよ」
エルマ嬢が拾ったのはオークデン金融の顧客リストが書かれたメモ用紙だった。どうやら懐から滑り落ちたらしい。
エルマ嬢はそれを見てきょとんと首を傾ぐ。
「これ、うちのお得意様っすか?」
「え?うちって言うと……」
「うちはレイヴン商会で働いてるっす。ここにのってるのは大口のお客様ばかりっすね。間違ってます?」
「……いや、あってるよ。拾ってくれてありがとう」
エルマ嬢と改めて別れる。
エルマ嬢の言葉を信じるならば、オークデン金融の顧客リストがレイヴン商会の大口の客と一致するらしい。そして先程のオークデン金融に関する会合にレイヴン商会は出席していなかった。偶然だろうか、それとも……
考え込んでいるうちに赤色の風船がシンボルマークの「赤い風船」の辺りまで来ていたようだ。
おや?人だかりが出来ているな。何事だろうか。
僕が群衆に近づくと、こちらに気づいた人々が道を開けてくれる。
その中心地は目的の店で中から複数人が言い争う声がする。
開け放たれた入り口から様子をうかがう。
「お願いします!娘だけは!お金はちゃんと払いますので!」
「当たり前でふ。この娘は延滞金がわりにいただいていくでふ」
「いやっ!はなしてっ!」
「ぐふふ、その淫乱なデカパイで僕様にご奉仕するでふ。満足できたら、その分だけ返済を待ってあげるでふ」
まず最初に目についたのはガマガエルのような太った男と彼の手に捕まった赤髪のポニーテールの少女。
それから壮年の男女が男どもに取り押さえられている。彼らの顔には見覚えがあった。メアリをナンパしたチンピラで間違いない。
そうなると彼らの素性がオークデン金融であることは明らかだ。そう言えば、顧客リストには「赤い風船」もあったな。
「大人しくするでふ。むっふー、ここでお前の両親の目の前で、お前をオモチャにしてもいいのでふよ?」
「ひゅー、お頭、それでいこうぜ」
「あのあのっ、俺にもまわしてくれるんすよね」
「ばっかやろー、お前は俺の後だっつーの」
「誰かぁ、助けてよぉ……」
情欲に濁りきった猥談の中で、絶望に染まった少女のかすかな声を聞いた時、僕はすでに店の中へ入っていた。
「いったぁい!――ぐほぉっ」
ガマガエルの手首を握り込んで拘束が緩んだ隙に、少女をこちらへ引き寄せる。そして、肥えた樽腹を蹴り飛ばして強制的に距離を取った。
阿吽の呼吸で護衛の兵士も動いたらしく、チンピラを倒して少女の両親と思われる男女を救出していた。
ガマガエルが咽せながら叫ぶ。
「なんでふか!貴様ら!僕様はオークデン金融の代表でふよ!」
僕は懐から貴族家当主を証明するメダルを取り出して見せる。
「私はアルノルド男爵領領主、エスト・アルノルドである」
「あっ、この間、僕様が命じた子分の女漁りを邪魔したやつでふね!ぐふふふ、残念でふね!僕様は違法なことはやってないでふ、返済を待ってあげる代わりにその娘が『自主的に』僕様にご奉仕するだけでふ」
ガマガエルが自信たっぷりに借用書を突きつけてくる。
法定の上限金利いっぱいだが、確かに違法ではない。返済期限も今日まで。このまま彼が裁判所に訴え出れば、「赤い風船」の資産全てが差し押さえられるだろう。この家族は身ぐるみを剥がされ、足りない分は強制労働に従事させられる。概算だが、そうなる可能性は高い。返済金はそれほどまでに膨らんでいた。
「分かったでふか。なら、さっさとその娘をよこすのでふ!」
「ひぃ……」
腕の中で震える少女を安心させるために背中をさする。
「支払えば文句はないのだろう?」
「ぐふ?」
「陛下に下賜されたこのメダルに誓おう。借用書にある金額満額をアルノルド男爵家が肩代わりする。今日中にそちらに金は届けさせよう」
「それはッ、横暴でふ!」
「どちらが横暴か。これ以上ごねるなら、恐喝、傷害、器物破損、強姦未遂の現行犯でしょっ引くことになるが?どうする?」
「〜〜〜っ!い、行くでふ!」
ガマガエルとチンピラたちは転がるように店を出て行った。
ふぅと息を吐く。
やはりオークデン金融は危険だ。民の人命を預かる領主としては見過ごせない。だが、彼らは明確な罪を犯してはおらず、現状、注意喚起をするしかないので歯痒かった。
そこで周囲がしんと静まり返っているのに気づく。
店の外にいた群衆と目が合い、次の瞬間、
「「「うわぁあああああああ」」」
「「「お兄様!お兄様!お兄様!」」」
異様な盛り上がりに苦笑するしかない。
すると、腕の中で身じろぐ気配がする。
忘れていたが、少女を抱き寄せたままだった。
「あ、悪いね。今すぐ離すから」
「その……あたし、安心したら腰が抜けちゃって……」
「そうか。よく頑張ったね。なら、落ち着ける所まで運ぼう」
「ぇ!待って待って、あたし重いからっ……ぁ……お姫様抱っこ……」
固辞しようとする少女の膝下に腕を通して抱き上げる。
ぼぅと惚けた様子の彼女の顔を覗き込むと、熟れたトマトのように羞恥で頬を染め、それを隠そうと僕の胸元に顔を押しつける。
衆人環視の中だもの、そりゃあ恥ずかしいだろう。
僕も恥ずかしいので群衆に一度手を振って応えてから、少女のご両親を促して店の奥に行く。
客間に案内され少し落ち着いた後、事情を聞く。
借金の原因はレイヴン商会から買っていた小麦らしい。
店主が気まずげに話す。
「キリク産の小麦が年々、値上がりしていることは分かっていたんですが、小麦の質が落ちてお客さんが味にガッカリするのを見たくなくて、キリク産を使い続けるしかなく……それで昨年の不作の高騰でどうにもならなくなってしまって……」
「キリク産の小麦が値上がり?不作?――ご主人、悪いが、帳簿を見せてもらえないか」
キリク地方はセントラル王国随一の小麦の生産地。
天候と土地に恵まれた品質と大規模農法によるコストカットがウリ。
つまり、キリク産の小麦は上質な割に安いのだ。
店主が持ってきた帳簿の小麦の仕入れ値を追っていく。
これは明らかに高い。
僕はここ八年の王都でのキリク産の値段の推移を知っている。
東の辺境であるこの領地への輸送費込みだとしても……
レイヴン商会が一気にキナ臭くなってきた。
結局のところ、小麦が高騰した(と思っていた)ことによって、ここ数ヶ月は売れば売るほど赤字を垂れ流していたらしい。休店すれば良かったと思うが、ご主人はオークデン金融に借金してまで店を開け続けた、というのが事の真相のようだ。
レイヴン商会の小麦の値段が不当なことを伝えると、ご主人、奥方、その娘――ネル・コリーと名乗った――は怒りを滲ませた。
これからのキリク産の小麦は僕の方で商会を紹介した。
王都在住時に関係を築いた老舗商会で、ガネーシャ商会という。
僕のアルノルド男爵領の領主就任に伴って御用商人として招致していた。
ガネーシャ商会はこの地では新参なので顧客を得るいい機会だろう。
これで大体片づいた。
パン屋「赤い風船」が人気店であるのは間違いないから、間をおかず財政は健全化していくはずだ。
僕が帰ろうとすると、赤髪の少女、ネル嬢に厨房へ呼び出された。お土産のパンを渡してくれるらしい。
ネル嬢は紙袋に数種類のパンを詰めながら、
「あたし、うちに借金があるって知ったのが数時間前なの。返済が今日までで、お店が潰れるかもしれないって言われて……頭が真っ白になったわ」
パンを入れる手がとまる。
「お父さんたちがあたしに心配かけたくなかったのは分かるけど、もっと早く教えて欲しかった。お店の経営が苦しいことも、小麦の値段が高いことも……しかも、それが仕組まれてたなんて……。あたし、お店の印象を少しでも良くしようと思って、レイヴン商会のドラ息子に毎日お昼を持って行ってたのよ。バッカみたい……」
ドラ息子とはリック氏のことだろうか。
ネル嬢が悔しげに唇を噛み、目尻に涙をためる。
僕はハンカチを取り出し涙をそっとぬぐう。
「ごめんなさい。そんなことが言いたかったんじゃないの」
ふいにネル嬢が僕の胸元に飛び込んでくる。
ゆたかな乳房を惜しげもなく押し当てて抱きしめられる。
「ありがと。あたしを助けてくれて。あたしを絶望から救ってくれて。お兄様は物語の王子様みたいだったわ」
「僕は領主様なんだけどね。ともあれ、ネル嬢が――」
「ネルって呼んで」
「……ネルが無事で良かった。また何かあったら言ってほしい。領主として領民を助けることはやぶさかでないからさ」
「領民」を強調しながら離れようとすると、ネルがそれを拒むように抱きつく力を強くした。
「お礼がしたいの」
「お礼ならパンだけで十分だ」
「足りないわ。だから、ね――」
背伸びしたネルの顔が近づく。
そのまま不意打ち気味に唇が重ねられる。
数秒の接触の後、ネルはパッと僕から離れると、パンの詰まった紙袋をこちらに押しつける。
ネルが顔を真っ赤にさせまくし立てる。
「あ、あたしのファーストキスだから!それにどれだけの価値があるか分かんないけど!責任とれだなんて言わないけど!ちゃんと捧げたから!そ、それじゃあね!」
小走りに厨房を出て行ってしまった。
呆気に取られた僕と焼けた小麦の香りを置き去りにして――
――――――――
〈第二週目 リザルト〉
→ ネルルート消滅。
(おまけ)
+++選択肢+++
▶︎訳を聞く
▷立ち去る
+++++++++
〈リザルト〉
→ リックの主導でレイヴン商会が借金を肩代わりします。
→ 借金問題が解決したことで「赤い風船」の店主が会合に出席します。エストがレイヴン商会の価格操作に気づくのが遅れます。
→ レイヴン商会の存続確定
→ ネルの好感度up
+++選択肢+++
▶︎手伝う
▷ふて寝する
+++++++++
〈リザルト〉
→ やっと仕事してくれたとエルマが感激します。配達の帰りに寄り道してちょっぴりデート気分が味わえます。
→ エルマの好感度up
→ ネルルートの消滅
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