第14話 お伊勢参り
須佐男が架室に説教をされている同じ頃、そこから程近い時計台の下の石造りのベンチに一人の男性が座っていた。歳の頃は大学生のようである。
彼はスマホの画面をスライドさせ、何かを検索している。
そこへテイクアウトの飲み物を両手に持った同じ年頃の女性が近寄って来た。彼女に似合う上品で軽やかな服装が揺れる。
「お待たせ。混んでてちょっと並んじゃった」
「いいよ。まだ時間もあるし」
女性は彼に飲み物を渡して隣に座った。男性は礼を言い、一口飲んでみる。
「美味い。そして甘い」
「はは。折角だから季節限定フラペチーノ買っちゃった」
彼女もそう言いながら自分の飲み物を飲んだ。彼らは誰の目にもただの仲の良い若者達に見える。
「水姫から時々様子は聞いていたけど、なんか街の見た目も食べ物も凄く変わったなぁ…」
「狭霧は今まで社か鍾乳洞に幽閉状態だったもんね。人間の街は本当に久しぶりだよね」
「うん…」
二人は狭霧と水姫だった。
「発車時間は十三時三十分。二番乗り場だってさ。チケットレスで乗れるとかもう何が何だかだな。人間界だけど科学の発展の仕方が神クラス…」
狭霧がスマホの画面を見て苦笑いをする。
「そういう…デバイス?使った事なかったのに覚えるの速いね」
「触るだけだから使えるよ。仕組みもまあ分かるし」
彼がそう答えると水姫が控えめに言い出した。
「…あの、ね」
「何?」
「あの、私達が二人共無事に『水神』として認められて狭霧が神に昇格して、その過程を助けていただいた天照大御神が今日は伊勢神宮におられるから、改めてお礼に行くのは分かるけど、…どうして『神』の私達が人間が使う特急列車で行くの?架室様の詠唱転移で飛ばせて貰えば良かったのに」
「俺が自分で行ってみたいんだよ。前に人間界にいた時にも伊勢参りの風習はあったけれど、体が弱くて旅路に耐えられないだろうって事で行かせて貰えてなくて…それに」
「それに?…もしかして私と行きたかった?」
水姫が目を輝かせて言った。狭霧が少し照れながら返す。
「ええと…水姫には付き合わせて悪いんだけど、…で、電車とかいう物にも乗ってみたかった…って言うか…」
「ああ、それね…狭霧は江戸時代の人だもんね」
「ははは」
彼は照れ隠しにまたフラペチーノを飲んだ。
水姫が少し身を乗り出して言う。
「ね、でもこれなら帰りは遅くなるよ?もう何処かに泊まる?」
「帰りは、一度でも行った事がある場所からなら詠唱転移が使えるからそのまま帰る」
「…そっかぁ…」
彼女が少しガッカリして肩を落とす。狭霧が不思議そうに聞く。
「どうしたの?」
「何でもないです…」
周囲では昼休みを終えた会社員達がバラバラと自分の職場に戻って行く。
「そう言えば、俺も『水神』になったけれど具体的にこれから何をしたらいいのかな。水姫は俺以外にも幾つか傀儡を持っていて精魂の儀をして回ってるみたいだけど」
「うん。この国の人は毎日三千人以上亡くなるから、幾つか支部はあるけどそれでも結構魂の分別が忙しくてね、他にも儀式を手伝う神はいるけど、私は五日に一度ぐらいで精魂の儀をしてるかな。貴方はまず能力の見極めと調整の訓練とかかなあ…」
「ちなみに水姫には他にはどんな力があるの?六華見て思ってたんだけど、…オロチにもなれる?」
「ああ…私は蛇に戻ってもご存知の通り、そこらにいるアオダイショウサイズのままなの…」
水姫がややションボリとして言う。大蛇の一族としてそこはどうにも無念らしい。
「そうなんだ」
狭霧が膝に片肘を付いて頬杖をし、やや彼女の顔を覗き込むようにして笑い掛けた。
「良かった。水姫はやっぱり水姫のままなんだな」
「…そりゃそうだけど…?」
彼女の頬が染まる。
そして膝の上に揃えた両手でスカートを弄びながら続ける。
「えっと…大蛇の兄様や姉様達は、昔は尾の一振りで山の頂を消滅させたりしてた。今はもうその力は封印されてると思う」
「こわ…」
「私はまあ…その気になったら地下水脈刺激してここら一帯を水没させる事ぐらいは出来るけど」
「それも怖い。流石水神…」
「後、大蛇になれない代わりに傀儡を自在に操る権限があるかな。付喪神が入ってる物とかも」
「自在に…?もしかして俺が傀儡にされてた間も何かに…」
「や、…それ…は…ないない」
彼女は何故か言葉に詰まって両手をひらひらと振った。
「ええ…?」
そしてはぐらかす様に立ち上がった。
「そ、そろそろ行こう」
二人は特急列車に乗る為に駅へと向かった。
途中、反対車線に乗るのか急ぎ足の会社員とすれ違った。取引先に向かう篠塚道貴だ。
水姫は立ち止まり、道貴を振り返った。彼はこちらを見なかったが、彼女に対して軽く手を挙げた。
「ほら、乗るよ。水姫」
改札に向かっていた狭霧が呼んだ。
完
白蛇神は人間に恋をした 風崎時亜 @Toaka
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