第6話 二人の時間は邪魔される
狭霧は時代で言うと江戸の頃、腕のいい藩主を持ったお陰で
しかし、生まれ付いての病弱で元服までもは持たないのではないかと
八つの頃だった。秋祭の為に小作人から当時は珍しかった薩摩芋が納められた。神事の為にその芋を、付きの者なく初めて一人で持って行き、
当日の準備の際、籠いっぱいの薩摩芋を両手で抱え、重さで足元も覚束ない様子で祭が行われる広場の近くの森まで来ていたのだ。
その広場に思いがけず猪が現れた。猪は腹を空かせていたのか荒れ狂い、走り回り、櫓に衝突した事で余計に後先が分からなくなって無茶苦茶な方向に走り出した。
その内森に入り、何かを見つけた様に追いかけ出した。時に立ち止まり、目標を見失ってはまた見つけて追い掛ける。
そうこうしている間に狭霧に向かって小走りで近付いて来たのだ。
彼は咄嗟に籠を置いて芋を一本取ると半分に割り、猪の鼻先に投げ付けた。下ばかり見ていた猪は突然の衝撃にキョトンとしたが、珍しい芋の匂いに足を止めて齧り付いた。
その時、狭霧の足元に小さな蛇が飛び込んで来た。見ると白い子供のアオダイショウだ。猪はこれを追っていたのか。
蹄に当たったのか、白蛇の光る背中に一筋の傷が付いている。そしてガタガタと震えていた。
「おいで」
狭霧は手を差し伸べた。言葉が分かるのか、白蛇は迷う事なくスルスルと彼の腕を登って行った。それが自分の着物の腹の辺りに入ったのを認めると、地面に置いていた薩摩芋の籠を目の前に置き直し、先の芋を食べ終わってこちらを向いた猪に向かって言った。
「ほら、沢山あるぞ。食え」
そして鼻息粗く近付き、夢中で芋を食べる猪を刺激しない様にそろそろと後退りをし、クルリと背を向け一目散に森の中へと走ったのだった。
病の為、普段からあまり走る事のない狭霧は自分の足の速さと自然と開けて道を作る森が不思議だった。自分は何かに導かれているのだと分かった。
やがて来た事もない山の中腹に社が構えてあるのに気が付いた。息を切らしながら鳥居を潜り、社殿の奥の泉に辿り着く。
「わぁ…」
狭霧が景色の美しさに目を奪われていると、胸元から白蛇が躍り出てポシャンと泉に飛び込んだ。
「あっ!」
白蛇は水に入るとみるみる小さな人間の少女に変わり、水中から飛び上がってプハッと息を吐いた。
「怖かった!怖かったぞ!うわあぁぁん!」
着物に
「まあ、あれで風邪引いたんだよね、俺。」
「ええ?…そこは記念すべき二人の出会いって事で許してよ…」
かつての少年と少女であった狭霧と水姫は今、青年となりその懐かしい泉の中に立っていた。
泉は水姫の腰辺りの深さだ。澄み切った水が東の岩の隙間から常に滾滾と湧き上がっている。
あれから数百年の後もこの社は代々護られていた。昔よりも育った背の高い木々が影を作っている。水神のみが使うものとされているこの泉は『始祖の泉』とされ、周りには
二人は儀式用の白装束を着ていた。
水姫は狭霧を見つめて穏やかな笑顔を向けていたが、やがて仰々しく咳払いを一つして話し出した。
「では、我…水神水姫自らが其方に
狭霧も応える様に優しく微笑み、やや膝を折り頭を下げた。
彼女は両手で水を掬い、狭霧の頭から静々と溢した。
誰もいない夕暮れ時。
光を取り戻し始めた月が煌々と輝きだしている。
目を瞑った狭霧の髪から滴る雫はキラキラと光りだし、泉に落ちると金色の神代文字となって螺旋を描き天に昇る。
それが全て天に昇りきって暫くの後、彼は顔を上げた。
「あの…ね」
水姫が何か言おうとした時、
「危ない!」
突然狭霧が鋭い眼差しになって彼女を右側に突き飛ばした。泉の中に倒れた水姫は驚いて彼を見上げた。
次の瞬間、ザバァ!と激しい水音を立てて何かが現れ、狭霧を絡め取ると強引に水から引き揚げた。
「あ!!」
見ると巨大な蛇の尾が彼の胴体に巻き付いて吊し上げていた。静かだった水面にボタボタと荒々しく水滴が落ちて行く。
大蛇の首の辺りから先は腰から上の人型となっており、その姿は黒髪の女性だった。魂の番人の一人、六華である。
「…蛇?!人間?は、放せ…!」
狭霧は初めて見る異形の大蛇に驚き、逃れようと抵抗してみるが両腕ごと絡め取られて身動きが取れない。
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