第13話 神、お説教される


 狭霧の最後の精魂の儀が終わり、数日が経った。

 

 ここは神界でも鍾乳洞でもない、人間界の街中である。

 駅前のビル街では昼休みの時間らしく、食事に向かう会社員が歩道に溢れている。

 その側で、スーツ姿の男性がビルの一階にある広場のベンチに腰を掛け、誰かとスマホで話していた。

 どうやら相手の機嫌が悪いのかひたすら謝っているようだ。


「だからぁ…あの時は時間がなくてすぐ戻らないといけなかったんだよ。あれでも医者に『どうしても外せない用事があるんです』なんて言ってちょっとだけ席外して駆け付けたんだよ…許してくれよ」

「それでも許せませんよ。水姫は神界でも水神且つ傀儡遣いっていう割と位が高い神なんです。勿論俺より高いです。そんなのが魂の移転なんかしたんですから、ボスぐらいの高位神じゃないと狭霧から取り出せないの、分かってましたよね?そっちから無事に奥さんに魂返す所も見てたぐらいなんですから」

「え?ああ…うん。水神の嬢ちゃんじゃないと出来ないなと思って見てた」

「あの子の身体を救ってくださったのにはもちろん感謝してますけど、その後よく確認もしないで帰るから」

 電話の相手が捲し立てる。


「狭霧も輪我も可哀想でしたよ。水姫抱えて遠くまでお伺いした事もない様な高位の神々の元を回って。月読ツクヨミ様が見兼ねて戻してくださったんですよ?あの気難しい神が。魂の不足分も今回、原因が貴方ということで免除してもらって収まりましたけどね、天照大御神アマテラスオオミカミ様もお怒りでしたよ」

「げ。兄上と姉上にバレた…」

「当たり前でしょう。何ですか、長い有給取ってるなと思ったらこっそりご夫婦で人間界に転生してるとか、普通有り得ないでしょう…」

 電話の相手は架室だった。

 そして叱られているのは水姫の身体を黄泉の国から取り戻した須佐男スサノオという神である。


「いやその…な?妻が『数千年ぶりに人間に生まれ変わってみたい。記憶も何も無くしても、再び貴方と夫婦でいられるか試してみたい』って言ったんだよ」

「はあ?何ですかその安易な発想は。何処かで人間が作った安っぽい映画でも観ました?」

「大変だったんだぞ?適当な人間に転生して大学行ってまあまあな仕事に就いてさ、妻が転生した女性も早い内に見つけておいて、頑張って告って付き合って結婚して…」

「知りませんよそんな事」

「だいたい、娘はギリ神技で助けられたけど、妻まで事故に遭うとか想定外だったんだよ。ちゃんとブロックしておいたのに」

「あー…」

 架室は呆れた声を出した。


「『篠塚亜由美』って名前の横にバツ印付いてたの、貴方だったんですね?あのですね、いくら神でも人間に転生してる限り、その運命なんて誰にも干渉出来ないんですよ。生きる時は生きるし、死ぬ時は死ぬ。事故る時もある、ってね」

「うう…」

「管理執務室組はお陰でとんだとばっちり受けたんですからね?罰としてそちらの寿命も二十年分取り上げだそうですよ」

「二十年?ええと…俺、六十の若さで死ぬの?…孫の顔見れると思う?」

「貴方こっちにどれだけ子や孫がいると思ってるんですか…さっさと帰って来てください」


 その時、彼を呼ぶ声がした。どうやら同僚のようだ。

「篠塚、昼終わった?二時からクライアント回るんだけどさ、社用車が出払ってるんだよ。電車で行けるか?」

「あ、ああ。今からなら間に合う」

 須佐男、すなわち篠塚道貴は小声でスマホに向かって言った。

「じゃあ、仕事だから。また連絡する」

 そして画面をタップした。


「あ、ボス!」

 また一方的に通信を切られた架室は恨めしげに通信玉を眺めた。



 事故に遭った篠塚亜由美は無事に目を覚まし、思っていたよりも軽傷で済んでいたとの医師の見解で一般病棟に移って療養していた。勿論、須佐男が違和感のない程度に彼女の傷を修復した事には誰も気付いてはいない。

 彼女は事故に遭ってから目覚めるまでの事を一切覚えていなかった。

 当然、自分が神界にいて夫に人間界に転生したいなどと強請ねだった櫛名田比売クシナダヒメという女神であった記憶も残ってはいない。

 それは彼女が人間としての命を全うした後に、魂となって思い出すこととなる。

 今はただ一刻も早く回復して、以前の様に娘と夫と三人で無事に暮らして行きたいと願っている。


 娘の七海も魂のカケラを取り戻した為に幽体離脱の力は消え去っていた。

 しかし水姫の予想に反して記憶は残っていた。

 ただ、誰に話しても信じてはもらえないとの思いから他言はせず、両親の為にも変わらず学校に通い、以前と同じ暮らしが出来るように努めている。


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