第11話 精魂の儀

 亜由美は水姫に抱えられたまま吸い寄せられる様に飛ばされて行った。

 やがて郊外の鍾乳洞まで来た。七海が幼い頃に家族で一度訪れた事がある場所だ。

 二人は一般公開の区域を飛び越え、奥へ奥へと入って行く。

「あ、もうすぐ行き止まり!」

 亜由美が叫んだ。水姫が落ち着いた口調で言う。

「ここから先は私達神の領域、神界となります。人間界にはこの様に神界と繋がっている場所が幾つかあるのです」

 その言葉に呼応する様に行き止まりの壁面に『開扉』の文字が浮かび、大きな岩戸が開いてそのまま中へ入り込む事が出来た。


 ドサンっと衝撃があり、二人は止まった。

 見ると二人の男性が水姫と亜由美を受け止めていた。輪我と架室だった。

「水姫。連れて来れたんだな」

 声を掛けて来たのは輪我。

「輪我兄様…それに、架室様…ありがとうございます」

 水姫が二人を見て言った。

 広い鍾乳洞の中に部屋の形の霊廟が設置してある。水姫と亜由美はその前まで飛ばされて来たのだった。


「六華は?てっきり立会人だと」

「ああ…」

 架室が事もなげに言った。

「あいつは勝手に仕事を放り出した上に、お前達に危害を加えたから両眼をえぐって封印の洞穴に閉じ込めてある。これ以上精魂の儀を邪魔したら、その眼を少彦名スクナヒコナ堂に薬として売ると言ってあるから、暫く大人しいだろう。で、俺が代わりに来た」

 …隣で輪我がヤレヤレと言って溜息を吐いた。


「今回の事は水姫に不具合のある魂が入った包み布を渡してしまった我等管理部門にも責任がある。本当に申し訳なかった」

 架室が水姫に頭を下げる。

「架室様、そんな…お顔をお上げください」

 水姫は恐縮した。そして亜由美を二人に見てもらおうと一歩下がった。

「それで…こちらが篠塚亜由美さん…」

「あ、はい…あの、私どうしたら…」

 異世界感のある男性二人を前にして、亜由美は本当にどうしたらいいのか分からなかった。

 しかし二人は彼女を見ると驚いた表情を見せ、顔を見合わせて黙ってしまった。


 暫くして架室が口を開いた。

「我等も…この状況に困惑しております…いえ、貴女に真実をお伝えする訳にはいかないのですが…」

 そして水姫に言う。

「水姫。お前だって気付いていただろう?」

 彼女が頷く。

「はい…でも、人間の魂に分け隔ては出来ないと思ったので…こちらの願いをお伝えして、ご本人のご意志も伺いました」

 亜由美は不思議だった。

 何だろう。何か違和感があるやり取りの様な。まるでここにいる全員が私を知っているかの様な口ぶりだ。


 水姫が言った。

「貴女には娘さんの魂のカケラ共々持って帰っていただきます」

「え?それって、私が死ななくてもいいって事?」

 水姫は亜由美に向き直して言った。

「はい。七海さんの魂のカケラも無事返す事が出来れば、彼女ももう身体と心が離れる事はありませんし、自分がその様な状態だった事も忘れられます」

「でも、それじゃ狭霧さんは?」

「それは…私が何とかします」

 彼女はそう言うと閉まっていた霊廟の扉を開けた。

 中にある檀の上に、真っ白な浄衣姿じょうえすがたの狭霧が静かに正座していた。


「狭霧!」

 水姫は思わず駆け寄った。

「身体は?ごめんなさい!六華が本当にあんな事するなんて…」

 狭霧が苦笑しながら言った。

「うん…ビックリした。傷はまだ少し痛むけど大丈夫」

「本当にごめんなさい…」

「いいんだよ。君こそ無事で良かった」


「心広いな」

「いつもある意味死より辛い事やってますからね、彼…」

 聞いていた架室と輪我が小声で言った。


 狭霧の様子に安堵した水姫だったが、すぐに寂し気な顔になった。

「狭霧…貴方の中の魂をこの人に戻す事になったの。排出の儀をしてから精魂の儀に入るわ」

「そう…」

「今から貴方は私の傀儡となり、貴方の魂も深い心の奥に入ってしまう。亡くなった魂が規定の数に足りないから、私にもどうなってしまうか分からない」

「うん」

 狭霧は真っ直ぐに水姫を見た。

「でも、水姫はそれが一番良い方法だって思うんだろ?君は人の為の神なんだから、きっと正しい事をしようとしている」

 彼女は泣きそうな顔になり、目を伏せた。

「ありがとう…」


 時間が来た様だった。

『儀の刻来たれり。始めよ』

 何処からか声がした。神界の全てを取り仕切る大御神の声だった。


 狭霧の周りに神代文字の列が二本の帯となって現れ、斜めにクロスを描き彼を囲って回り出した。

 水姫が少し後ずさり、顔の前で二本の指を立て軽く折り曲げた。

『傀儡変換』の文字が浮かぶ。その文字は狭霧の前に寄って行った。


「水姫」

 狭霧が名を呼んだ。

「…はい」

「またな」

 彼は穏やかに笑ってそう言った。

 水姫の顔に一瞬悲愴の色が現れたが、文字はそのまま狭霧の額に吸い込まれ、目の光が失われて傀儡と化した。


 彼女は下を向いてグッと目を瞑ったがすぐに顔を挙げ、詠唱に入る。

「我が傀儡より不可なる御霊みたまおしのけたり。一つ。名、『篠塚亜由美』。一つ。欠けたる御霊、名、『篠塚七海』。ここに現れ我が手に収まれ」

 彼女の声に誘われる様に狭霧の身体から二つの真珠の様な物が出て来て掌に入った。丸い玉と欠けた玉が一つずつあった。

「貴女と七海さんの魂です。これを持ってお帰りください」

「あ、ありがとう…良いのかしら」

 亜由美は困惑しながら手を伸ばした。水姫は微笑んでその掌に魂を渡して言った。


「良いのです。人としての幸せな人生をお送りくださいませ。櫛名田比売クシナダヒメ様…」

「え?」


 そこから亜由美の意識は暗転した。



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