第7話 六華の襲撃
「
驚いた顔で言う水姫に対し、嘲笑う様に彼女が答えた。
「何故?お前の努力も虚しく今夜こいつが死ぬと分かったからだ。どうせだから私の手で殺そうかと思ってな」
「どういう事?」
六華は答えず、狭霧を自分の元に寄せて来ると、いきなり首を右手で勢いよく掴んだ。
「ぐぁ!!」
不意を突かれた彼が天を仰ぐ。
長い六華の爪が食い込んだのか、血が細い筋を作りだす。
「嫌あぁ!やめて!!」
水姫が悲鳴の様な叫び声を上げ、バシャバシャと泉の中を走って狭霧の元へ行こうとした。
六華は
「フフ。二人で
「…?」
「え?!」
二人が驚いて目を見開く。
彼女は更に勝ち誇った様子で言う。
「可哀想にねぇ…水姫、盟約を守れなかったこいつはお前とは永遠に交わらない地界に堕とされるんだよ」
「…そんな…」
水姫は呆然とした。…三百年だ。
三百年の間、狭霧を神にする為に浄化の傀儡をさせたのに。その努力が泡の様に消えるのか…。
「…違う。狭霧は私が死なせない。堕としもしない!だから放して!」
水姫の力強い言葉に六華が不機嫌な顔をした。
そのまま人型の姿がスゥっと大蛇の頭に変化する。狭霧は彼女の右手からは解放されたが、力無く頭を垂れ肩で大きく息をした。
「…我が…
彼は小さな声で唱え出した。六華は気付いていない。彼女は大蛇の姿のまま水姫に言った。
「お前も痛い目に遭った方がいい様だな!」
そして彼女に向かって牙を向け噛み付こうとした。
「名、『水神水姫』!!」
瞬間、狭霧が叫んだ。同時に水姫の身体が掻き消え、大蛇の口は大きく空を噛んだ。
「…貴様」
六華が上半身人型の姿に戻り、冷たい瞳でギロリと彼を睨む。
「…やった…飛ば…せた…」
安堵の表情を浮かべて息を吐く彼を捉えたまま、六華は尾を大きく振りかぶった。その時、遅れて追い付いた輪我が叫んだ。
「六華、何やってるんだ!止めろ!」
その声が終わるか終わらないかの一瞬に、六華は狭霧を大木目掛けて思い切り投げ付けた。
「!!」
ゴガッという鈍い音と共に木に激しく叩き付けられた狭霧は、なすすべもなくそのまま根元まで崩れ落ちた。
「うわ、やっちまった!」
輪我が慌てて彼に走り寄る。衝撃で欠けた幹で皮膚が裂け、白装束にジワジワと赤い染みが広がって行く。
彼は狭霧を支え起こしながら怒りの眼差しで六華を睨んだ。
「馬鹿!本当に殺す気か!大事な
六華は一瞬怯んだが、フンと鼻を鳴らして顔を逸らし、何処かへと消えてしまった。
「あいつ…」
忌々しそうに呟き、輪我は狭霧に向き直った。
彼は喉の奥から溢れる物に抗えず喀血した。どこをやられたのか、出血と共に息が苦しくなって来る。
輪我は白装束を破って傷を確認すると、架室から渡されていた救命玉を彼の負傷箇所に押し当てた。玉は『再生』の文字を浮かべて弾け、液体が絡み付く様に傷に覆い被さった。
「六華が…妹が済まなかった」
狭霧が血で窒息しないよう横向きに抱えながら、輪我は申し訳なさそうに謝った。
「狭霧!」
叫んだ時にはもう、目の前の景色が変わっていた。
ハッとして周りを見てみると、水姫は静かな日本庭園の端に佇んでいた。側には小さな社がある。一目で狭霧の生家跡だと分かった。
三百年前、十八で命の灯火が消える筈だった狭霧を、彼の両親に頼み込んで生身のまま神界に連れて行った。両親は別れを悲しんだが、自宅の庭園に二人を神として祀る社を作ってくれた。彼の兄弟の子孫がまだこの地を護り、手入れをしてくれている。
縁のある社に狭霧が
急いで空間に人差し指と中指を立てて扇形に振る。すると水姫の目の前に円形の鏡が現れた。鏡面が弱く波打っている水鏡だ。その中に先程の自分の泉を写し出してみる。
あの場面で自分が飛ばされたとあれば、残された狭霧に何が起こるのかは容易に想像が付いたからだった。
予想通り、そこに写された無惨な仕打ちに彼女は唇を噛んだ。
「輪我兄様…狭霧は…」
悲しみと悔しさで声を絞り出すのがやっとだった。
「水姫!無事だったか」
彼女の声で水鏡に気付いた輪我が言った。
「私もすぐそちらに」
「いや、戻るな」
「でも…」
「不具合の魂の事は聞いたな?探せ。名前は『篠塚亜由美』だ。本人は『南田総合病院』という場所にいる。…幸いそこから近い」
「…」
「行くんだ。狭霧の事は任せろ」
「…分かりました」
彼は目を閉じて動かない。容体は分からないが任せるしかない。
水姫はキッと顔を上げ、街灯が灯り出した街中へ向かって行った。
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